第131話 避難と拠点設営

 ラウラ姫一行とアイリスの娘たちを守りながら戦うには、あのデスサイズの群れは相手が悪すぎる。

 そう判断をして、廃村から百キロメートルほどダナンの砦方面へと戻り、尾根の逆側に新たな拠点を設営した。


 この新たな拠点から廃村付近を五日間監視する。

 五日間経過しても、廃村付近からこちらへと正体不明の武装集団が進軍していなければ、ミッションである五日間の足止めができたものとして、作戦の第二フェーズ完了である。


 拠点移動には全員一致で賛成だったのだが、新たな拠点での五日間の滞留――足止めの確認は疑問の声も上がった。

 正直なことを言えば、俺自身も正体不明の武装集団が、これ以上進軍してくるとは思っていない。


 しかし、そこは作戦行動のひとつだ。

 自分たちの勝手な思い込みや憶測で、作戦を完了したものとして、次の作戦行動に移るわけにはいかない。

 そのことを伝え、五日間の駐留を全員に納得してもらった。


 そこからの五日間は、廃村付近に潜む正体不明の武装集団の動向監視とお互いのスキルの確認と情報交換。

 講師不在だがモンスターテイムと魔道具作成、魔力付与の講習会の続きをやったり、個別でのスキル修得や周辺の魔物狩りを行ったりして過ごすことで意見が一致した。


 ◇


「よし、設営はこんなもので良いな」


 新たな拠点の設営が完了したところで、拠点とその周囲に改めて視線を巡らせて確認をする。


 周囲の状況は、廃村近くに設置した拠点と然程さほどかわり映えがしない。

 ダナンの砦へと向かう街道の南側は険しい岩山で、街道を挟んだ北側には森が広がっている。岩山の尾根の逆側――南側にも森が広がっている。


 岩山を挟んで南側と北側とでは素人目にも植生が違って見える。北側の森は針葉樹が多く、南側は広葉樹が多い。また、ツタ類も多く生えているように見える。

 植生が違うということは、生息する魔物や動物も違いそうだな。


 何かの役に立つかもしれない、あとで、調査をしておくか。


 今回の拠点の近くには湖と川がある。

 岩山の中腹から、その南側に広がる森へと続く小さな川があり、森と岩山のふもととの間に湖が広がっていた。


 先ほどまで、川くだりを楽しんでいた水の精霊ウィンディーネが、今はふもとの湖で遊んでいるのが見える。

 水の精霊ウィンディーネが気持ち良さそうに泳いだり遊んだりしているくらいなのだから澄んだ川や湖なのだろう。


 それにしても自由すぎるな、精霊。

 白アリのアイテムボックスに自分の意思で出入りできる上、皆が作業をしているときに大手を振って水遊びか……精霊とはかくも闊達かったつな存在なのだろうか。


 精霊への疑問をそのままに、視線を眼下に広がる森から再び設営した拠点へと戻す。


 岩山の山頂付近の岩場を整地して、岩山の一部に穴を開けて洞窟のようにし、風雨をしのげるようにした。

 さらに森から木を移植して日中でも木陰ができるようにしてある。


 険しい岩山の山頂付近、ここまで侵入してこられる動物や魔物は限られている。

 加えて、見通しが良い上に人工の洞窟が避難所として機能する。敵を発見してから避難して洞窟の入り口を魔法障壁で覆えば、十分に時間稼ぎはできる。


 魔法障壁を展開する時間はそう長くなくとも良い。

 俺たちが異変に気付いて駆けつける時間を耐えられれば十分だ。


「この後はどうしますか?」


 黒アリスちゃんがアンデッド・アーマードタイガーを伴って、拠点からこちらへと歩いてきた。


 その後ろをボギーさんと憔悴した表情の聖女が歩いてくる。聖女の足取りは重そうだ。

 あの様子だと、ボギーさんにこってりとしぼられたな。あの二人の場合、リスク管理というか安全基準の乖離かいりが激しいのもある。だが、今回ばかりは全面的に聖女が悪い。自業自得である。


 ボギーさんは自分単身や俺たち転移者だけだと、かなりの無茶をする人だが、守るべき対象がある場合はもの凄い安全マージンを取る。

 今回の場合の守るべき対象は、ラウラ姫一行とアイリスの娘たちと奴隷たちだ。


 逆に聖女はそのあたりが緩い。

 別に守るべき対象を軽視しているわけではないのだろうが、自分自身だけでなく、俺たち転移者の個々の能力も織り込んで、安全マージンを設定しているふしがある。


 ボギーさんは懇々こんこんと説得と説教をしていたが、聖女のあれは一度や二度は痛い目をみないと直らないだろう。

 説得や説教をするだけ疲れる。そんなことをするくらいなら、周囲の人間が聖女の安全基準の低さを織り込み済みで対処した方が負担が少なくてすむ。


「一休みしたら安全確認範囲を広げるか?」


 テリーが左右にティナとローザリアを伴って数メートル離れた場所へと空間転移で現れた。


「皆、いろんな意味で疲れているとは思うが、安全確認の部隊を二つと留守の部隊を編成して、それぞれ南側の森と北側の森の動物と魔物の調査をしようと思うんだ」


 テリーの問いかけに賛成をして、簡単なプランをその場にいる人たちに聞こえるように言う。


「では、全員を集めて一休みしましょうか」

 

