第109話 治癒
「ミチナガー、大丈夫? 死んじゃうの?」
マリエルが、泣きながら縁起でもないことを口走っている。
まあ、心配してくれているんだし、ここは流そう。
「ああ、その通りだ。そいつは間もなく死ぬ。原子崩壊は防ぎようがないからな」
銀髪が痛みを
「うわーん、嫌だよーッ、死んじゃ嫌だよーっ」
胸部のアーマーが焼け落ち、露出した胸へと飛び込んできて泣いている。
気持ちは嬉しいのだが、傷口付近のシャツで涙と鼻水を拭くのはやめて欲しい。
「大丈夫だ、死ぬつもりはないよ」
取り乱しているマリエルを優しく胸元から離す。乱れた髪で半分以上隠れた顔を、指先でそっと涙を
「おい、銀髪。こんな小さな女の子を泣かせるんじゃねぇよ」
「へっ、他にすることがねぇんだよ」
銀髪が俺の言葉に反応する。咳き込みながら文句を言っている。咳と一緒に血が出ている。一撃が右の肺まで達したか。
「無駄口叩いてる暇があったら、治癒でもしたらどうだ? それとも痛みに耐える趣味でもあるのか?」
「治癒できるんならとっくにやってるさっ! 大体なんだよその、趣味、ってのは。お前、おかしいんじゃねぇのか?」
銀髪が、苦しそうな顔をしながらも、きちんと返してくる。
意外と付き合いの良いヤツだな。
単に暇なだけかもしれないが。
傷口をよく観察すると、傷口は闇魔法で広がっているように見える。
傷口の外側を
試しに、治癒魔法を中断して、ナイフで傷口の外側を抉ってみたが効果はない。
飛び火するかのように侵食して行く。
ダメだなこれは。諦めて治癒魔法を再開する。
闇魔法か。そうなると、対抗の光魔法が有効なのかな。
何れにしろ、マリエルの同調の助けが有っても、俺一人の光魔法ではどうにもならない。
さすがは、女神がくれた武器だ。一応、神器って扱いなんだろうな。
光魔法を重ねるか。
真っ先に、聖女と白アリの顔が浮かぶ。先ほど、油断しそうな筆頭として数えた二人だ。
何のことはない、油断した間抜けは俺だったという落ちだ。
自己嫌悪もあってか、あの二人を呼びづらい。
ここは、メロディにしておこう。
召喚!
「え? あれ? ご主人さま?」
メロディが、突然の呼び出しに混乱を隠せずに、俺の顔を確認したあとで、周囲をキョロキョロと見回している。
ここで、聖女や白アリを呼ばずにメロディを呼ぶあたり、俺も意外と余裕があるな。
「誰だ、それ? どこから来たんだ?」
銀髪がメロディを睨みつけ、警戒した様子で聞いてきた。
メロディに治癒を頼んでいるのを見て、銀髪の顔色が変わる。
マリエルのときは、突然現れたことに特に反応しなかったのだが、メロディのときは思いっきり反応をしている。
「呼んだんだよ。ここの近くには俺の仲間がいるからな」
「きったねぇー」
「悔しかったら、そんなところで寝転んでないで、お前も仲間を呼べよ」
「てめぇ、わざと言ってんだろう? さっきからそんなんばっかじゃねぇか。てめぇの芸風か?」
「ミチナガさんっ!」
銀髪に文句を言おうとする矢先に、上空から可愛らしい声が響いた。黒アリスちゃんの声だ。
振り仰げば、こちらに向かって真っ直ぐに落下してくるのが、視認できた。
「えーっ!」
「キャーッ!」
俺とメロディの声が重なる。
眼前でブレーキがかかり、黒アリスちゃんがふわりと俺に抱きついてきた。
重力魔法じゃないよな?
