第102話 下見

 俺たち――俺と白アリ、黒アリスちゃん、テリー、メロディ、ティナの六名は、飛行訓練も兼ねてワイバーンを駆って、カッパハゲの指定した盆地へと移動をしてきている。

 飛行訓練を兼ねていたこともあり、不幸なことにサンダーバードの群れに突っ込んでしまった。その結果、派手な戦闘をする羽目となった。


 サンダーバードは本来であれば高地に群れで生息している。

 今回は、行きすぎた飛行訓練により、東側の尾根へと誤って侵入してしまったための、不幸な出来事であった。


 この戦闘は敵側も確認しているはずだ。

 戦闘に続き、六匹のワイバーンがこの盆地に降り立ったのも、敵側は捕捉できているはずである。


 このサンダーバード、なかなかに厄介な魔物だ。

 大きさは地球のはやぶさ程度で、見た目も猛禽類そのままの姿をしている。最大の特徴は名前の通り、雷魔法を使えることと、飛行速度だ。

 その速度は鳥型の魔物の中でも三本の指に入る速度である。


 全身に雷をまとい、雷の弾丸を放ちながら、高速で迫りくるサンダーバードの群れなど、必要がなければ出くわしたくない。

 午前中に狩ったシルバーウルフよりも手強かった。

 先ほどテイムしたサンダーバードとじゃれるマリエルを見ながらしみじみと思う。


 皆の方へと目を向けると、白アリと黒アリスちゃんもそれぞれ自分がテイム、或いは使い魔としたサンダーバードを構っている。

 出来れば、テリーや聖女、ボギーさんにもモンスターテイムのスキルを取得してもらって、サンダーバードをテイムして欲しい。


 伝書鳩代わりの魔物としては最適じゃないだろうか。

 高速で飛行する上に、そこら辺の猛禽類やちょっとした魔物程度なら撃退、逃走が可能だ。


 さて、本来の目的である、作戦の最終確認をするか。


「この地形、どう思う?」


 野球のグラウンドほどの広さの盆地から盆地の東――裾野の森からその向こうにある低めの尾根へと視線を巡らしながら皆に聞いた。


 カッパハゲが指定してきた兵糧の受け渡し場所は、こちら側の左翼の主力部隊が展開する、さらに東側に広がる森を抜けた先にある盆地だ。

 この盆地、周囲を森に囲まれている。

 盆地を中心に見た場合、盆地の外周を森が囲い、西側の森の向こうに味方の右翼の主力部隊、北側の森を抜けると尾根が防壁のように横たわっていた。


「大部隊を送り込むのは難しいし、時間がかかるな」


 テリーが先ほど上空から見た地形を思い出しているのか、北側――見えるはずのない、ダナン砦の方へ視線を向けている。


「大部隊を送り込むメリットなんてないでしょう」


「そうでもないさ。この盆地に歩兵の大部隊を配置して、東側の森を焼き払えば、こちらの左翼に展開する主力部隊の側面を突ける」


 戦術にあまり関心のない白アリの言葉を受けて、テリーが危惧のひとつを説明する。


 確率は低いだろうが可能性はある。

 可能性が低いどころか、俺が向こうの指揮官ならやる。

 敵の大部隊が簡単には入り込めない安全地帯だ。大規模な騎馬部隊を配置する。転移魔法で何度も往復して運べば良い。


 警戒すべきは、航空兵力と高火力の魔術師くらいだ。俺たちなら容易に実現できる。


 火魔法で森を焼き払い、土魔法で整地をする。一瞬で敵へと続く一本道が出来上がる。あとは簡単だ。敵が迎撃態勢を整える前に騎馬部隊の機動力と突破力で側面を崩す。


 敵からすれば、森がいきなり燃え上がったと思ったら火が消えて道が出来ている。そして、騎馬部隊が怒涛の勢いで押し寄せてくるわけだ。

 さぞや驚くことだろうな。


「少数の部隊同士で戦うなら五分かな? 今回は、遭遇戦じゃないから、待ち伏せできる分、俺たちの方が有利じゃないか?」


「ん? ああ、そうだな」


 半分妄想のような思案していたところに、テリーからいきなり話を振られ、反射的に適当な返事をしてしまった。


 どうやら、テリーは最初の一撃で決めてしまうつもりのようだ。

 なるほど、あちらの転移者は最大で三人、こちらは六人だ。火力で圧倒しての短期決戦か。


「待ち伏せしても、すぐに転移しちゃうんじゃないの?」


「最初の一撃は浴びせられるかもしれませんが、その後は、白姉の言うようにすぐに逃げるでしょうから、追撃戦になりそうですね」


 黒アリスちゃんが白アリの疑問を肯定し、そのまま考え込むように言った。


「今まで三人と交戦して、二人を仕留めている。最初のひとりは乱戦の中での不意打ちだ。二人目も多勢に紛れての不意打ちだ。三人目は正面から戦って逃げられた」


