第112話 秘密兵器
地上百メートル、バリケードの最上部にある指揮所に、ロニア・ノシュテット士爵とラウレンティス将軍がいた。
俺はマリエルを伴って、指揮所から二メートルほど離れた場所へ出現する。
「おお、ミチナガ殿。よく来てくれました」
出現すると、すぐにラウレンティス将軍が気付いて、声をかけてくれた。
このラウレンティス将軍は、実戦経験の少ないノシュテット士爵に代わってノシュテット軍の指揮を執っている。
今年五十二歳になる、歴戦の将軍だ。
偉丈夫という言葉が実にシックリくる男性だ。目線の高さは俺とほとんど変わらない。若干、ラウレンティス将軍の方が高いか。
百九十センチメートルを超える長身に広い肩幅と厚い胸板。
全身を覆う筋肉は、その年齢からは想像もできないほどで見事なものだ。
頭髪も年齢の割には髪に白いものはほとんどない。
準士爵の爵位も持っているのだが、非常に腰が低く人当たりが良い。
ありていに言えば、好感の持てる人である。
ロニア・ノシュテット士爵のご主人――前ノシュテット士爵とその嫡子である長男が戦死した際は、前線ではなく別働隊の指揮を執っていたそうだ。
自身が傍にいない状況で主君とその跡継ぎを失っている。
現ノシュテット士爵――ロニア・ノシュテット士爵が後をついでからは、常に士爵とともに前線に身を置いていると聞いた。
もう二度と、自分のいないところで主君を失うことがないようにとの思いからなのだろう。
噂通り、男気のある人となりのようだ。
「遅くなり申し訳ございませんでした。少々手間取りました」
指揮所の入り口で立ち止まり、ノシュテット士爵とラウレンティス将軍に挨拶をする。
「その様子からすると、激戦だったようね。怪我は……治癒済みかしら」
ノシュテット士爵が、俺の焼け焦げたアーマーを見て軽い驚きの表情を見せた。
「ミチナガ殿にそれだけの痛手を負わせるとは、敵は相当の
ラウレンティス将軍も驚きの表情を露わにする。
二人とも、俺たちの手柄を知っているが、手柄以上に、俺たちの戦い方を知っている。
ラウレンティス将軍が、活躍が著しい俺たちの、戦い方に関する情報を集めまくっていたのだ。
それも、表層的な魔法での戦闘よりも、そこに至る準備段階についての情報を重視しての情報収集を行っていた。
どこまでの情報を集められたかは知らないが、そういう動きをするというのは、この世界では特筆すべきことだ。
情報収集のための人脈や仕組み、事前準備という側面では、まだまだ未熟な俺たちとしては、最も敵に回したくないタイプの人だ。
「手強かったのは確かですが、私にも慢心があったのも確かです。良い経験、勉強になりました」
この人たち二人の俺たちに対する評価は高い。
いたずらに謙遜をして、評価を下げないよう、事実を述べる。
「まあ、そういう事にしておきましょう」
ノシュテット士爵が意味ありげにほほ笑み、俺に椅子を勧めてくれた。
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、戦線の状況をこの目で見たいので」
椅子を勧めてくれたことにお礼だけ述べ、最後までは言わずに、バリケードの端へと歩を進めた。
「わー、ここだけ戦ってないね」
マリエルが、周囲をキョロキョロと見回したあとで、眼下にバリケードの前に広がる戦場を視界におさめる。
各戦場を一望とまではいかないが、そこは高さ百メートルのバリケードの最上部、大体の戦場の様子は見て取れる。
各地で人馬が小競り合いを繰り返しているのが分かる。
場所によっては入り乱れての戦闘を行っている。
「大規模な攻撃はありましたか?」
「いえ、様子見の散発的な攻撃があった程度です。落とし穴までは進軍して来てはいません。どれも、頂いた新兵器――クロスボウで応戦しています。投石器は使用していません」
俺の質問にラウレンティス将軍が答える。
渡した新兵器のひとつはクロスボウだ。
百メートルの高さを利用した攻撃となるので、どうしても遠距離攻撃用の武器が必要となる。
