第116話 つくられた道

 結果から言えば、味方の圧勝だった。

 

 俺たちはクロスボウ部隊の露払いをする形で先頭を進む。

 クロスボウ部隊が制圧した端から、有刺鉄線の束を空間魔法で次々と撤去していく。今回は中央の防衛部隊とアイリスの娘たちに手柄を立ててもらう。


 さすがに、敵の侵入口に近づくほどに敵兵の意識はしっかりしてくる。

 単に時間が経過したので、気を取り直す時間ができたのか、侵入口に近いために生存、帰還を想像しやすく、希望を失わずにいられたのかは分からない。

 しかし、抵抗するにしろ、投降するにしろ、敵兵の判断が速くて助かる。


 最初の接敵などは、まったくの無反応であった。こちらの投降の呼びかけにも、反応できないくらいに混乱をしていた。

 混乱してる敵兵を無力化するために、彼らを捕らえている有刺鉄線に雷撃を撃ち込んだのだが、これがなかなか効果的だということが分かった。


 確認のため、その後も何度か雷撃を撃ち込んだが、制圧作業の早いこと早いこと。

 実に便利だ。


 有刺鉄線に限らず、電気伝導体と雷撃はかなり相性が良さそうだな。

 土魔法で銅やアルミを素材とした線を、網の目のように張り巡らせて、何か面白い使い方ができそうだ。いや、伝導率は落ちるが鋼の線の方が汎用性があるか?


「それにしても、先ほどのお馬さんはもったいなかったですね」


 聖女が風魔法で周囲の虫や草を排除し、大木は重力の槍でなぎ払いながら夜の森を進む。もちろん前方には光魔法で煌々こうこうと明かりが点されている。


 聖女の通った後は、大木がなぎ倒され、草木が刈られている。

 風で吹き飛ばされた虫やゴミは他の兵士たちの方へと飛んで行っている。


「まったくだ。あんな風に貴重な騎馬を無駄死にさせることになるとはな」


 俺も、周囲を風と重力の結界で覆い、虫や草を寄せ付けないようにし、聖女同様に光魔法で前方と足元を照らしながら森の中を進む。


 聖女でさえこれか。

 西側の森は酷いことになっているんだろうな。


 白アリたちの通った後は、大木が焼失し、草木が焼き払われ、地面もくすぶっていることだろう。

 或いは、黒アリスちゃんの分子分解の魔法を付与した大鎌が、大木もろとも草木を刈り取っているのかもしれない。


「え? あの騎馬も盗むつもりだったんですか?」


 俺の横を歩くメロディが、その大きな目を丸くしながら、こちらへ首を回した。


 今の俺と聖女の会話だけで、騎馬の鹵獲ろかくを計画してたのが分かったのか?

 結構、勘が良いんだな。


「後方にまだお馬さんが三千頭以上いますけど、やりますか?」


 聖女が、瞳を輝かせ、異様に弾んだ声で聞いてきた。右手で小さな拳を作っているのが見える。

 何が「やりますか?」だよ。やる気満々じゃないか。


「でも、生きている騎馬はアイテムボックスには入りませんよね? 殺してから持ち帰るんですか?」


 メロディが、顔を青ざめさせながら、聞きづらそうに俺の方を見ている。


 いったい、何を想像しているんだ?

 三千頭以上の騎馬を屠殺とさつして回るのか? さすがにそれは嫌だな。


 いや、屠殺とさつとかはこちらの世界では奴隷の仕事か。


 つまり、自分たちが三千頭以上の騎馬の屠殺とさつをさせられるとか想像しているのか? 俺のことをどんな目で見ているのだろう?

 もしそうなら、一度じっくりと話し合う必要があるな。


「殺しちゃったら食料にしかなりませんね。それなら、先ほど落とし穴に落ちたお馬さんのお肉で十分ですよ」


 そういえば、馬肉の回収部隊が派遣されていたな。もちろん、派遣されていたのは奴隷たちだ。

 仕留めた敵の騎馬を、すぐさま食料として調達するのか。戦場とはいえ、たくましいな。


 しかし、考えてみれば魔物の肉を食べるくらいだから、普通のことなのかもしれない。

 

