第130話 罠と攻略(3)
無事な魔物がいないかを捜索しながら、十七階層目の床に細かな亀裂を入れていく。
当然、光魔法で光球を放ち目視確認に必要な十分な明かりを確保している。
もちろん、それだけじゃあない。
魔物の捜索に見落としがあってはいけない。
風魔法による音波を利用しての感知――ソナーと、火魔法による温度感知――サーモセンサー、空間魔法による空間感知と視覚を含めた四つの捜索手段を駆使している。
加えて、マリエルとレーナの夜目と遠見。さらに、狐の獣人であるメロディの聴覚と嗅覚を併用しての捜索も行う。
これだけやれば、生存している魔物を見落とすこともないだろう。
俺たちはマリエルとレーナを先頭に、ゆっくりと捜索を進めていく。
振り仰げば、一階層目からここまで、見事にぶち抜かれた大空間が広がっている。
もちろん、ただぶち抜くだけじゃない。
簡単に崩れないように補強もしてある。
下の階層へスムーズに落下、或いは、滑り落ちるように急勾配の坂道を用意してある。見ようによってはアトラクションのようだ。
先ほどのクモ――まだら赤グモと呼ばれている魔物だが、ボギーさんと聖女が知っていた。
あちら側の異世界の迷宮で遭遇した魔物で、その保有スキルと糸でオーガを絡め取ったことから想像した通り、相当に厄介な魔物らしい。
あちら側の異世界でも、その身体の大きさからは想像できないほどの糸の強度で、敵――魔物や探索者たちをがんじがらめにしていたそうだ。
頑強な糸で動きを封じてくる上に、強力な神経毒を持っている。
そして、その毒腺と糸が高額で取り引きされる。
毒腺は毒を抽出して、大型の魔物の討伐に利用される。これはまだら赤グモの毒に限らず、多くの魔物から採取した毒の利用用途として一般的なものだ。
まだら赤グモの糸は魔力の伝導率が高く、魔力を通すことで強度が増す。
また、耐火性、耐水性、断熱性に優れているため、マントや外套、鎧下や魔術師の衣服の材料として
強力で厄介な攻撃手段を持っているばかりか、貴重な素材である魔物の出現を確認したことから、十七階層以降は慎重に対処することとなった。
◇
十七階層目ともなると、こちらも大分慣れてきて、亀裂も細かく入れられるし、爆破も最小限の火力に調整ができるようになってきた。
反面、落石が小さくなったためか、下の階層となり魔物が強力になったためか、魔物の生存率が上がっている。
「あっち、あっちにも赤いクモがいるよー」
十七階層目の調査と亀裂を入れる下準備も終わりに差し掛かろうとしたときに、前方からマリエルが大声を上げて手招きをしている。まだら赤グモを発見したようだ。
「どんな状態だ?」
パーティーの戦闘を担当する俺とボギーさんが、マリエルが空中でピョンピョンと跳ねて、全身で示している場所へと足を速める。
「まだ生きているな」
俺が鑑定するのと同時に、ボギーさんがマリエルの真下にいるまだら赤グモの生存を告げた。
視認できる距離まできた。この十七階層目で発見した、七匹目となるまだら赤グモだ。
岩で腹部が潰されているが、まだ生きていた。
「岩の下敷きになっているけどまだ生きているよー」
俺とボギーさんが到着すると、マリエルが、すぐさま俺の背中に回りこむ。恐る恐るといった感じで、俺の左肩口から顔をだして、岩の下敷きになっているクモを覗き込む。
今しがたまで、この瀕死のクモの上空でピョンピョンと跳ねていただろう。
マリエルも怖くて隠れているのではなく、怖がる振りをして甘えているようだ。捜索にも大分慣れてきた証拠だな。
「兄ちゃん、すまネェ。こいつからスキルを奪わせてもらうぜ」
そう言うボギーさんは既にこちらを見ていない。覆いかぶさるようにして瀕死のまだら赤グモを見つめている。
気持ちは痛いほどよく分かる。先ほどの俺がそうだった。
ここからでは分からないが、最上の獲物を目の前にしたトラのような目をしているのだろう。
ボギーさんの手が伸びる。
その指先がまだら赤グモのつぶれた腹部に触れると、瀕死の魔物のその生存を助けた、己を強者たらしめたスキルを人や他の魔物が恐れたスキルをひとつずつ奪っていく。
ボギーさんが奪ったスキルは、先ほど俺が奪ったスキルと同じものだ。
物質強化レベル3
隠密レベル3
幻影レベル1
魔力精密操作レベル1
これは好都合と考えよう。
ボギーさんがこれらのスキルをどう使うのか参考にさせてもらおう。
「すまなかったな。終わったぜ」
何とも満足気な笑みを浮かべてこちらを振り返る。
その瞳には、はたして俺たちのことがちゃんと映っているのか? 映ってはいても心ここに在らずといった感じだ。
