第122話 大切なこと
第二フェーズに移る準備はもちろん、第三フェーズにそのまま移行できる準備を並行して進める。
そして、第三フェーズの核となるのがラウラ姫だ。
ラウラ姫一行がくつろいでいるエリアへと意識を向ける。
カラフルをテーブルの上に載せて、なにやら猫じゃらしのようなもので構っていた。カラフルの方もラウラ姫を気遣っているのか、身体をいろいろな色に変化させたり、飛びついたりとおどけている。
かすかにラウラ姫の笑い声が聞こえてくる。遠目にも楽しそうにしているのが分かる。
侍女の二人も、ラウラ姫と一緒になってカラフルを構っている。
楽しげに笑っている。
現グランフェルト伯爵が、身内の暗殺なんてことを起こさなければ、あんな幸せそうな表情を今もしていられたのか。
いや、参戦した身内を心配する、或いは、侵攻に怯えることになっていたかもしれないな。
それでも、肉親全てを失うよりは幸せか。
そんなことを思いながら、ラウラ姫の方へと歩を進めた。
◇
「ラウラ姫、少しよろしいですか?」
昼食を終えて、カラフルを相手に楽しそうに笑いながら、遊んでいるラウラ姫に声をかける。
ここのところ、カラフル他、使役獣や使い魔をラウラ姫の護衛として付けていたためか、侍女の二人も含めて、魔物にも随分となれたようだ。
特にカラフルはおきに入りのようで常に傍においている。
こちらとしてもカラフルが傍に付いているというのは安心だ。
見た目はともかく、攻撃力、防御力ともに飛びぬけて高い。
「は、はいっ。気付きませんで失礼いたしました」
俺の存在に気付いたラウラ姫が慌てて立ち上がり、満面の笑みで迎えてくれる。
明るい笑顔だ。
今の状況を考えれば泣き暮らしていてもおかしくないのに、
この明るい笑顔と仕種のひとつひとつが実に愛らしい。
うちのパーティーの女性陣やアイリスの娘たち、庶民と本物のお姫さまの違いだろうか。こうして、見ているだけで、
ラウラ姫が立ち上がるのにあわせて、セルマとローゼの二人も立ち上がりこちらへお辞儀をして向かえてくれた。
「腰かけてください。私も失礼して座らせていただきます。ローゼ、お茶をもらえないか?」
ラウラ姫を安心させるようにほほ笑みかけたあとで、何かあるのか? とこちらをうかがうようにしていた、ローゼへと視線をむける。
ラウラ姫を訪ねて俺一人でくるのは初めてのことだ。必ず誰か女性陣と一緒にくるようにしていた。
ローゼはいつもと違う雰囲気に不安を覚えたのかもしれない。意外と勘がよいんだな。
慌ててしまったことに今更ながら恥じ入っているのか、ラウラ姫は頬をわずかに染めて、うつむきかげんで小さく返事をして腰かける。
腰かけたラウラ姫の膝の上に、カラフルが当然のように滑り込む。
カラフルがラウラ姫の膝の上ばかりか、上半身の一部までよじ登り、うねうねと微妙な動きを繰り返している。
カラフルの動きに合わせて、ラウラ姫がくすぐったがり、身体をよじっている。
傍から見ればカラフルがラウラ姫に甘えているようにしか見えないのだが、このドスケベ神獣ぜったい下心がある。
眺めとしては、それはそれで良いので、褒めてよいのか、非難してよいのか複雑な心境だ。
いや、違うな。
やっぱり、あとで叱っておこう。
「次の作戦からは暫らくの間、軍を離れることになります」
お茶を入れてくれたローゼにお礼を述べ、お茶には手をつけずに話を切り出す。
「え?」
ラウラ姫の表情が強ばる。
ラウラ姫だけではない、後ろに控えた二人の侍女も同様に顔を強ばらせている。
それはそうだ。
それこそ、俺たちがいなければ周りの連中、特に貴族どもが何をしてくるか判ったものじゃない。
本来であれば、彼女たちの立場なら、隷属の首輪を付けられて、誰かの褒美として譲渡されていてもおかしくない。
それに、ラウラ姫相手なら無茶をする可能性は十分にある。
あわよくば、グランフェルト領の代官の地位を手に入れられるかもしれない、それだけの価値がラウラ姫にはある。
当然、そのことを彼女たちは理解をしている。
理解をしていて、且つ、自分たちの無力を分かっている。ゆえに、どうしてよいか分からず、ローゼなどは攻撃的な言動になってしまう。
しかも、自分たちの周りにいるのが、俺やテリー、ロビンといった若い男だ。いや、ボギーさんも十分に若い部類に入るか。
なかでも、テリーなどは女性の奴隷を三人も抱え込んでいる。
警戒をするのは当たり前だろう。
「そこで、ラウラ姫と侍女のお二人にも作戦に同行して頂こうと考えております」
カラフルを抱きしめたまま、固まっているラウラ姫に向かって、穏やかな口調を心がけて伝える。
「そ、それは――」
