第117話 森の状態

 残敵を掃討、或いは、捕虜にしつつ、敵の侵入口へ向けて森の中を進軍する。もちろん、局地的に敵を無力化した時点で有刺鉄線は順次撤去をしながらである。

 敵夜襲部隊の森の中の進軍ルートは、途中、いくつかに枝分かれをしている。


 そのうちのひとつが死体の道だ。このルートは他の枝別れしていたルートよりも慎重に辿たどった。

 案の定、死体の道は侵入口まで続いていた。


 念のため空間感知で周辺の警戒をしているが、敵兵が伏せている気配はない。

 さすがに、逃げるので精一杯で、追撃部隊を攻撃するだけの余裕はなかったようだ。

 

 ここまでカウントした死体と捕虜の差分を考えると、五百名以上の人数が生還したことになる。予想以上に多いな。

後続の部隊の生き残りと合流しながら、死体の道の延長と構築時間の短縮を図っている。


 転移者だった場合、キャラクターメイキングで手に入れた能力だけの話じゃなく、手強い相手になりそうだな。

 できれば味方に取り込みたいが。


「結構な人数を取り逃がしましたね」


 聖女が、敵兵の侵入口である森のなかから平原へと、見えるはずのない敵兵の影を追うように視線を向けた。


 そんな聖女の背中に向かって話しかける。図らずも残念な思いがにじみ出るような口調だ。


「もし転移者なら、向こうにいる残る二人の転移者にも、自身の存在を隠している可能性が高いな」


 俺の言葉に聖女が、森の向こうにあるはずの平原の方向を気にしながらもゆっくりと振り向くと、まるで俺のことを元気付けるかのように明るい口調で言う。


「存在を隠しているってことは警戒しているってことですよね? 味方になってくれるかもしれませんよ」


「そうだな。可能性はあるな」


 口ではそう言ったが内心は違う。死体の道を作れるだけの知識と判断力、そして覚悟があるヤツだ。

 しかも、その死体の道をよく調べればまだ息のある者もいた。


 つまりはそういうヤツだ。

 積極的に仲間に引き入れたくはない人となりだな。


「ある意味、覚悟を決めたやつなのかもな」


 テリーが死体の道に使われた、まだ息のある兵士を助け出しながら、俺へと視線を向けた。


 どうやら、未確認の転移者かもしれないヤツに対して、テリーも俺と然程さほど違いのないイメージを持ったようだ。


「これで、未確認の転移者が二名になりましたね」


 聖女が、テリーの助け出した敵兵士を光魔法で治癒した上で、有刺鉄線で縛り上げている。傍にいた兵士も聖女に唯々諾々いいだくだくと従い、縛るのを手伝っている。


「ロビンの言っていたやつか。少なくともルウェリン伯爵軍では見なかったな」

 

 敵の侵入口から平原を眺めるのをやめ、聖女に向きなおって答える。


 そろそろ本格的に夜が明ける。

 東の空が明るさを増している。平原の向こうにダナン砦のシルエットが浮かび上がっている。


 ガザン王国軍は、今夜だけでも騎兵三千騎、弓兵と歩兵で六千名のうち、千名が撤退できたとしても八千名ほどの兵士を失っている。

 なによりも、貴族や騎士団、裕福な探索者で構成された騎兵三千騎を失ったのは大きいだろう。


 対峙する兵力としては、いまだにダナン砦の方が多い。しかし、失った兵力の内容と兵数を考えると、単純に兵力だけでは測れない状態になっているはずだ。

 先ず間違いなく、士気はボロボロだろう。


 仮眠をとったら、次の作戦だな。


 俺はクロスボウ部隊と歩兵部隊の隊長に、引き上げの合図を出すようお願いをした。

 

 ◇

 ◆

 ◇


 中央戦線に戻り、そのまま仮眠を取ることにした。


 今回は、俺たちに報告の義務がないので助かる。

 報告の義務をラウレンティス将軍に丸投げをして、俺たちは西側の森に有刺鉄線を張り直す作業に着手する。


 案の定というか予想通りというか、西側の森は見事に伐採され焼き払われていた。そして、敵の進入口からこちらの陣営の内側へと続く一筋の道ができ上がっている。


 大打撃をこうむった後で、こうもあからさまな進入路を利用して、攻撃を敢行かんこうしてくるとは思えないが、念のため有刺鉄線を張り巡らせ、塹壕ざんごうを掘り、迎撃のための陣地を築いていく。


