第101話 来客
自分たちの陣に戻ると、白アリと黒アリスちゃん、テリーを中心になにやら騒いでいる。
いや、楽しげな声が聞こえる。
何があったんだ?
もちろん騒いでいるのは三人だけじゃない。ジェロームや聖女、ロビンまで加わっている。
参加していないのはボギーさんと奴隷四名か。
ボギーさんはロッキングチェアでくつろいでいる。ソフト帽子で顔を覆い、我関せずといった様子だ。
「ボギーさん、ありがとうございました。お陰さまで予定通りに事が運んでます」
ロッキングチェアに揺られているボギーさんへ、カッパハゲを上手く
俺の言葉に、顔を覆った帽子をわずかにずらしてこちらを確認すると、口元を緩めてサムズアップをする。
俺もそれに応えて口元を緩める。
「ミチナガー、お帰りー」
皆の輪の中から、マリエルが飛び出してきた。 気付かなかったが、あの輪の中にいたのか。
なんだろう、少し興奮をしているようだな。
「ただいま、どうしたんだ?」
ボギーさんに移動する旨を目で訴え、軽く会釈をした後でマリエルへ向き直る。
そのまま、アーマーを外した状態の左腕を鷹匠のように突き出すと、マリエルが左腕へと降り立つ。
「あの大きな女の人のとこにいた男の人がきてるよ」
その楽しげな騒ぎの中心に見覚えのない人たちがいた。中年の男性一名と十代の少年が二名の合計三名だ。中年の男性は四十代くらいか? ボギーさんよりも年上に見える。
いや、壮年の男性は見覚えがあった。
鍛冶屋の女棟梁――ユーリアさんのところにいた人だ。となると、少年二人は助手か。
もしかして、頼んでた短剣が出来上がったのか?
うーん……何だろう。
嬉しいことは嬉しいのだが、何というか……込み上げてくるというか、湧き上がるというか、製作をお願いしたときほどの高揚感がない。
あのときに期待していたほどの嬉しさは感じない。思っていた以上に感動が薄いな。
まあ、俺自身が魔法主体の戦闘スタイルで、接近戦を前提としてないからなのかもしれない。
などということは表には出ないように注意をして、皆のところへと足を速める。
「こんにちは、ご無沙汰しております」
聖女の頭越しに鍛冶屋の男性に挨拶をした。もちろん、名前は思い出せないので触れないでおく。
「これはフジワラさん。こちらこそ、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした」
鍛冶屋の男性は、大型のマジックバッグを背負ったまま、鍛冶職人とは思えないような、柔らかな笑顔で右手を差し出した。
その横で、二人の少年が緊張の色も
しきりに周囲を気にしているようだな。戦場、それも最前線と言うことで緊張しているのかもしれない。
俺も愛想笑いをしながら差し出された右手を取った。
どうやら、ここには訪ねてきたばかりのようだ。
マジックバッグは背負ったままだし、ティナとミレイユが大理石のテーブルに来客用のお茶の用意をしている。
さらにそのすぐ傍で、メロディとローザリアが木製の大型テーブルを設置していた。
「ミチナガさん、見てください、ほら」
黒アリスちゃんが刃渡り三十センチメートルほどの、柄もブレードも真っ黒な両刃の抜き身の短剣を、自分の顔の高さに持ち上げて、うっとりと見つめている。
確かあの手の形状の刀身はフランベルジュとか言ったな。
その短剣、つい今しがた頬ずりしてなかった?
俺の記憶が正しければ、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚と、一時的とはいえ五感喪失の能力付与がされてたよね。
「素敵な短剣だ。強力な状態異常の能力付与がされてるんだから、扱いには十分に気をつけてな」
おっさん臭い気はしたが、つい小言を言ってしまった。
「マチスさんが、頼んであった武器が出来たんで持ってきてくれたそうだ。それと、他にもいくつか面白い武器を、持ってきてるそうなので、見せてもらうところだったんだ」
俺が声をかけたときに、名前を呼ばなかったのに気付いたのか、テリーが名前つきで状況説明をしてくれた。
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「お茶の用意ができたようなので、一息入れてください」
俺のお礼の言葉に続き、白アリが大理石のテーブルを、手で指しながらテーブルへと
なるほど、聖女やロビンが興味深げに覗き込んでいたのは、俺たちの武器に興味があったというよりも、一緒に持ってきているほかの武器目当てか。
しかし、二人とも国宝級の武具を手に入れているのに、まだ欲しいのだろうか?
横を見ると、俺と並んで歩いているジェロームまで表情が輝いている。
どことなく、落ち着きもない。
「武器の買い付けに来たのか?」
大理石のテーブルへと向かう途中、ここにいる理由が今ひとつ不明なジェロームに聞いてみた。
「違いますよ。王国でも、十指に入る工房の魔法剣や魔法のアイテムをまとめて拝見できるチャンスなんて、そうそうありません」
ジェロームが、両腕で意味不明な動きをさせながら、興奮気味に答える。
十指だって? ユーリアさんの工房って、そんなに有名なところだったのか。
ギルドの紹介なので、それなりのところだとは思っていたが、俺たちはそんなに工房の棟梁にあきれられたのか……
改めて己の無知を知ったよ。後でマチスさんに、俺たちが謝っていたとユーリアさんに伝えてもらおう。
「ジェロームさん、それをうちの姉さんの前で言わないで下さいね。それこそ後で――いや、下手したらその場で、「十指っていうのはね、片手を降ろしたら、そこにはうちはいないってことだっ! 恥ずかしくないのかい?」って私たちがどやされますので」
俺たちの数歩前を歩くマチスさんが振り向いて、ユーリアさんの口調を真似、その後に乾いた笑いが続いた。
年の功か、マチスさんは笑顔で少しは隠せているが、少年二人はもろに表情に表れていた。
どうやら冗談ではないようだ。
マチスさんは、苦笑しながら魔法剣をマジックバッグから取り出し、助手の少年二人と一緒に、木製の大テーブルの上に並べ出した。
次々と武具やアイテム、アクセサリーが並べられていく。
さすがにデザイナーというか、専属の絵描きさんがいるだけあって、細かな細工の施されたアクセサリーもたくさんある。
聖女とロビンが、武具やアイテムが並べられるところを、興味津々といった様子で覗き込んでいる。
大きな木製テーブル一つでは足りないんじゃないか?
