第113話 報告会
日没の少し前に、双方とも兵を退き、自然と本日の戦闘は終結を迎えた。
とはいえ、やはりそこは戦争中の最前線。嫌がらせとしか受け取れない奇襲やその迎撃、哨戒任務と休む暇はない。
休む暇がないのは現場だけではない。管理職も報告任務がある。
報告書の作成と口頭による報告、特に口頭報告会は作戦会議も兼ねている。
この報告がバカにならない。いや、かなり重要だ。
実際の戦闘による功績も、この報告が下手だと評価されず、褒美をもらい損ねる。逆に報告の上手い人材を抱えた貴族は、大した働きがなくとも、大きな褒美にありつけたりする。
このあたりの構造は現代日本と大差がない。
そして、その報告会に俺と聖女が参加している。
先に提出してある報告書は白アリとテリーが作成をしてくれたものだ。
ダナン砦攻略戦、ここまでは小競り合い程度しかなく、双方とも大きな功績も被害もなかった。
しかし、それが今日は大きく動いた。
ルッツ・ライスター軍務顧問が指揮する、第七輜重部隊とその守備隊が奇襲され、兵糧を奪われたことだ。
意外だったのは、兵糧を奪われたことは大問題となったが、ルッツ・ライスター軍務顧問が敵側の手に落ちたことは軽視された。
その扱いは、ほとんど「取るに足らないこと」と言わんばかりである。
王国軍からの客将だ。もっと扱いが丁重だと思っていた。
しかし、ルウェリン伯爵の遠征軍からすれば、さほど役に立たない口うるさい客将よりも、兵糧の方が大切である。
この兵糧が今回の会議の、最も大きな議題のひとつである。
いや、もっと端的に言うなら、誰の責任なのか、責任の所在の押し付け合いが、行われている真っ最中である。
「お前たちの責任だ。いくら軍務顧問が指定した場所とはいえ、もう少し慎重になって助言すべきだろうっ! それとも言われたことしかできない無能なのか?」
そして、迷走していた矛先が、早々にこちらへと向けられる。
来たよ。
予想はしていたが、こうもあからさまにやり玉に挙げられるとはな。
ほとんどの貴族が、その理不尽な言葉に賛同をする。
理不尽な言葉に賛同した貴族の顔と名前は覚えた。
皆への報告のため、手元に用意したノートに、各々の名前と役職を書き連ねていく。
お前ら覚えてろよ。
後で、復讐してやるからな。
俺はルウェリン伯爵へ視線を走らせる。
ルウェリン伯爵が、俺の視線を受けて小さくうなずく。その表情は、「予想通りだな」といった感じだ。
無理もない。俺たちは、ほとんどの貴族連中に嫌われている。
自分たち以上に手柄を立てる、ぽっと出の攻撃魔法が得意で、運が良いだけの無礼な探索者。それが大半の貴族から下された俺たちの評価だ。
他者が手柄を立てるということは、自分たちの取り分が減り、発言が軽視される。
どちらも貴族としては我慢できないことのようだ。
そんな俺たちをやり玉に挙げられるのだ。ここぞとばかりに攻撃をしてくる。
さすが貴族だ。
共通の敵と判断した途端、あうんの呼吸で排除にかかる。
だが、こちらも対抗手段は用意してある。
責任は責任者にとってもらう。本来なら責任者であるルッツ・ライスター軍務顧問に責任をとってもらうのだが、当の本人はいない。
捕虜として敵兵にさらわれたのだから仕方がない。
代わる生贄はその副官だ。
重傷を負い、生死の境をさまよっていたが、「光魔法で治癒する」との名目で無理やり引っ張ってきた。
もちろん、治癒はした。最低限の治癒なのは諦めてもらおう。こちらとしても、副官に恨みこそあれ、情けをかけるいわれはない。
副官が話す内容は事前に聞いてある。俺たちに不利になることはない。
もちろん、副官が裏切らないという保証はない。裏切るつもりがなくとも、周囲の貴族たちの迫力に圧されて、はからずも裏切ることになる可能性もある。
この場合も、手は打ってある。
副官の発言が予定通りであれ、予定外であれ、ルウェリン伯爵がフォローを入れてくれることになっている。
「では、副官殿、報告をお願いいたします」
俺の横で、息も絶え絶えにしゃがみ込んでいる副官に、発言をうながした。
「ルッツ・ライスター軍務顧問がいらっしゃらない以上、報告は私の義務です。報告の機会を頂いたことに感謝いたします。――――」
◇
「――――以上が私の知る限りのことです」
副官は、俺たちの期待通りにちゃんと働いてくれた。
報酬は光魔法による完全回復。副官が約束を守った以上、俺たちも約束は違えない。
第七輜重部隊へ兵糧引き渡しの際に、俺たちが、危険の示唆、進言をしたこと。
第七輜重部隊が奇襲を受けた状況、敵奇襲部隊が予想以上の規模と精強さを持っていたこと。
敵奇襲部隊のあまりの精強さに、こちらの守備部隊があっという間に蹴散らされたこと。
