第132話 月が奇麗ですね
ボギーさんとロビンが早目に眠るとのことだったので、ひとり、岩場へと来ている。
時間は二十一時を過ぎたあたりか。
ラウラ姫一行のテントは既に消灯していた。
アイリスの娘たちの奴隷に割り当てられたテントは先ほど消灯していたが、女性陣のテントと、アイリスの娘たちのテントはまだ明かりが灯っている。
夜空には地球のスーパームーンも霞むほどの大きな月がでている。星も多い。無数の星が
星の数から考えて、地球と同じように銀河の辺境に位置する星なのは間違いなさそうだ。
もっとも、この銀河が広い宇宙のどこに位置するのかは想像もつかない。
ひょっとしたら、宇宙そのものが違うのかもしれない。
いや、魔法といった地球の法則とはまったく異なる法則の存在する多元宇宙のひとつと考えた方がシックリくるな。
まあ、考えたところでどうなるものでもないか。
月明かりに浮かぶ岩山の尾根のシルエットから、岩山の南側に広がる森へと視線を移す。
さすがに月明かりだけでは森の様子は分からないが、湖は月明かりを反射して淡い輝きを放っているように見える。
夜空には大きな月、夜空と地上との間には月明かりに浮かぶ尾根のシルエット、地上には暗い森の中に浮かび上がるように、月明かりを反射して輝く湖。幻想的な光景だな。
そんな幻想的な光景を眺めながら、書き終えたばかりの手紙をビンの中に詰め込む。
ボトルメール。
何通目になるだろうか? メロディの変動誘発のスキルで作成された、どこへ繋がっているのか分からない頭陀袋。その中へと放り込む。
ボトルメールは頭陀袋の中へと文字通り消えていった。
頭陀袋を脇に避けて岩棚に腰掛け、先ほどの保有スキルの情報開示と、情報交換の様子を思い出す。
◇
結局、強奪スキルについては タイプBを持っていることだけを明かした。
これにはさすがに皆が驚いていた。
しかし、一瞬だが、ボギーさんがわずかに口元を緩めたのは見逃さない。何となくそんな気はしていたが、あの人は薄々感づいていたようだ。
一番驚いていたのはロビンだ。驚いていただけでなく、思いっきり睨まれた。
まあ、恨まれてそうだな。
ロビンから見れば、自分がどんな思いで強奪スキルを所有していることを告白したかを分かっていて、俺は隠し続けたわけだ。不信感いっぱいだろう。
テリーと黒アリスちゃん、白アリは強奪系のスキルを結構本気で狙っていたらしく、かなり羨ましがられた。もちろん、小言つきでだ。
「あたしも欲しかったから隠したい気持ちは分かるけど、ロビンやボギーさんが教えてたんだから、もっと早くに教えて欲しかったなあ」
「まったくだ、水臭い。でも、まあ、気持ちは分かる。俺だって、もし取得してたら隠してただろうしな」
「ミチナガさんが強奪系をもっているのを知っていたら、もっと魔物狩りのときとかも違ったやり方できたじゃないですか」
ひとしきり、羨ましいだの、ずるいだの言われた後で、白アリとテリー、黒アリスちゃんがフォローをしてくれた。
三人とも何でもないことのように、「やれやれ」といった雰囲気で軽く流してくれていた。
三人の心遣いに俺の良心がキリキリと痛む。
これはいくらかでも正直に話をしたというよりも、今後のスキル取得のハードルを下げるため、といった打算の意味合いの方が強かっただけに、本当に心が痛む。
俺が今所有している属性魔法と強奪スキル タイプAとタイプCを除いたスキルを伝えた。
さらに、女神からもらった神獣なスライム――カラフルとその能力を明かす。
召喚魔法については銀髪と単独でやり合うにあたって既に伝えてあったので流し、カラフルを召喚魔法のおまけで入手したことを付け加えた。
「何ィ? あの役に立つスライムがおまけだァ?」
セリフと共に
「ちょっと、あんたね。おまけであんな可愛らしいものを貰ったの? 女神さまに
「あのスライム、頭も良いし、もの凄く役に立ちますよね」
「あれって、気持ち良さそうですよね」
白アリ、黒アリスちゃん、聖女が、葉巻を飛ばしたボギーさんを笑った直後に、次々とまくしたてる。
