第120話 騎馬鹵獲作戦

「遅れて申し訳ない」


 皆が待っている場所――騎馬の群れの中へ、メロディとマリエルを伴って転移をする。


 騎馬は牧場のようなさくで囲われた広い場所に集められていた。

 夏の強い陽射しの中、穏やかな風が下草をわずかに揺らす。


 ストレスが溜まらないようにとの配慮からだろうか、囲いの中の広さは十分にある。


 騎馬というか、軍馬か。

 さすがに高級品だ。そこら辺りの探索者よりも優遇されている。


 しかし、軍馬とはいえこの暑さには敵わないのか、へばっているように見える。


「見張りは沈黙させたよ」


 テリーが自分の左手側に気の毒そうに視線を投げる。


 テリーの視線の先を追うと、二十メートルほど離れた馬糞の山に、数名の男女が顔だけ出して埋められていた。先般のシルバーウルフの映像が蘇る。

 生け捕りにしたのか。


 全員気絶しているのか、眠らされているのか、おとなしくしている。

 よく見ると、口の中に猿轡さるぐつわ代わりなのか、泥のような馬糞のようなものが詰め込まれていた。俺の目の錯覚だと思いたい。


 あれ? 目の錯覚か?

 見覚えのある顔が埋まっている? カッパハゲが埋められている?


 俺はテリーに向きなおり、馬糞の山の中に、口には気の毒なものを詰め込まれた顔だけ出して埋められている、カッパハゲと思しき人物を無言で指をさした。


 何も言わなくても通じたようだ。

 だが、説明はない。テリーが名状しがたい表情で頭を掻いている。


 横にいるロビンに視線を移す。

 いつもテリーがするように肩をすくめている。やはり説明がない。


 ボギーさんは?


「騒がしいな、騎士団までかり出しての消火活動か。なんだか気の毒になってくるネェ」


 ボギーさんが虚空を見つめて口元を緩めている。カッパハゲについて説明をする気なんてなさそうだ。


 消火活動の現場に視覚を飛ばしているのだろう。

 しかし、はたから見ていると、ボギーさんの方が気の毒な人に見える。何が起きているのか分かっていてもそうなのだから、事情を知らない人がみたら推して知るべしだな。俺も注意をしよう。


 いや、そうじゃあない。

 嫌だがボギーさんの隣にいる白アリに視線を移す。


「あれなんだが、カッパハゲ――」


「カッパハゲなんていないわよ。馬の世話を担当している奴隷たちにいじめられていた、隷属の首輪を付けられた哀れなハゲはいたけどそれだけよ。皆まとめて黙らせたわ」


 白アリが俺の言葉を遮り、シレっと言い切った。

 

 分かっててやっている。間違いない。

 助ける気がないのは分かるが、偶然が重なった結果とはいえ、追い打ちをかけたのか。


「ああ、あのハゲの奴隷ですね。可哀想な人です。他の奴隷からもいじめられてました。奴隷の中でもさらに最下層なんでしょうね」


 哀れむような表情で聖女が語りだした。その表情は心底心配しているように見える。そんなことは絶対にないのに。

 演技力って偉大だよな。


「それに、あの哀れなハゲの奴隷さん、お尻を治療中だったんですよ。痔か何かだったみたいですよ。本当に気の毒ですね」


 聖女の演技力もここまでだった。

 目が笑っている。いや、哀れむ様なのは言葉だけになっている。口調も表情も今にも吹き出さんばかりだ。


 腐ってる。

 この女、いろんな意味で腐ってる。


 横にいる黒アリスちゃんを見ると、頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らした。

 

 いろいろと理解した。

 カッパハゲも大変だったんだな。要人だからと言って大切に扱わなければ、ならないわけじゃない。極論を言えば、生きてさえいれば良いわけだ。


 しかし、治療中のお尻をそのままに、馬糞のなかに埋めたりして感染症とか大丈夫なのだろうか。

 いや、考えるのはよそう。運があれば生きて戻ってくることもあるだろう。


 改めて、カッパハゲに視線を戻す。

 哀れすぎる。死んでも捕虜にはなりたくないな。考えたくない光景を頭の外へと追い出す。


 しかし、そう考えるとうちの軍の捕虜は幸せなほうなのか?

