第136話 修復

 さて、ダンジョンの修復だ。

 とはいえ、昨日の今日である。先ずは偵察という名目の様子見を行う。デスサイズを警戒しながら、ダンジョン跡の様相を呈している巨大な落とし穴を眼下に見下ろす。


 昨日まで拠点としていた場所――街道の南側を並行して伸びている岩山の山頂付近へと来ている。

 時刻はまだ十時前だというのに、昨日にも増してかなりの暑さだ。正確な温度はわからないが体感では三十度以上あるような気がする。


 空を見上げれば雲ひとつない青空が広がっている。

 昼過ぎの気温を予想してうんざりとした気持ちになりながら岩山から廃村があった場所を覗き込む。


 昨日まで廃村があった場所に、ぽっかりと巨大な穴が空いている。口径も大きいが深さも十分にある。

 自分たちがやったこととはいえ、あれを修復するのかと思うと、ちょっと気が滅入るな。


「さあ、予定通りチャっチャと済ませて、ドーラ公国へ入りましょう」


 白アリが大きく伸びをしてやる気を全身にみなぎらせている。


「あ、魔物が湧いた」


 伸びをしたことにより、ことさらに強調された白アリの胸に視線を奪われていると、マリエルが突然声を上げた。


「魔物? どこにいるんですか?」


 マリエルの言葉にすぐさま反応したロビンが、彼女の視線の先へ目を向ける。


「あ、落ちた」


 マリエルが視線をそのままに、空中で身を乗り出すようにしてつぶやいた。


 俺と聖女もロビンにつられるようにマリエルの視線の先へと振り返る。

 ……なるほど、魔物が落下していくのが見えた。


 あれは三階層辺りだろうか。空中に湧きが発生し、そこに出現した魔物がそのままに下層階へと落下していく。

 昨日から繰り返されていたのか……


 下層階に湧いた魔物はまだ良い。上層階に湧いた魔物は出現直後にかなりの高度から落下をするはめになる。いきなり大怪我、悪くすれば死亡だ。

 大怪我をしないまでも、ダメージを負った状態で下層階の強力な魔物の前に放り出されるのか……想像すると憐れだな。


「決まった高さに出現するなら、あの高さに床を造れば身体半分が床に埋まった状態で出現するんでしょうか?」


 聖女が良からぬ悪戯を考え付いたときのように、瞳を輝かせ口元がほころんでいる。


「半分壁の中に湧きが出来たのを見たことがありますが、湧きそのものが亜空間のようになっていて普通に空間の裂け目から出てきましたよ」


 視覚を飛ばしているのだろう、視線を虚空に彷徨さまよわせたままのロビンの言葉に、聖女の笑顔が消えてゆく。


「敵の残兵力が見当たりませんね。少なくとも俺の感知範囲にはいません」


 周辺の感知結果を、落とし穴を覗き込んでいるボギーさんに伝える。


「こっちも、救助活動をしている様子はネェな」


 落とし穴の中を空間感知で探っていたボギーさんが俺のほうへ振り向きながらさらに続ける。


「だが、生き残りは結構な数がいるようだ。強力な魔物も数の力でなんとかしのいでいるようだな」


 そう言いながら、ソフト帽子をかぶりなおし、椅子に倒れこむように腰掛けた。


「戻ってきたみたいですよ」


 すっかりお気に入りになったふしのある、重力の短槍を小脇に抱えた聖女が、街道の先――ドーラ公国の側の空を指差した。


 偵察に出ていたテリーたちが駆るワイバーンが見える。

 今のところ――こちらが入手した情報では、修復着手に障害はないが……さて、追加の情報はどうかな。


 俺も皆と同じように椅子に腰掛け、テリーたちの帰還を待つことにした。


 ◇


「じゃあ、修復を開始しようかっ!」


 自分自身を鼓舞するように、いつもよりも大きな声で開始の号令をかける。


 結論は昼食前に修復の着手をする。

 いや、ダンジョン破壊をしたときのように修復をしながらダンジョン内で昼食を摂ることになった。


 テリーたちの偵察では、敵の残兵力はドーラ公国方面の森の中、およそ五十キロメートルのところに滞陣して動きがないとのことだ。

 ある程度予想はしていたが、帰るに帰れず、かといって救出活動をするにもデスサイズを警戒して二の足を踏んでいる、といったところか。


 何れにしても時間が経てば動き出す。

 デスサイズがいないと分かれば救出活動に動き出す公算が大きい。その前に手を打つ。

 

 俺たちは土魔法を中心に、魔法をフル活用して一気に地表の修復を行った。

 先ずはフタをする。


 魔物、特にデスサイズが表に出てくるのを防ぐために地表の修復から行うことにした。

 地表の修復後は、二十一階層と二十階層との間に隔てる天井というか床を造る。これにより、落下した兵士と魔物を二十一階層以下へ閉じ込めた状態で、二十階層より上の階層を順次修復していく。


 もちろん、フタをした地表をそのまま放置しておくようなことはしない。

 廃村があった部分は以前の村の十倍ほどの規模に拡大させて区画整理をする。このとき、わずかに場所をずらすのを忘れない。周辺の整地をして敵をおびき寄せた場所は強引に植樹をして森を復元する。


