第138話 外の様子

 国境に接する大門――八車線ほどの幅のある大門を、その大きさに圧倒されながら抜けると、突然視界が開ける。サッカースタジアムほどもある広大な石畳の広場が視界と意識に飛び込んでくる。

 つい今しがたまで圧倒されていた大門の大きさなど、軽く吹き飛ばすほどの大空間である。


 有事の際はこの広場に兵を集めるのか。

 防衛なら、ここに兵を駐留させて城壁の上から迎撃戦を行っても、これだけの空間があれば兵の交代や物資の搬入も容易だろう。


 大門を突破されても、突破してきた敵兵をこの広大な空間を利用して大兵力で押し包める。打って出るにしても次々と兵を繰り出すことができる。

 なるほど、よく考えられている。


 ひとしきり広場を見渡し、再び正面へと視線を向ける。

 大門を背にして西側をみると広場の端から三つの大通りが放射状に延びている。

 正面中央、東から西へ向けて真っすぐに最も道幅のある大通りが延びている。その大通りの左右にそれぞれ、向かって右手に北西方向へ、左手に南西方向へとそれぞれ真っすぐに伸びる大通りが見える。

 

 この石畳の広場、驚いたことに露天商などが一軒も見当たらない。

 出国を待つ人たちの列と、入国した人たちが取り敢えず足を休めている姿が散見される。


 そして、それらの人たち相手に商売をする屋台がいくつも見られる。屋台は全て人力だ。

 都市の玄関口であり、国の玄関口であるため景観や衛生面に配慮してか、馬車を含めて馬や家畜、テイムをした魔物などに屋台を引かせているようすはない。

 

 広場を抜けた先、いくつも建物が立ち並ぶ街中へと視線を移す。

 高い外壁のため外側からでは分からなかったが、石造りの建築物が多く四階建てや五階建ての、この世界の建築物としては高層の部類の建築物がいくつも立ち並んでいる。


 さらに視界を街中の上空へと飛ばして俯瞰ふかんをする。

 大通りは広場から放射状に延びる三本の通りだけで、他の通りはさほど大きくはない。放射上に延びる三本の大通りを繋ぐようにいくつもの道路が網の目のように街中を走っている