 いや、俺たちが知らないだけで、どこで何が行われているか分からないか。


「じゃあ、チャッチャとやっちゃいましょう」


 白アリがカッパハゲのことなど奇麗さっぱり忘れたかのように、涼やかな声で第二目標の作戦行動をうながす。

 言葉に続いて、両の手のひらを胸の前でパンッと打ち鳴らす。


「そうですね、では、私と黒ちゃんと赤いキツネちゃんで落とし穴を用意しますね」


 聖女が黒アリスちゃんの腕を取り、メロディへと視線で移動の合図をする。


「では、こっちも取りかかりましょうか」


 嬉々として作業に向かう女性陣を見送り、ボギーさんとテリー、ロビンへと声をかける。


 ボギーさんが無言でうなずき、ロビンの背中を軽く叩き作戦の開始をうながす。

 二人がそれぞれ騎馬の群れの中へと散って行く。


 テリーは軽く左手を挙げて了解の意思を示す。その目は真剣だ。

 昨夜練習した魔法を戦場で初めて使う。さすがに緊張をしているようだ。


「さて、始めるか。マリエルとリーナ、ティナ、ローザリア、周辺警戒を頼む」


 俺の言葉を合図に、弾かれるようにしてマリエルとリーナは遠方の警戒、ティナとローザリアも当面は周辺警戒にそれぞれ動きだした。


 今回の騎馬鹵獲作戦きばろかくさくせんは、女性陣の強力なプッシュで決まった。

 理由は「馬が可哀想だから」、だそうだ。

 

 今回の作戦で食料を焼き払えば、次は周辺の動植物や魔物を狩りに行く。それが尽きるか、思うように狩れなければ馬が食料になる。

 果たして戦闘用の軍馬を食料にするのか? との疑問もあったが、女性陣の気持ちも分からんでもないので作戦会議では渋々承諾した。


 もちろん、面倒な作戦なので状況次第で、第二目標の騎馬を見過ごして帰還するつもりだったのだが、見事に目論見が外れた。

 目論見が外れたからには諦めて頑張るか。


 聖女、黒アリスちゃん、メロディで放牧中の騎馬とダナン砦との間に落とし穴を作成する。

 炎の壁で分断、というのも考えたが、騎馬が暴走しそうだったので、地味に落とし穴を掘ることにした。


 俺と白アリ、ボギーさん、ロビンの四人で馬を第一中継地点――森の中に作成した平地へと転移させる。


 テリーは水魔法で水のスクリーンをいくつも作り、鏡のように騎馬を映し出す。

 遠めには騎馬が減っているのが分からないようにする。


 近づけばばれる。

 ばれた場合は、気付いた気の毒な人には不幸になってもらうしかない。具体的にはカッパハゲたちへの仲間入りだ。お尻を治療しなくてよい分、カッパハゲよりは幸せだろう。


 テリーの作り出す水のスクリーンに映った騎馬で馬の数を誤魔化し、発見を遅らせる。その間に俺と白アリ、ボギーさん、ロビンが馬をせっせと転移させる。

 地道な作業だ。さすがに四千頭近い騎馬を移動するのは時間がかかる。


 消火活動に手間取ってくれることを祈ろう。

 それとも、「近づくな、不幸になるぞ!」とか立て札でも立てておこうか?


 とても交戦の只中の砦に潜入して行う作戦とは思えない。

 落とし穴の作成が終われば聖女たちがこの作業に合流するのでもう少しペースがあがる。


 ◇


 騎馬鹵獲作戦きばろかくさくせん開始から、およそ二十五分が経過。全ての騎馬を第一中継地点へ転移を完了させた。


 もちろん、その間に誰にも気付かれなかったわけではない。どこにも不幸な人というのはいる。

 馬糞の山には四十名余りの人が追加されている。


 なかには騎士もいた。

 自分の騎馬が盗まれると思ったのか、部下も連れずに単身、もの凄い勢いで駆けてきた。


 若い騎士だった。自らが動く気骨ある若者だった。

 大切な馬だったのかもしれない。わが子に期待を寄せる親からの贈り物だったのかもしれない。もしかしたら、恋人や大切な人からの贈り物だったのかもしれない。


 或いは、単に馬に愛情を注いでいただけかもしれない。

 何れにしても、浅慮せんりょな行動であったことは間違いなかった。


 騎士だからといって、結果が変わるわけではない。

 他の下働きの奴隷や探索者、小者と同様に馬糞の山に顔だけ出して埋められている。


 だが、若いとはいえさすがは騎士だ。他の連中と違いはあった。


 聖女が、騎士の騎馬を目の前まで引いて行き、彼の眼前で騎馬を転移させた。

 なかなかできることじゃない。


 不幸な騎士は、虚ろな眼差しで自分の騎馬が消えるさまを涙ながらに見ていた。

 それとは裏腹に、聖女は精気に満ち溢れた、幸せそうな表情で彼の騎士を見おろしていた。


 一時でも、この女を可愛いと思った自分が恨めしい。


 再び、気の毒な若い騎士へと視線を戻す。


 将来有望な若い騎士だったのかもしれない。

 だが、このような状況で助け出されても、今後の彼の評価や評判、仲間内での扱いが見えてしまう。


 馬糞君、そんな風に呼ばれるかもしれない。


 やはり、立て札を立てておくべきだった。すまない、強く生きろよ。


 そんなことを祈りながら、全員で第一中継地点へと転移をする旨の号令をかけた。


 さて、これで騎馬の鹵獲ろかくはほぼ成功か。

 後は面倒な連続転移を繰り返すだけだ。

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