 そう言うと、黒アリスちゃんはアンデッド・シルバーウルフとアンデッド・フェニックスを呼び出した。

 さらに、アンデッド・アーマードタイガーも含めて、三体の使い魔にメモ書きをくわえさせて使いに出した。

 

 便利だよな、使い魔。あんなのを十五体も持てるのか。

 正直、羨ましい。

 モンスターテイムだと五体だったな。五体でも良いので便利そうなのを早いとこそろえたいものだ。

 

「ありがとう。じゃあ、皆でテーブルとかの用意をしようか」


 その上で、今夜か明日にでも、所有スキルのオープンと情報交換をしよう。というセリフを呑み込み、その場にいた人たちに向かって、拠点へ戻るようにうながす。


 まいったな。先延ばしにしてしまったか。

 所有スキルのオープンや情報交換にまだ戸惑いがあるな。いつまでも先延ばしにできるものでもないし、今夜にも転移者だけで集まるか。


 自身の躊躇ちゅうちょに後悔の念を感じながら、俺自身も設営したばかりの拠点へと歩を進めた。


 ◇


「一度覚えた知識系や体術系のスキルは、スキル強奪 タイプBで生贄として消費してもすぐに再取得できる。もっとも、高レベルにするにはそれなりに鍛錬は必要だがな」


 ボギーさんが、葉巻を左手でもてあそびながら、ロビンに視線を固定している。


 自分に向けられた情報、助言であることを理解したロビンがボギーさんに質問をする。


「体術系というのは、投擲術とか剣術ですよね? 知識というのは調合や鍛冶、魔道具作成といった生産系のことですか?」


 いつも落ち着いた感じのするロビンだが、興奮しているのだろう、まるで落ち着きがない。文字通り、テーブルに身を乗り出して聞いている。


 周辺調査のチーム分けと休憩を兼ねてお茶を飲んでいる席でのできごとだ。


 モンスターテイムや魔道具作成、魔力付与などの講習会でのスキル修得が上手く行かないとの話題になった。

 結局、この間の講習会でスキル修得できたのは、ローザリアひとりだけだった。それもモンスターテイム レベル1をひとつだけだ。


 それに対する不満がポツポツと出始めるや、あっという間に不満が広がる。もちろん転移者だけに、である。

 アイリスの娘たちは半ばあきれ顔でこちらを見ている。いや、見ているだけじゃない、「また贅沢なことを言っている」「三日で何を覚えるつもりだったの?」といったお互いに耳打ちする声が聞こえてきた。

 さすがに、立場もあるのか、奴隷たちからは余計な言葉は聞こえてこない。

 しかし、何ともいえない微妙な空気が流れている。「この人たちは何を言っているの?」とでも言いた気な表情でお互いに視線を交わしている。


 気持ちは痛いほどよく分かる。

 俺も心情的にはアイリスの娘たちや奴隷たちに近い。それは、「やれやれ」という空気を漂わせているボギーさんとテリーも同じだろう。


 アイリスの娘たちではないが、そもそも、講習会は三日間しかやっていない。

 三日間でレベル1とはいえ、スキルを修得しようというのが、贅沢な話だし、世の中をなめている。


 学習とか修練というのは継続と積み重ねだ。一朝一夕に身に付くものじゃない。

 魔物や人様のスキルを奪っている俺が言っても、今ひとつ説得力に欠ける気もするが、そこは棚に上げよう。


 女性陣を中心にスキル取得に関する話題がヒートアップしそうになったところで、ボギーさんが先ほどの、一度取得したスキルは再取得しやすい。という話題を持ち出した。


「もちろん、再取得だけじゃあネェ。関連するスキルや近似なスキルも比較的取得しやすいぜ」


 視線をロビンから白アリ、黒アリスちゃん、聖女とゆっくりと移す。ボギーさんの視線の移動に合わせて三人の表情が何か思案するように変わっていく。


「……それって、実証済みなんですよね?」


 ロビンも、一瞬、考えるような表情になったが、すぐさまボギーさんに向かってさらに身を乗り出す。


 もの凄い食いつきようだ。

 スキル強奪 タイプBを持っていても、生贄にするスキルに苦慮しているのがよく分かる。


 そろそろ、周辺調査に動きたいのだが、言い出せる雰囲気じゃあないよなあ。

 ボギーさんの話を食い入るように聞いている皆の顔を見渡す。


 転移者だけじゃない。

 アイリスの娘たちや奴隷たちまで真剣な表情で聞いている。

 いや、行儀の悪いことだが、隣のテーブルにいるラウラ姫一行まで聞き耳を立てていた。 

 

「さあ、続きは今夜にしようか。情報を持っているのは俺だけじゃあないだろう? それにそろそろ調査に行かないと日が暮れちまうぜ」


 ボギーさんがちょっとおどけた感じで、ウインクしながら肩をすくめ、俺へと視線を移す。


「そうですね。さあ、周辺の調査をしようか。その後、情報交換だ」


 俺たち転移者はさらに、所有スキルのオープンをしよう。との言葉は口に出さず、意味あり気に転移者へと視線を投げかけた。

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