第137話 出国と入国
あれがガザン王国とドーラ公国との国境の都市か。
ガザン王国とドーラ公国の国境線は双方の国、最大の大河であるパーン河が設定されている。名目上は共有となっているが漁業権や採掘権はガザン王国が所有している。
ガザン王国との国境沿いにある、ドーラ公国の第三の大都市――ランバール市。同盟国とはいえ、国境沿いにある大都市だけあり、高さ十メートルほどの堅牢な壁が巡らされている。
かなり先、五キロメートルほどあるだろうか。パーン河の向こうに、城壁のように都市を取り囲む高い壁と河沿いに伸びた壁――都市の壁よりも若干低い壁が都市を起点に河の上下へそれぞれ数キロメートル伸びているのが見える。
逆にガザン側は国境警備兵の詰め所を兼ねた、簡単な検問所が申し訳程度に存在している程度だ。
この検問所とランバール市の門との間に掛けられた橋だけが公式な国境越えのルートである。当然、橋を渡るには税の他に橋の利用料が入り口と出口の両方で徴収されるそうだ。
入国と入市料は橋の利用料とは当然のように別料金となる。
さらに交易商人の場合は積み荷に税金がかかる。イメージとしては関税のようなものか。
今回のドーラ公国への入国のシナリオはラウラ姫の
そして俺たちはラウラ姫の護衛役となる。
圧倒的に女性が多いのも、護衛対象がラウラ姫となれば身の回りの世話をする侍女や下女、奴隷を含め女性が必要なので大丈夫だろうとのことだ。
セルマさんが、若干考え込むような様子だったのは仕方ないことだろう。
男性が四名、女性がラウラ姫を含めて二十二名である。マリエルとレーナがいるから、二十二名プラス二匹か。
いくら同盟国への観光とはいえ護衛の男が少なすぎるよなぁ。
そんなことを考えながら、九台の馬車へと視線を移す。
馬車は何れもグランフェルト領で接収したものなのでどこに出しても恥ずかしくないものだ。ラウラ姫一行の馬車として恥ずかしくないものだ。
メロディとティナをはじめとした奴隷たちが馬車の用意をしている真っ最中だ。
周囲には軍馬だったものが二十五頭、全て黒アリスちゃんとボギーさんが使い魔としたアンデッド・馬である。
ラウラ姫の護衛とはいえ、十六匹ものワイバーンとなればさすがに目立つので、馬車と馬を利用することにした。
馬は本来であれば軍馬であり馬車を引かせるような馬ではないが
ワイバーンとフェニックスはガザン王国領内の少し離れた山奥に放してある。
今度は多少長期になるが、あいつらなら自活できるだろう。
ラウラ姫用の馬車の最終点検が終わったようで、セルマさんが俺のほうへと報告するために歩いてくるのが目の端に映った。
視線をセルマさんへと向けると、その背後ではラウラ姫とローザリアが馬車へと乗り込むのが見える。
「フジワラ様、本当にありがとうございます。感謝の言葉も見つかりません」
セルマさんが、俺の前へ来ると深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ作戦につき合わせるようなことになり申し訳ございません。不都合や不足があれば遠慮なく仰ってください」
俺はそう伝えた後で、なおも頭を下げるセルマさんに、ラウラ姫一行を捕虜とは考えていないこと。むしろ要人として考えていることを改めて伝える。
事実要人である。
ラウラ姫はリューブラント侯爵との外交の切り札となる。
「ところで、フジワラ様。侯爵様のもとへはいつ頃、向かわれるのですか?」
若干の不安の色を浮かべ、遠慮がちに聞いてきた。
やはり、当初予定になかった、ランバールでの滞在が割り込んだこともあり不安なのだろう。
ましてここは侯爵の勢力下にある下級貴族の領地内だ。すぐにでもラウラ姫を侯爵のもとへ連れて行きたいのが本音だろう。
「ランバール市を拠点に情報収集とランバールの迷宮の調査をします。目安としては今日を含めて、最長で七日間の滞在を考えています。護衛をしますので観光を楽しんで頂けませんでしょうか。ランバールからリューブラント侯爵領までワイバーンで半日程度です。情報収集と調査を終えれば、リューブラント侯爵のもとに即日お連れ致します」
突然割り込んだランバール市での目的については適当にぼかす。
七日間とは言ったが、できればもっと短期間で――五日間ほどで切り上げてリューブラント侯爵のもとへ向かいたい。
ランバール市へ立ち寄る目的は二つ。
ひとつは女神さまとの約束とポーズもあり、調査と今後の練習を兼ねたダンジョン・アタックを敢行する。
もう一つは戦争と戦後の俺たちの行動の選択のための情報収集だ。
正直なところ、女神さまとの約束さえなければ実施しない作戦行動だ。女神さまの存在に触れずに、今回の寄り道を納得させるのは難しいよな。
事実、セルマさんも納得しきれていない表情で、こちらの言い分を受け入れている。まあ、セルマさんたちとしては受け入れる以外ないのだが。
