第111話 追撃戦
俺と黒アリスちゃん、メロディ、マリエルは、白アリと聖女を追って盆地を囲む北側の森の中ほどへと転移をした。
本来であれば、
戦争とはいえ、環境破壊が凄いな。
やりすぎ、ってことだがこの程度で止めに行かせるのか?
俺と黒アリスちゃん、特に黒アリスちゃんが、あの場にいては謝り続けそうだったんで、あの二人をダシにしたってところか。
「うわー、白姉が二人いるよー」
マリエルが、左右の手で二人の白アリをそれぞれ指している。
白アリが敵兵士の退路を上手いことと残しつつ、例の銀色の球体と火魔法で追い立てている。
そんな、高火力の白アリが二人いる。
幻影の宝珠か。雑魚相手に国宝級のアイテムを使っている。実験と訓練をかねているのだろう。わりと、こういう地道な努力を怠らないよな。
敵兵士からしたら、悪夢が二倍になっただけだがな。
聖女は……捕らえた敵兵士を嬉々としてグルグル巻きにしている。有刺鉄線かよ、痛そうだな。
「相変わらず容赦ないですね、聖女さんは」
黒アリスちゃんが目が点状態で聖女の所業を茫然と見ている。
「でも、これは戦争ですから。敵の軍はもっと酷いことしてたって聞いてますよ」
黒アリスちゃんの後ろからメロディが聖女のフォローをする。その表情は、自身の発言に納得が行かないようにしか受け取れない。
「あれって、捕虜虐待ですよね」
黒アリスちゃんの瞳に、ようやく精気が戻った。
確かに、聖女の行いは捕虜虐待だが、この世界にはそもそも捕虜虐待禁止の考えがない。
むしろ、捕虜は積極的な虐待の対象だ。兵士のガス抜きとして利用されていたりする。
考えてみれば酷い話だ。
そして、戦えそうな捕虜や虐待を生き延びた捕虜は、隷属の首輪をつけて最前線送りとなる。
まあ、捕虜になったら、ろくな目に遭わないことだけは確かだ。
「そうだな」
聖女の行いはこの際放置で良いだろう。俺は意識を白アリが攻撃する一団へと注ぐ。
わざと逃がしているということは、あの一団にいるのだろう。
いた。第一目標を発見した。
縄をうたれたカッパハゲが、敵兵士と一緒にパニック状態で逃げ回っている。
カッパハゲの方は白アリが上手いこと誘導している。
このまま敵の初日の手柄になってもらおう。
さて、第二目標だ。
楽しそうに仕事をしている聖女の横へと転移する。
「奪われた兵糧はどうなっている?」
無心……ではないか。
「転移者二名が、アイテムボックスとマジックバッグに詰め込み、先頭を切って逃走しました。多分、今頃は砦の中じゃないでしょうか」
聖女が、作業の手を止めることなく首だけを俺の方に向けて、さわやかに言う。
「ありがとう」
聖女にお礼を述べ、カッパハゲの誘拐をどうやって成功させるかに思いを巡らせる。
カッパハゲよりも兵糧の方が扱いは上なのか。
そうだよな。
利用価値の不確かな捕虜よりも、確実に利用できる兵糧の方が価値はあるか。
「その方を解放してください! その方は――軍務顧問は当軍にとって要人です。大切な方です。その方を解放して頂ければ、あなた方は見逃します。約束します」
爆裂系火魔法がもたらす爆発音や轟音が鳴り止み、突然、白アリの声が響き渡る。
白アリの言葉に思案を中断する。
切迫した感じが伝わってくる。
演技、上手いじゃないか。
俺の仲間は人を騙したり
何かのブーストが掛かっているんじゃないだろうか。
問題は、つい先ほどまで、カッパハゲなどお構いなしに、爆撃をお見舞いしていた白アリの言葉を、敵兵士がどこまで信じるかだ。
「う、嘘だ。私は軍務顧問なんかじゃない。ただの平兵士だ」
白アリの言葉を、露ほども信じなかったのは、味方であるカッパハゲだった。いや、ただ単に、自分の身の危険を感じたのかもしれない。或いは、こちらの思惑に気付いたのか。
必死の形相で、自分の身分を偽っている。
「軍務顧問、ここで身分を偽っても良いことはありません」
嘘つきカッパハゲの言葉を、白アリが即座に否定をする。
「そうです、それこそ、平兵士だったら何の価値もないと判断され、この場で殺されかねませんよ」
