第126話 接敵

 俺たちは廃村を引き払い、岩山の山頂付近――街道からみると山頂を挟んで反対側に陣取っている。

 街道からは死角となって見えない位置だ。


 反対側から見上げても、ふもとからは死角になる。

 岩を張り出させてひさしを作ったり、反対側にある森から木々を植樹して日陰を作ったりしてある。さらに衝立ついたてを巡らせて、その内側に冷却の魔道具を配置した。

 快適とまではいかないが、炎天下の過酷な状況はかなり緩和されている。


 上空からの偵察で、岩山の構造に詳しいものや、植物の生息範囲に詳しいものが見なければ、そこが不自然であることに、容易には気付かない……と思いたい。


 陣営は、整地してオープンテントを含めたいくつかのテントを設営した。もちろん、日除けを兼ねたカムフラージュをしてある。

 ラウラ姫やセルマさんが日射病や熱射病で倒れては大変だ。白アリと聖女がアドバイスしていたので紫外線対策も心配ないだろう。


 そしてそんな陣地で昼食の真最中である。


「何というか、ここまでこっちの思い通りに事が運ぶとはなぁ」


 ボギーさんが椅子の背にもたれ掛かった状態で視覚を飛ばしたようだ。昼食の準備を始めだした正体不明の武装集団を見渡しながら言った。


 そのまま、敵の軍団を眺めているのだろう、緩んだ口元にゆっくりと葉巻を持っていく。


「まったくです。もしかして? とは思ってましたけどね」


 こちらの用意した罠――廃村とその周囲に広がる整地された広場に陣を張っている、正体不明の武装集団を、昼食のスパイシーな味付けの鶏肉にかぶりつきながら、視界を飛ばして見渡す。


 軍団の大半は完全にこちらの用意した罠の内にある。

 成功すれば五日間の足止めは余裕だ。


 正体不明の武装集団が、街道を封鎖した落石の端に差し掛かるのが昼頃になるのは予想できた。

 落石の撤去に取り掛かるにしても、どうせならと昼食にするとは思っていた。


 しかも、近くには廃村とその周囲には俺たちが整地した広場が広がっている。ある程度の警戒はするだろうが、一万名の大軍団だ。

 必要以上に慎重になることはない。

 

 労せずに廃村と周囲の広場へ誘い込めるかもしれないとの期待はあった。

 そして、見事にこちらの用意した罠――廃村と広場に陣取って昼食の用意にいそしんでいる。


 もちろん、下端や奴隷と思しき人たちは落石の撤去に回されていた。

 また、後方の一部の部隊は街道に残っており罠を仕掛けた場所までは多少距離がある。


 トレインの魔物のターゲットとなるのは、この両端のくつろいでいない集団だ。

 捕獲した魔物は敵の退路を断つというか、罠から抜け出て森へ逃走するのを防ぐ壁にする。

 