 皆の視線が俺に集中したところで、今回の作戦の最大のリスクを話題にし、そのまま、最も留意すべき点に触れる。


「女神の情報では、その逃げたヤツは「覚醒」をしている。覚醒の内容までは分からないが、最も警戒しなければならない相手だ。特徴は長身で銀髪の美形だ。


「あら素敵。会ってみたいわね」


 白アリが言葉と同時に仔狼をきつく抱きしめる。言葉とは裏腹にその瞳には闘志をたたえている。


 仔狼が、キャンッ、という苦しそうな鳴き声を上げていたが、白アリの闘志に水を差すのも何だし、聞こえなかったことにしよう。


「銀髪さんですか。こんな出会いでなければ、お友達になれたかもしれないのに。残念ですね」


 黒アリスちゃんがアンデッド・オーガの角から作られた、真っ黒なフランベルジュを見つめながら言う。


 あの武器を使いたくて仕方がないみたいだな。

 

 メロディは戦う相手が美形と知って、安堵の表情を見せていた。

 ティナは無言で力強くうなずいている。相変わらず優等生だ。


「確かに覚醒は厄介だが、避けてもいられない。強敵は孤立させて数で叩こう」


 テリーが腕組みをした状態でサムズアップをする。


 正論なのだが、テリーが言うと卑怯っぽく聞こえるのはなぜだろう。

 まあ、俺もあまり人のことは言えない気もするが。


 改めて見渡す。

 皆の表情に不安や気負いは見受けられない。


 不安でいっぱいなのは俺だけか。

 今回の作戦は、敵の転移者を誘い出すための作戦というよりも、カッパハゲを嵌めるために考えた作戦だ。


 口には出せないが、正直なところ、いろいろと無理がある。

 まあ、敵が乗ってくる確率が、悲観するほど低くないことが救いか。

 できれば、あからさまに見えない程度にエサをもう、ひとつふたつ投入したいのだが……

 奪われた兵糧以外に敵が欲しがるもの。いや、敵側の権力者が欲しがるものだ。


 軍資金、追加の兵糧、補給物資。どれも上乗せしたところで魅力は薄い。

 或いは、こちらの指揮官――それも、身の代金や軍の一次撤退を要求できるような人ならどうだ?

 さすがに、ルウェリン伯爵やゴート男爵を嵌めるわけにはいかない。

 そうなると他の貴族だが、今から準備は無理だろうな。いや、擦り寄ってきた連中をうまく乗せれば行けるか? いやー、いくら何でも不自然だよなぁ。


 やめだ。

 追加のエサのことは諦めよう。

 

「どうしました?」


 黒アリスちゃんが、かぶりを振った俺のことを不思議そうに見ている。


「ああ、作戦のエサをもうひとつくらい追加できないかと考えてたんだ。でも、今からエサの貴族を呼ぶには、不自然だと諦めたところさ」

 

「カッパハゲじゃダメなんですか?」


 黒アリスちゃんが、不思議そうな顔で聞き返してきた。


 あいつがいたかっ!

 あんなんでも貴族だし、軍務顧問なんだから要人だよな。こちらでの扱いはともかく、敵から見れば要人だ。


「ありがとう、冴えてるじゃないか。カッパハゲにはエサになってもらおう」


 黒アリスちゃんの両手を取り、お礼を言った後で、皆に向かって声を発した。


 俺の言葉に、ティナとメロディ以外のメンバーの口元が緩んだ。


 ◇

 

「――――という段取りで行こう。転生者への警戒もそうだけど、突出はしないように頼む。くれぐれも慎重にな。あと残る下準備は、カッパハゲがここにいることを敵側に流す。良いかな?」


 全員が無言でうなずく。


「それと、敵が誘いに乗らなかった時のことだが、初日と二日目までは、そのまま待機で頼む。痺れを切らせて前線に出るようなことはしないようにしてくれ」


 ここに来る前のミーティングで話したことだが、念のため、三人に確認をする。


「手柄を立てすぎたからな」


 テリーが両手を頭の後ろで組み、東側から北側の尾根へと見渡す。


「他の人たちが手柄を立てるのを見てましょう、ね」


 白アリが左手を軽く挙げて俺に了解の意思を示した後で、黒アリスちゃんに向き直り軽く肩を叩いた。


「はい」


 黒アリスちゃんは俺に無言でうなずいたところで白アリに肩を叩かれ、慌てて俺と白アリを交互に見ながら返事をした。


 よし、段取りはこんなものか。

 残る下準備は敵陣に潜入してカッパハゲの情報を流すことと、カッパハゲをここに駐留させることだな。

 その後ボギーさんたちと合流して待機だ。

 ダナン砦攻略戦、長くなりそうだ。

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