第105話 作戦と新兵器
グランフェルト軍合流。
この報はルウェリン伯爵軍を駆け巡った。
三万人を超える大軍団が、敵の援軍として現れたのだから、味方は戦慄を覚えて当然だろう。
昨日までは、こちらに合流した、王弟が指揮する王国軍の本隊のお陰で敵に倍する戦力となっていた。ところが、今回のグランフェルト軍の合流により、立場が逆転した。
さすがに逆転は言いすぎか。
だが、敵軍五万人弱の兵力に対してこちらは三万人強である。一万人以上の兵力差はそのまま士気の低下にもつながる。
上層部にしても敵の兵糧を俺たちが奪っているのを知っている。それでも、眼前にこちらの兵力を上回る大軍団が迫れば、緊張もするし浮き足立ちもする。
ほくそ笑むのは、敵の食糧事情を知っていて、且つ、敵がゴリ押しで仕掛けてくるのを待っている、俺たちくらいのものなのかもしれない。
事実、昨日の報告会では、誇張や捏造ではないかと思われる手柄の報告をして、鼻息の荒かった連中も口数が減り顔を蒼ざめさせている。
もっとも、俺たちが参加している報告会、軍議はルウェリン伯爵軍のもので、王国軍本隊を含めた全体軍議の様子までは知らない。
伝え聞く話だと、実際にルウェリン伯爵軍へ下りてきた、命令の内容を聞く限りでは大差はないようだ。
まあ、好意的に受け取れば慎重とも受け取れる。
「――――基本は昨日同様に様子見以上の戦闘は避けること。これは我が軍だけでなく、王国軍を含めた全軍で共通の指示である。万が一、突出して危険に
陣幕の中にルウェリン伯爵の力強い声が響く。
本日、朝一番の軍議が終わった。
この軍議には遊撃隊の代表として、俺と白アリが出席している。
場所はルウェリン伯爵の陣幕内だ。
基本は昨日と布陣も作戦も変わらない。ただし、中央は、グランフェルト軍が加わったことにより敵が攻勢に出てくることが予想される。
これの対応は、防衛を強化し注意すること、だそうだ。
中央最前線の守備隊の指揮を受け持つのは、ロニア・ノシュテット士爵――三十五歳の女性の士爵だ。
直接会話はしていないが、噂では旦那と息子を先の戦争で亡くしており、孫が成人するまではと気丈にも頑張っているらしい。
もっとも、その孫はまだ二歳なので成人するのは当分先の話だ。
三十五歳で二歳の子どもの祖母か。現代日本の状況に照らし合わせると凄いな。
三十三歳でお婆ちゃんになったことになる。
現代日本ならそれくらいで初産だってザラだもんな。
いや、そうじゃあない。意識を再び中央の布陣へと戻す。
しかし、グランフェルト軍を中核とする敵主力を投入されたら、指揮官の能力以前の問題として兵力差で突破されかねない。
突破した部隊にそのまま陣営深くまで入り込まれても面白くない。
入れ知恵と秘密兵器の譲渡をしておくか。
「ノシュテット士爵、少しお時間を頂けませんでしょうか?」
俺は白アリに、戦術の入れ知恵と用意した兵器のひとつを、ノシュテット士爵に譲渡する旨を伝えてから、陣幕を出たところでノシュテット士爵へと話しかけた。
「何かしら? 軍議に参加していたなら、私の置かれている状況は分かるでしょう? 急ぎもどって作戦を立てないとならないの」
温和な容貌に似合わず、警戒の表情も露わにお断りの姿勢だ。どうやら話を聞く気はないようだ。
もう一つの噂、旦那と息子を一度に亡くした未亡人の士爵に近づく若い男が後を絶たないというのは本当のなのだろう。
俺もその連中と同一視されたようだ。
「私たちはチェックメイトのものです。中央を簡単に突破されないように、作戦と新兵器をお渡ししたいと考えています」
俺の横にいた白アリが一歩前に出る形でノシュテット士爵との距離をつめる。
男の俺だけでなく、女性の白アリが一緒の方がまだ話を聞いてくれるだろうとの考えだ。
ノシュテット士爵の視線が俺から白アリへと移る。
しかし、警戒するような表情は変わらない。
「作戦と新兵器?」
ノシュテット士爵が、目を細めて白アリのことを訝しげに見つめる。