 何だか迷いそうな街だな。

 さらに驚いたことに高層の建物のほとんどに屋上がある。正確には屋根の上から矢を射かけられるように出来ているのと、屋根――屋上伝いに移動ができるよう工夫されている。


 広場を突破されたら、この街の構造を利用して市街戦に持ち込むのか。

 攻め込む側も、「逃亡した敵なので士気は低い」と決め付けて高をくくると、大変なことになりそうだ。


 そんな為政者の思惑などは置いておくとして、人口も多く活気に満ちているのは道行く人の数と表情を見れば分かる。

 国境の都市ということもあり、駐留兵も多く治安も良さそうな感じがする。

 さすが、ドーラ公国第三の都市だけのことはある。


「どうする? そろそろお昼だし昼食を済ませてから宿屋に向かう?」


 俺が広場と街の様相に感心していると、いつの間にか左隣に来ていた白アリが石畳の照り返しを眩しそうにしながら聞いてきた。


「どうせなら、先に宿屋に行ってから貴族が食事してもおかしくない店なりお勧めの店なりを紹介してもらおうよ」


 そう言いながら、左腕をローザリアとミレイユ、右腕をティナの腰に回したテリーが俺の右隣へと並ぶ。


 奴隷が一緒に泊まっても良い宿屋かも確認する必要がある。もし、奴隷の宿泊が認められていないなら他を探さなければならない。

 食事をする店にしても同様だ。


「テリーの言うように、大門で衛兵に教えてもらった宿屋へ先に向かおう。二人はその旨をみんなに伝えてくれ。俺はラウラ姫に伝えてくる」


 そう伝えると騎乗して、そのまま馬をラウラ姫の馬車へと向けた。


 ◇

 ◆

 ◇


 宿屋についてはこちらの期待以上だった。

 清潔さもさることながら、対応、特に奴隷たちが宿泊することに眉をひそめるようなことはなかった。


 貴族や富裕層が旅をするときは奴隷を同行させるのが当たり前だし、奴隷の中には護衛を担う者もいる。当然そういう者は主人の傍に泊まる。

 泊まる側の服装が周囲に不快感を与えないものなら貴族だろうと奴隷だろうと問題ないそうだ。


 食事のほうもほぼ問題はなかった。

 宿屋併設の食堂はかなり広く、俺たち全員で食事をしても半分も席が埋まらない。


 ラウラ姫と侍女二人を中央のテーブルに配置してその周囲を女性陣が取り囲むようにしてテーブルに着く。

 俺たち男性陣と聖女の五名は入り口に最も近いテーブル――全体を見渡せる位置に着いて、周辺警戒を行いながら食事をする。


 ただ、問題は買い物だ。この国では奴隷だけで買い物をすることがない。

 いや、正確には奴隷にお金を持たせて何かをさせるということがない。お金を使う場合は必ず主人なり一般の使用人が同行する必要がある。



「国境の西側と北側の一部が海に面しているとはいっても、さすがにこちらまでは海産物は届かないようですね。海のお魚がそろそろ食べたくなりませんか?」


 聖女がパーン河で今朝獲れたという触れ込みのダダン――スズキに似た淡水魚の塩焼きをフォークで器用にほぐしながらボギーさんへと話しかけた。


「海の魚もそろそろ恋しいが、このダダンとかいうのもかなりいけるじゃネェか。暫らくはこれで十分だ」


 聖女と同じメニューを美味しそうに食べていたボギーさんが食べるのに忙しいのか、聖女の話をあっさりとぶった切る。


「確かに海の魚、それも刺身が食べたいですね。海まで転移して海の魚でもつかまえて来るのも有効かもしれませんね。少なくとも労力以上の見返りは期待できそうですね」


 ボギーさんとは逆に、目の前のマスのような魚のソテーは適当につつくだけのロビンが、聖女の話に食いつく。


「別にここランバールに限らず、空間魔法――アイテムボックスと空間転移を使って第三国貿易をやればボロ儲けできるんじゃあないか?」

 

 聖女の海の魚の話題から、テリーの金儲けの話題へと話が実にスムーズに変遷していく。


 第三国貿易か、確かに空間魔法を持っている俺たちなら相当に有効な商売だ。距離を無視して大量輸送が実現できる。

 だが、貿易と生産どちらが儲かるかな? 食料生産や魔道具作成とかのほうが儲かりそうな気がする。いや、それ以上にそっちのほうが面白そうだ。やはりやるからには面白くないとな。まあ、このあたりは後でジェロームに相談をしてみよう。


「資金は十分以上にあるし、コネも拡大中だ。戦後の商売は何を始めるにしても障害はなさそうだ。それよりもダンジョン攻略だ。ともかくあちら側に勝たないことには全て失われる」


「何百年か前の時は結局、決着がつかなかったんだよな」


 俺が牛のステーキを口に運びながら、昨夜、途中で打ち切られた話題へと誘導するとテリーがすかさず乗ってきた。


「今回で決着が付くんでしょうか?」


「ん? 決着を付けるつもりなんだろう。女神さまの意気込みは凄かったぜ」


 ロビンの懐疑的なつぶやきを打ち消すように、ボギーさんが食事を中断して真っすぐにロビンのことを見る。


「決着がついたらどうなんでしょうね」


「それは、こちらの異世界が救われて、俺たちはここで残りの人生を過ごせるってことだろう? 女神さまもそう言ってたじゃないか」


 なおも続くロビンのつぶやきに、テリーが牛のステーキをフォークに刺したまま、昨夜と同様の言葉を繰り返す。


 ここまでが、昨夜、俺たち――男四人で話し合ったことだ。話はここで打ち切られた。

 聖女の食事の速度が目に見えて落ちてきた。意識を俺たちの会話に向けているのが分かる。


「私は今の状況に不満です。出来れば帰りたい。帰れないまでも元の容姿に戻りたい」


 ロビンがうつむいたまま搾り出すように声を出す。

 

