第121話 騎馬の行方
ダナン砦の騎馬、正確にはグランフェルト辺境伯が率いてきた騎士団の騎馬、四千頭弱を陣営後方にある平原へと連れてきた。
先般、臨時で競売を行った場所から程近いところである。
もちろん、魔法で再度の土木工事を行い、馬がすごしやすい、平坦な土地へと整地して急造の囲いを用意した。
騎馬というか、何れも毛並みのよい訓練された軍馬だ。
これが四千頭も集まるとさすがに壮観である。
この世界でも馬は高価だ。もちろん、現代日本の競走馬のほどではないが、それでもジェロームへの卸値で金貨一枚くらいか。
日本円に換算して、一頭あたり百万円だ。
単純に計算して、この四千頭弱の軍馬で、金貨四千枚といったとこだろうか。
日本円に換算して四十億円か。ぼろい、戦争ってぼろいな。
時間は間もなく十一時だ。
朝から交戦が始まり、五時間ほど経過している。
前線では敵の
しかし、ルウェリン伯爵軍の最後方となると、その攻防を感じさせるものは、遠くからわずかに聞こえる剣撃や
俺たちは再び自分たちのテントを、この平和な場所――ルウェリン伯爵軍の最後方へと移動させた。
もちろん、目的はラウラ姫一行の安全の確保だ。
現在、テリーと白アリが中心となってテントと陣幕の設営を行っている。
それが終われば、白アリの指揮の下、昼食の準備に着手する。予定通りならお昼を少し回ったあたりで昼食のはずだ。
さて、その間にルウェリン伯爵とゴート男爵への報告を済ませるか。
個人的な目標は未達成に終わったが、全体目標である、食料の焼き討ちと騎馬の奪取には成功した。
報告はあっさりと終わるだろう。
そして、俺とは違い個人的にも十分な成果を上げた人たちが二人。
ボギーさんとロビンだ。
何というか、ボギーさんは目立たないところで働いて、個人目標をきっちりとこなす人だよな。
ロビンにしてもそうだ。意外と勤勉である。
ボギーさんに至っては、昨日と今日とで全属性の、魔法スキルをコンプリートしている。
いや、それだけじゃあない。
いつの間にかアンデッド・サンダーバードまで入手していた。
抜け目がない、この人だけは本当に抜け目がない。
「ミチナガさん、お疲れさまです」
ジェロームが後ろに五人ほどを引き連れ、ゆっくりとこちらへと走ってくる。
遅い、遅すぎる。
本人は全力疾走のつもりなのかもしれないが、体重と身体能力が
一度、強制的に、運動と魔力による回復を繰り返しての、肉体改造を提案してみようか。
即答で断られそうだな。
「ご紹介させてください――――」
ジェロームが、到着するなりそう切り出すと、後ろに続いて走ってきた五人の紹介を始めた。
五人は今回の騎馬の仕分けと取り引きを手伝ってくれる、仲買人だった。
さすがにこの頭数をジェローム一人では扱いきれないのと、これを機会に騎馬の仲買人の人脈強化を図るのが目論見だ。
事前に聞いていた話では、全員ジェロームの友人とのことだったので、若い人たちを想像していたが、若いのは二人だけだ。
残る三人は何れも四十代半ばである。
「昨日までいなかった騎馬が、いきなり四千頭も売りに出される、と聞いたときには、耳を疑うどころか笑い飛ばしてしまいました」
「私もです。しかし、それを持ち込んだのがチェックメイトの皆さんだと知ったときは、「もしかして本当かも」とも思いましたが、それでも、この目で見るまでは半信半疑でした」
「前回の競売にも驚かされましたが、今回はその比じゃありません」
「前線の城壁を見てきました。あれほどの建造物を見たことがありません。あの城壁にも驚きましたが、あれを作った人たちだと知って納得をしました。あれを作る人たちだ、何があっても不思議じゃないってね」
「今回の騎馬も魅力的ですが、それ以上にソロバンとユウシテッセンの二つに興味があります。そのお話もさせて頂けますか?」
俺と、ボギーさん、ロビンの三人は、紹介された五人の商人や仲買人と次々と握手を交わす。
皆、挨拶に続いて、口々に自分が如何に驚いたかを伝え、俺たちを持ち上げようと必死だ。
商人や仲買人であれば、この程度のお世辞や褒め言葉は通常の挨拶の範囲だと、ジェロームから事前に聞いてはいたがさすがにくすぐったい。
もっとも、俺たちのことをよく知っているジェロームでさえ腰を抜かしたほどだ。
「……どこから盗んできたんですか?」
四千頭の騎馬を見たときのジェロームの第一声がそれだった。
腰を抜かしたのか、座り込んだあともすぐには言葉を発することはできなかった。ようやく絞り出した言葉である。
「普通は生きた騎馬をこれだけの数、転移させて盗もうなんて考えませんよね? どうしてこんなこと考え付いたんですか?」
ダナン砦後方に位置している駐留軍に忍び込んで鹵獲してきたことを伝えたときの反応がこれだ。
しかし、理由を聞いて納得した。
アイテムや物資であれば、マジックバッグやアイテムボックスに収納して移動ができるが、騎馬はそれができない。それだけに、四千頭もの騎馬が突然現れたことは常識外のことだそうだ。
確かにそうだ。普通はやらないし、考え付かないよな。
そのときの、ジェロームの様子を思い出しながら挨拶を交わす。
一通りの挨拶を終えた。特徴的だったのは二人。
一人目は、四十代半ばの仲買人で、王宮ご用達の騎馬の仲買をしていた。
今回、騎馬の最大の仕入れを請け負ってくれる。
二人目は、二十代半ば、ジェロームと
カナン王国内と友好国どころか、現在交戦中のガザン王国、ドーラ公国、ベルエルス王国までもカバーした、独自の交易路と人脈を有している。