「ところで、いくら大都市があるとはいえ、大きな権益が発生する場所の割りに兵力の偏りがありますが争いは起きないんですか?」
漁業権や採掘権を有する側であるガザン王国の駐留兵力が圧倒的に少ないのが気になって、セルマさんに聞いてみた。
「ここはリューブラント侯爵の勢力下にある下級貴族が治める領地です。ドーラ公爵もリューブラント侯爵を敵に回すようなことはしないでしょう。それにガザン王国の兵は精強で知られています。特に竜騎士団と騎馬隊は他国にとっては脅威となっています」
リューブラント侯爵――ラウラ姫の祖父は元主君ということもあってか、その口調には信頼がうかがえる。
リューブラント侯爵のほうはともかくとして、ガザン王国の竜騎士団は既に壊滅しているし、騎馬隊の一翼を担うはずのグランフェルト辺境伯の騎馬隊も壊滅とはいわないが半壊状態だ。
この地でもめ事が起こるかはリューブラント侯爵の力量次第のところはあるが、ガザン王国全体でみれば、終戦後も周辺諸国との小競り合いは
「ありがとうございます。そろそろ出発するのでセルマさんも準備をお願いいたします」
そう伝えて、他の馬車の状況を確認するためにメロディたちの方へと向かった。
◇
◆
◇
ラウラ姫一行――俺たちの一団が、ドーラ公国側の入国手続き待ちをしている列の最後尾へと差し掛かる。
およそ二百名の人たちが列をなしている。
ガザン王国側の出国手続きもそうだったが、列に並ぶようなことはしない。
そのまま列の横を通り国境でありランバール市の入り口である大門へと向かう。
あちらも心得ており、すぐに貴族の一行だと判断して迎え入れる準備を進めているのが見て取れた。
さて、出国はひと騒動あったが、入国はどうかな。
出国の際は、ラウラ姫、本人であることの確認が取れたことで大騒ぎとなった。
普通なら疑われるところだが、国境警備の兵士のなかにローザリアの親戚がいたことと、二年まえにリューブラント侯爵のもとに、ラウラ姫の母親――リューブラント侯爵の娘と一緒にラウラ姫が、帰られた際に護衛についた騎士がいたことで、すぐにラウラ姫本人であると認められた。
ラウラ姫本人であると判明した途端、周囲の兵士や騎士たちから褒め称えられる。
ガザン王国ではグランフェルト伯爵領でのクーデターが既に知れ渡っており、ラウラ姫が無事であったことに国境を守る兵士たちが驚きと喜びを
「亡き主君の忘れ形見を、戦乱の
「私も皆さんのような騎士を目指します」
「ご苦労、ご心労、お察しします」
皆の尊敬の眼差しが痛い、非常に居心地が悪い。
あらかじめ用意した、リューブラント侯爵宛の手紙を託し、そのまま出国をした。
もちろん、ドーラ公国などに向かわずにリューブラント侯爵のもとへ向かうようにとの示唆はあった。
しかし、追っ手の目をくらませるだの、ドーラ公国内にいる協力者に連絡をとってからだのと、かなり苦しい言い訳をして、何とか出国に漕ぎつけた。
この苦しい言い訳が通ったのも、ラウラ姫が自ら必要性を説いたことと、俺たちのことを立派な騎士だと皆が勘違いしてくれたからに他ならない。
「ようこそおいでくださいました」
周囲の兵士たちよりも、高価そうな防具に身を包んだ騎士が最敬礼を伴って出迎えてくれた。
ラウラ姫の護衛隊長の肩書きを偽る俺が、一行を代表して対応をする。
「ラウラ・グランフェルト様だ。聞き及んでいるかは知らないがクーデターを逃れてここまできた。リューブラント侯爵の手のものと連絡が取れ次第、再びガザンへと戻る。短い期間ではあるが目立つことはしたくない。よしなに頼む」
ラウラ姫の身分証を騎士に見せながら小声でそう伝えた後、「目立たぬように配慮を頼む」そう付け加えて、金貨の入った袋を渡した。
「万事抜かりなく。お任せください」
ラウラ姫の護衛隊長なので、それなりの身分――下級貴族とでも勝手に思ったのだろう、妙に丁寧な対応をしてくれた。
何よりも、グランフェルト領のクーデターの話を知っていたようで、「さぞや大変でしたでしょう」「主君の娘を守ってここまで……」「騎士の鑑です」などと口々に褒め称えられた。
さっきも聞いたよな、似たようなセリフを。
ここでも、現グランフェルト伯爵の人望は低い。翻って、前グランフェルト伯爵というよりも、リューブラント侯爵の娘さん――ラウラ姫の母親の人気が高く、それはそのままラウラ姫の人気となっているようだ。
これは、グランフェルト領の代官として赴任しても苦労が絶えそうにないな。
やはり、代官の地位は辞退して、ダンジョン攻略と商売でお金儲けをすることを考えた方が得策だな。
そんなことを考えながら、ランバールの大門を抜けた。
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