第100話 魅力的な場所

 自分がちょっかいを出そうとした少女が水の精霊ウィンディーネと知ったときの聖女の反応とか、いろいろと面白そうなことを断腸の思いで振り切って、カッパハゲのテントの前へと転移をする。


 カッパハゲはあんな外見と性格だが、意外と有能なようで、軍務顧問という役職の他にも、実務面で補給部隊の取りまとめもやっている。

 そのためか、カッパハゲのテント付近は、昨日と今日の二日間に渡り合流した部隊との連絡や、補給物資の確認作業などで蜂の巣を突いたような状態だ。


 忙しそうだな。

 取り次いでもらえるか少し不安になる。


「チェックメイトのミチナガ・フジワラです。ルッツ・ライスター軍務顧問に呼ばれてうかがいました。取り次ぎをお願いいたします」


 忙しそうに動き回る周囲の兵士や探索者たちと違い、テントの入り口で暇そうにしている歩哨に用件を伝える。


「軍務顧問は今お忙しい。お前のような輩に割く時間はない」


 上司が上司なら部下も部下だ。高圧的な態度で一蹴された。


 呼んでおいてそれはないだろう?

 いや、それ以前にこの歩哨、俺の話をちゃんと聞いていたのか?


「ルッツ・ライスター軍務顧問に、至急とのことで呼ばれたのですが、間違いだったようですね。ですが、呼ばれたのは事実なので、私がここへ来たことの証明として一筆頂けませんか?」


 俺は穏やかな笑みとなるように心がけ、紙とペンを取り出すと歩哨へと差し出した。


 歩哨は、俺の差し出した紙とペンを一瞥すると、俺ごと視界に入っていないかのように無視をする。


「私としても、呼んだにもかかわらず出頭しなかった、と後でいわれのない非難を受けても困ります。ここは何とか一筆お願いできませんでしょうか」


 低姿勢と愛想笑いを武器に、再度、歩哨に語りかける。


 念のため、空間感知でテントの内部を確認する。

 いた。

 確かに忙しいのだろう。頭をかきむしっている、カッパハゲの存在を確認できた。


「お前がどう困ろうが俺の知ったことではないっ! ともかく仕事の邪魔だ。軍務顧問はご多忙なんだ、引き返せ!」


 歩哨が酷薄な笑みを浮かべ、自信の運命を決める一言を言い放った。


 今の声、テントの中に確実に届いている。

 親切な俺はカッパハゲが自分の知らないところで、兵糧の購入を断った、などということのないように、音声を転移魔法でテントの中へ届けた。

 そして次に続く、俺の言葉もだ。


「分かりました。では、ルッツ・ライスター軍務顧問は、チェックメイトからの兵糧の購入を、気が変わってお断りになった、とルウェリン伯爵に直接お伝えすることにいたします」


 半ば芝居が掛かった感じだが、幾分か怒気を含んだ口調で歩哨へ向かって言い放つ。

 歩哨も、俺がルウェリン伯爵の名前を持ち出すとは思っていなかったのだろう。ルウェリン伯爵の名前を出した瞬間、顔色を変えていた。

 もちろん、本来の目的はカッパハゲに対しての言葉である。


 心情的にはカッパハゲへの兵糧の販売を中止して、手に入るはずの兵糧を手に入れられずに大恥をかかせたいところだ。

 だが、そんなことをするわけには行かない。



 さて、テントの中では、聞こえないはずの声が聞こえることに、カッパハゲが驚いていた。

 しかし、聞こえてきた会話の内容が内容だけに驚いてばかりもいられない。

 

「待てっ! 勝手に帰ることは許さんぞ」


 歩哨が何かを言おうとする矢先に、カッパハゲが、顔と頭を真っ赤にして飛び出してきた。実に良いタイミングだ。


「そう言われても、帰るように言われたので帰ります」


「だから、帰るなと言っているだろうがっ!」


「そこの歩哨に帰るように言われました」


「歩哨の言葉よりも私の言葉を優先させんかっ!」


 俺と会話を重ねるごとに、カッパハゲの顔と頭は赤味を増して行く。

 そして、その横では歩哨が、やはり、俺とカッパハゲが会話を重ねるたびに、その顔色は段々と色味を失っていった。


「そこの歩哨に職務怠慢の責任を、キッチリと取らせるんでしたら考えましょう」


 歩哨を横目に、溜飲を下げるために、ダメ元で責任の追及をしてみる。

 目の端に、口を大きく開けたまま、何も言えずに茫然としている歩哨が映る。


「そうか、こいつは降格させる」


 カッパハゲが間髪いれずに返事をした。


 凄い、一瞬の躊躇いもなくスパッと言い切ったよ。今は自分の部下よりも兵糧ということだろう。

 このカッパハゲ、決断力だけはあるのかもしれない。


 歩哨は、今にも泣きそうな顔で静かに首を横に振っている。


「足りませんね」


 しかし、こうもあっさりと承諾されては面白くない。俺は歩哨の真似をして、静かに首を横に振った。


「分かった、二階級の降格だ」


 カッパハゲが、Vサインを俺に向けて、勢い良く突き出してきた。


 部下のことなど、微塵も考えていなさそうだ。

 気の毒に、この歩哨にも家族があるかもしれないだろう。

 

 歩哨が声をだすことなく、涙を流し始めた。


「もう一声っ!」


 カッパハゲのVサインの勢いに呼応するように、ツイ、要求をエスカレートさせてしまった。


「よしっ! 下級兵に降格の上、馬の世話係に転籍だ」


 俺のつい、エスカレートしてしまった要求に対して、カッパハゲが思いっきりの良い決断を下した。


 酷いヤツだ。

 このカッパハゲ、自分の保身のためなら、躊躇なく部下を犠牲にする。分かってはいたが、改めて目の当たりにすると、さすがに引いてしまう。


 歩哨の嗚咽が聞こえてきた。

 カッパハゲに嘆願や不服申し立てをする様子はない。自分のしでかしたことが理解できているのかもしれない。


「まぁ、そんなものでしょう。その処罰で良いです」


 俺が折れたところで、ドサリッ、と歩哨が崩れ落ちる音がした。心でも折れたのだろうか?