そう思い、テリーへと目を向ける矢先に、木製の大型テーブルが二つ、メロディとローザリア、ティナとミレイユの四人に運ばれてきた。
◇
マチスさんたちが運んできた武具は、結局、五つの木製テーブルの上に所狭しと並べられた。
木製テーブルは、幅二メートルの奥行き一メートルとかなり大きなテーブルである。
その五つのテーブルには、聖女とロビン、さらにはメロディ、ティナ、ローザリア、ミレイユが張り付いている。
メロディとローザリアが、気もそぞろだったので、四人まとめて見学の許可をだした。
四人とも最初は戸惑い、遠慮していたが、最後は「命令」の一言で、我先にとテーブルに駆け寄っていた。
やはり、そこは年頃の女の子だ、アクセサリーに興味があるのだろう。
四人ともアクセサリーが多く並べられたテーブルに固まっている。
「こちらがフジワラさんのご注文された武器です」
出されたお茶には手をつけずに、大振りのコンバットナイフのような形状の片刃のナイフを俺へと差し出した。
柄も刀身も真っ黒だ。アンデッド・オーガの角なのでデフォルトで黒なんだろうな。
先端五センチメートルは両刃で、背はソードブレイカーになっている。
柄には五つの魔石が埋め込まれていた。埋め込まれた魔石は全て同種のもの。付与された能力は硬直。
注文通りだ。
ユーリアさんには同種の魔石を五つも使うのは初めてだと言われた。
ユーリアさんも経験がなければ、聞いたこともないそうだ。
硬直の発動の確率が上がるのか、効果が大きくなるのか、はたまた、一つのときと何も変わらないのか。実際に使ってみないと分からないと言っていたな。
「ありがとうございます。期待以上の出来です」
俺は受け取った短剣を鞘に収めると、マチスさんに右手を差し出し握手を交わした。
「皆さん、変わった注文だったので造る私たちも楽しめました。特にフジワラさん、後で結果を教えてください」
マチスさんが、握手を交わす右手に左手を重ねて、いたずらっぽい笑みを口元に浮かべて言った。
「冷めないうちにお茶をどうぞ。助手のお二人が手を付けられずにいますよ」
白アリがクッキーの入った皿をマチスさんと二人の助手の前にそれぞれ置きながら、マチスさんに再度お茶を勧める。
白アリの言葉に、マチスさんがお礼を言い、二人の助手もこれに倣ってお礼を言うと、お茶よりも先にクッキーに手を出していた。
マチスさんも苦笑しながら、クッキーへと手を伸ばす。
ドンッ!
その瞬間、鈍い音が響いた。
皆が、一斉に音のした方を見る。
テリーだ。
マチスさんが持ってきた武器を試していたようだ。
表情からは十分に満足の行くものであったことがうかがえる。
左腕のガントレットに仕込む杭のような形状の武器だ。
ガントレットに仕込んだアンデッド・オーガの角から作られた杭は、魔力を流すことで勢い良く射出される。
杭には重力の魔石と火の魔石が埋め込まれており、魔力を流すことでこの二つが反応して射出される仕組みだ。
さらに、風の魔石による加速と硬化、麻痺が付与されている。
盾を装備しているときは盾の内側から射出できるように、併せて変則な盾を頼んでいた。
白アリへと視線を移す。
真っ黒な両刃の短剣を抜き身の状態でテーブルの上に置いている。今回届けてもらったアンデッド・オーガの角を素材とした短剣だ。
刀身には
柄には五つの魔石が埋め込まれている。麻痺、硬直、睡眠、衰弱、混乱の能力が付与されているはずだ。
凶悪な追加効果なのだが、黒アリスちゃんの効果を知っていると、白アリのもつ短剣の追加効果が可愛らしく見えるのは気のせいだろうか。
武具が並べられたテーブルに視線を移す。全員、目移りの真最中のようだ。
まだまだ物色には時間が掛かりそうだな。
メロディも皆に交じってアクセサリーを手に取っている。
随分と表情も明るくなってきた。
明日はダナン砦攻略戦だ。
残りわずかな時間だがのんびりとさせてやるか。
「メロディ」
俺はアクセサリーに目を奪われているメロディに声をかける。
俺に呼ばれたと思ったのか、アクセサリーをテーブルに戻して、こちらへと駆け寄ってきた。
しまった、振り向くだけで良かったんだが。まぁ良いか。
「はい、何でしょうか」
アクセサリーの物色を中断させられたにもかかわらず明るい笑顔だ。
「マチスさんが持ってきてくれた商品の中から、好きなものを一つ選びな。買ってあげるよ」
メロディの笑顔につられて、俺も笑顔を向ける。
俺の言葉に、メロディがキョトンとするが、すぐに意味を理解したのだろう。
表情に喜びが表れた。
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