第129話 罠と攻略(2)

 地表が崩れないように支えとなる支柱をいくつも作りながら、ダンジョンの下層を目指す。


 もともと上層階が広がっておらず廃村の下まで届いてなかった。このため、廃村の下までダンジョンにつながる空間を広げる。

 廃村の地下には地表が崩れたら、あとは滑り台のように転がり落ちるように急勾配きゅうこうばいの坂を用意することにした。十階層近くまで縦穴を作るよりも、斜めに滑り台状の坂を用意して三階層辺りにつなげる。あとはそのまま下に落ちてもらうだけだ。


「崩れないように慎重に頼むぞ」


「任せてよ」


 一番大雑把な白アリが真っ先に、自信満々で返事をする。


 その自信の根拠は何だ? どこから来るんだ? という、内心に渦巻く疑問は表に出さずに粛々と第一階層目の床を破壊する準備を進める。


 ダンジョンの床に土魔法で亀裂をいくつも作り、その亀裂をターゲットにして小さな爆発を無数に起こす。

 もちろん、地表が崩れたり陥没したりしては罠にならない。支柱はしっかりしたものを計画的に用意した。


 作戦は敵を廃村と整地した広場へ誘い込み、支柱を破壊することでダンジョンの下層へ落として足止めをしようというものだ。

 後は五日間の足止めができたことを確認して完了だ。


 ◇


「こんなものでやってみるか。火魔法は小規模な爆破で頼むよ」


 一階層目の床、ほぼ全面に土魔法で細かな亀裂を入れて、崩れやすい状態となったのを空間感知で確認しながら、火魔法の準備に入るよう全員にうながす。


 このダンジョンの一階層目は非常に狭い。

 サッカースタジアムほどの広さしかない。さすがに二階層目からはそれなりの広さになるが、それでも、サッカースタジアム四つほどだろうか。五階層目でようやくトールの町にある北の迷宮の一階層目ほどの広さになる。


 魔物にしても、三階層目でようやくコボルドに出会った。

 一匹だけだ。

 どうやら道に迷っていたようで、出会った瞬間に思考停止におちいり固まっていた。慌てて逃げようと背を向けたと同時に、テリーの水の刃がコボルドの首を落とした。


 そんな状況なので三階層辺りまでは一気に破壊を行う予定だ。


「さあ、じゃあ、派手にやりましょうか」


 大きく右腕を回し、長い黒髪が揺らしている。その茶色の瞳には意欲をたぎらせている。


「ダメだからなっ! 派手にやっちゃダメだからなっ!」


「やーねぇ、単なる掛け声よ、掛け声。本当に派手にやったりなんかしないわよ」


 俺の言葉に白アリが、パタパタと手を振って否定しているが、怪しい。その引きつった笑顔と頬を伝う汗は何なんだ?