「予定通り魔物をけし掛けて、上手いこと廃村と広場へ逃げ込んでくれれば良し。そうでなくとも、大半は罠の中なんだから適当なところで、ドンッ、といくか」


 俺も気が高ぶっているのだろう、左の手の平に右の拳を打ち付ける。 


「魔物の様子はどうなんだ?」


 ボギーさんがソフト帽子をいじりながら黒アリスちゃんのほうへ視線を向ける。

 ソフト帽子の位置が気にいらないのか、しきりに位置をずらしたり、被り直したりしている。


「お腹空かせていますよ。共食いとかしないように個別に格納して正解でした」


 苦手なスパイシーな味付けのチキンを遠くに押しやり、香草焼きのワイルドボアの肉を引き寄せる。


 そりゃあそうだろう。丸一日近く何も与えてないんだから。


「なんだか、自分たちはお腹一杯食べて、魔物たちはわざと飢餓状態にするとか。そこだけ拾うと、何か酷いことをしているように聞こえますね」


 ロビンが、黒アリスちゃんの押しやったチキンを、引き取る形で手を伸ばす。


「魔物は飢餓状態にするのが今回の作戦における戦闘準備だし、俺たちは腹ごしらえをして英気を養うのが戦闘準備なんだからしかたがないさ」


 さっさと食事を終え、デザートの柑橘系の果物を、凍らせては口に運んでいるテリーが自分たちの行いを正当化する。

 いや、正当化というよりも、気にしていないようだな。


 白アリと聖女のほうにそろそろ動きがあっても良い頃だが。


「まだ動きがないな。そろそろだとは思うんだが」


 視界を上空に飛ばし、前方の部隊――落石の撤去を始めた部隊と、後方の部隊――街道に駐留している部隊を視界におさめる。


 白アリと聖女は先に昼食を済ませて、マリエルとレーナをそれぞれ伴って別行動をしている。トレインを仕掛けるためだ。

 今回、事前に魔物を捕獲してあるので、トレインは予定から大幅に縮小して二つとした。


 トレインの経験のある聖女と、もの凄くやりたがっていた白アリが受け持つ。

 白アリはトレインの経験がないので、聖女からレクチャーを受けていた。二人ともキャアキャアと妙に楽しそうにしてたのが記憶に蘇る。


 トレインというのはそれほどに魅力的な戦術なのだろうか? それ以前に白アリは未経験のまま単独実行で大丈夫なのか? 疑問と不安が去来する。

 まあ、トレインが不発に終わるのは想定の範囲内なので、白アリと聖女、マリエルとレーナが無事ならそれで良い。

 

 生還するという点では、白アリは俺とボギーさんに次いで確率が高い。聖女にしても、空間魔法レベル2と光魔法レベル5を所持している。

 何かあれば助けに行ける距離だし、大丈夫か。


「来たようだぜ」


 ボギーさんが立ち上がり凝りをほぐすように肩と首を大きく回す。


「白姉の方が先ですね」


 黒アリスちゃんの言葉と同時に視界を軍団の前方――街道封鎖してある方の森へと飛ばす。

 木々が揺れている。

 派手な揺れではないが、その揺れはもの凄い速度でターゲットに向かっていた。


 随分と足の速い魔物を引き連れてきたんだな?

 そのまま視界を森の中、木々が揺れている場所へと移動をさせる。


 グレイウルフだ。

 かなりの数がいる。五十頭ちかくいるんじゃないのか?


 偶然にしても、よくあんな大きな群を見つけたな。

 いや、違うな。

 なるほど、複数の群か。それぞれの群のリーダーをテイムして引き連れてきたのか。

 その手があったか、と感心をする。


「接敵したっ」


 テリーが右フックを放つような仕種をしながら、短く伝えた。


「光の嬢ちゃんも来たようだぜ」


「派手だなー、後方の部隊が気付いて騒ぎ出してるぞ」


 ボギーさんの声に続いて、苦笑をしているような感じの、テリーの声が聞こえる。


 視界を聖女が引き連れてきたであろう魔物がいる辺り――木々が倒れたり大きく揺れたりしている辺りに飛ばす。


 倒木は聖女の仕業だった。

 重力の短槍の性能を遺憾なく発揮している。


 右に左にと、加重をかけた短槍を振り回して大木をなぎ払い、自分と魔物の通り道を作りながら誘導をしている。

 白アリとの時間差は三分くらいか。


 ん? 何かぶら下げている?

 木刀くらいの大きさの枝を担いで、その枝の先に何かを縛り付けている。人間の子どもくらいの大きさだ。


「何てものを引き連れてきたんだっ!」


 ボギーさんが悲鳴に近い叫び声を上げる。


 話の流れからすると、聖女の引き連れてきた魔物の中に何かやばいものでもいるのか?


