第108話 短剣

 まだ状況がつかめていないのか、銀髪が茫然とこちらを見つめる。

 

 今のうちだな。

 まともに身動きできない銀髪との距離を、空間転移で一気につめ、銀髪の右肩口へと硬直の短剣を突き刺す。


「うがっ!」


 俺の繰り出した短剣が深々と突き刺さる。銀髪が短い叫び声を上げ、苦痛に顔をゆがめた。


 先ほどよりも多くの魔力を流し込んでの一撃だ。

 前の一撃からの硬直の効果が切れていない状態で、さらに、硬直の効果が追加で発動する。


 本日、二回目の特殊効果が発動した。

 魔法の武器の特殊効果は前の効果が活きていても重ねて発動するのか。


 今の一撃で、我にかえったのか、銀髪が転空間転移で逃走に入る。


 硬直が原因なのか、痛みが原因なのかは分からないが、銀髪自身の周囲へ展開している魔法障壁が、先ほどよりもかなり弱まっていたようだ。


 対象が巡らせる魔法障壁の強度と、こちらが短剣に込める魔力量で、発動の確率が変わるのか?

 では、効果の大きさや持続時間を左右する要因はなんだ?

 これも込める魔力量だろうか?

 まだまだ、検証の必要がありそうだな。


 まあ良い、後回しだ。

 さて、また移動をするか。


 俺は海岸から二十キロメートルほど離れた、草原へと転移をした。

 自身の周囲数十センチメートルに空間魔法で直接干渉し、さらに、風魔法でも空間感知に重なるように風魔法で無風状態の結界を作る。


 よし、準備はできた。

 

 召喚!


 再び、銀髪が空間転移をした瞬間を見計らって召喚する。

 俺の数十センチメートル先に、うずくまった状態で出現した銀髪の右脚に、硬直の短剣を突き立てる。

 先ほど同様に込める魔力量はかなり多めだ。


 今度もそうだ。

 銀髪の周囲に展開されている魔法障壁は、最初に比べてかなり脆弱なものだ。

 空間転移と空間感知に魔力を注ぎ込みすぎたんじゃないのか。

 

「痛ーっ! 何で……」


 銀髪は、そこで言葉を失い、茫然と俺のことを見ている。


 我に返ったのか、慌てて周囲を見回したと思ったら、突然消えた。 

 さすが、二回目ともなると立ち直りも早いな。


 その後、空間転移を繰り返して逃走する銀髪を、毎回違う場所に召喚をした。

 召喚を重ねる度に、銀髪の混乱と焦燥が増していくのが、手に取るように分かる。

 いや、先ほど――最後に召喚したときは、混乱と焦燥の表情から、恐怖の表情へと変わっていたな。


 テリーたちの首尾はどうだろうか?

 火力も圧倒的だし、ボギーさんもいるから、大きな失敗はないと思うが……気になるのは未知数の力を持った二人の転移者か。

 こちらが有利な状態だと、敵をなめて油断しそうだよな、白アリと聖女あたりが。


 他の二名の転移者が、あの場にいたかの確認をしなかったのは、俺の落ち度だったな。

 開戦時には確認をするつもりだったのに、銀髪を召喚対象にできたことで、俺自身調子に乗ってしまったようだ。

 自分自身、最初の頃に比べて随分と成長したつもりだったが、まだまだ甘いところがあるな。後でのんびりと反省をしておこう。


 後は中央だ。

 こちらも、作戦と新兵器があるから、そうそう、抜かれることはないと思うが。

 懸念は作戦通りに動いてくれるかだな。


 ここで考えても仕方がない。

 さて、そろそろ終わりにするか。

 

 スキル強奪 タイプB、発動には生贄のスキルを必要とする。さらに、スキル強奪系全てがそうだが、自身が所持するスキルは奪えない。

 

 空間転移レベル5の強奪に失敗したら自力で皆のところへ帰れなくなる。

 ここは慎重に、皆のところに近づいておくことにしよう。

 

 俺はカッパハゲの部隊が駐留していた盆地から、五キロメートルほど離れた火山地帯へと転移した。

 眼前には温泉が湧き出ている。


 誤って足でも踏み外したのか、煮鹿が出来上がっていた。この様子だと、どんなダシが出ているか分からない。

 温度を度外視しても浸かりたくないな。


 俺は温泉を見つめながらほくそ笑み、召喚魔法で銀髪のようすを探る。

 ようすを探るといっても、何をしているのかとか、どこにいるのかまでは分からない。

 精々が、生死の確認と移動しているか否か、魔法を使っているか否か、くらいのものだ。


 銀髪のヤツ、狂ったように空間転移を繰り返している。しかも、空間感知をかなり広範囲に展開しながらだ。

 随分と大げさに怯えているな。

 そろそろ魔力が尽きそうだな。

 いや、ここまで持ったことが称賛に値するか。


 召喚!