 今回の「床落し」、最も広範囲に爆裂系火魔法を仕掛けるのが俺と白アリだ。俺たち二人で全体のほぼ半分を担当する。

 そのうちの一人が派手に爆破なんてしたら大変なことになる。何よりも罠としての用をなさなくなってしまう。


 最悪の事態を想定して、念のためクギを刺しておく。


「さあ、とっととやっちまおうゼ」


 ボギーさんが不自然なせきをしながら先をうながす。本人は何気ない風を装っているつもりなのだろうが、必死に笑いを堪えているのを隠せていない。


「明日には敵もくるんだし、早めに終わらせて、今夜はゆっくり休みたいな」


 夜、ゆっくり休む気などないテリーが、ティナとローザリアの腰に手を回した状態でもっともらしいことを言う。


 冷たい。白アリと黒アリスちゃんの氷点下の視線がテリーをとらえる。

 しかし、当の本人はその視線や扱いに慣れたのか、気にする様子もなくティナとローザリアの腰に回した手を微妙に動かしている。


 強いな。

 何かが吹っ切れたのだろう。「ハーレムは奴隷でそろえる」と言い切っていただけある。


 それとは対照的に、白アリと黒アリスちゃんの視線を気にしてなのだろう、下を向いたままなのがティナとローザリアだ。

 テリーには逆らえない、さりとて、ノリノリで応じるのも周囲の視線、特に白アリと黒アリスちゃんの視線が気になるのだろう。


「そうですね、始めましょう。トレインの下見とかもしたいですし」


 作戦会議の段階から、トレインに並々ならぬ意欲を示す聖女が、テリーの左右の手に羨ましそうな視線を向けながら言った。


「トレインか。気が進まネェな」


 聖女の言葉に、ボギーさんの笑顔が消えた。トレインに何か嫌な思い出でもあるのだろうか?


「じゃあ、始める。撃てーっ!」


 俺の号令で火魔法担当者が一斉に爆裂系火魔法を放つ。

 細心の注意をはらって放たれた小規模な爆発が無数に炸裂する。


 小規模な爆発とはいえ、数が数だけに轟音が響く。

 さらに、崩れた床がその重量をもって第二階層の壁や床に衝撃を与える。


 予想以上の衝撃だ。


「ちょっと怖いですね」


 黒アリスちゃんが俺の左腕を両手でつかんだ状態で、崩れ落ちる床を覗き込んでいる。


 右腕はメロディがつかんでいる。

 どうせなら、「しがみついて欲しい」との考えが頭をよぎるが、同時に先ほどのテリーの姿と白アリと黒アリスちゃんの零下の視線がフラッシュバックする。


 ここは流されちゃいけない。

 仮に腰に手を回すにしても、黒アリスちゃんだけだな。メロディのほうは、俺がいろいろと吹っ切れば、いつでもどうとでもできる。


「こりゃあ、支柱を土魔法でもっと強化しておく必要があるな」


 ボギーさんの言葉が俺を現実へと引き戻す。


「そうですね。支柱と壁の強化をしましょうか」


 空間感知で支柱と壁の状況を確認しながらさらに続ける。


「黒アリスちゃんも、メロディも仕事が増えたけど頼むな」


 未だに俺の腕をつかんで離さない二人を交互に見ながら、言葉をかける。


 もちろん、両手は動かしたりしない。不自然なほどそのまま固定をしている。

 白アリは……普段と変わりない。二階層へと落ちた床を考え込むように覗き込んでいる。火力調整をシミュレートしているのか?

 

 ひとり、熱い視線を投げかけてきている。

 聖女だ。

 熱いというか、嫉妬が混じった視線に感じるのは俺の思い過ごしじゃないはずだ。


 ◇


 いったん、床の破壊を中断して支柱の強化を全員で行う。


 地味な作業だ。

 土魔法で支柱と壁の強化を終えてから、改めて二階層目の床の破壊準備に取り掛かる。


「足場が悪いな」


 つい、愚痴がでてしまう。

 足場に悪態をついているのは俺だけじゃない。あちらこちらで足場に対する文句がささやかれている。


 当たり前の話だが、一階層目の床――二階層目の天井にあたる部分のほとんど全てを破壊して二階層目に降りているので、二階層目の床は酷い状態だ。

 未踏の岩山よりも酷い。文字通り崩れ落ちた廃墟状態である。


 運の悪い魔物は岩の下敷きになっている。

 それでも即死したものはまだマシだ。岩の下敷きになって瀕死の状態で身動き取れない魔物もいる。


 なかには、岩を自力で排除して這い出そうとしているものもいた。

 死んでいる、或いは、身動き取れない魔物はそのまま放置し、動ける魔物を順番に排除していく。

 