たった今奪ったスキルの利用方法に思いを馳せているかのような表情だった。
◇
攻略を進めながら、支柱や壁の補強と地表が崩落したときに、そのまま下層階へと落とせるように、一層目から下層へと繋がる傾斜を作成しながら進む。
十八層目、十九層目、二十層目と順調に床を破壊して各階層を攻略していく。
ところが、強力な魔物や新しい魔物は見かけたが、特に有用な、奪うことのできるスキルを持った魔物は出てこない。
いや、まだら赤グモは何匹どころか、何十匹も出てきているのだが、新たなスキルという点ではロビンはともかく、俺としては得るものがない。
とはいえ、そんなことを言えるわけもない。
皆と一緒に、高いテンションを維持しつつ、ホクホク顔で、まだら赤グモの糸を採取する。
自分でもよくやると感心をする。
「ところで、何層目まで攻略をするつもりですか?」
俺と同様に、若干固さの残るホクホク顔で、糸の採取を行うロビンが聞いてきた。
作戦会議では二十層目前後まで攻略をして、さらに数階層に届く穴と滑り落ちる坂道を作成して、完了とする段取りだ。
「そうだな。次の階層、二十一階層目を攻略したら、あとは数箇所にさらに下の階層へとつながる穴や坂道を用意して終わりにしようか」
大きな声を出したのもあってか、俺の声が、ぶち抜かれたダンジョンの中に反響する。
「了解、あと一仕事だな」
テリーが真っ先に返事をし、その後に皆が思い思いの返事で了解の意思を示した。
◇
「ところでさあ、この世界って特許とか知的財産権とかの概念はないわよねぇ」
何をいまさら、という質問を白アリが、誰とはなしに投げかけた。
本人も特許や知的財産権があるなどとは思っていないのだろう、口調も表情も、もの凄くなげやりだ。
「無いと思いますよ。どうしたんですか?」
「うーん、この「床落し」をダンジョン攻略方法として特許取れないかなぁ、と思って」
キョトンとして尋ねる聖女に白アリが、気だるそうに応えた。
「いや、無理だろう」
「そもそも、こんな攻略ができるパーティーなんてないだろう」
俺とテリーの否定的な答えが、即座に重なる。
「あちら側とこちら側、双方の転移者の情報を総合して考えても、転移者、それも相当に優秀な部類の転移者が、十名近く必要だろうな」
ボギーさんが足を止めて、白アリのほうを振り返り、そのまま皆を見渡してからさらに続ける。
「今まで言う機会もなかったが、ここにいるメンバーは転移者の中でも相当に優秀な部類に入るはずだ。それは光の嬢ちゃんも同じ意見だと思うぜ」
「ええ、私もその通りだと思います。ボギーさんやロビンさんのように、強奪系のスキルを所持している人は別に考えても、皆さん、魔法スキルの所有数が多いです。それも全員がレベル5の魔法スキルを所有しています」
聖女がボギーさんのあとを引き継ぐように、ボギーさんに向かって小さくうなずいてから話した。
「あちら側の異世界でスキルの所有数トップは強奪タイプAを所有していたリーダーのライト・スタッフ。次いで強奪タイプBを持っている、俺。その次が光の嬢ちゃんだ」
ボギーさんはソフト帽子を目深に被りなおして、さらに続ける。
「もちろん、サンプルが少ないのは承知している。断言もできない。その辺りのことは、兄ちゃんが倒した三人の転移者の情報を交えて戻ってから少し話す時間を取ろうか」
そう言うと両手を大きく広げ、再び皆に背を向けてパーティーの先頭を歩き出した。
「そうだな。今はここを終わらせてさっさと戻るか」
ボギーさんの背中から皆に視線を移して、罠の完成を急ぐようほのめかす。
「賛成だ」
すかさずテリーが同意をしてくれる。
「そうね、所有スキルのこともそろそろオープンにしても良いんじゃないかしら」
白アリがいつもテリーがするような肩をすくめる仕種をしてから、特に視線を定めず見渡すようにしながら言った。
「私も白姉に賛成です」
間髪いれずに黒アリスちゃんが白アリに賛同し、そのまま歩く速度を上げて白アリに追いつく。
「じゃあ、さっさと罠を完成させちゃいましょう」
聖女がにんまりと笑いながら、俺の肩を叩いて、追い越していった。
最後尾を歩いていたロビンが苦笑しながら、メロディ、ティナ、ローザリアに足を速めるようにうながす。
この作戦が終わったら、スキル情報のオープンか。さて、どうするかな。
転換期になりそうだな。
罠の完成よりも、作戦完了後のミーティングのほうに意識を傾けた状態で、歩く速度を上げた。
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