第114話 夜襲

 自分たちの陣幕で、報告会での顛末の報告と簡単な作戦会議を終え、全員でノシュテット士爵の陣営付近へときている。

 時間はそろそろ二十一時を回る頃だろうか。


 用意された区画はかなり広い。

 ラウラ姫がいることや、広いスペースを必要とする、ワイバーンをはじめとした使役獣、使い魔がいるのも理由だろう。

 たとえそうだとしても、俺たちに対する気遣いを感じる。


 本来なら遠慮をするところなのだろうが、遠慮なく使わせてもらうことにした。

 中央にラウラ姫一行、その周囲を囲うように俺たちとアイリスのメンバー。さらに、浴室やトイレ、食事のスペースを設置する。最外周をワイバーンとその他の魔物で囲う。


 やはり最前線、さらに、今夜は敵の夜襲が予想される。

 念には念を入れての配備である。


 ノシュテット士爵には、敵の数が多いので突破される危険性を示唆した。しかし、先ず、突破されることはないとみている。

 たとえ数が多くても、その数を有効活用できるような戦場にはしない。

 そのための準備も万全だ。


 設営を皆に任せて、白アリと二人、ノシュテット士爵の陣幕へと向かうことになった。


 ノシュテット士爵の陣幕へと向かう前に、ラウラ姫に挨拶をしてきた。

 表面上は、ラウラ姫も二人の侍女も落ち着いた様子だった。

 しかし、自分たちの領民や兵士と戦うことに心を痛めていた。


 侍女二人に至ってはもっと深刻だ。ラウラ姫の手前、表には出していないが、家族や親類が参戦をしている。

 もちろん、到着したばかりの部隊なので、今夜の夜襲部隊には配属されていないはずだ。

 二人には、気休めではあるが、そのことを伝えて、その場を後にした。



「どうするの? 迂回してきた部隊の中にいたりしたら、死亡する確率高いわよ」


 ノシュテット士爵の陣幕へ向かう途中、俺の横を歩く白アリが視線を前方に固定したまま、無表情で聞いてきた。


「何か腹案でもあるのか?」


「質問に質問で返さないでよねぇ。腹案なんてないわよ。ただ、あんたが、どう考えているか知りたかっただけ」


 大人しそうな容貌の白アリが大人びた仕種で流し目をこちらへと向けている。

 一瞬、ドキリとし見とれてしまう。


 容貌と仕種のギャップが激しいな。

 見た目が十五歳で中身が二十二歳と考えれば、当たり前なのかもしれないが、そのギャップからくる仕種が、彼女を魅力的に見せているのは確かだ。


「迂回してきた敵の部隊に手心を加えるつもりはない。結果、戦死となっても、それは戦争だ。諦めてもらう。恨まれても仕方ないと思ってる」


 そのまま妄想に入り込みそうになるのを振り切って、白アリの流し目に視線を合わせて答える。

 表情の変わらない白アリの目を見つめたまま、さらに続ける。


「戦死者の中に彼女たちの身内がいたら、その分、彼女たちのことを手厚く保護するつもりだ」


 偽善だな。自己満足ですらない。

 自分で言っておいて、嫌になる。そんな行いなど、何の慰めにもならないことは分かっている。


 それでも、何もせずにはいられない。

 見ず知らずの人にまで情けをかけるつもりはない。だが、言葉を交わした人たちまで無碍むげにすることはできない。


「そっか。弱くて優しいところは、初めて会った頃と変わらないのね」


 白アリが俺のことをからかうように口元に笑みを浮かべている。


 自分では精神的にも随分と成長したつもりだったのだが、白アリから見ればまだまだなのか。

 随分と採点が厳しくないか?


 いや、そうでもないか。

 思い返せば、弱いところばかりだな。それに、決して優しくはないんだが。フォローのつもりなのか?


「そうだな。俺は相変わらず弱いようだ。それに優しくもないぞ。優しいと映るなら、それは弱いからだと思う」

 