 帰りたいのか。

 気持ちは分かる。帰りたくない訳じゃあないが、俺自身はそれほど執着がない。


「今回、二つの異世界への転移者を選んだ選択基準って知っているか?」


 聖女を含む四人の顔をゆっくりと見渡しさらに続ける。ロビンがわずかに頭をもたげる。


「時間内に登録したプレーヤーのなかから、「今この場から、この世界から逃げ出したい。未練がない。どこか他の世界に行きたい」そんな思いの強い者から上位百名を選んだそうだ」


 そう言うと、また四人の表情を観察するようにゆっくりと見渡す。


「まあな、思い当たる節はあるぜ。現状に満足しているかは別にしてな」


 ボギーさんの視線が言葉と共に険しくなり、右手が、自分の左胸――心臓の上に置かれた。

 まだ、復讐を諦めていないのだろうか。


「私もです。どこか他の世界に漠然と憧れていました」


「俺も一緒だ。まぁ、俺の場合は現状にかなり満足しているけどね」


 ボギーさんに続き、聖女とテリーが肯定の言葉を口にする。その口調は決して軽くはない。

 

「俺も同じようなものだ。「ここじゃないどこか」に憧れた」


 そう言いながら、食事の途中――焼き魚の載った皿に視線を落としたまま微動だにしないロビンを見つめる。


「まあ、女神さまが夢に出てきたら頼んでみたらどうだ? 俺もあちら側の異世界に行く方法を教えてもらうつもりだ」


「戻ってこられるか分からないんですよ。戻ってこられない確率のほうが高いんじゃないですか?」


 ボギーさんの言葉に反応したロビンが、うかがうような視線をボギーさんに向けた。


 ロビンの視線を真正面から受け止めたボギーさんが、おどけたように口元を緩めてウインクをしてみせる。

 やはり、行くつもりなんだ。ボギーさんは復讐を諦めていなかったようだ。


「そんなことよりも、外の連中はどうするんだ? 仕掛けてくるって雰囲気じゃあネェが、様子をうかがっているようで感じが悪いな」


 言葉に詰まったロビンに助け舟を出したのか、外からこちらをうかがっている連中へと話題を変える。


「チンピラって感じの連中ですし、放っておいても良いんじゃないですか?」


 食事を終えた聖女が興味なさそうに答えながら、店員にお茶を注文する。


「クギを刺して、裏の組織やネットワークの情報を仕入れるのもありだな」


 牛のステーキを追加注文しながらテリーが俺のほうを見る。


 いや、今からステーキ注文するって、お前、自分でやる気ないだろう。


「愚痴を言ってもしかたないですね。女神さまが現れたら聞いてみましょう」

 

 ロビンも気を取り直したのか、そう言うと食事を再開した。

 

 こいつもクギを刺しに行く気がないようだ。


「お嬢ちゃん、こっちにも肉をくれ」


 視線をボギーさんへ向けようとする矢先にボギーさんが牛のステーキを注文する。


 本当に食べるんですか? チンピラの相手が面倒臭かっただけじゃないでしょうね? ボギーさんに、そんな詰問をする時間も惜しい。すぐさま聖女に視線を固定する。

 視線が合う。次の瞬間、聖女が思い切り視線を逸らせた。


 聖女の肩がピクリと動いた瞬間、空間転移で聖女の背後へと転移して右手で押さえ口をふさぐ。よし、注文を未然に防いだ。


「さあ、クギを刺しに行こうか」


 抗議の声を上げられないように、口を左手でふさいだ状態で聖女を店の外へと連れ出した。

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