第127話 崩落

 聖女のトレインが接敵した。


 ここからでも分かる。兵士たちの叫び声が違う。

 白アリのトレインをぶつけられた兵士たちとは一味違う。心の底からの悲鳴とはこういうのを指すのかもしれない。


 あの悲鳴が、オーガが原因なのか、デスサイズとかいうハチが原因なのか、もの凄く気になるな。


 そんなことを気にしながら、自分の放った魔物がこっちへ来ないように森と広場の間に火を放つ。

 ほぼ同時に、ボギーさんたち他のメンバーの持ち場でも火の手が上がった。


 予定通りに進んでいる。

 森へ燃え広がないように注意しながら、敵と魔物を広場へと釘付けにする。


 白アリがトレインを仕掛けた落石撤去部隊は、非武装だったこともあってか、味方の駐留する廃村――罠へ向かって一目散である。

 よし、こちらも良い感じだ。


 視覚と聴覚を聖女の方へと飛ばす。

 聖女がトレインを仕掛けた部隊ももの凄い勢いで逃げ惑っていた。一応、狙い通りに廃村、或いは、広場へ向けて必死の形相で走っている。


 追いかけるのはオーガとデスサイズだ。


 ん?

 一体のオーガの背中に、デスサイズの女王蜂がくくり付けられている?

 女王蜂を括り付けられているオーガが、涙目になっているように見えるのは気のせいだろうか?


 俺、疲れているのかな?


 女王蜂をくくりつけられたオーガが、助けを求めるように仲間のオーガのあとを追って、仲間のオーガはその助けを求めるオーガから、必死に逃げているように見えてしまう。

 先を走るオーガたちから、「こっちくんなっ!」そんな叫び声が聞こえてきそうだ。


 逃げ惑う兵士たちも、よく見ればオーガなど眼中にないようだ。

 オーガを飛び越えて、デスサイズを見てパニックになっている。


 デスサイズ、その名の由来となった鎌状の前足で逃げる兵士を捕らえる。

 殺傷力が高いとのボギーさんの言葉を思い出す。その鎌状の前足は容易に兵士たちの筋肉を切り裂いている。


 針の一刺しは、その毒でもって兵士たちから自由を奪う。

 痛覚は残っているようで、激痛を訴えながらも身動きできずに地面に横たわる兵士たち。あの針の毒は動けなくなるだけでなく激痛を伴うのか。性質の悪い毒だ。


 デスサイズはその凶悪な牙で肉や内臓を引きちぎり、団子状にしていく。

 毒で身動きできない兵士たちが生きたまま、肉を引きちぎられ、内臓を引きずり出されている。


 そんな、凶暴なハチが四方八方から高速で飛来し襲い掛かる。

 見事な動きだ。

 

 密集して飛んできたと思ったら、急に散開して襲い掛かる。

 急旋回やホバリングどころか、鋭角に曲がる急激な方向転換までしている。しかも、お互いにぶつかることもない。


 よほど優秀な魔術師か防御魔法に優れた者でもなければあれには対処できないだろうな。

 事実、次々と兵士が狩られて肉団子になっていく。


 もちろん、目先の敵や食糧確保に走るハチばかりではない。

 本来の目的を忘れずに、女王蜂救出のためオーガに襲い掛かるハチもいる。


 さすがのオーガも毒が回ってきたのか、ついに膝をついた。

 容赦のないデスサイズはオーガの体表を覆い尽くすように群がる。気色のよい光景ではないな。地球で見たテレビにあったなあんな光景。確か、スズメバチをミツバチが覆って熱で殺すとかってやつだ。


 この場合は、熱で殺すのではなく鎌のような前足と牙で肉体を破壊していく。

 ほとんどが腹部から食いちぎられていく。


 毒が回って身動きが取れない上、激痛を感じ、意識もある。

 死ぬ間際に生き地獄を味わっているようなものだ。そりゃ、嫌わられ、恐れられる魔物の上位に位置するわけだ。


 デスサイズ。なるほど、危険な魔物だ。

 あの危険な魔物がラウラ姫たちの待機する拠点へと飛んでいかないとも限らない。


 オーガも兵士たちも含めて、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。そこに聖女は見当たらない。

 巻き込まれたということはないだろうから、既に逃走したな。


 少し早い気もするが、罠を発動させるか。

 上空に火球を打ち上げ、罠の発動の合図をだす。その合図に続いて、「危険退避」の合図である火球の三連射を上空に向けて打ち上げた。


 この合図で全員が退避する段取りだ。

 ともかく、あのデスサイズは危険だ。俺たちなら対処できるが、アイリスの娘たちと奴隷たちでは対処はできないだろう。能力的には対処できそうなメロディにしても、対処する前に泣き出してパニックになるのが容易に想像できる。