「ここ目掛けて敵が殺到するとは思いますか?」


 そう聞いてきた、聖女の口元が緩んでいる。


「こないだろう。いくら何でも罠だと思うんじゃないのか?」


 何かたくらんでそうな聖女に向けて、眠いのも手伝って適当に答えた。


 さすがに眠いな。

 早く眠りたい。仮眠で良いので、グッスリ眠りたい。


 同じような体調なのだろう、俺の横でテリーとボギーさんが欠伸あくびをしていた。


 それに比べて、聖女のなんと元気なことか。

 先ほど、アイテムボックスに何か詰め込んでいたようだが……また何か、悪巧みでもしているのだろう。


「そんな、冷たい。こんなに可愛らしい女の子が「お願い、きてぇー」と言わんばかりに道を作ったのに。何だか、魅力がないみたいに言ってますよ」


 俺に冷たい視線を投げかけた後で、白アリと黒アリスちゃんの肩に手を回して二人の耳元でささやいている。


 白アリと黒アリスちゃんが抗議をしている。赤面こそしていないが、慌てているのは伝わってくる。

 まったく、二人して聖女の思惑通りの反応をしてどうするんだ。


 それにしても、聖女ばかりか白アリも黒アリスちゃんも元気だよな。

 やはり、若さだろうか。


「嬢ちゃんたち、元気だな。若さかねェ、羨ましいぜ」


 俺の気持ちを代弁するように、ボギーさんが欠伸あくび交じりに言った。


「眠くないのは、魔法で目を覚ましているからですよ」


 白アリが振り向きざまに即答をする。


 その表情は明るい。

 目の間に広がる焼け野原というか、森林を消失させた元凶が、自分たちであることを忘れているかのようだ。


「光魔法と闇魔法のコンボです。皆さんもやりますか?」


 聖女が、笑顔で勧めてきた。


 コンボ? 光魔法と闇魔法のコンボだって? 

 また魔法の新しい使い方を見つけ出したのか? いろいろと研究熱心だな。


 それにしても、魔法で無理やり目を覚ましているのか、大丈夫なのか? もの凄く怪しげな感じが満載だな。


「魔法で睡眠時間を何とかしたということかな?」

 

 テリーが眠い目を擦りながら、期待に満ちた表情で聖女に確認をした。


「闇魔法で眠気を麻痺させて、光魔法で回復すると、眠気も疲労も瞬く間に消えてしまいます」

 

 聖女がもの凄く得意気な表情で俺たちに説明をした。その横では白アリと黒アリスちゃんも、得意気に、ウンウンとうなずいている。


 ドーピングかよっ!

 やっぱり怪しさ満載じゃないか。よくもまあ、そんな妖しいことを自分たちで実験できるよな。感心するよ。


「それ、大丈夫なのか?」


 テリーが若干引き気味に、聖女、白アリ、黒アリスちゃんを見ながら聞いた。


 もっともな疑問である。

 その横にいるボギーさんなどは、もの凄く嫌そうな顔をしている。恐らく、俺もボギーさんと大差がない表情をしている自信がある。


「大丈夫ですよ、捕虜で実験して安全は確認済みです」


「そ、そうなんだ。それなら安心だね」


 ちょっと引いた感じはそのままだが、テリーの表情がやわらいだ。


「眠気覚ましと栄養剤を服用しているようなものか。まあ、それなら、ありッチャありだな」


 そうつぶやくボギーさんの表情からも、幾分か固さが取れていく。


 なるほど、眠気覚ましと栄養剤の服用か。

 そう考えると、最初の印象ほど怪しいものじゃないのかもしれない。いや、むしろ健全な部類に入るか。


「じゃあ、女性陣だけじゃなくて俺たちも頼めるかな」


 取りあえず、大丈夫という言葉を信じて、少し離れた場所で作業をしていたロビンを手招きし、聖女にドーピングを頼む。


「ロビンさんならもう、魔法をかけてありますよ」


 黒アリスちゃんが俺の手招きの先を見ながら教えてくれた。


 ロビンっ!

