第115話 敵、夜襲部隊

 俺たちは全員でバリケードの上に転移をする。

 

 月明かりの中、眼下に哀れな子羊ならぬ、騎馬隊を確認した。

 陽動部隊ではあるが、それなりに本気の攻撃を仕掛けてくる気のようである。


 破城槌はじょうついを、二十本ほど伴っての突撃。

 横に広がり、怒涛のように押し寄せてくる。騎馬部隊の半数近くが松明、若しくは、光の魔道具を掲げている。

 夜の闇の中、明かりを掲げて疾駆する騎馬の大軍。ビジュアル的にも実に美しく、勇壮な騎馬隊だ。


「でも、何で騎馬なんだ?」


「ですよね、私でも不思議に思います。破城槌はじょうついは分かるにしても、城壁に向かって、騎馬部隊が突撃なんてしませんよね」


 テリーが漏らした疑問に、アイリスのリーダー、ライラさんが、視線を騎馬部隊から外すことなく、同意をする。


「歩兵や弓兵は森の中だろう。残ってるのが奴らだけなんじゃネェか?」


 相変わらず、火の着いていない葉巻を咥え、ボギーさんがつまらなそうにつぶやいた。


 なるほど、他に人がいなかったのか。

 残ったのは、気位の高い連中ばかり。しかも、迂回しての夜襲という、華々しい戦果を期待できるチャンスを、普段見下している歩兵や弓兵に持って行かれたんだ、道理で派手なことをするわけだ。


「馬に乗ってるくらいだから、お偉いさんか、お金持ちね」


 白アリが仔狼を抱きしめながら、バリケードの端に向かう。


「派手なのはお偉いさんだからで、光の魔道具が多いのは、金持ちだからか」


 テリーも片足をバリケードの端に掛けて、騎馬部隊を覗き込む。


 その派手な一団は、深さ一キロメートルの落とし穴、俺たちの力作へ向かってまっしぐらである。

 あの速度なら、最初の落とし穴まであと三十秒もかからないだろう。


「あ、消えた」


「消えましたねぇ」


 マリエルのつぶやきに、黒アリスちゃんが呼応するようにつぶやきを漏らす。


 落ちたという表現よりも、忽然こつぜんと「消えた」といった表現の方がシックリくる。

 突然出現した長大な落とし穴に、先頭を走る破城槌はじょうついを伴った部隊が、飲み込まれるように消えた。


 疾駆する騎馬は、急には止まれない。

 怒涛の勢いで駆ける、後続の騎馬部隊も、次々と落とし穴に飲み込まれていく。


 先頭の破城槌はじょうついを伴った騎馬部隊は速度を出していたのは分かるが、後続の騎馬部隊までなぜあんなに速度を出していたのだろう。

 何かやるつもりだったのか?

 今となってはもう分からない。


「騎馬隊、壊滅しましたね」


「そうだね、壊滅しちゃったね」


 ロビンとテリーが、何か信じられないものでも目撃したかのような表情と口調で言った。


 信じられないのは俺も同じだ。二千騎の騎馬部隊が一瞬で壊滅である。残っているのは十五騎だけだ。これはもう、全滅と言っても差し支えないんじゃないか?


「何かあっけなかったですね。もう少し、混乱するところが見られると思ったんですけどね」


 聖女が残念そうに独り言をこぼす。


 そうだね、混乱することなく、落とし穴へ消えていったね。

 それもこれも、ほぼ横一線、五列横隊の隊列で、突撃してきた敵騎馬隊のお陰だ。さらに言えば、必要以上に速度を出していた、二列目以降の功績が大きい。


「落ちた馬は、やっぱり死んでますよね? アンデッドにして不死の騎馬軍団とか作ったらどうでしょう? 最大十五頭ですけど」


 気の毒な馬に救いの手を差し伸べようとしたのか、黒アリスちゃんが思案顔で月明かりの中、突然現れた奈落の裂け目のような落とし穴を見ている。


「あんまり、強そうじゃないわね。数がそろえられないなら、強い個体にしましょうよ」


 シルバーウルフの仔狼を胸に抱いた白アリがアドバイスをしている。


 いや、成体を差し置いて、仔狼をテイムしたお前が言うなよ。

 それに、黒アリスちゃんは闇魔法の使い魔なんで、十五の魔物や動物を従えられる。でも、俺たちモンスターテイマーはレベル分――この場合二人とも五の魔物しか従えられない。

