第107話 空間感知と空間転移

「よう、元気そうじゃないか? 相変わらず逃げるのは得意なようだな。だがな、今回は逃がしはしない」


 今度は幾分か距離を取って出現をする。


 俺の「逃げるのは」の部分に反応して、銀髪の顔がゆがみ、こちらを睨みつけていた。


 おや?

 かなり頭にきているようだな。意外とプライドが高いのか?


「あそこで暴れても良かったんだが」


 そこで、いったん言葉を切る。銀髪を小ばかにするような目で見ながら、空間感知で周囲に罠がないことを確認し、さらに話し続ける。


「お前の誘いに乗ってやったんだ、がっかりさせるなよ」


 からかうように薄ら笑いを浮かべて挑発をした。


 銀髪の表情がますますゆがむ。

 相当頭にきているようだ。何にしても、冷静さを欠いてくれるのはありがたい。


 銀髪が空間転移で一気に距離をつめる。

 短剣を下から突き上げてくる。

 左腕に装備した小型の盾で弾くと同時に銀髪の右後方へと転移する。


 俺も転移と同時に硬直の短剣を繰り出す。

 捉えた、と思った瞬間には既にその場には誰もいない。


 銀髪のヤツ、視認することなく転移した。

 こちらの動きを予想したのか? 或いは、何らかの手段、スキルで感知したのか?


 さすがに手強い。

 空間魔法レベル5、厄介なことこの上ない。移動と感知に関しては、マリエルがいて互角くらいか。いない分、俺の方が多少不利だな。


 その後、何度か斬り合いと空間転移を繰り返す。

 お互いに、様子を見ながら牽制けんせいをしている状態から、次第に大きく踏み込んでの一撃に変わっていく。


 ここまで、銀髪が覚醒した能力を使っている様子はない。

 もしかしたら、戦闘向きの能力ではないのかも知れない。


 チッ!

 また空振りか。


 何なんだ、こいつはっ! 

 反応が早い。

 勘が良いなんてものじゃあない。良すぎるだろう。


 反応が明らかに違う。俺よりもコンマ数秒速い。それも安定した早さだ。

 ここまでの斬り合いから判断して、単純な体術と短剣のスキルは明らかに俺のほうが上だ。

 それでも捉えられないどころか、押されている。

 空間感知レベル5のなせる技か。それとも、魔法操作系のスキルか? 単に魔法の使い方がこちらよりも上手いだけ、という可能性もあるな。


 或いは、結界のようなものを張り巡らせているのかもしれない。


 さらに、二合三合と刃を合わせる。

 剣撃に風の刃、小規模の火球、岩の弾丸を織り交ぜるが有効なダメージは与えられない。

 ことごとくかわされる。

 むしろ、魔法の照準に意識が傾き、剣撃がおろそかになり兼ねない。


 動きが良い。

 攻撃はそれほどでもないが、防御というか、回避が尋常じゃあない。


 こちらの動きを、予想でもしたかのように避けている。

 まさか、数秒先の未来が見えてたりしないよな? もしそうだとしたら、それが覚醒の可能性もあるか。


 未来視。


 ひとつの単語が頭をよぎる。

 ファンタジーのゲームや読み物でたまに見かける単語だ。


 敵の数秒先の動きが見える能力。

 戦闘においてなら、数秒先が見える必要はない。数瞬先の未来で十分だ。


 未来視を持っている可能性を考慮して戦う必要があるか。

 

 間近に転移してきての突き。

 左腕の盾で銀髪の繰り出した短剣を辛うじて弾くが足りない。アーマーをかすめる。

 隙ができた。

 伸びきった銀髪の右腕目掛け、硬直の短剣を振りおろす。


 まただ。

 捉えたと思った瞬間には転移をしている。


 だが、未来視の線は薄そうだ。

 攻撃と防御で動きに差がありすぎる。

 明らかに、防御の動きの方が優れている。


 となると、結界か?

 防御結界というよりも、感知の結界か?

 俺も試してみるか。


 またかよっ!

 思考が中断させられる。

 突然、背後に気配と空気の動きを感じる。反射的に身をよじってかわす。


 銀髪が、転移と同時に、右手に握った短剣を突き出すのが目の端に映った。


 鋭い斬り込みだ。

 ここまでの切り合いでは、かする程度で良いといった斬り込みは見当たらない。明らかに致命傷、ないしは戦闘力低下を狙ったものだ。

 そこから察するに、短剣自体に特殊効果があるようには感じられない。


 繰り出された短剣を左腕の盾で弾きながらも、銀髪の左手に注意を払う。

 俺が左腕に取り付けるタイプの小型の盾を装備しているのに対して、銀髪は左手には何も装備をしていない。


 怪しすぎる。あからさま過ぎるだろう。左手で何か仕掛けてくる気満々にしか見えない。


 空間感知の魔法を、自身の周囲数十センチメートルに限定し、さらに魔力を多く流し込む。

 これで結界として機能するのか?