もっとも、そのお陰でしょっちゅうスパイ容疑をかけられているそうだ。
しかし、昨夜の今日、わずか半日程度で有刺鉄線の情報を
さすがに、ジェロームが選んだ優秀な商人や仲買人だけのことはある。
終戦後――近い将来、協力関係を結ぶ相手として申し分ない。
「ボギーさん、ロビン、後はよろしくお願いします」
ジェロームと紹介された五人の商人や仲買人の人たちへと視線を移しながら二人に話しかける。
「おう、任せときな。つっても、鈍足のジェロームと値段の取り決めと競売会場の準備を手伝うだけだろ?」
ボギーさんが苦笑しながら答える。その横ではロビンが同じように苦笑している。
まあ、ジェローム相手の交渉だし、手伝いといっても要所要所で魔法での土木作業だ。
確かに大した仕事ではないか。
「いえ、それでもです。よろしくお願いします」
一礼をして、ルウェリン伯爵の陣幕付近へと転移をした。
俺たちのダナン攻略戦、第一フェーズは概ね終了している。今から行うルウェリン伯爵とゴート男爵への報告を以て終了だ。
◇
◆
◇
ルウェリン伯爵とゴート男爵への報告は実にあっさりしたものだった。
例によって、ルウェリン伯爵の陣幕内である。
ただし、今回はテントの中ではなく、野外に設置された指揮所を兼ねた陣幕での報告となった。
テレビで見た戦国時代のドラマに出てくる陣幕そのものだ。
野外ということもあってか、陣幕はかなり広く仕切られている。それに護衛の数が多い上、全員が盾を装備している。
そんな、割と物々しい雰囲気の中、報告を開始した。
作戦の成果として、食料の焼き討ちが成功し、ダナン砦にはほとんど食料がないことと、鹵獲した騎馬の数を報告する。
「……すまんが、今、何と言った?」
ルウェリン伯爵が右手で顔の半分を覆う仕種をしながら、何とか言葉を絞り出した。ジェロームに類似した反応を示している。
ゴート男爵以下、他の列席者や護衛の面々は言葉もない。護衛も含めて、思考停止に
騎馬四千頭を目の当たりにしていない状態でこれか。先ほどの商人のほうがここにいる護衛よりも肝が据わっているかもしれない。
「はい、先日、ルッツ・ライスター軍務顧問とともに奪われた食料と、もともとダナン砦に備蓄されていた食料、そして、グランフェルト軍が持ち込んだ食料の焼き討ちに成功いたしました。ここからは憶測も入りますが、これにより敵の食料はほぼ底を突いたと思われます」
ここでいったん、言葉を切り、ルウェリン伯爵の反応を待つ。
食料の焼き討ち。
これにより、敵の継戦能力と士気、突破力が激減したのは確実だ。
反面、当面の敵の攻撃が激化する可能性も上がった。
だが、これを守りきれば、後は瓦解するのは必至だろう。
「よくやってくれた。それで、その……騎馬のことをもう一度聞こうか」
表情はいつも通りのルウェリン伯爵に戻っている。だが、声は相変わらず一オクターブほど高い。
「グランフェルト軍の騎士団のものと思われる騎馬、四千頭弱――正確には三千九百四十二頭の鹵獲に成功しました」
鹵獲の事実とその数に続いて、現在その騎馬が、ジェロームたち数名の商人や仲買人にあずけられていることを伝えた。
ルウェリン伯爵もゴート男爵も言葉がない。
だが、その目はしっかりしている。おそらく、頭の中は目まぐるしく働いているに違いない。
「騎馬を四千頭だって? どうやって?」
「殺したのではなく、鹵獲なのか?」
「信じられない。いや、数を間違えているんじゃないのか?」
「どこか別のところから持ってきたのではないのか?」
「妨害はなかったのか?」
そんな二人とは対照的に、他の列席者が許可のない発言、いや、独り言をつぶやいている。
或いは、俺の発言を推し量るように、こちらをうかがい、ひそひそと
「ちょっと疲れていてな。聞き間違えたかと思ったのだが、そうではなかったようだな」
ルウェリン伯爵はそんな周囲の
ルウェリン伯爵の言葉に続いて、俺は鹵獲した騎馬のうちゴート男爵へ千頭を譲渡する旨も伝えた。
ゴート男爵はすかさずその場で、千頭の騎馬全てをそのままルウェリン伯爵へ譲渡する旨を申し出る。
武闘派の貴族の代表格とはいえ、そこは貴族。実に心得たものだ。
ルウェリン伯爵も鷹揚にうなずき、それを受け入れている。
あんなのが即興でできるのか。
まるでシナリオ通りに進む下手な芝居を見ているような心境だ。
周囲の列席者に視線を走らせる。
先ほどまで俺の報告を半信半疑だったり疑いの目で見ていたりした連中が、まるで親の敵を見るような眼差しで睨んでいる。
その視線は射殺さんばかりだ。
さすが貴族。
自分たちの利益、不利益、敵と味方の見分けることの早いこと。
さしずめ、俺たちは自分たちに不利益をもたらす危険な存在。ひいては敵になりかねないものと認識されたようだ。
そんな敵意の視線の中、俺は作戦の第二フェーズに移ること、そしてそのまま第三フェーズの実行に移ることをルウェリン伯爵とゴート男爵へ目配せをする。
あらかじめ提出してある、簡易報告書の最後に走り書きしてあるのがそれだ。
ルウェリン伯爵がその走り書きに視線を落とし、再びこちらを見るとゆっくりとうなずく。
ゴート男爵がそれを確認してから、小さくうなずいた。
よし、昼食を済ませ次第、第二フェーズの準備にかかろう。
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