 聖女の後方へと視界を移す。

 引き連れている魔物はオーガが四体とオークが十匹ほどと……ハチ? 全身真っ黒なハチが追ってきている。


「ハチか? 大きいけど……」


「ハチみたいですね……数も多いようですよ」


 テリーとロビンも視覚を飛ばしてその姿を確認したようだ。


「ありゃ、デスサイズってハチでスズメバチのように肉食の魔物だ。人間の赤ん坊くらいの大きさで針には毒、前足二つは鎌状になっていて殺傷力が高い上、牙も持っている。何よりも、スピードがあって数が多い。滅茶苦茶厄介なヤツだ」


「そんなに厄介なんですか?」


 テリーが探るようにボギーさんに聞く。


「選りに選って何でデスサイズなんだよっ! 散々苦労しただろうがっ!」


 当のボギーさんはテリーの言葉など聞こえていないのか、叫びながら天を仰いでいる。 


 聖女の担いでいる枝の先を、もう一度、よく見る。

 人間の子どもくらいの大きさのハチが縛り上げられている。察するにあれは女王蜂か。どうやって一人であれを捕獲したんだ? そっちのほうが気になるな。


なげいていても何の解決にもなりませんし、こっちも準備しましょうか」


 もの凄く、モチベーションの落ちた様子のボギーさんに真っ先に声をかけた。


 ボギーさんの様子からして、多分、相当厄介な魔物なんだろうな、あのハチは。


「ああ、そうだな。ただ、あのハチには気をつけろよ。ともかく数が多くてスピードがある」

 

 気を取り直したのか、急に真面目な顔つきで俺たちを見渡した。


 今ひとつハチの恐ろしさがピンと来ないが、俺たち四人はボギーさんの言葉に無言でうなずく。



 作戦は単純だ。


 罠を仕掛けた廃村とその周囲の広場へ敵を誘導する。

 街道にいる前後の部隊にトレインを仕掛けて、味方のいる廃村と広場へ退避させる。


 このとき、廃村と広場を越えて森へと逃げ込まないように、捕獲してある魔物を廃村と広場へ続く森に放す。

 俺たちの役割は森に放す魔物の搬送だ。


 先ほどまではそうだった。

 今はこれにデスサイズという名のハチへの対処が加わった。


「さあ、やるかっ!」


 テリーが掛け声とともに立ち上がりロビンの背中を叩くと、捕獲してある魔物のもとへと転移した。これに、ロビンが無言で続く。


「じゃあ、俺と黒の嬢ちゃんは先に行ってるぜ」


 火のついていない葉巻をくわえたまま、口笛を吹き始めた。そして、口笛の音と共に消えた。


「じゃあ、行ってきます」


 黒アリスちゃんが、はにかみながらウインクをして転移をした。


 転移する瞬間、あの真っ黒な大鎌を肩に担いでいたようにも見えたが、気にしないでおこう。

 うん、可愛らしいウインクだった。


 俺も持ち場である、森の入り口付近へと転移をした。


 ◇


 森の中から、昼食の準備に勤しむ軍団の様子をうかがう。

 落石撤去作業中の部隊の異変に気付いたのか、作業の手を止めてざわめき出した。


 グレイウルフに襲われている、撤去作業に従事していた部隊を何ごとかと見ている。

 味方が襲われているとはいえ、その表情は他人ごとだ。


 程なく、自分たちも魔物に襲われるとも知らないでのんきなものだな。


 さて、仕掛けるか。


 召喚!


 捕獲した魔物を次々と召喚する。全部で七匹。三匹のワーム――五メートルほどのミミズの魔物と四匹のジャガーのような猫科の魔物である。


 俺は召喚魔法、ボギーさんと黒アリスちゃんは使い魔とした状態でアイテムボックスに収納してあるのでそこからそれぞれ呼び出しているはずだ。

 テリーとロビンは岩山の中腹と森の入り口付近を何往復もしているはずだ。


 さて、そろそろ聖女のトレインが接敵か。

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