第123話 廃村

 さあ、戦線離脱だ。


 俺たち、チェックメイトの全員とアイリスの娘たちとその奴隷、これにラウラ姫一行を加えた、総勢二十六名が、この戦線を離脱する。

 もちろん、マリエルとレーナ、それに、欠食児童――水の精霊ウィンディーネもいる。


 敵前逃亡だなんだのと非難する連中もいたが、大半は俺たちの戦線離脱を歓迎してくれた。

 勝ち戦の見えたこの戦線から、火力の高い俺たちが抜けることで、自分たちが手柄を上げる機会が増えるのだから歓迎もするだろう。


 もちろん、また抜け駆けをして、もっと割の良い戦場に行くのでは? と勘繰る連中もいた。鋭いといえば鋭い。ある意味正解である。

 だが、概ね歓迎ムードの中、出発することができた。


 もちろん、出発前にルウェリン伯爵、ゴート男爵、士爵をはじめとした中央戦線の皆さんに挨拶をして回る。

 そして、前回の報告会で俺たちに好意的だった貴族へも挨拶をした。向こうも、俺たちが挨拶にくるなど予想もしていなかったようで、かなり驚いていた。社交辞令が九割以上だろうが、そのほとんどが、手を取って武運を祈ってくれたのには驚いた。


 そんな諸々の細かな準備を終え、後ろ髪を引かれる思いで出発をした。


 ◇


 ワイバーンで上空に舞い上がり、そのまま攻撃の届かない高度まで上昇する。

 

 眼下にダナン砦と対峙するように展開しているルウェリン伯爵軍と王弟軍を一望する。


 ダナン砦を扇の要と見立てると、ルウェリン伯爵軍と王弟軍が放射状に展開している。

 別の見方をするなら、ダナン砦へ向かって、魚鱗の陣を敷いているようにも見える。

 一点突破の構えだ。


 なるほど、改めて上空から俯瞰ふかんするとダナン砦は攻めにくい砦であることが分かる。

 ダナン砦の左右に、切り立った高い岩山がそそり立っている。

 陸上兵力があそこを抜けるには、ダナン砦を突破する以外に方法はなさそうだ。まさかあの岩山を大兵力で越えるわけにも行かないだろう。


 ルウェリン伯爵軍の軍議での取り決め通りなら、明日には仕掛ける。

 温存しておいた航空兵力、新生竜騎士団を投入する予定だ。ルウェリン伯爵が、早く使いたいのをここまで我慢した、新生竜騎士団を効果的に見せるお披露目となるはずだ。


 一点突破の構えはその布石。


 敵の意識をダナン砦の前方の一点へと向けさせ、防御の集中した中央部に新生竜騎士団が上空から魔法による遠隔攻撃で集中砲火を浴びせる。

 防衛ラインが崩れたところで、ダナン砦前方に展開している軍団で突破を図る。


 単純で分かり易い作戦だが、効果は期待できる。特に、現状の敵の士気や戦力を考えれば、難なく成功する作戦だろう。

 この結果をもって、ルウェリン伯爵が精強な竜騎士団を所有していることを国の内外へ知らしめる目論見だ。


 懸念は残る二人の転移者と未確認の転移者らしき人物だ。

 転移者ならば、この不利な状況で頑張るとは思えない。特に、隠れるようにしていた未確認の一名はそうだろう。


 希望的な憶測も多分にあるが、上層部のヒステリーじみた攻撃には付き合わず、ベール城塞都市まで引いてから対応策を考えるだろう。

 まあ、戦線を離脱する俺たちとしてはそれを願うしかないのだが。


 ダナン砦上空を、嫌がらせも兼ねて何度か旋回した後に、街道沿いに西へと進路を取る。

 眼下に伸びる街道は、南側を険しく高い山脈、北側を森が街道沿いに延々と続いている。


 カナン王国とガザン王国との国境となっている山脈沿いに伸びる街道を西へと向かう。

 第二フェーズはドーラ公国方面から山脈沿いの街道を東進する、正体不明の一団――およそ一万名の武装集団の足止めである。


 何のことはない、ドーラ公国のなんとかいう伯爵を中心とした功を焦った一団だ。

 交戦する必要はない。単なる足止めで十分だ。

 