そうだよなぁ。
冷静になって考えてみれば、有効な作戦と新兵器をわざわざ競争相手に渡すはずないよな。
しかし、ここで諦めてはだめだ。
俺は相手の反応に若干気圧されながらも、白アリに先をうながす。
「はい、作戦と新兵器です。敵にグランフェルト軍が合流しました。このグランフェルト軍、ご存知の通り兵糧が少なく、長期間の駐留はできません。間違いなく短期決戦を仕掛けてきます」
白アリは、ノシュテット士爵から視線を逸らすことなく、凛とした表情と口調で言い切り、俺へと振り返る。
「ということで、後の説明はお願いね」
軽くウインクをしながら、大きく下がり、俺の背後へと移動をする。
「おいっ! あそこまで言ったんだから最後まで頼むよ」
ノシュテット士爵を気にしながらも、小声で白アリに話しかける。
「無理よ、あたしには無理。これ以上難しい戦術の話はできないって」
白アリがもの凄く情けない表情でキッパリと言い切った。
これ以上は何を言ってもダメか。
確かに、白アリに戦略や戦術の話をさせようとしたのが間違いだったのかもしれない。
本人もそれが分かっているのだろう。
失敗して取り返しがつかなくなる前に白旗を揚げただけ良しとするか。
こんなことなら黒アリスちゃんを連れてくるんだった。
「失礼いたしました。士爵については周辺のお話も含めていろいろと噂をうかがっております。お立場も十分に承知をしております。私のようなものが話しかけるのですから警戒されるのも理解できます。ですが話だけでも最後まで聞いていただけませんでしょうか」
俺の後ろに隠れる白アリをそのまま置き去りにする形で、士爵へと一歩ほどの距離をつめて話しかけた。
「手短にお願いできるかしら」
ノシュテット士爵が、副官だろうか? 俺に何か言おうとした、六十代にも見える白髪の老人を制して言った。
「承知いたしました。では先に新兵器の説明をさせて頂きます。――――」
俺はそう前置きをして話を始めた。
もちろん、作戦も新兵器の説明も手短にするのは難しい。新兵器に興味を持ってもらい、時間延長をすることを前提として話を進める。
◇
「興味深いわ。でも、なぜそれほど凄いものを私に下さるの? 対価として何を望むのかしら」
ノシュテット士爵が幾分か興奮した様子で言葉を発した。
その横で、副官と思しき初老の男性が、俺の話を聞いている間中、目を丸くしていた。
二人の様子から、作戦の内容と新兵器の機能は理解できているようだ。
読み通りだ。明らかに、こちらの示した作戦と新兵器を欲している。
「凄いものですか。私たちにとってはたいしたものではありません。何よりも、中央を突破されでもしたらこちらも困ります」
そこまで話、いったん言葉を切り士爵の表情を確認する。
予想通り、「たいしたものではない」との部分に驚きを隠せていない。そして、若干の嫌悪も見て取れた。
生意気と取られたか? 或いは……いずれにしてもことさらに大きく見せるのは逆効果のようだ。
「対価として望むのは、皆さんが中央を支えてくださることです。それで俺たちは遊撃隊として自由に動けるようになります」
「随分と欲がないのね」
「俺たちはここまでで、十分な財産を手にしました。あとはこの戦争が早期に終結して平和が訪れてくれることです。それが最大の望みです」
特に気負うでもなく、平静な状態で言い切れた。
言ったことは嘘ではない。
本当にこの戦争が早期に終結してくれることを望んでいる。その上で、ダンジョンの攻略を再開する。
「分かりました。私としても、中央突破の憂き目には遭いたくありません。作戦の指導と新兵器の譲渡、お願いするわ」
ノシュテット士爵は、そう言うと右手を差し出す。
俺は差し出された右手を取り、固く握手をかわした。
これで中央の戦線は何とかしのげるか。準備は整った、あとは俺たちだ。
敵がエサに食いつくのを待つばかりだ。
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