 やはりあいつは信用ができない。あの裏切り者。ひとりだけ、快適な状態で作業をしてたのか。

 

 しかし、ロビンに文句を言うわけにもいかない。

 ここはおとなしく引き下がり、三人でドーピングを施してもらった。


 ◇


「なるほど、これは快適だ」


 すっかり眠気がなくなり、体力も回復している状態につい気持ちも弾む。


「でも、何ごともほどほどにしないとダメですよ。やりすぎると精神に不調をきたしますから」


 聖女が、たった今、ドーピングをしてもらった俺たち三人を前に、精神を揺るがす爆弾発言をさらりとする。


「え? どういうこと?」


 何とかその言葉だけを絞り出す。


 テリーは言葉もなく、聖女と白アリ、黒アリスちゃんと優しくほほ笑む三人の美女、美少女を眺めている。

 ボギーさんなどは、「俺がバカだった」と言わんばかりに、うつむき、右手で両目を覆っている。


「闇魔法で強制的に睡魔を取り除いて、光魔法で体力を回復させて、四六時中捕虜に強制労働させているんですけど、段々と言動がおかしくなってきてるんですよ」


 聖女が、「困ったものです」といった感じを漂わせながら、状況を説明する。


 いや、それはそうだろう。

 それはドーピングうんぬんの問題じゃないような気がする。実験体となった捕虜に同情をするよ。同情はするが、ケアをするつもりもないけどな。


「そうですね。眠くもないし、元気なはずなんですけど、瞳は虚ろで、終始うなだれて、ブツブツと独り言を言いながら作業を続けてます。何か気持ち悪いんですよね」


 黒アリスちゃんも、ナチュラルにかなり無情なことを言った。


 まるで、実験体となった捕虜が気持ち悪いようにいっているが、どう考えても実験の結果でそうなったんだよな。

 捕虜に何の罪も責任もないと思うのは俺だけだろうか?


 視線をテリーとボギーさんへと向ける。

 二人とも何とも名状しがたい表情だ。実験の内容と結果の因果関係を理解しているのは間違いない。


 二人とも、突っ込みどころ満載の今の会話に突っ込むつもりはないようだ。

 俺も、さすがに突っ込む気にはなれずに、ロビンと白アリに視線を移す。


 ロビンは横で二人の会話を聞いて、唖然あぜんとしている。この実験を知らなかったのだろう。

 こちらは突っ込むどころか、言葉を失っている。


 白アリはわれ関せずといった様子で明後日の方を眺めている。わざとだ。俺たちとわざと目を合わせないようにしている。

 どうやら、やっていることも知っていたし、それがもたらしている、今の結果も想像がついたようだ。

 多少なりとも、良心がとがめるから、目を合わせないようにしているのだろう。


 俺たち男性陣、四名はお互いに視線を交わし、作業を続けることで合意をした。


 ◇


「――――では、この先二日間は防衛を主体として敵の兵力と士気を削ぐことに専念してくれ。その後、攻勢に出る。あと五日のうちにダナン砦を落とすぞっ」


 力強い声だ。

 ルウェリン伯爵のこの言葉で作戦会議が終了した。

 

 もちろん、それに続いて出席していた貴族や有力者、騎士団の団長クラスの人たちの喊声かんせいが続いた。


 その喊声かんせいの中、ゴート男爵が真っすぐに俺のことを見ている。

 その目は「分かっているなっ! 今回も抜け駆けをしろよ」とでも言っているようだ。


 作戦会議といっても、王弟軍が主導する上位の作戦会議に出席したルウェリン伯爵が、そこでの決定事項と自分たちの軍の役割を、さらに細かく割り振り指示するのが主体だ。

 ルウェリン伯爵軍、独自の作戦はわずかしかない。そのわずかな作戦、指示がこれだ。


 この会議の後、外で待っていればそのことを告げられるはずだ。

 そうとなれば、防衛に専念する二日間が俺たちの働く時間だ。陣幕に帰って作戦会議を開かないとな。

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