 どう考えても、質も数も黒アリスちゃんの方が上だ。


「さてと、本命の敵さんはどのあたりまできてるんだ?」


 ボギーさんがソフト帽子をかぶり直して、左翼の部隊が迎え撃つ予定の森の方へと視線を向ける。

 この距離だ、肉眼はもとより、空間感知でも何もつかめないはずだ。俺以外は。


 空間魔法レベル5。銀髪から奪った能力。以前のレベル4とは比べものにならない。

 レベル4のときに比べて、把握できる範囲だけでも倍近く広がっている。だが、特筆すべきは魔力の感知ができることだろう。

 空間感知で把握できる範囲全てで魔力を感知することはできないが、以前のレベル4のときの感知範囲程度なら魔力を感知することができる。


 自分の周囲百メートルほどなら、かなり繊細な魔力の流れを感知できる。

 純粋魔法による身体強化の魔力の流れですら感知できる。

 銀髪の反応の早さは、これにあったようだ。


 バリケードの中央にある指揮所にいて、左右の森林を進む敵の夜襲部隊の動向を、手に取るように把握できる。

 半径一キロメートルほどを把握できる。自分でやっておいて何だが、もの凄く卑怯な感じがする。

 迂回してくる部隊は歩兵を中心に、左右ともに三千名ずつほどだ。


 夜の森ということで進軍に手間取っているのか、こちらが予想したよりも進軍が遅れている。

 月明かりがあるといっても、森の中までは届いていないのだろう。


 暗闇で視界も利かず、行く手を阻む草木や虫、夜行性の魔物もいるかもしれない。

 これから奇襲をかけようという隠密行動だ。明かりを点すわけにもいかないのも分かる。

 緊張は最高潮に達しているのだろうな。


「つまらネェ見世物も終わったし、そろそろ配置につくか」


 索敵に夢中になっていた俺の肩を、ボギーさんが軽く叩いてうながしてくれた。


「そうですね。よし、じゃあ、配置につこうか」


 俺の言葉とともに、皆が一斉に転移を開始した。


 ◇


「そろそろ頃合かな?」


 予定よりも一時間以上遅れて、敵の先頭部隊がこちらの迎撃エリアに差し掛かろうとしている。


「最後の秘密兵器の出番か」


「最後を飾る割には地味な秘密兵器ですね」


 テリーと聖女が苦笑しながら準備を始めた。


 確かに地味だよな。でも、効果はあるはずだ。地球の歴史が証明をしている。

 俺は何重にもらせん状に巻かれた有刺鉄線の束へと視線を移す。これが今回、最後の新兵器だ。既に聖女の玩具になってたりはするんだが。


 有刺鉄線は地球の戦争でも有効だったものだ。

 さまざまなシーンで活躍をしている。

 だが、森林の中に張り巡らせたり、ばら撒いたりするような使われ方はされていない。


 そもそも、森の中へ運び込むこと自体が困難な代物だ。

 だが、この世界には魔法がある。


 空間魔法で、敵の部隊を包囲するように、或いは、分断するように有刺鉄線の束をばら撒いていく。

 視界の利かない、夜の森の中に突如として現れ、自分たちの行動を阻む未知のもの。


 魔法ってのは本当に反則だよな。


 有刺鉄線への対処方法どころか、その知識すらない夜襲部隊からしたら、何が起きたのかも分からないだろう。

 さらに、有刺鉄線で思うように動けなくなったところに、投石機から放たれた小石が雨のように降り注ぐ。


 きっと、混乱するだろうな。


 後は、森の出口から迎撃部隊が侵入し、思うように動けない敵をクロスボウで順次仕留めていくだけだ。

 敵兵を仕留めたエリアの有刺鉄線は、俺たちが空間魔法で順次撤去して、クロスボウ部隊を核に据えて進軍をする。

 

 敵兵はまともな対応もできないだろう。

 投降する者は捕虜とし、混乱している者や抵抗する者は仕留める。

 後は作業でしかない。


「エリアに入りました」


 メロディが振り向き、俺たち三人に声をかける。


 俺たちはメロディの声を合図に、らせん状に巻かれた有刺鉄線の束を次々と森の中へと転移させる。

 聖女など、鼻歌交じりに奇妙な数え歌を歌いながら、自分で転移させた有刺鉄線の数を数えている。


 テリーも、そんな聖女に若干引きながらも、せっせと有刺鉄線を転移させている。


 

 空間魔法など使わなくても敵が混乱しているのが分かった。

 恐怖と戸惑いの声が聞こえてくる。


 その声を合図にしたわけでもないだろうが、投石機部隊が森林へと投石を開始するのを感知した。

 降り注ぐ小石により、夜襲部隊の兵士たちの恐怖と戸惑いに悲鳴と混乱が加わる。


 投石機による攻撃は混乱を与えるのが主目的であったが、こちらの予想に反して相当数の兵士をほふっていた。

 

 投石機の攻撃が止むのにあわせて、クロスボウ部隊が森の中へと進軍を開始した。

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