聖女のセリフは深く考えないようにするとしても、白アリのセリフにドキリとさせられた。
表情に出ていなかったか不安でならない。
その後、数分間もカラフルの能力の話題が続いた。
いや、肝心なのはそこじゃあない。これ以降、強奪系スキルが話題になることはなかった。
想像でしかないが、必要以上にカラフルのことを話題としたのは、ボギーさんをはじめとした皆の優しさなのだろう。
優しくされればされるほど、つらい。
もちろん、俺の被害妄想の可能性も十分にある。あるのだが、理屈じゃなく良心が痛む。
後はひたすら良心の痛みに耐えながら、というか心情的には針のむしろ状態で情報交換を進めた。
そして、今夜の時点では、ロビンから覚醒について話を聞くことはなかった。
◇
風で湖面が揺れるのにあわせて、夜の闇の中に光が揺れる。そんな光を眺めながら食後の席の話し合いに思いを馳せる。
「ミチナガさん」
不意に背後から柔らかな声が聞こえた。黒アリスちゃんだ。
「どうしたんだ?」
先ほどの話し合いを思い出していたのも手伝ってか、気まずさを覚えながら振り返る。
無言で俺の左隣に腰をおろして軽く寄り添う。
「月が奇麗ですね、怖いくらい……」
冴え冴えとした大きな月に視線を向けたまま俺の左腕を抱き寄せる。
心臓が大きく脈打つ。
決して俺の左腕が黒アリスちゃんの胸に当たったからだけじゃない。いや、むしろセリフの方にドキリとする。
どこぞの文豪の翻訳に掛けてたりしていないよね。
「ああ、本当に。ここが危険な世界だなんて忘れそうになるよ」
取りあえず、文豪のことは意識から追いやり黒アリスちゃんの方へ向きなおる。
俺の左腕に抱きついた手に右手を被せてさらに話を続ける。
「さっきはありがとう。スキルのこと……皆に伝えるのが怖かったんだ」
「いいえ、本当のことを言ってくれて嬉しかった。でも、出来れば私だけに先に教えて欲しかったな」
頬をわずかに染めて微笑む。月明かりに照らされた、彼女の長い
いつもとは違った雰囲気がある。
いつもの彼女なら、頬を染めたらそのまま視線を逸らせてしまう。でも、今は真っすぐに俺のことを見ている。
そのエメラルドグリーンの瞳に吸い寄せられように顔を近づけると、その美しいエメラルドグリーンはそっと閉じられた。
さらに近づき唇を重ねる。
俺の左腕に回された彼女の両腕が解かれ、その手のひらが俺の両頬にそっとあてがわれる。
「いひゃい(痛い)」
俺の両頬にあてがわれた手は次の瞬間、両頬をそれぞれ親指と人差し指でつまんでひねり上げた。
慌てて、目を開けて視認できるだけの距離を取る。
え? 女神さま?
目の前には優しく微笑む女神さまがいた。
なぜ女神さま? え? 夢? いつから? フェアリーの加護? 連日?
さまざまな疑問が次々と湧きあがる。
「あの、いひゃい(痛い)です。放してもらえませんか?」
湧き上がる疑問を差し置いて、真っ先に飛び出したのは自身の解放を訴えるセリフだった。
俺がセリフを言い終わる前に女神さまは両手を放してくれた。
そして、真っすぐに俺のことを見つめて微笑んでいる。
なぜだ?
前回同様に鬼の形相で
やっぱり、これは夢なのか?
いや、そもそも女神さまが出て来てる時点で夢だよな? あれ? 何だろう? 俺自身、かなり混乱をしているような気がする。
もう一度、女神さまをよく見る。
確かに微笑んでいる。優しく穏やかな微笑みをたたえている。微笑んでいるが目が笑っていない。
俺の中の何かかが警報を鳴らしている。警戒しろっ! 危険だっ! 注意しろっ! 逃げろっ!
心臓が激しく脈打つ。
「何てことをしてくれたんですか、あなた方はっ!」
身体が硬直して身動きとれずにいる俺に向かって、女神さまが口を開いた。それと同時に笑顔が消え昨夜と同様、いや、それ以上に鬼の形相の女神さまが現れた。
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