第135話 朝食

 テーブルを囲むのは、七名の転生者と女神さま、そして水の精霊ウィンディーネである。

 朝食を囲むというか、変則的に着席をしている。


 一方の側は女神さまを中央に右隣に水の精霊ウィンディーネ、左隣に俺。

 反対側には、どういう経緯で貧乏くじを引いたのか分からないが、中央にロビン、その左側にテリー、黒アリスちゃん、白アリ、ロビンの右側に聖女、ボギーさんが並ぶ。



「――――ということで、こちらが顕現した女神さまだ。先ほども触れたが、こちらの世界に顕現している間は、普通の人間と同じで怪我もすれば病気にもなる。最悪は死亡もありえる。なので、顕現するにあたり、四六時中俺が護衛につくことになった」



 昨日のダンジョン破壊について、皆と直接会話したいこと、今後のために答えられる範囲の疑問に答えるため、危険を承知で顕現したことを伝えた。


 俺の言葉は皆に届いているのだろうか? 不安になる。皆、女神さまがこの場にいることに驚き、俺の言葉など右から左のような気がする。

 全員、目が泳いでいる。ボギーさんでさえそうだ。やはり後ろめたいのだろう。


 いや、それだけじゃあない。

 この世界の管理者たる女神さまが、現実に目の前に現れたこともあるが、一昨日の夜は全員が女神さまにひどく怒られたようだ。

 加えて、今日の主題のひとつが、昨日のダンジョン破壊である。否応なく全員に気不味さと緊張が襲う。


 それを端的に表しているのが朝食だ。誰ひとり手を付けていない。もちろん俺も女神さまも、である。

 いや、ひとりだけ、もの凄い勢いで食べているものがいた。水の精霊ウィンディーネだ。食事に手をつけていない女神さまの隣で見事な健啖家けんたんかぶりを発揮している。



「皆さん、せっかく用意して下さったお食事が冷めてしまいます。私も一千年振りの人の身体です。ご一緒にお食事を楽しませて頂けませんか? それともお食事が喉を通りませんか?」


 女神さまは、相変わらず穏やかな口調で優しい笑みをたたえたまま、皆に視線を走らせた後で、右隣で焼き魚にかぶりついている欠食児童に視線を移し、さらに続ける。 

 

「この娘――水の精霊ウィンディーネのように、やましいところが無ければ食事も美味しく頂けますよね?」


 そう言うと、欠食児童の首筋にそっと手を置く。


「もちろんでございます。私にやましいところなど、微塵もございません」


 女神さまの右隣で食事をしていた欠食児童が、突然、食事を中断し平伏する。そして、真摯な態度で嘘を吐く。


 昨夜のアレはなんだ?

 いや、それ以前にダンジョン攻略の作戦会議で、嬉々として水攻め――水圧と水流でのダンジョン破壊を主張してただろうがっ!


 その思いは皆も一緒なのだろう、欠食児童を見る目が冷たい。飼い主である白アリですら冷たい視線を向けている。

 しかし、役には立ったようだ。全員が神妙な顔つきをしている。


 ひとりこういうヤツがいると残りのメンバーは、これを反面教師として真摯な対応を取る。

 もちろん、世の中には同調して調子に乗るヤツはいる。だが、ここにいるメンバーはそこまで思慮の足りないヤツはいない……と信じたい。


 視線を欠食児童に移す。

 

 罠に使うつもりだったので即座に却下したが、破壊さえしなければ、攻略方法としては有効かもしれない。

 下層階に棲息する強力な魔物ほど脱出が困難になる。酸素を求めて上層階を目指しても途中で力尽きそうだ。


 魔物を溺死させた後で、風や重力の結界で酸素を確保しつつ空間転移で下層階を目指す。

 水棲の魔物が出てこなければ楽勝のような気がする。攻略方法としては再考の余地があるな。


 俺がそんなことを考えていると、おもむろにボギーさんが立ち上がる。


「申し訳ありません。あそこまで破壊したので、『毒を喰らわば』と軽く考えていました」


 直立して女神さまに向かって深々と頭を下げた。ソフト帽子を左手に持ち、胸元に持ってきている。


 何だっ?

 いつものボギーさんじゃあない。まるで、社会経験豊富な大人の対応じゃないか。新人教育で見た謝罪の見本のようだ。


 いや、まあ、実際には社会人で大人なんだから当たり前なのかも知れないが。

 正直なところ、もの凄い違和感だ。


 ボギーさんの謝罪を口火に、次々と謝罪の言葉を述べ、女神さまに頭を垂れる。


「良いでしょう、許します。終わったことや失敗を責めても事態は好転しません。反省をして頂けるならそれで十分です。それよりも、これからのことです」


 頭を垂れる皆に向かって、優しく語りかけた後、頭を上げ、席に着くようにうながすと、さらに続ける。


「真っ先に実行して頂きたいのは、ダンジョンの修復です。別に元通りでなくとも構いません。ダンジョンとして機能できるように修復をお願いします」

 

「え? あれを――」


「全力で修復をさせて頂きます」


 疑問の声を上げかけた聖女の口に、ボギーさんが焼き魚を尻尾から突っ込んで黙らせ、真っすぐに女神さまを見つめる。

 全員が次々とボギーさんの言葉に同調を示す。

 