黒アリスちゃんが敵兵士やカッパハゲに考える時間を与えず、考えたくないような未来を暗示する。
「仮にこのまま捕虜となった場合、軍務顧問の身分なら十分に捕虜交換や交渉の材料となります」
俺の横で、鼻歌交じりに敵兵士を有刺鉄線で縛っていた聖女が、突然、転移して説得に加わった。
あざといな。
この場での解放よりも、盾として連れ帰った方が有効であることを、あからさまに示唆している。
それにしても、見事なものだ。
示し合わせたようなチームワークである。これをアドリブでやっているなど、俺でも疑う。
そんなアドリブに加われず、茫然とその様子を見ているメロディとマリエルに声をかける。
「メロディ、ここに残って三人の手伝いをしてやってくれ。俺とマリエルは中央の様子を見てくる」
「はい、分かりました」
メロディが、俺の言葉に我に返ったのか、弾かれたように振り返り返事をした。
「はーい」
マリエルの方は、三人のやり取りが気になるのだろう、顔と意識はそちらに向けたまま返事をする。そして、そのままフラフラと飛んでくる。
「じゃあ、行ってくる」
そう言い残し、マリエルと共に中央の戦線へと転移をした。
◇
中央の戦線、ロニア・ノシュテット士爵の陣幕付近へと出現する。
「ミチナガの言ってた場所よりも前には出てないみたいだね」
マリエルが、遠見のスキルで確認した戦線の様子を伝えてきた。
「中央の戦線を左右に回りこまれていないかの確認を頼む」
マリエルに戦線の再確認をお願いし、俺自身は陣幕の中を空間感知で確認をする。
ノシュテット士爵は見当たらない。
前線だろうか。
噂通りなら、戦線に出ている可能性が高いか。
「こっちから見て、右側に敵の兵士が向かってるみたい。でも、もっと近づかないとよく分かんない」
「ありがとう。後で確認をしよう。前線にでるぞ」
高空からの偵察から戻り、空中でジタバタとしているマリエルをうながして、中央の前線付近へと転移をする。
◇
中央の戦線、およそ一キロメートルに渡って構築されたバリケードと堀の内側へと出現する。
バリケードといっても、この世界にある脆弱なものではない。
見た目には城壁だ。
バリケードの高さは百メートル、バリケードの上部は広いところで幅十メートル、狭いところでも三メートルほどある。
堀の深さは一キロメートル、幅は五メートル、橋を架けて渡るにしても、十分に恐怖を感じるはずだ。
この世界では規格外のバリケードと堀である。
堀はカモフラージュしてあり、堀とは分からない。
落とし穴として機能をするようにしてある。
俺たち七人が総がかりで築いたこのバリケードと堀には味方の誰もが息を呑み言葉を失った。
そのとき、真っ先に言葉を発したのは、ラウレンティス将軍――ノシュテット軍、事実上の指揮官である、歴戦の勇士だ。
「攻めるにしろ、守るにしろ、どう戦えば良いのか想像もつかない」
歴戦の勇士が、ようやく漏らした言葉がそれだ。
戦い方など、難しく考えることはない。というよりも、複雑な作戦は履行できないと考え、作戦は単純だ。
百メートルの高さを活かし、迫り来る敵に向けての投石で十分だ。
投石器を持ち込んではいるが、巨石を撃ち出す必要はない。小石でこと足りる。
百メートルの高さが加速を生み、ただの小石を凶悪な殺傷兵器へと変える。
もっとも、それ以前に、この高さのバリケードに正面から戦いを挑むような指揮官はいないだろう。
味方が息を呑んだように、敵も息を飲むはずだ。
仮に偵察がてら近づいても、カモフラージュされた、堀という名の落とし穴が、三重に張り巡らせてある。
深さ一キロメートルの落とし穴だ。
下手をしたら最初のひとつで恐れをなし、それ以上の深入りはしないかもな。
残された手段はバリケードの左右への
それこそが今回の狙いだ。
さて、戦況の確認しに行くか。
バリケードの上にいる、ノシュテット士爵を確認し、マリエルを連れて転移をした。
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