 またもや、銀髪が空間転移をしたタイミングで呼び出す。


 俺が呼び出していることを、気付かれるのを遅らせるために、毎回場所を変えて召喚していたのだが。

 さすがに、そろそろ気付かれるかな。


 温泉の上、三十センチメールの位置に出現した銀髪は、そのまま温泉へとダイブした。

 

「ぶあっぷ」


 銀髪は、派手なお湯のしぶきの後に、声にならない叫びを上げながら、俺から数メートル離れた岩場へと転移をした。


 もの凄い形相で睨んでいる。

 興奮しているのか、温泉のせいなのか、真っ赤な顔をしている。

 魔法障壁が足りなかったのだろうか、軽い火傷をしているようにも見えるな。


 ここまで、銀髪が覚醒を使った様子はない。

 この期に及んで出し惜しみはないだろうから、銀髪の覚醒は戦闘系の能力ではないよだな。


「連続転移、ご苦労さん。汗は流せたか?」


 俺は銀髪のことを気遣うように声をかけた。


「てめぇ、何をしやがったっ!」


 銀髪が、暗い目でこちらを睨みながら、ドスの利いた声で怒鳴る。


 汗は流せたようだか、闘志までは流せなかったか。

 だが、魔力の方は、もう、ほとんど残っていないようだ。枯渇状態と言っても良いくらいだな。


「何もしてないぞ。お前が勝手に俺の行く先々に転移してくるだけだろう」


「んなわけあるかよっ!」


 真摯な俺の回答を、銀髪が、即座に怒声で否定をする。


「高地のせいか? 随分と沸点が下がっているようだな」


 ゆっくりと銀髪へと近づいていく。


 魔力はもう残っていなさそうだが、どうだろう? あと2・3回は空間転移で逃げられるか?

 魔力が尽きたところで、スキルを根こそぎ奪ってから、向こうの異世界へ送ってやろう。


「うるせーっ! 闇魔法か? 精神干渉か何かで、俺の意識に何かしやがったな。それで、てめぇの思い通りの場所に転移しちまってるんだ」


 なるほど、そういう考え方もあるのか?

 いろいろと勉強になるな。

 闇魔法レベル5の黒アリスちゃんとボギーさんならできそうだな。今度、実験をしてみてもらおう。


「そんな凄いことはしてないさ」


 その様子から、気力はまだ尽きていないようだ。そして、逃げる様子はない。魔力の方は限界かな。


 頃合いだな。

 スキルを奪うか。

 俺は空間転移で銀髪の右側へと移動をし、既に傷だらけの右腕――利き腕に硬直の短剣を突き刺す。


 ズンッ!


 何だ?

 胸元で鈍い音がした。


 左胸が熱い。急速な脱力感が全身を支配する。

 もの凄い量の魔力が左胸を襲うのが分かる。


 俺の胸元に伸びた銀髪の左手を硬直の短剣で切り払い、空間転移で十メートルほど距離を取る。


 転移と同時に銀髪の様子を確認する。

 銀髪は動けずに、その場で切り落とされた左腕を抱え込むようにしてうずくまっている。


 よし、すぐの追撃はないな。


 改めて、自分自身を確認する。

 左胸から何かが生えている?

 短剣だ。


 刺されたのか? 俺は?

 出血もかなりの量だ。


 心臓を直撃はしなかったが、確実に心臓をかすめているだろう、これは。


 どうして刺された?

 油断なんてなかった、とまでは言わないが、純粋魔法と重力魔法の複合障壁を展開していた。

 魔法障壁も重力魔法の重力障壁さえ、ものともせずに突き抜けてきた?

 どうやって?


 覚醒か?


「銀髪、お前、何をしたんだ?」


 銀髪に問い掛けながら、再生レベル5をフル稼働させ、光魔法で治癒をする。


 なっ!

 傷の治りが追いつかない。

 いや、わずかずつだが傷が広がっている。

 再生レベル5と光魔法レベル5のコンボでも追いつかないのかよっ。


「その短剣な、女神にもらったヤツだ。何でも闇魔法が付与されてるそうだぜ」


 銀髪は、苦しそうな表情の中にも、こちらを挑発したいのか、余裕をみせたいのか、必死に薄ら笑いを浮かべている。


「分子分解かっ」


 黒アリスちゃんの、大鎌の一撃を思い出す。魔法も防具も、ものともせずに切り裂く、受ける側からすれば悪夢のような一撃だ。

 だが、あれって切った後も、傷口が広がるんだったっけ? 初めて知った。


「いや、原子崩壊とか言ってたな」


 銀髪が崩れ落ちるように横になる。その顔は先ほどとは別の意味で蒼ざめている。死ぬほどではないが、出血が原因か。


 何だよそれ。さらにヤバそうなネーミングじゃないか。


 何にしても、このままじゃ確実に死ぬな。

 銀髪の硬直が解けるのが先か、原子崩壊が心臓に致命傷を与えるのが先か。やっぱり、後者の方が早いよな。

 いや、それ以前にこの短剣に注ぎ込まれた多量の魔力はなんだ?


「おいっ、銀髪。お前、魔力尽きたんじゃなかったのかよ」


 俺も銀髪同様に、崩れ落ちるように膝をつく。


「冥土の土産に教えてやるよ。覚醒した能力だ。一日に一回だけだが、何か一つの力をフル回復できる。魔力、体力、回数制限のあるスキル、とかな。原子崩壊付きの短剣に比べれば、つまんねー能力だよな。役には立ったけどよ」


 銀髪が、立つこともできず、横になった状態で強がっている。咳き込み血を吐きながらも笑っている。


 何が「つまんねー能力」だよ。十分にふざけた能力じゃないか。

 俺が欲しいくらいだよ。

 スキル強奪系のスキルと組み合わせれば、回数制限なしで強奪し放題じゃないか。


 だが、今はそれどころじゃあない。


 召喚!


「ほえっ?」


 俺の背後で場違いな声がした。

 マリエルだ。

 俺はマリエルを背後に隠したまま、マリエルの同調を使って、光魔法の強化を図る。


 まいったな。

 マリエルの同調を使って、現状維持――傷口の拡大を防げる程度か。

 原子崩壊……この短剣、絶対に返さないからな。

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