 見よう見まねと、憶測で空間感知の結界を展開してみる。


 来る。

 銀髪の繰り出す、斬撃の速度が上がった。

 右からの振り下ろしを盾で弾いたと思った瞬間、わずかに身体を転移させて、弾かれた剣の位置を利用してそのまま左からの振り降ろしの一撃が迫る。


 なるほど、先ほどよりは回避がしやすいな。しかし、まだ、銀髪ほどの反応はできない。慣れなのか、何か足りないのか。

 もう少し観察する必要があるか。


 こちらもわずかな距離を転移して、振り降ろされる短剣の軌道に盾を合わせると同時に硬直の短剣を銀髪の腹部へ突き入れる。


「うぉっ!」


 短剣を突き入れたと思った瞬間、眼前を赤が支配する。

 火だ。

 高温の炎が俺の全身を覆う。


 展開した魔法障壁と重力魔法による障壁の複合障壁を突き破り、炎が俺の皮膚と肉を焼く。


 左手で照準しての火魔法か。

 あの距離で大火力の火魔法かよっ。

 すぐさま、転移で距離を取る。


 五メートルほど先に銀髪が立っている。

 勝利を確信したのだろう。笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。


 何を根拠にしての確信かは知らないが、負けない根拠ならこちらにもある。

 白アリと黒アリスちゃんと一緒に狩りへ行って手に入れた新たな力。

 さすがに、フェニックスが持つ特殊スキル、復活を奪うことはできなかったが、再生レベル5を奪うことができた。


 余裕の表情で銀髪が近づいてくる。

 だが、距離が近づくにつれ表情は驚きへと変わる。


 再生レベル5と光魔法レベル5による治癒。焼け焦げた肉とただれた皮膚が、逆再生のようにみるみる回復をしていく。

 自分で見ていても気持ちが悪い。


 それ以上に理不尽さを感じる。だが、感じる理不尽さについては、銀髪は俺の比じゃないだろう。


 驚きと戸惑いがない交ぜとなったその表情が物語っている。


 この銀髪、前回もそうだったが、戦い方が多彩で思いっきりが良い。

 戦いなれているのか、戦いのシミュレートを繰り返しているのか。


 厄介なヤツだ。

 だが、その厄介な銀髪にも隙ができた。驚き、棒立ちになっている。致命的だな。 


「痛っ」


 銀髪が左腕から血を流しながら後方へと飛び退く。


 懐に転移してからのなぎ払うかのような一振りが、クリーンヒットした。場所は腕だが傷は深い。


「畜生ーっ!」


 激痛からか、銀髪の顔が歪む。

 傷が再生される様子もなければ、治癒される気配もない。


 ん?

 様子がおかしい。動きがぎこちない?


 ようやく硬直の効果が発動したようだ。

 せっかく造ってもらった短剣だが、効果が発動する確率はかなり低い。

 硬直の効果をもたらす魔石を五つもしこんでこれか。


 事前に狩りで試したときはもっと頻繁に発動していたのだが、本番ではここまで一度も発動していない。


 何となくだが、魔法障壁が発動を阻害しているように思える。

 

 銀髪が突然消えた。

 転移したか。


 硬直といっても、多少は動けるし、魔法も使えるのか。益々もって微妙な効果だ。


 空間感知で索敵をするが、俺の感知できる範囲にはいない。

 逃走したか。

 まあ、あの状況ならそうだよな。俺だって逃げ出す。


 さて、俺も移動するか。

 二キロメートルほど先に見える海岸へと転移する。


 もはや、ここがどこなのかも分からない。

 銀髪がどこへ逃げたのかも分からない。だが、銀髪が転移を繰り返しているのは分かる。

 

 硬直した身体で必死に逃げているな。

 だが、逃がしはしない。


 召喚!


 どこまで逃げたのかは知らないが、空間感知の外側へと逃走した銀髪を目の前に召喚する。


 一度触れて召喚対象として意識したものは、人であれ、物であれ召喚する事ができる。

 女神からもらった召喚はレベル5、指定できる召喚対象は十まで。


「なッ!」


 俺の目の前でうずくまる銀髪が、俺の顔を見上げて、短く言葉を発し、驚きに顔が蒼ざめる。


 そりゃあ驚くよな。

 転移したタイミングで呼び出したんだ。まるで、偶然、俺の前に自分から転移したような錯覚を起こしているに違いない。


「言ったろう? 今回は逃がしはしないって」


 俺は穏やかな口調で銀髪に語りかけた。


 銀髪、お前は俺の召喚対象だ。

 地の果てまで逃げようと、一瞬で目の前に呼び出せる。決して逃しはしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る