 要は、ルウェリン伯爵の軍が、ベール城塞都市と対峙したときに、後背を突かれなければ良い。

 最低五日間、彼らの足止めを目的とした作戦を実行する。


 わずか二十名余りで一万の大軍を、五日間に渡って足止めすると聞けば、正気の沙汰とは思えない。

 だが、足止めするだけならそれほど難しいことではない。もっとも、俺たちなら、という条件はつくのだが。


 単なる足止めなら、街道に巨大な岩を落として埋め尽くせば良い。それだけで街道は封鎖できる。

 敵軍が岩の撤去をしている間に、街道のさらに先に岩を落として封鎖をする。これを五日間繰り返すだけで任務完了となる。

 南側を高い岩山、北側を大木の茂る森林に挟まれた狭い街道だからできることだ。


 必死で岩を撤去しているその先――見える場所に岩をどんどんと積み上げていく。さぞかし士気が落ちることだろう。

 考えてみれば酷い話だな。


 なんとかいう伯爵たちも、領地を出発したときにはガザン王国がここまで押し込まれるとは予想もしてなかったんだろうな。

 いや、未だにダナン砦の現状を把握していない可能性の方が高い。


 時間軸から考えて、グラムに集結したグランフェルト軍が、無傷でダナン砦へ入った辺りの情報で止まっていることだろう。

 少なくとも、ここ数日の戦況はつかんではいないはずだ。まあ、仮につかんでいたからといって、何が変わるわけでもない。何れにしろ辛酸をなめてもらうだけだ。


 ◇

 ◆

 ◇


 ダナンを飛び立って五日目、街道から然程さほど離れていない場所にあった廃村に立ち寄っている。

 いや、正確に言えば、飛び立って三日でここに到着し、二日間滞留している。


 理由は簡単だ。ここで敵を迎え撃つ。


 わずか二十名あまり。


 とはいえ、今はひと仕事を終えて、昼食を兼ねて休息をとっている最中だ。


 廃村といっても、つい最近廃村となった村である。


 原因は今回の戦争だ。

 いや、それ以前に、村ができたのも半年ほど前のことだ。

 村の近くには、一年ほど前に見つかったダンジョンがある。


 要は、ダンジョンが発見されて、そこからの収入を当てにした人たちが集まり、村ができた。

 この世界においてはごく一般的な村のなりたちだ。


「疲れたー、ご飯の用意したくないよー」


 テーブルの上に両手を伸ばした状態で突っ伏している。


 白アリが珍しく食事の用意を嫌がっている? 冗談にしてもこんなこと記憶にないな。


「無理もありませんよね。大活躍でしたからね。休んでてください、私たちがやりますから」


 そう言うと、ライラさんが、白アリに代わって食事の支度したくを始めるよう、アイリスのメンバーと自分たちの所有する奴隷に向かって指示をだしている。


「ここのダンジョン、半年余りで九階層まで攻略されたと聞いてましたが、規模も小さいですし、たいしたことありませんでしたね」


 白アリと違い、効率よく魔法を使っていただけあり、黒アリスちゃんには疲労の色が余り見えない。


「私たちなら一気にダンジョンコアまで攻略できそうですね」


 思いっきり手を抜いていた聖女が、元気一杯にめたことを言っている。


「慢心はよそう。それに時間もない。ただ、終戦後は真っ先に攻略するのもありかもな」


 形だけでも、二人に釘をさす。

 

 このダンション、巣くっている魔物はかなり弱い。事前情報でも、九階層まで攻略されて、最も手強い魔物で迷宮グモと呼ばれる巨大な毒グモである。

 トールの町にあるダンジョンで、四階層あたりで見かける魔物だ。


 今回、俺たちは二十一階層まで一気に攻略をした。時間にしてわずか二日強である。

 二十一階層までのデータだが、一層あたりの面積も小さく魔物も弱い。

 何層まであるのかは知らないが、このまま攻略できてしまいそうな気がする。一応、ダンジョンの床に大穴を開けて二十八階層まであることは確認してある。


 ボギーさんと聖女の情報によると、あちら側で攻略した唯一のダンジョンもこんな感じの、一階層あたりの面積が小さく、巣くっている魔物が弱いダンジョンだったそうだ。

 

 攻略が楽そうなダンジョンを優先して攻略するか。先ずは、数をこなして実績を積む。

 なんだか、女神のご機嫌取りのような気もするが、終戦後に即時攻略に取り掛かれるように、今のうちに情報を集めておくほうが良さそうだな。

 

「あ、帰ってきたよ」


 マリエルが、蜂蜜の入ったコップをテーブルの上で抱えた状態で、西の空を指差している。


 マリエルの指差す方へ皆が一斉に視線を向けた。もちろん、俺もそうだ。陽光が降り注ぐ中、こちらに向かってくるワイバーンが小さく見える。

 先行して偵察に出ていた、テリーとローザリアが戻ってきた。


 予定通りなら、明日には敵が到着するはずだ。

 テリーたちの情報をもとに、最終のスケジュール調整は食事をしながらすることになりそうだな。

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