風魔法か? さすがに魔力操作に長けているだけある。器用なものだ。
「どうしたんですか? 凄い恰好ですよ。それに怪我をしているじゃないですかっ!」
黒アリスちゃんが俺に覆いかぶさるような恰好で叫ぶ。目には涙を浮かべている。
心臓に悪い。
傷付いた俺の心臓が、黒アリスちゃんの下でバクバクいっている。
「ああ、ちょっと油断をしちゃってね。でも、大丈夫だ」
最悪は、聖女と白アリを呼んで治癒をしてもらえば、原子崩壊の侵食を回復が上回るだろうとの期待というか推測だ。
「今度のは誰だ?」
銀髪が、黒アリスちゃんを見ながら、さらに警戒を強めた感じで聞いてきた。
そうりゃそうだな。
硬直が回復したらさっさと逃げるつもりだったんだろう。だが、この状況を逃げるのが困難と判断をしたか。
「誰ですか? あの人?」
ここに至って、メロディがようやく銀髪の存在に反応をした。
「あいつですね。例の銀髪は。ミチナガさんをこんな目に遭わせたのも、あいつですね」
黒アリスちゃんが、右手にフランベルジュ――あの切られたら痛そうな短剣を持って銀髪の方へ視線を移す。
さすがに察しが良い。
だが、今ここで銀髪にとどめを刺されても困る。
「そいつは暫らく動けない。今は俺の治療を優先させてくれないか?」
黒アリスちゃんの意識を銀髪から俺へと無理やり向ける。
仕方がない。
ここは、黒アリスちゃんに聖女と白アリを呼んできてもらうか。
「魔力が尽きたんですか?」
黒アリスちゃんが俺とメロディを交互に見ながら聞いてきた。
「魔力はまだ余裕がある。闇魔法の効果が付与された、原子崩壊の短剣で刺された」
俺はそう言うと、銀髪から奪った短剣を黒アリスちゃんに見せる。
「――厄介そうですね」
黒アリスちゃんが俺の手から短剣を受け取り、魔力を流したり空を切ったりして、なにやら確認をしている。
「あのう。白姉様か聖女様をお連れ頂けませんか?」
すぐに治療に取り掛からない黒アリスちゃんに、メロディがおずおずと頼む。
「分かりました。ちょっと我慢してくださいね」
黒アリスちゃんが振り向きざまに、手にしたフランベルジュで俺の右腕を切りつける。
「なっ?」
銀髪が俺よりも先に声を上げた。茫然とこちらを見ている。
そりゃそうだよな。
俺だって何が起きてるのか理解できていない。まさかあの痛そうな剣で切りつけられるとは予想外だよ。
「黒さん? 何をしているんですか?」
メロディが、信じられないものを見るような目で黒アリスちゃんのことを見ている。
「どうですか? まだ痛みますか?」
黒アリスちゃんが銀髪やメロディの反応など気もせずに、俺の顔を覗きこむようにして聞いてきた。
「え?」
何を言っているんだ? 痛くない訳がないだろう?
あれ? 痛みがない?
黒アリスちゃんに切られたところだけじゃない。
原子崩壊の短剣で刺されたところも痛みがない。痛覚が麻痺した?
五感喪失の効果かっ!
「痛みは消えた。それでこの後どうするんだ?」
舌の感覚もない。
舌が上手く回らない状態が幸いした。不安と戸惑いが表には出ていないようだ。
メロディも安堵の表情を浮かべている。
状況を理解したようだ。
「良かった、一回で成功しました」
黒アリスちゃんがほっとした表情をみせる。
え?
やっぱり、何回か失敗することは、織り込み済みだったのか。
「これで、もう痛くないですからね。怖かったら目をつぶっていてください」
安堵の表情は再び厳しい表情に変わる。
真っすぐに俺の目を覗き込み、真剣な口調で語りかける。
え? 怖い?
ちょっと待って。何をするつもりなのか先に説明をして欲しいんだけど。
黒アリスちゃんの真剣な表情に圧されてか、触覚を失っているためか、言葉が出なかった。
「では、行きます」
元気な声と共に、治癒の短剣を振りかぶり、先ほど原子崩壊の短剣で刺された傷口を突き刺した。
ドスッ!
俺の腹の上にまたがって突き刺したからだろう。先ほどの銀髪の一撃よりも鈍く嫌な音が響く。力強い一撃だ。
傷口から魔力が流れ込んでいる。
俺自身と黒アリスちゃん、メロディの視線が左胸――心臓をかすめる形の傷口へと集中する。
少し治っている?
先ほどまでは現状維持でしかなかったが、わずかではあるが広がった傷口が小さくなっている。
「良かった。こっちも成功した」
黒アリスちゃんが何かもの凄く気になることをつぶやいた。
確信はなかったのか?
まぁ、治癒の短剣なんだから治療はできるにしても、闇魔法の効果が確実に治る確証がなかっただけだろう。きっとそうだ。
ドスッ!
二撃目が振り下ろされた。
そのまま魔力が流れ込んでくる。先ほどと同様だ。
黒アリスちゃんが傷口を見つめ、治るのを再度確認している。
なるほど。
治癒の短剣に闇魔法を流しているのか。
それにしても思いっきりが良いな、黒アリスちゃんは。いや、良すぎるだろう。
不安要素はなかったのだろうか?
聞くのが怖いな。
ドスッ!
治癒がすすんだ傷口を見て感心していると、問答無用で三撃目が振り下ろされた。
そして、四撃目、五撃目と続く。
仰向けに倒れている俺の腹に、黒アリスちゃんがまたがって、心臓目掛けて短剣を振り下ろしている。何度も何度も……
冷静になって考えると凄い光景だよな。
銀髪に視線を向けると、驚きの表情でこちらを見ている。
恐らく、何が起きているのか理解できていないのだろう。気持ちは分かる。
メロディは、さすがに状況を理解しているようだ。特に騒ぐ様子はない。
黒アリスちゃんの治療を傍らで涙を流しながら見ている。
メロディはもう、魔力が尽きたか。
メロディの最大の弱点、魔力量が少ないことだ。これはできるだけ早いうちに何とかしてやらないと。
いや、他にも弱点というか問題点はいろいろとあるが、解決できそうなのがそれくらいだしな。
もし、黒アリスちゃんに手を出して、裏切ったりしたらこんな目に遭うのだろうか。
……遭うんだろうな。
もちろん、短剣は別のものだろう。もっと殺傷力の高いやつだ。
俺は黒アリスちゃんが治療してくれている間、そんなことを漫然と考えていた。
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