第106話 接触
ダナン砦攻略戦、二日目が開始した。
ラウラ姫一行を、ルウェリン伯爵軍の最後方に避難をさせる。
ルウェリン伯爵軍では最後方だが、全体としてさらに後ろに部隊がある。後背を突かれてもすぐに刃が届くことはないだろう。少なくとも、俺たちが駆けつける程度の時間は稼げるはずだ。
ラウラ姫一行の護衛はアイリスの娘たちにお願いをした。
アイリスの娘たちの他に、ミレイユとワイバーンが十六匹、フェニックスが二羽、アーマードタイガーが一頭、それぞれ配置してある。
そこら辺の部隊なら近寄ることもできないだろう。
そして、俺たちはカッパハゲの後方にある森の中に潜伏中だ。
森の中に潜伏して改めて分かるが、この森は意外と草が多い。背丈の高い草、
夏の陽射しの中、
「いやー、虫がいっぱいいるー」
マリエルが、目に涙を浮かべながら、まとわりつく虫を必死に追い払っている。
蒸し暑さとまとわりつく虫。身を潜める環境としては最悪である。
俺たちも、皮膚の周りを魔法障壁で保護し、火魔法で周囲を冷却するなどして何とかしのいでいる。
「動いた。三つに分かれて転移してきた。こいつらで間違いないと思う」
空間感知の端に兵士が次々と現れるのが引っかかった。
往復をしている。
どうやら空間転移ができる者が何往復もしながら兵士を運んでいるようだ。目指す先はカッパハゲの抱える兵糧で間違いなさそうだ。
「やぁっと来たか」
ボギーさんも感知をしたのか、両手に魔法銃を持ち、左右の腕でマントを跳ね上げるようにして、大きく広げる。
その口調は「待ちくたびれたぜ」と言わんばかりである。
その反応は白アリよりも早かった。
「こっちも捉えたわ」
白アリが腰掛けていた丸太から立ち上がり、お尻についた土を払っている。
ボギーさんは先般のグラム城侵入の際に空間魔法レベル2を敵から奪っている。しかし、そのときの空間魔法は既にレベル3になっている。
急成長だ。
しょっちゅう使っていたのは確かである。やはり、魔法は使えば使うほどレベルが上がり易くなるようだ。
いや、魔法というよりも、スキル全般がそうなのかもしれない。
「ミチナガさん、無理はしないでくださいね」
黒アリスちゃんが俺の二の腕に左手で触れ、心配そうに見上げている。
いや、黒アリスちゃんだけじゃない。
全員の視線が、俺のことを心配してくれているのが分かる。
ありがたいことだ。
「ご主人様、私を連れて行って頂くわけにはいかないのでしょうか? やはり、足手まといですか?」
メロディが両手を組み、祈るような仕草で訴えかける。言葉の最後の方は消え入りそうだった。
「足手まといなんかじゃない。いよいよとなったら呼ぶさ。その時は助けてくれよ」
右の二の腕に触れている、黒アリスちゃんの右手に自身の左手を重ね、視線はメロディへ向けたまま話した。
さらに、視線をメロディから黒アリスちゃん、皆へと移して話し続ける。
「銀髪の相手は俺がする。心配しないでくれ、危なくなれば逃げるなり、助けを呼ぶなりするさ」
皆に向けて、力強く、ゆっくりと言い放つ。
作戦会議で、銀髪を複数人で囲んで叩くのは難しいとの結論に至った。
恐らくは空間転移レベル5の所持者で、尚且つ、覚醒者だ。
囲めば逃げられる。
空間転移レベル5を追えるのは、マリエルの同調を利用した俺だけだろう。
個人の戦闘力と相性から、俺がカラフル――神獣なスライムを伴って戦うのが最適であると判断した。
もちろん、黒アリスちゃんをはじめ、反対はあった。
だが、俺に代わり対応可能な者がいるわけでもない。感情を抜きにして、理屈の上からの判断で承知をしてもらった。
「北側の森の端に転移を始めた。およそ、三百名か。思ったよりも多いな」
誰とはなしに、空間感知の結果を伝える。
