第110話 盆地へ
黒アリスちゃんの治療のおかげで傷は完治した。
女神がくれた、治癒の短剣。その性能の凄さに改めて驚かされる。神器って凄いんだな、やっぱり。
もちろん、闇魔法の知識の活用と、献身的な治療を施してくれた、黒アリスちゃんには感謝をしている。
ありがたいことだ。ちょっと怖かったけど……
全ては自分の慢心が招いたこととはいえ、思い返しても、悪夢のような出来事だった。
さすがに不用意がすぎたな。
カラフル――神獣なスライムを同行していたにもかかわらず、心臓という急所部分への展開も怠った。
もっとも、こちらに関しては、カラフルが原子崩壊の被害を受けていたかもしれないので微妙だ。
原子崩壊に耐えられるかの検証をするのもはばかられる。
「銀髪、いまさらだが、覚悟は良いか?」
俺は岩盤の上に横たわっている銀髪へゆっくりと近づく。
念のため、黒アリスちゃん、メロディ、マリエルを銀髪と俺の直線上――俺の背後となるように位置する。
「うるせーっ! 美少女を二人も
咳き込みながらも悪態をついてきた。
意外なことに、気力の方は全く萎えていないように見える。
「別に
「ふんっ! さっきのざまは、なかなか良かったぜ。未来のお前の姿を見てるようだったな。精々気を付けるんだな」
銀髪のヤツ、俺の話を聞いていないのか? わざとなのか? 自分の妄想に基づいて会話をしている。
それにしても、何て不吉なことを言うんだこいつは。
言霊、という単語が一瞬脳裏をよぎる。いや、気にしたらキリがない。聞かなかったことにしよう。
「黒アリスちゃんが理由もなく、俺に短剣を突き刺すわけがないだろう」
理由があったら刺すのだろうか? との疑問は口にはしない。
「そうですよっ! ミチナガさんが私を裏切る訳がないじゃないですかっ!」
黒アリスちゃんがもの凄い剣幕で銀髪に食って掛かっている。
いや、裏切るも何も、まだ、何もしてないよ。
何もしてないからね。
そこのところ、大切だよ。
口は災いのもと。
いろいろと、突っ込みたいところはあるのだが、ここは平和のために何も言わずにおこう。
黒アリスちゃんが一通りの罵声を銀髪に浴びせたあとで俺を振り返る。
「私、信じてますから」
両手を組んで祈るように、瞳をキラキラと輝かせて俺に訴えかけている。
純粋な目だ。
純粋だよね? 策とか巡らせてないよね?
「ああ、もちろんだとも」
自分でも何がもちろんなのか分からないが、自然と口にしていた。
決して雰囲気に気圧されたわけではない。と思う。
「だとよ」
銀髪が短く笑い、してやったりと言わんばかりの表情でつぶやく。
こいつ、覚悟はできているようだが、最後の最後まで、こちらを精神的に揺さぶってくる。
なんて嫌なヤツなんだ。
このまま、銀髪との会話を重ねても俺が不幸になるだけのような気がする。
早々に始末しよう。
「まあ、これに懲りたら改心するんだな。あちら側の異世界に行ったら真面目に生きろよ。平和な田舎で農耕プレイとかどうだ? 畑を耕すのは楽しいぞ、多分」
およそ、この銀髪には、似合いそうにないと思うが、意識を黒アリスちゃんたちから逸らすためにも、勧めてみる。
「本当にふざけた野郎だな。てめぇが、あっち側に来るのを待ってるぜ。必ず復讐してやるからな」
銀髪が、相変わらず鋭い眼光で睨んでいる。俺が近寄るさまに覚悟を決めたのか、切り落とされた左腕を抱え直す。
なるほど、あっち側の異世界に出現した時に腕がないと困るもんな。
切り落とされた腕とかは、身体から離しておいたりしたら、こっち側の異世界に置いてけぼりになったりするのかな?
少しだけブラックなことが頭をよぎる。
銀髪と二メートルほどの距離をおいて足を止める。
気になったのか、銀髪が
次の瞬間、空間転移で銀髪の背後に出現し、硬直の短剣を右脚の太ももへと突き立てた。
「てめぇ、この後に及んでまだいたぶる気かよっ!」
銀髪が悲鳴を上げつつも、もの凄い形相で非難をしてきた。
もっともな反応だ。
俺がこいつの立場なら、俺の行いを非難する。
「ごめんな。念のため、硬直の効果を与えておきたかったんだ。お前さん、手強かったからさ」
俺はここに至って、はじめて涙目になった銀髪に、心から謝罪をしながらスキル強奪を試みる。
タイプB 発動!