「騎馬を生きたままってのは、最前線にあるから可能なんであって後方にある騎馬はちょっと難しいな」


 上空に飛ばした視覚で、空がわずかに白みはじめているのが確認できた。

 侵入口まであとわずかだが、終了するには夜が明けるな。


「後方に転移して、騎馬を暴走させるのはどうでしょう? 暴走した騎馬で敵中突破して自陣営に駆け込むんです。きっと驚きますよ」


 聖女が、重力の槍を振り回しながら、そこに至る準備とか手段をすっとばした意見を言った。


 それが成功したら、敵以上に俺が驚くな。


「考えてみるが、ちょっと難しいんじゃないか?」


 伐採に使っていた長剣の刃こぼれが酷くなったので、敵兵士の死体のそばに転がっていた長剣と交換をする。

 何度目の交換だろう。


 魔力を通さずに使うと、意外と簡単に刃こぼれをしてしまう。

 武器として以前に伐採機具としてさえも、たえられなくなる。一般兵士が所持していたであろう長剣だ、質が悪いのかもしれない。


「難しいとか言わないで、頑張って考えてくださいね。期待してますよ。私だけじゃなくて、皆もそうだと思いますよ」


 聖女が、慈愛の笑みをたたえ、クギを刺すのを忘れずに丸投げをする。どうやら俺が作戦を考えるのを放棄したのを敏感に感じ取ったようだ。


「それよりも、ダナン砦を落としたらあとはベール城塞都市まで一気に迫れる。ベール城塞都市をすぐに攻撃するのか、交渉の時間を持つのかは分からないが、何れにしても戦争終結は近い。そろそろ、終戦に向けての動きと、終戦後のことを視野にいれて行動をしよう」


 そう言いながら、拾った長剣に魔力を通しながら木を伐採する。


 聖女が無理やり話題を変えた俺を怪訝そうに見ている。


「ドーラ公国とベルエルス王国が参戦することになっていますよね? カナンの王都を急襲するようですし、そう簡単には終戦しないんじゃないでしょうか?」


 聖女が、これまでの情報を整理するように、少し考えながらゆっくりと話をする。


「ドーラ公国もベルエルス王国も、ガザン王国がここまで簡単に押し込まれるとは思ってなかったはずだ。実際、カナン王国の王都の守備はドーラ公国とベルエルス王国の攻撃に備えて、あつくされているらしい。このままルウェリン伯爵軍がベール城塞都市に迫れば、ガザン王国としては同盟する二国に対して、自国の援軍を要請するだろう。カナン王国の王都侵攻どころじゃなくなる」


 魔力を流して伐採に利用していた長剣がなかほどからポキリと折れた。

 近場にあった長剣を空間魔法で手元に転移をさせ、新たな長剣で伐採を再開する。


「なるほど、そうなると援軍さえださないで、ガザン王国を見捨てるかもしれないですね」


 聖女が相槌を打ちながらも、考え込むようにして言った。


「或いは、二国で共闘して王都を攻撃するかもしれないな。この場合もガザン王国は見捨てられる。何れにしろガザン王国に明るい未来はない。想像でしかないが、ルウェリン伯爵軍はベール城塞都市を前に対陣して、外交使節を派遣するんじゃないか? いや、ガザン王国からの外交使節を待つかもしれないな」


「兵士の被害を最小限に抑えるのとガザン王国側の民の心情を考えてですね」


 俺の言葉を受けて聖女が話す。さすがに理解が早いな。


 ん? 何かあったのか?

 このまま、聖女と対話しながら、今後の方策の下地を考えようとする矢先に、前方からざわつきが聞こえた。


「ミチナガ、ちょっと来てくれ」


 先行していたテリーが、光の魔道具を大きく回しながら自分の居場所を示している。


「どうした? 今、そっちへ行く」


 テリーの声の感じから、危険をはらんでいるようには受け取れなかったが、念のため、聖女とメロディに残るように指示してから転移をする。


「どうした? 何かあったのか……」


 転移と同時にテリーに声をかけ、視線を向けると、その後方に広がる光景が視界に飛び込んできた。


「酷いな」


「ああ、いやな光景だ。いろんな意味でね」


 俺のつぶやきに、テリーが嫌なことを暗示させる。


 そこには、有刺鉄線を覆い隠すように死体が並べられている。死体の道が有刺鉄線の上にできていた。仲間の死体で道を築き、その上を通って退却した形跡があった。

 この短時間で有刺鉄線の特性に気付き、対応をしてきたのか。

 頭が切れるヤツがいるのか……


「頭が切れるヤツがいるのか、日中の兵糧を奪った転移者が参加していたか。或いは俺たちが把握していない転移者が歩兵に紛れていたか。どれだと思う?」


 テリーが俺の考えを読んだように、想像したくない順番に可能性をならべた。


「例の逃亡した転移者二名がこの夜襲に参加していた可能性は低いんじゃないか?」


 テリーと視線が合う。もの凄く嫌そうな顔をしている。俺もあんな感じの顔をしているんだろうな。


 終戦後のことに視野を向けたかったが、まだまだ、目先の戦場の手抜きはできそうにないな。

 少し陰鬱いんうつになりながら死体でできた道をテリーと並んで眺めていた。

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