「ところで、その歩哨の、俺への罪の償いはどんな形になりますか?」


 俺は崩れ落ちた歩哨を指差し、カッパハゲに対して処罰とは別に償いを要求してみた。


 何も言わずに、俺を見つめるカッパハゲに対してさらに言葉を続ける。


「あ、処罰と償いとは別に、このことはルウェリン伯爵へは報告するのでそのつもりでいてください」


 俺のにこやかな笑顔を見つめながら、今度はカッパハゲが泣きそうな顔に変わった。


 ◇


「――――ということで納得をしろっ」


 カッパハゲが俺に納得を迫っているのは、先ほどの歩哨の「償い」の件だ。


「分かりました。軍務顧問のおっしゃる通り、彼の勤務時間外に私たち及びアイリスの馬回りの世話をするといことで良いでしょう」


 正直なところ、処罰だけで、十分に溜飲は下がった。もう、どうでも良いのだが、自分たちにメリットがあるので受け入れることにする。


「ところで、本題なんですが良いですか?」


「受け渡し場所か? まだ決まっていない」


「兵糧の量も多いのである程度の広さがあって、戦場から離れてなくて且つ安全なところが良いですね。陣営の真っ只中だと、用兵の邪魔になって怒られそうなんで、邪魔にならない端の方が望ましいです」


 カッパハゲの言葉など聞こえなかったかのように、自分の希望を淡々と並べる。


「そんなことは分かっているっ! どこにそんなところがあるんだっ!」


 俺に煽られたとでも思ったのか、おさまりを見せた顔と頭の赤味を復活させている。


 ボギーさんは上手くやってくれたようだな。

 俺が並べ立てた条件に何の疑問も持っていない。思考の誘導は成功しているようだ。


 ボギーさんにお願いしたのは思考の誘導。

 この戦場の付近には何ヶ所か条件にあった平坦な広場がある。その広場を今回売却する兵糧の受け渡し場所とし、まとめて兵糧の格納場所とする。


「確かに、なかなかありませんね」


 席を立ち、少し思案するようにテント内をゆっくりと歩く。首だけをカッパハゲの方へと向け、話を続ける。


「でも、こちらとしても急いでるんですよ。早く決めませんか?」


 板に貼られた地図を確認するように近づく。


「こことかどうですか?」


「バカを言うな。戦場から遠すぎるし、街道に近すぎる。街道に近いということは敵兵が移動し易い上、物資を奪われ易くなるんだ」


 これだから、素人はっ! と言わんばかりの勢いでカッパハゲが俺を小馬鹿にした目で見ている。


「やっぱり難しいんですね。いっそ、森の中の開けた場所とかなら、敵も近寄れないから良いかもしれませんね」


 そう言いながら、地図の半分を隠すように板の前に立ちカッパハゲに向き直る。


 カッパハゲが考え込むように地図を凝視している。凝視している先は一ヶ所。

 こちらが想定した三つの候補地のうちの一つで間違いなさそうだ。


 俺の何気ない言葉が、ボキーさんの布石に触発され、カッパハゲの思考に干渉している。そして、目に見えている範囲の地図が、思考を狭める。


 もちろん、それだけじゃない。

 ここまでに、いくつもの小細工の積み重ねがあってこそだ。


 伝令兵を追い返したり、会話の端々に、こちらがカッパハゲを小馬鹿にしていることをにおわせたりといろいろと感情面を煽っている。


 そして、こちらの優位性を知らしめる。

 兵糧を売らなくても、こちらは問題がないこと、急いでいないことなどを明言する。最後は、すぐに受け渡し場所を決める必要を迫り、時間的余裕を取り上げた。


 プライドの高いことが災いして、時間的余裕が無いことからの見落としを懸念するよりも、俺たちを見返すことに意識が向いていた。


 そして、目の前に見えた、魅力的なエサに飛びつこうとしている。

 こちらが用意した危険地帯が、カッパハゲには安全で魅力的な場所に映っていることだろう。


「ここだっ! 受け渡し場所はここにする。書類がそろったら、すぐに知らせろ」


 カッパハゲがエサに飛びついた瞬間だ。


「なるほど。ここなら、左翼の主力からさほど離れていませんし、街道からも遠い。敵もそうそう近寄れそうにありませんね。さすがです」


 ティナが無理やりテリーを褒めるように、俺もカッパハゲを褒めちぎる。


 カッパハゲが指定した場所は、周囲を山に囲まれた盆地だ。近寄るには森を抜けて、山を越えなければならない。

 確かに、こちらの常識――普通の軍隊なら、そこまで入り込むのは困難だろう。

 だが、転移者を中心とした部隊ならどうだ? 空間転移や飛行魔法が使える少数精鋭の部隊なら難なく侵入する。

 いや、援軍の到達も困難なことを考えれば、かっこうの標的だ。

 

 後は、左翼で最大の火力と機動力のある俺たちが、敵の侵入に気付かなければ良い。

 

 俺はカッパハゲに敬礼をしてその場を後にした。

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