「ラウラ様を戦場に連れ出そうというのですか?」
ローゼが真っ青な顔で、唇を震わせながら抗議をする。主人であるラウラ姫の言葉を遮ってである。
戦場にラウラ姫を連れ出す。
この思いは、ローゼだけでなく、ラウラ姫にしてもそうなのだろう。
「ここも戦場です」
手元のお茶の入ったカップに視線を落としたまま、ことさらに穏やかに言う。
視線はカップに注いだまま、視覚を飛ばして三人の表情を確認する。
ラウラ姫もローゼも戸惑っている。不安を隠せずにいる。ラウラ姫などは今にも泣き出しそうだ。
「この戦場にあって、最も安全な場所は俺の傍らです。必ずお守りします。信じて付いてきてください」
真っすぐにラウラ姫だけを見つめる。
固まっている。動きも表情も固まっている。思考停止に
無理もないか。
ローゼの様子も確認したが、ラウラ姫と変わらないくらいに混乱をしているようだ。
まあ、ここまでは予想通りだな。
ここは、予定通り、いったん時間をおいて、二人の侍女と相談をする時間――決意を固める時間を作る。
セルマさんへと視線を向ける。
真っすぐに見つめ返してきた。わずかにうなずく。
食事の前にセルマさんにだけは、第三フェーズの作戦内容と、ラウラ姫を戦場に連れ出す必要があることを伝えてある。
そのときは、さすがのセルマさんも驚き戸惑っていた。
それこそ、今のラウラ姫やローゼのように顔面蒼白で固まってしまった。
しかし、最終的には事情を理解して、ラウラ姫を戦場に連れ出すための説得役を引き受けてくれた。
昼食時、セルマさんの食が進まなかった――文字通り、
だが、セルマさんが説得を引き受けてくれた以上は、ラウラ姫はもちろん、ローゼも応じるだろう。
何ごとも事前準備だ。
後はセルマさんの説得を待つだけだな。
「今すぐに返事を頂かなくとも結構です。決してゆっくりと考える余裕はありませんが、お二人の侍女と十分に相談をしてください。後ほど、また来ます」
茫然とするラウラ姫とローゼ、そして意を決したセルマさんをその場に残して席を立った。
◇
自分たちのエリアに戻ると、全員がテーブルについていた。
食後のお茶をしながらくつろいでいる。奴隷娘四人――メロディ、ティナ、ローザリア、ミレイユも、同じようにテーブルにつきお茶をしている。
この様子なら、アイリスの娘たちも自分たちの割り当てられたエリアでくつろいでいるのだろう。
彼女たちも第二フェーズから第三フェーズにかけて同行をしてもらう。
俺たちがいない状態でここに残していっても、周囲の貴族どもから嫌味を言われたり嫌がらせをされたりするのも分かっている。
俺たちのせいでそうなるのも気が引けるので、同行してもらうことにした。
明日の朝からではあるが、俺たちのダナン攻略作戦、第二フェーズから第三フェーズにかけて連続敢行となる。
この作戦の間は、結構な時間を陣営から離脱することになるな。
まあ、周囲の貴族どもを気にせずに自由行動できるのは精神的に助かる。
特にここ数日の嫌味や嫌がらせは目を見張るものがあった。
その最たるものがカッパハゲだったのだが。
女性陣はそのウサを全てカッパハゲで晴らしたようで、昼食時には生き生きしていた。セルマさんとは対照的に食も進んでいたな。
そんなことを考えながら、自分の席へと向かう。
「お帰りなさいませ」
「お帰り」
メロディの声に続いて、全員が口々に迎えてくれた。
「どうだった?」
皆が気になっているのだろう、テリーが代表して聞いてきた。
席に着くと、白アリが無言でお茶を差し出してきた。
目は口ほどにものを言うとはよく言ったもので、白アリのその瞳は結果が知りたくて仕方ないとばかりに輝いている。
「ああ、予定通りだ。今夜の夕食前にもう一度訪ねることにする」
白アリからお茶を受け取りながら全員を見渡して伝えた。
首尾の報告に全員が安堵の表情をする。
やはり、ラウラ姫のことが気になっていたようだ。
敵地へと潜入して作戦行動をするような遊撃部隊への同行だ。そう簡単に納得はしないだろうし、不安もあるだろう。
ましてや、相手は十一歳の少女だ。
素直に同行をしてくれない可能性の方が高い。
だが、先ほどの様子とセルマさんの説得があれば決心してくれるはずだ。
今の俺たちにできること、いや、やらなければならないことは、ラウラ姫の動向を心配することじゃない。次の作戦準備だ。
「第二フェーズから第三フェーズにかけての準備の進捗について確認をしようか」
夕食の準備までの間、第二フェーズから第三フェーズにかけての作戦の確認と準備の確認を進めた。
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