 ◇

 ◆

 ◇


「うわー、良い感じになりましたねー」


「そうでしょう。自分でも上手くできたなあって感心してるのよ」


 黒アリスちゃんと白アリが、山頂から新たに造った街を眺めながらキャイキャイとはしゃいでいる。

 その後ろでは、アイリスの娘たちや奴隷たちが引きつった苦笑いを浮かべているのが見える。


 白アリを中心に、テリーと聖女、アイリスの娘に奴隷たちで、グランフェルト領で接収した貴族の屋敷を廃村跡に配置して、リアル街づくりをしていた。

 指揮と配置を白アリが行い、細かな組み立てや力仕事は、アイリスの娘たちから借り受けた奴隷を含めて、奴隷たちを総動員して作業にあたった。


 白アリが自画自賛するだけのことはある。区画整理された美しい街並みに、豪華な貴族の屋敷が十分な間隔をあけて建ち並ぶ。街中を走る道は岩盤を敷き詰めてフラットに整備されている。

 街中を走る道は南から北に掛けて異なる色の岩盤が敷き詰められている。北側――森側へ行くほど黒っぽくなり、南側――街道側へ行くほど白っぽくなっていく。見事なグラデーションになっている。


 機能的で美しい街並みに仕上がっていた。上空から見ればその美しさがよく分かる。

 わずか四日間の成果として考えれば上出来だ。


 辺境の森の中に突如として現れた、美しい街並みと豪奢ごうしゃな建物の数々。街の中央には巨大な花壇を造り薬草を移植した。

 戦争が終わって村人が戻ってきたらきっと喜んでくれるだろう。


 整地して誘い込んだ場所も森へと再生した。いや、植樹をしたのだから本当の意味での再生じゃないな。

 街の周囲に植樹をして森林公園のように道も整備をする。

 

 針葉樹だけでは味気ないからと、岩山の南に広がる森から広葉樹を幾らか持ってきた。

 生態系を破壊しているような気もするが、深く考えないようにしよう。


 植樹のための草木や岩、土を運び出したのはダンジョンから街道沿いに五キロメートルほどドーラ公国方面へ移動した場所からである。

 草木を抜かれ、岩を掘り起こされ、土を運び出された場所は、巨大なクレーターとなっている。


 知らない人が見たら、巨大な穴が埋まってしまったと錯覚を覚えることだろう。

 もちろん、そう見えるように普請はした。こちらも、ダンジョンの修復と並行して行ったにしては上出来だ。俺個人としては、街並みの出来よりもこのクレーターのほうに賞賛を送りたい。


 これで、先ほどの残兵力が救出活動に来ても、クレーターと突如出現した街並みを前にして、呆気に取られて場所の特定にも苦慮するはずだ。



 ダンジョンの修復は元通りでなくとも良いとのことだったので、他の探索者たちが攻略しやすいように、袋小路などは一切設けずに床に蓄光石で矢印を作り、道順を示した順路を作成する。

 通路も歩き易いようにフラットにした。

 

 壁や通路のいたるところにフロアーの案内図と今いる場所が何階層目なのか分かるように階数を表す数字を蓄光石で作成する。

 さらに、探索者が休息をできるような空間や部屋を適当に配置した。


 この四日間、魔物には出くわしたが、謎の武装集団だった人たちには出会わなかった。

 もちろん、空間感知で彼らがどこにいるのかは把握できた。


 今日でダンジョン修復開始から四日、足止め期限の五日目である。

 謎の武装集団だった人たちが、十四階層まで登ってきたのを確認している。弱層ダンジョンの上、俺たちが整備したのだから残りの階層は一気に登ってこられるだろう。


 地上に帰還した後で、彼らがどうするかは知らないし、残念ながら見届ける時間はない。


 因みに、逃げ延びて地上で滞陣していた残兵力たちは、昨日クレーターに到着して、今はクレーターを掘り返している。

 運は良かったようだが勘は悪いようだ。



「街をこんな高いところから見たことはありませんが、美しいですね」


 ラウラ姫が俺の隣に立って岩場から恐る恐る覗き込んでいる。

 視線の先には白アリたちが造った無人の街が見える。


「美しいとかよりも、街とダンジョンをこの短期間で直してしまうほうが信じられません。夢でも見ているようです」

 

 ラウラ姫の傍らに立ったセルマさんが同じように街を覗き込みながら、心ここに在らずといった感じでつぶやく。


 ローゼに至っては言葉もない。

 セルマさんの隣に立って、茫然としているだけだ。


 ローゼの反応はダンジョン修復の二・三日目までのアイリスの娘や奴隷たちの反応と一緒である。

 彼女たちも、言葉もなくというか、手伝うのも忘れて地表が出来上がって行く様や植樹する様子を見ていた。


 自分たちの魔法の力が、この世界では規格外であることを改めて自覚した。


「さあ、出来上がりを見るのはこれくらいにしてドーラ公国へ潜入をしようか」


 俺は第三フェーズの前に割り込ませた、ドーラ公国にあるダンジョンの偵察を兼ねた攻略に意識を切り替えて皆に声をかけた。

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