 聖女も、背ビレがー、尾ビレがー、と涙目で訴えながらも、ダンジョン修復の約束をする。


 どうやら、焼き魚の背ビレや尾ビレが口の中に刺さったようだ。魚を生きたまま丸呑みする鳥だって頭から飲み込むんだ。

 そりゃあ、尻尾から口の中に突っ込めば、焼魚とはいえ、いろいろと不都合も出るだろう。


 女神さまが、修復の約束をする皆の顔を見渡し満足気にうなずく。


「では、朝食を頂きましょうか」


 聖女が焼魚を口にしたのに続き、女神さまが野菜スープをスプーンですくう。


 聖女と女神さまが食事を口にしたのを合図に全員が朝食に手を伸ばした。


 ◇


 食事をしながら、ダンジョン修復プランと修復後の行動について話し合いが行われた。

 もちろん、女神さまもダンジョン攻略を最優先して欲しいのはあるが、戦時下である現状では思うように進められないことも理解してる。特段無理難題を押し付けるようなことはなかった。


 そして、俺が昨夜聞かされた魔法出力と操作、魔力量と本名との因果関係とそれぞれの異世界の切り札となる転移者について語られた。


「――――なので、本名をそのまま登録したフジワラ・ミチナガさんは魔法出力・操作・魔力量の何れも転移者の中で最高値となります。さらに、双方の異世界でランダムに切り札が決められます。そして切り札となった方は力の底上げがされます。こちらの世界はフジワラ・ミチナガさん。あちら側の世界はボギー・ハッカイダさんです」


「俺の場合、ハイ・フェアリーであるマリエルに主人として認められたのもあって、マリエルが持つ同調のスキルで、属性魔法の威力がさらに底上げされているんだ」

 

 切り札の存在とそれが、俺とボギーさんであることに皆が驚いているうちにと、俺の魔法の威力が高いことの説明を一気にする。


 何となく、自分が特別扱いされているような感じがして非常に居心地が悪い。

 いや、別の意味で女神さまに特別扱いされているのだが、そのことに触れるわけにも行かない。

 ましてや、魔法の威力が高いことで女神さまから特別扱いされているのでは? などと勘繰られたくないのもあって情報を開示した。


「良いんですか? こっちに来ちゃって?」


 黒アリスちゃんが山鳥の燻製をちぎりながらボギーさんに問い掛ける。先ほどからちぎって細かい身を積み上げているが一切れも口には運んでいない。後でまとめて食べるのだろうか?


 それにしても、なかなかに無情なひと言だ。

 あちらの異世界の女神さまが聞いたら「良い訳がないでしょうっ!」とぶち切れそうだな。


「切り札だったのか? 俺は? 何だか、あっちの女神さまには悪いことをしちまったなぁ」


 黒アリスちゃんの問いかけに、「さあな」とつぶやくと、ボギーさんは食事の手を止めて天を仰ぐ。

 聞いてネェぞ。と消え入りそうなつぶやきが聞こえたのは気のせいじゃあない。


「ミチナガの魔力が突出しているのは偶然が重なったのが理由なんだな」


 テリーがコップに冷水を満たしながら言う。


「ミチナガの名前だから本名で登録できるけど、普通は難しいわよね」


 白アリが「あーあ」とぼやきながら羨ましそうにこちらを見る。


「名前はともかく、魔力関係最高値の人がランダムで切り札に選択されるのも凄い確率ですよね」


 そんな白アリに向かって、ちぎられた、山鳥の燻製をクルクルと右手でもてあそびながら黒アリスちゃんが話しかけた。


「でも、五十分の一の確率よ」


「そうですよね、ハイ・フェアリーと出会って気に入られる確率の方がよっぽどですよ」


 白アリの返事に続いて、聖女が話に加わる。


「ミチナガもですが、ボギーさんも切り札なんですよね? あちらの異世界は切り札を失ったことになるんですか? それとも新しい切り札が用意されるんでしょうか?」


 女性陣の会話をよそに、ロビンが女神さまに真剣な眼差しを向けている。


「切り札は最初に決められた二人だけです。それをあちら側は失っています。ダンジョンの攻略こそ進んでいますが、そんなことは問題にならない痛手です」


 女神さまは、慈愛に満ちた視線でロビンを真っすぐに見つめ返す。いったんそこで言葉を止めて全員を見渡しさらに続ける。


「決着を付ける千載一遇のチャンスだと考えています。一方的にこちらの世界へ連れてきたことは申し訳ないと思いますが、是非とも力を貸してください」


 そう言うと、女神さまはゆっくりと立ち上がり深々と頭を下げた。


 頭を下げる女神さまに全員が息を飲む。

 まさか、神様が人間に頭を下げるとは思ってもいなかっただけに不意打ち過ぎる嘆願たんがんだ。だが、一番驚いていたのは欠食児童だろう。完全に食事を忘れて食い入るように女神さまを見つめて固まっていた。


「あの、女神さま? 頭を上げてください。そりゃ、いきなりこんな世界に放り込まれて戸惑ったし少しだけ恨んだりもしたけど、それなりに楽しんでるから。ね? 皆もそうよね?」


 謝罪する女神さまに向かって白アリがしどろもどろになりながら話しかけ、俺たちに救いの視線を投げかけた。


「もちろんだ。俺も楽しんでますよ。むしろこっちの世界の方が俺にはあってるかもしれません」


 真っ先に反応したのは、ハーレムを形成中のテリーだ。

 続いて、ボギーさん、黒アリスちゃん、聖女と皆が次々とこの世界への召喚を肯定する発言をした。


 ただひとり、ロビンを除いてだ。

 ロビンだけは俺を睨んだときなど比べものにもならないくらいの鋭い視線で女神さまのことを睨んでいた。

 

 その後、第三フェーズの作戦の前に、破壊したダンジョンの修復とガザン王国とドーラ公国の国境付近――ドーラ公国側にある小規模なダンジョンの下見を兼ねて潜ることとなった。

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