ティナとローザリア、マリエルとレーナ以外は敵の状況を確認しているはずだ。そして、敵側の転移者もだ。
ここまでの移動の様子からすると、人間を運んできたのは三人。そのうち一人は運ぶ人数が桁違いだ。この桁違いの一人が銀髪だな。
他の二人も恐らく転移者だろう。
この三人を始末できれば、当面の作戦目標はクリアだ。
三百名の奇襲部隊か。
「カッパハゲがそろえた兵士が百名強。二割弱が非戦闘員みたいなものだから一蹴されるわね」
白アリが無情なことをさらりと言う。
まあ、カッパハゲの用意した兵士が一蹴されるのは織り込み済みだ。
「作戦通り、俺が銀髪を引き剥がします。後はお願いしますね」
ボギーさんに言った後で、皆のことを見やる。
「俺の趣味じゃあないがな。作戦はキッチリこなすさ。任せとけって」
ボギーさんが葉巻をくわえた口もとを緩め、軽くウインクをしてくる。
皆も、ボギーさんに続き、思い思いの仕草で了解の意思を示した。
◇
視覚と聴覚を飛ばす。
こちらだけじゃない。
敵が潜伏する森も、こちらと同様に環境は最悪のようだ。
大粒の汗を流し、肌の露出している部分、主に顔は虫に刺されて酷い状態である。
汗なのか、涙なのか、よく分からない液体を流している兵士たちを、ゆっくりと眺めていく。
いた。間違いない、この間取り逃がしたヤツ――銀髪だ。
森の中に身を潜める大勢の兵士たちに混じって、カッパハゲの部隊の動向をうかがっている。
「よしっ、行ってくる」
俺は銀髪の存在を確認すると、アンデッド・オーガの角で作られた、硬直の効果が付与された短剣を手に、敵奇襲部隊の只中へと転移をした。
恰好の位置だ、銀髪の背後に出現する。
出現と同時に、右手に握った短剣を右肩口に突き立てる。
なッ!
捉えたと思った瞬間、銀髪が目の前から消えた。転移したのか。
さすがに一筋縄では行かないか。
だが、左手はヤツの銀の髪に触れた。
右手に握った、硬直の効果が付与された短剣はかろうじてヤツを捉えた。もっとも、わずかに擦り傷を与えたにすぎなかったがな。
銀髪も俺をこの場から引き離したいはずだ。
どこだ? 空間感知を展開する。
いた。さらに西側、尾根の付近にいる。やはり距離を取ったか。
銀髪も、これから奇襲を仕掛けようという部隊の只中で、俺との一騎打ちを展開などしたくないだろう。
予想通り距離を取って、一騎打ちに持ち込むつもりのようだ。
前回、
周囲の兵士たちは何が起きたのか分からないのか、唖然とした表情で俺のことを見ている。
仕掛けてくる気配も無い。
俺はそんな敵兵たちを無視して、西側の尾根で待ち構えている銀髪に向かって転移をする。
◇
銀髪の右斜め後ろに出現し、出現と同時に硬直の短剣で切りかかった。
短剣が寸前で受け止められる。
受け止められたと思った瞬間に銀髪が消えた。
逃げるのが早いだろうがっ!
次の瞬間、背中に気配と戦慄を感じる。
感じると同時にそれのさらに後方へと転移をする。
眼前に短剣で空を切る銀髪。
そこは今しがたまで俺が立っていた場所だ。
俺はその銀髪の背中に向かって硬直の短剣を突き立てる。
短剣はアーマーを突き抜け、銀髪の背中に突き刺さる。ハズだった……
俺の短剣も空を切る。銀髪がいない。
逃がしたか。
空間感知で銀髪を捜索する。
さらに距離を取っている。ここからさらに四キロメートル以上西側へ転移したのを確認した。
チッ!
また距離をとられたか。しかし、これじゃキリがないな。
だが、そうも言っていられない。
おびき出されたような気もするが、気にせずに追撃だ。
俺はさらに移動した銀髪を追って、空間転移をした。
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