 白アリに向けてそれだけ言うと、歩を早め、ノシュテット士爵の指揮所である、テントの前にいる歩哨へ取り次ぎを頼んだ。


 ◇


 テントの中にはノシュテット士爵とラウレンティス将軍、それとお茶の用意をしている侍女の三名がいた。

 白髪の副官は見当たらない。


 テントの中は薄暗い。そして、非常にシンプルだ。まあ、最前線の指揮所なのでシンプルなのは当たり前か。


 テントに入って真っ先に感じたのは明かりが少ないことだ。

 光の魔道具は大テーブルの周辺と出入り口付近にしか置かれていない。かなり倹約をしているようだな。


 領地も安堵されているし、特に台所事情が厳しいとの噂は聞いていない。

 しかし、先の戦争では領主が討ち死にしているわけだから、ろくな褒美も出ていないのかもしれない。


 大テーブルの上に、この辺り一帯を表した地図が、広げられていた。

 俺と白アリは地図の情報を読み取り、お互いに目を合わせる。


 地図には既にコマが配置されたり、文字を書いた木片が置かれたりしている。その様子から見て、既に敵部隊に大きな動きがあったようだ。


「先ずは、区画の貸与、ありがとうございます。あれほど広域の区画を、お貸し頂けるとは望外です」


 俺は地図から視線を戻し、ノシュテット士爵へ深々とお辞儀をした。


「社交辞令は不要よ。報告と作戦の確認をしましょう」


 ノシュテット士爵は、そんな俺と白アリを制し、地図の広げられた大テーブルへと招いた。


 ◇


「左右両方から部隊を送り込んできたんですね」


 地図上に配置された、敵部隊の規模の記載してある木片を見ながら、白アリが誰ともなしにつぶやく。


「それもかなりの規模です。昼間何もできなかった鬱憤うっぷんを、晴らそうとでもいうようですな」


 ラウレンティス将軍が、忌々しそうな表情で、右側――東側の森の上に置かれた木片を人差し指でコツコツと叩きながら言う。


 鬱憤うっぷんを晴らす、か。

 まあ、そうだろうな。


 敵もこの巨大なバリケードの出現で、戦意喪失状態で日中を過ごしている。

 中央突破をする気満々だった主力が、そのていたらくだ。周囲から散々言われているんだろうな。


 そんな状況下で、バリケードを迂回して森を抜けての奇襲が可能と分かったわけだ。

 士気もあがる。がぜんやる気も出るだろう。


「敵の先行部隊と主力部隊、森への侵入時間に、一時間も差はないわ。おそらく、日中に偵察を済ませているのでしょう」


 ノシュテット士爵が、侍女にお茶の用意をうながしながら言った。


「敵部隊が森を抜けるのは深夜になりますね。予定通り、敵の先頭の部隊が、森を抜ける手前まで引き付けましょう」


 白アリが敵の夜襲部隊を示す木片を左右の森の出口付近へと移動させる。

 さらに、バリケードの上にある、投石機を示すコマのおよそ半数を、左右の端に終結させる。 


 森の中への投石がどれだけ有効かは判断がつかない。木々に邪魔される分、平地よりも効果が低いのは確かだろうな。

 それでも、混乱を増大させることはできる。


「では、我々は陣幕へ戻って、一時間ほど仮眠を取らせていただきます」


 人数分のお茶が、まだ、用意されていないことを確認して、退出を申し出た。


 ◇

 ◆

 ◇


「さあ、行こうかっ!」


 若干名、あくびをしている人がいるが、メロディとローザリアの二人以外は、全員が目が覚めていることを確認して声をかけた。


 きっかり一時間の仮眠をとった俺たちは、全員そろって最前線の指揮所へと転移をした。

 もちろん、ラウラ姫一行とミレイユはワイバーンとフェニックスの護衛付きでお留守番である。


 ◇


「お待たせいたしました。早速配置に付きます」


 ノシュテット士爵とラウレンティス将軍を確認し、即座に行動に移ることを告げる。


「頼みましたよ」


「よろしくお願いしますね」


 移動を開始した俺たちの後ろから、ノシュテット士爵とラウレンティス将軍の声が聞こえた。

 

「右翼にテリーと聖女、メロディ、そして俺が行く。左翼にボギーさん、白アリ、黒アリスちゃん、ロビンの四名で頼む」


 散々確認した作戦を、改めて指示として声に出す。


 今回の肝となる、空間魔法の使い手を左右に配置する。

 もちろん、最後の秘密兵器を有効活用するために必要なメンバーであり、迎撃の際の遊撃部隊として、要所要所での火力も担う。


「アイリスの皆とティナ、ローザリアは右翼でクロスボウの部隊に加わってくれ」


 既にクロスボウを装備した、アイリスの娘たちとティナ、ローザリアを見ながら指示を飛ばす。


「敵兵、約二千騎がバリケードへ向けて行軍を開始しました」


 ノシュテット軍の伝令が叫びながら駆けまわっている。


 伝令の声を聞き、転移しようとしていた俺たちの動きが止まる。

 始まったか。

 陽動のためだろうが、中央への攻撃に二千騎か。贅沢な話だ。


「見てから行きませんか?」


 動きの止まった全員を見やりながら、聖女が提案をした。

 

 真っすぐに俺のことを見る聖女の目は期待に満ちている。

 ワクワク、とかいう擬音が聞こえてきそうだ。

 そんなに見たいのか? 騎馬隊が落とし穴に落ちるところを……


「時間もあるし、少しだけ見て行っても良いんじゃないか?」


 テリーが俺の肩を叩きながら、皆に視線を走らせる。明らかに皆の同意を求めているな。


「ですよね、見ていきましょう」


 すかさず聖女が同意をする。


 いや、同意も何も、言い出したのは聖女なんだけどな。

 

 皆の顔を改めて見る。

 見たがっているのが分かる。皆、期待をしている。騎馬隊の運命が想像できるからだろう、皆の口元が緩んでいる。


「そうだな、敵の陽動部隊の動向を確認してから動いても良いか」


 特定の人の表情を見ないようにしていたつもりだったのだが、言い終えたときには聖女の表情を探ってしまった。


 そして、俺の決定は皆の笑顔と歓声で受け入れられた。

 余裕あるよな、皆。

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