初回から成功だ。
生贄として消費したスキルは、火魔法レベル5と空間魔法レベル4。だが、成果も大きい。
空間魔法レベル5を手に入れた。これでこの男の脅威は格段に減った。
何よりも俺自身の大幅な強化が図れた。
火魔法レベル5を犠牲にしても、空間魔法レベル5が欲しかった。
それに、銀髪から火魔法レベル4を奪える可能性があったことと、生贄さえそろえられれば、火魔法レベル5はフェニックスから奪うことができる。
躊躇はなかった、即決だ。
ただ、残念だったのは、覚醒した能力――限定回復、これは強奪スキル同様に特殊スキルにあたるらしく、奪うことができない。
これは、銀髪に触れ、スキル強奪を意識した瞬間に分かった。予想はしていたことなので、すぐに気持ちを切り替えた。
銀髪が口を滑らせ、回数制限のあるスキルの回数を回復させる、と言っていた。
これが気になったので、さきほど、メロディに詳しく調べさせたところ、『分析』という回数制限のあるスキルを所有していた。
それと、火魔法が以前逃したときのレベル3から、レベル4に上がっていた。
分析は微妙な気もしたが、初めて見るスキルだったので、火魔法レベル4と合わせて奪わせてもらった。そして、そのまま硬直の短剣でとどめを刺す。
死亡すると同時に、身に付けていた装備とともに、銀髪がかき消えた。
なるほど。
武具、アイテムや欠損部分は、自分の周囲にあれば一緒にあちら側の異世界に行くようだが、他者のアイテムボックスに入っている場合は、持っていけないようだな。
俺は原子崩壊の短剣がアイテムボックスに残っていることを確認した。
さらに、アーマーの一部に視線を向ける。
銀髪の半径五メートルほどのところにあったアーマーの一部はもちろん、十メートル以上離れた場所へと転移させたブーツも一緒に消えた。
おそらくは、一緒にあちら側の異世界に行ったのだろう。
もちろん、左腕も一緒に消えている。
残ったのは、アイテムボックスへと収納した原子崩壊の短剣くらいだ。
たとえ部位欠損を起こしたり身体から離れた場所にあったりしても、死亡して異世界間を転移するときは身体と所持アイテムも一緒に移動することで間違いなさそうである。
銀髪はまだ、水魔法、風魔法、その他にも体術や剣術などを所持していた。
しかし、それらは俺自身が所持するスキルの方のレベルが高いので見逃すしかなかった。
覚醒した能力である限定回復を所持しているので、水魔法、風魔法をはじめ、各スキルを短時間で伸ばせるな。
向こうの異世界に行くことにならないように注意しよう。
「終わったよ、もう大丈夫だ」
俺は黒アリスちゃんとメロディ、マリエルに向かって声をかける。
「傷は本当に大丈夫ですか?」
「お疲れ様でした」
黒アリスちゃんとメロディが駆け寄ってくる。
「ミチナガー、よく分からないけど怖かったよー」
その後ろからマリエルが、涙目で飛んできた。何が怖かったのかは具体的に口にはしていない。念のためだ、この場ではそのことについて、触れないようにクギを刺しておこう。
「ああ、大丈夫だ。皆のところに戻ろう」
俺はそう告げると全員を伴って、カッパハゲが陣取った盆地へと転移をした。
◇
盆地に戻ると、
転移前に、視覚を飛ばして大まかな状況はつかんでいる。
詳しくは確認しないとならないが、実際に現地での状況を見る限り、予定通りに事が運んだようだ。
この分だと、俺の参戦する余地はないだろう。
確認だけしたら、中央の様子を見に行った方が良さそうだな。
「遅くなりました。ちょっと手こずりました。メロディとマリエルを呼ぶはめになったのと、黒アリスちゃんを拘束してしまいました。申し訳ありません」
敵の奇襲部隊から、スキルを奪っている最中のボギーさんへ、無事帰還した報告と、お詫びを伝えた。
「おう、ご苦労さん。大変だったみたいだな。黒の嬢ちゃんが泣きながら飛んでッたぞ、色男」
ボギーさんが珍しくソフト帽子も被らずに破顔してみせる。
俺に対する呼称が、いつもの「兄ちゃん」から「色男」に変わっている。しかも、「あとで聞かせろよ」とでも言わんばかりの笑顔である。
黒アリスちゃんはいったいどんな状況でここを飛び出したんだ?
ちょっと怖いな。あとで、テリーにでも確認してみるか。
「ボギーさん、勝手に離脱してしまって申し訳ありませんでした」
黒アリスちゃんがボギーさんに深々と頭を下げている。
「なあに、良いってことよ。あんな状態でここに居られるよりも、兄ちゃんの援軍に行ってもらった方がこっちも安心できるってもんさ」
捕らえてあった敵の奇襲部隊の兵士から、光魔法レベル1のスキルを奪いながら、俺に黒アリスちゃんを連れて行くようにジェスチャーで伝える。
俺はボギーさんのジェスチャーに無言でうなずく。
いや、それ以前に闇魔法と光魔法って両方所持できるのか? 俺は闇魔法を奪うことはできない。何か法則でもあるのか? あるんだろうな。
これも後でゆっくりと考えよう。
「黒アリスちゃんが来てくれたお陰で俺も助かりました。来てくれなければ危ないところでした」
「ああ、分かってるって」
ボギーさんが俺の言葉に軽くウインクをして応える。
「それよりも、白の嬢ちゃんと光の嬢ちゃんが敵の転移者を追っている。やり過ぎないように後を追ってくれ」
さらにそう言い、肩をすくめて、大きく両手を広げる。
「分かりました。黒アリスちゃん、行こうか」
俺は黒アリスちゃんを伴って、白アリと聖女の位置を確認すると即座に転移した。
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