大した訓練も必要なく、大勢の兵士が利用できる、遠距離用の武器が必要だった。
投石器とスリングを使って小石での攻撃でもよかったのだが、左右から迂回してきた部隊――森林からの攻撃に対応することも考慮してクロスボウを選択した。
「あなたの作戦通り、どんなに有利に見えても、こちらからは打って出ず、防衛に徹しています。引き付けるまで投石器も封印します」
ラウレンティス将軍の答えに、小さくうなずきながら思案する俺に向かって、ノシュテット士爵が作戦もきちんと履行されていることを付け加える。
「他の戦場で手柄を上げる貴族たちがいる中、防衛に専念するのはお辛いでしょうが、今は我慢をしてください」
ノシュテット士爵とラウレンティス将軍へ向きなおり、話しかける。二人がうなずくのを確認してから、再び、眼下の戦線へと視線を落とし、話を続ける。
「それにしても、もう少し敵からの攻撃があると思っていたのですが、少ないですね。敵の指揮官は、こちらが考えていた以上に思慮深いのかもしれませんね」
「敵の攻撃はこんなものでしょう。歴史上これほどの高さの城壁はありません。そんなものが一夜にして出来たのですから、思慮深くなくても慎重になりますよ」
ラウレンティス将軍が少し困ったような口調で、こちらに近づきながら話す。
なるほど。思慮が浅かったのは俺か。
もう少し、こちらの世界の人間の目線で、ものごとを捉えるようにしないとダメだな。
「ところで、先ほど東側の森へ侵入する小部隊を見ましたが、左右への迂回はどんな感じですか?」
今回の作戦のもうひとつの仕掛けである、迂回路への誘い込み。その情報が気になりつい質問の声が大きくなってしまった。
「ご覧になりましたか。敵も迂回以外に突破方法はないと考えていると思います。事実、左右の森へ浅いところまでですが、偵察部隊が派遣されているのを把握しています。左右どちらかの森林を通っての侵攻作戦が、実行されるのは時間の問題でしょう。或いは、左右同時の攻撃もあるかもしれません」
ラウレンティス将軍が、満足気な表情で、作戦が上手く行きそうであることを語る。
「歴戦の勇将に若造の私がこのようなことを言うのは失礼だと思いますが――」
そう、前置きをして、昨夜の自信満々で語った作戦を軽く否定するように話をする。
「――罠も、迎撃部隊の準備も万全であっても、数は敵の方が圧倒的に多数です。兵数は突破力につながります。罠や策を力押しで突破することを可能とします。万が一の場合は迷わずに撤退をしてください」
やはり、自分の作戦で人が死ぬのは気が引ける。
何よりも、この人たちが好感の持てる人たちであることと、戦後の人脈として役に立って欲しいとの二つの側面があった。
人間、やはり奇麗ごとばかりではダメだ。
「自分の部隊が気になるので、そろそろ移動をさせていただきます」
「持ち場の戦線は厳しいのかしら? ミチナガ殿のその恰好を見る限りは、厳しいようね」
「いえ、私たちの受け持つ戦線の最大の脅威は排除いたしました。そちらは問題ないと思います。ですが、こちらへ向かう矢先に、ルッツ・ライスター軍務顧問の部隊――兵糧の一部を守備する部隊が、奇襲を受けたとの報告がありました。急ぎ、部隊の一部を割きましたが、対応できたか心配です」
「確か、西の森の中にある盆地でしたね。そんなところに奇襲部隊を派遣するとは驚きです」
戦略的には何の価値もない、と言いたいのだろうが、そこは言葉にはでなかった。
「それだけ、兵糧に
厳密なことを言えば、時系列的に多少の
戦場でそこまでの追及が発生することもないだろう。
「そうですか。では、後ほどお話をしましょう。ご武運を」
「ご武運を」
ノシュテット士爵とラウレンティス将軍が短く挨拶をしてくれる。
「はい、ありがとうございます。ご武運を」
俺も二人に挨拶をし、マリエルと共に戦場となった盆地へと転移をした。
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