軍務顧問だけでも避難させようとしたが、なす術なく軍務顧問が拉致されたこと。
敵の奇襲に対して、俺たちの遊撃隊が援軍に駆けつけたときには手遅れであったこと。
敵の奇襲部隊の規模と精強さに比べて、俺たち遊撃隊が少数にもかかわらず勇戦し、献身的に自分たちを助けたことを、とうとうと語った。
別に事実を曲げて語らせたりはしていない。副官の目線での、敵奇襲部隊の襲撃から俺たちが参戦しての救出劇までである。
嘘偽り、脚色はない。
もっとも、副官のあずかり知らない部分が、語られないのは仕方がないことだ。
副官の報告のお陰で、俺たちを糾弾する声は急速に小さくなっていく。
もともとが、言いがかりなのだから当然といえば当然だ。
最終的に全員が黙ったのは、自分たちの責任を素直に認め、無実の俺たちを擁護する副官に感銘を受けた、ルウェリン伯爵の一言があったからだ。
もちろん、このルウェリン伯爵の一言も予定通りのものである。
それにしても、さすが貴族だ。
俺たちを糾弾していた連中の変わり身の見事なこと。
権力に迎合するのはお手のものである。羞恥心よりも保身。
世渡りに必要なものを、目の当たりにさせてもらった。
そして、今回もっとも意外だったのは、最初から俺たちを擁護した貴族や有力者が多数いたことだ。
ノシュテット士爵をはじめとした、中央戦線の守備を担っている人たちも擁護をしてくれた。さらに、俺たちにコンタクトを図ろうとした貴族や有力者たちのおよそ半数は何らかの形で擁護をしてくれた。
下心があるにしてもありがたい。この軍団に参加している貴族や有力者との人脈を、もう少し広げても良いかもしれないな。
ルッツ・ライスター軍務顧問が指揮していた、第七輜重部隊が襲撃されたこと以外は、さほど大きな動きはなかった。
大きな動きはないが、各戦線とも、さすがに小競り合い程度のぶつかり合いではない。
各報告とも、先日までの報告会よりも白熱していた。
先日までの様子見の小競り合いとは違う。
敵軍がかなり無理をしてでも、結果を出そうと進軍してきたこともあって、双方ともに被害が出ている。
被害は出ているが、その被害者は何れも一般兵士であり、雇い入れた探索者、或いは奴隷である。
彼らの犠牲による功績が、この場にいる貴族や有力者たちの功績や褒美となる。
そして、その貴族や有力者のほとんどが前線には出ていない。
このあたりの構図は地球も異世界も変わらないようだ。
◇
報告会終了後、俺と聖女は真っ先に陣幕をでる。そのまま、陣幕の出入り口で、参加された貴族や有力者たちが出てくるのを待った。
陣幕の出入り口で、先ほど俺たちを擁護してくれた人たちにお礼を述べ、握手を交わす。
さすが貴族。
俺とは普通に握手をしていたのだが、聖女の差し出した右手を両手でがっちりと握り、好色そうな顔でにやけていた。
あきれたのは、俺たちを非難していた連中までも、聖女と握手をしていたことだ。
そこは聖女、外面は良い。分け隔てなく握手を交わしていた。
もっとも、内心では、はらわたが煮えくり返っていることだろう。この後、自分たちの陣営にもどってから、行われる会議が思いやられる。
「ご苦労様、大変でしたね」
俺たちが、一通りの挨拶を終えたタイミングでノシュテット士爵が声をかけてくれた。傍らには六十代に見える白髪の副官がいる。
「ありがとうございます。ご心配をお掛けいたしました」
俺は軽くお辞儀をしながらお礼を述べ、さらに話を続ける。
「敵の中央攻略部隊は大規模な部隊ですし、日中は偵察くらいしかしてません。かなりの高確率で今夜あたり夜襲をしかけてくると思われます」
「ええ、私たちもそう考えてます。左右を迂回しようとしている部隊も確認してます」
ノシュテット士爵は、俺の言葉に小さくうなずくと、危惧を肯定する情報を話してくれた。
「部隊の人数はどれくらいでした?」
「確認できたのは、小部隊です。早い時間だったのもあるでしょう。本格的に動くならこれからの時間でしょうね」
「分かりました。では、私たちは自陣営にて会議後、中央守備部隊へ合流いたします。野営する区画の確保を、お願いしてよろしいでしょうか」
「もちろんよ。区画は用意させて頂くわ。よろしくお願いしますね。では、私たちも戻ります」
ノシュテット士爵は、朗らかな笑顔で快諾し、白髪の副官へ戻るように声をかける。
「はい、ありがとうございます。お任せください」
俺がノシュテット士爵へお辞儀をするのに合わせて、聖女も俺と同様に深々と頭を下げた。
今夜は夜襲部隊の迎撃戦となりそうだ。
俺と聖女は思惑通りに敵を迂回路へ誘いこめそうなことに、お互いの顔を見合わせながらほくそ笑んだ。
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