「一階層目よりも亀裂を細かく入れて、爆破も小さくしよう。事前に床に入れた亀裂と自重じじゅう崩落ほうらくするように火力の調整を頼む」


 俺の言葉に全員が了解の返事をする。

 一階層目での反省を反映して、二階層目は土魔法での亀裂に重点をおく。


 ◇

 ◆

 ◇


「目からウロコねぇ。この攻略方法は今後も使えそうね」


 瓦礫がれきの下敷きになっている、リザードマンを瓦礫がれきの上からナパームのように広がる――広域系火魔法で岩や瓦礫がれきごと焼き払う。


「石焼イモみたいですね」


 岩や瓦礫がれきの下でくすぶっている、リザードマンから目をそむけながら、黒アリスちゃんがつぶやく。


 いや、そんな生易しいものじゃないから。

 あのリザードマンが石焼イモだとしたら、とてもじゃないが売り物になる状態じゃあない。


 上層階の崩れ落ちた床が、そのまま凶器となって下層階の魔物を襲う。

 ダンジョン内で利用できる広域の攻撃魔法など比べものにもならないほどの広範囲に渡って打撃を与えられる。


 崩落させた後――魔物を粗方始末した後で階層に侵入するので直接戦闘も少なく、見通しが良いので不意打ちを受けることもない。

 注意するとしたら、「湧き」くらいのものだ。


「白の嬢ちゃんが言うように、こんなに効率の良い攻略方法があるとは驚きだ。どうやって思いついた?」


 ボギーさんが土魔法で床に亀裂を入れながら、俺のほうを振り向いた。


「ミチナガー、こっちー。変なのがいるよー」


 半壊した壁の隙間から顔を覗かせて、マリエルが手招きをしている。


 ボギーさんがこちらを見るのとマリエルが呼ぶタイミングが重なる。


「いえ、偶然です。落とし穴を作るつもりだったのと、ここにダンジョンがあったので利用方法を考えていて、偶然に思いついただけです。攻略方法としては考えてませんでした」


 ボギーさんに向きなおり、返事をした後で、ジェスチャーで謝罪をしてそのままマリエルの方へと歩を早める。


 ボギーさんが左手を軽く挙げて応えるのが目の端に映った。

 

「どうした? 何かあったのか?」


 壁の裏側へと回ると、マリエルが空中で自身の肩を両手で抱いて、震えている振りをしていた。


 俺がなおも近づくのを確認してから、人差し指で自分の真下を指差す。

 それにつられるように、マリエルの真下にある瓦礫がれきの山へと視線を落とす。


 クモ? 大きなクモだ。大きいといっても、日本の三毛猫程度の大きさである。初めて見る魔物だな。赤を基調として黒と緑色のまだら模様の、見た目にもかなり気色の悪いクモが瓦礫がれきの下でその足をバタつかせている。

 鋭利な岩がクモの腹部を突き破って地面に縫い付けている。程なく死ぬな。


「初めての魔物だな。何かあったのか?」


 再びマリエルに視線を戻すと、通路の先の方を指差している。


「このクモから光る糸が伸びているの」


 そう言うと、フラフラと通路の奥へと先導する。


 そのままマリエルについて進むと、光る糸でがんじがらめにされているオーガが横たわっていた。

 オーガ自体は頭部に岩の直撃を受けたようで即死だった。


 あのクモ、オーガを絡め取るほどの強度のある糸をだすのか。

 危険だな。


「ありがとう」


 マリエルの頭をなでながら、先ほどの気色悪いクモのところへ戻る。


 さて、この危険なクモはどんなスキルがあるんだ。


 っな!


 驚いた。


 物質強化レベル3

 神経毒レベル3

 隠密レベル3

 幻影レベル1

 魔力精密操作レベル1


 神経毒レベル3は特殊スキルで奪えないが、他は奪える。


 タイプA 発動っ!


 スキル強奪 タイプAを連続発動させ、物質強化レベル3と隠密レベル3、幻影レベル1、魔力精密操作レベル1を軒並み奪ってから止めを刺す。

 

 思わぬ収穫だ。

 このダンジョン、他にも何かいるかもしれないな。

 

 弱小ダンジョンとはいえ、さすがに十七階層だ。思わぬ強敵がいたものだな。

 ここから先の階層は少し警戒レベルを引き上げるか。

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