 早々に拠点を引き払って、早めに安全圏に移動するようにしよう。


 合図と同時に、ダンジョン内へと転移する。

 廃村と周囲の整地された広場である地表を支える、地下――ダンジョン内にある支柱を次々に爆破していく。


 何本かの支柱を同時に破壊したところで、自重で地表――廃村とその周囲の整地した広場が崩れだした。

 崩れ落ちる地表と共に、駐留する兵士も逃げ惑う兵士も、魔物も、空を飛べないものは等しく、破壊された廃墟さながらのダンジョンに飲み込まれていった。


 崩れ落ちた廃村と広場は、二十一階層まで破壊されたダンジョンをそのまま滑り落ちていく。

 いや、破壊され廃墟となった二十一階層にはさらに下の階層へと続く穴がいくつも用意されている。運悪くその穴に落ちた者は、さらに下の階層へと落ちていく。


 かなりの数のデスサイズが、兵士やオーガを追って、ダンジョンへと降下して行くのが見えた。


 これで、正体不明の武装集団、一万名のうちおよそ八千名がダンジョンに飲み込まれたことになる。

 運がよい者、純粋魔法で身体強化が可能な者など、何割かは生還できたとしても、落石を撤去してダナン砦を目指すことはないだろう。仮にダナン砦に辿り着いたとしても脅威にもならないはずだ。


 チッ!


 二十匹近いデスサイズが俺を標的に定めたようだ。ダンジョンの下層へは降りていかずに真っすぐにこちらへ向かってくる。


 短い時間だが、戦い方と結果を見ていて理解した。広域の攻撃手段や全方位の防御手段を持たない者には、確かに脅威だ。

 だが、俺はそのどちらも所持している。


 残念だったな。

 密集隊形の編隊を組んでもの凄い速度で突っ込んでくる。そのデスサイズの集団に向けて、雷撃と火炎系、無数の風の刃を撃ち込む。


 真っ先に着弾した雷撃が、デスサイズの編隊を崩し統制と速度を奪う。

 続いて着弾した無数の風の刃が、デスサイズを切り刻む。攻撃力は高いが防御力は無いに等しい。

 風の刃によって攻撃力を、或いは、生命を奪われたデスサイズを炎が包む。俺に向かってきたデスサイズは、全て炎に包まれたままダンジョンの下層へと消えていった。


 さらに数十匹のデスサイズが、こちらへと飛来するのを視認した。


 さて、俺も消えるとするか。

 拠点に残してきたメンバーが心配だ。先に他のメンバーが帰還しているので大丈夫だとは思うが、飛来するデスサイズを無視して空間転移をした。


 ◇


「あんな危険なもの連れてくるんじゃネェっ!」


 拠点へ戻るなり、ボギーさんの声が響いた。

 珍しいな、ボギーさんが怒るなんて。いや、初めて見るかもしれない。


「ごめんなさいっ」


 聖女が米つきバッタのように何度も頭を下げている。


 すぐに予想はできたが、案の定、叱られていたのは聖女だった。

 

 そういえば、聖女がデスサイズを引き連れてきたのが分かったときも、あちらの異世界でもデスサイズで、酷い目にあったようなことを言っていたな。

 まさか、そのときも聖女が原因じゃないだろうな。


「あっち側の異世界と合わせて、これで二度目だぞ。確かにデスサイズでのトレインの効果は大きいがリスクも大き過ぎる。割に合わんっ!」


 ひたすら頭を下げ続ける聖女に、ボギーさんは微塵も同情をする様もなく、追い打ちをかけている。

 同情していないのは、ボギーさんだけじゃないようだ。

 白アリと黒アリスちゃん、テリーはもちろんのこと、アイリスの娘たちや奴隷娘たちまで小さくうなずいている。

 アイリスの娘たちや奴隷娘たちのこの世界の住人の方が、デスサイズの恐ろしさを知っている分、なおさらだろう。


 それにしても、あっち側の異世界でも聖女が原因だったのかよ。

 まさか、懲りるとか、反省するとかと無縁なのか? いや、あり得るな。


「まぁまぁ、聖女さんも反省しているようです。それよりも今は安全なところに逃げることを優先しましょう」


 ロビンが聖女とボギーさんの間に入り、無理やりこの場を収めようとしている。


 ロビンの言葉と同時に聖女の表情がパァっと明るくなる。

 やっぱり、反省はしていないようだ。頭を下げていたのも、その場しのぎなのだろう。


 しかし、ここで、反省しそうにもない、聖女の反省をうながして、時間を取るのももったいない。

 今は一刻も早くこの場を離脱しよう。


「ボギーさん、聖女のことよりも、今はここを離脱しましょう」


 俺の言葉を待っていたかのように、他のメンバーが聖女のことを、そっち退けで拠点の解体に動き出した。

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