第99話 競売と狩りの成果

 陣営に戻ると、テリーとジェローム、ロビンを筆頭に書類整理の真っ最中だった。


 時刻は午後三時を回ったくらいか。

 競売が午前中いっぱいかかる予定だったから、予定通りなら競売の後処理を始めたばかりというところだな。


 その作業の様子から察するに、ほとんどが四則計算を伴うものなのだろう。

 作業にあたっているメンバーは、テリーとロビン、ジェローム、ティナとジェロームの部下数名。それとミレイユ――テリーが選り分けたばかりの女奴隷だ。


 まだ、四則計算に不安のあるローザリアは雑用係兼お茶くみ要員となっている。

 なるほど、十八歳とはいえ、さすがに元教師のミレイユは即戦力になっているのか。


「ただいま。こっちは予想以上の成果だ。競売の方はどうだった?」


 作業を中断させることになるのは分かっていたが、近寄りながら声をかけた。


「ただいまーっ! 見て、見て! フェンリルよ」


 白アリがシルバーウルフの仔狼を、両手で高々と持ち上げて、得意気に大嘘をついている。


「ただいま。競売をお任せしちゃって済みませんでした。後処理はお手伝いします」


 白アリに続いて、黒アリスちゃんが皆に声をかけた。その顔は得意満面だ。


 傍らにはタケミカヅチと名づけられた、アンデッド・アーマードタイガーを従えている。

 共にアンデッド化した、フェニックスとシルバーウルフはアイテムボックスに収納されたままだ。アンデッド・シルバーウルフに至っては名前すら付けてなかったはずである。


「お帰り、随分早かったな。競売は予想以上に盛況だったよ」


「皆さん、お帰りなさいませ。競売の結果は書類にまとめている最中です。何とか今夜中にはまとめて、明日の決戦前にお渡しいたします」


 テリーとジェロームが書類整理の手を止めて、こちらへ歩いてくる。ジェロームなどは大きく手を広げて全身で歓迎の意思表示をしている。

 二人の表情から見て、競売は予想以上に良い結果がでたようだ。


 ジェロームの部下はそのまま書類整理を続行していたためか、同じように書類整理の手伝いをしていたティナとミレイユがテリーに指示を仰ぐ。

 テリーはティナとミレイユにはそのまま作業を続けるように指示を出す。

 そして、単に書類を束ねていただけのローザリアを手招きした。


「そうか、ありがとう。こっちも大収穫だったよ」


 黒アリスちゃんと白アリ、それに彼女が連れた、魔物たちを視線で指し示した。


 白アリのすぐ後ろにはフェニックス。シルバーウルフの仔狼は白アリに抱かれている。

 水の精霊ウィンディーネは、白アリの傍らで、目を丸くしている。空間魔法による連続転移にかなりの衝撃を受けたようだ。


「フェンリルですってっ! 凄いっ!」


 ジェロームが白アリの言葉を真に受けて、駆け寄ってくる。しかし、そこは鈍足のジェローム、気持ちとは裏腹に身体はついてこない。


「違うよ。シルバーウルフのアルビノだよ。珍しいことは珍しいよな」


 恐る恐る仔狼に手を伸ばそうとしているジェロームに、夢を打ち砕くようで悪いが、本当のことを感情を表に出さずに伝えた。

 俺の言っていることが理解を超えたのだろうか? 瞬間、ジェロームがほうけた顔で俺と仔狼を交互に見やる。


「今はシルバーウルフだけど、そのうち進化するわよ。フェンリルになるのよっ!」


 白アリが「ねぇー」などと仔狼を抱きしめながら、不条理な期待を掛けている。


 俺と白アリの言っていることを理解したのか、ジェロームが気の毒なものを見るような目で、白アリとシルバーウルフの仔狼を見ている。


「フェニックスをテイムしたんですね。焼け死ぬところはこの間見せて頂きましたが、テイムされたフェニックスなんて初めてみました。アーマードタイガーなんて、テイムができるなんて聞いたこともありませんよ」


 ジェロームが白アリの後ろにいるフェニックスと黒アリスちゃんの傍にいるアンデッド・アーマードタイガーを見て、かなり興奮をしている。

 

 興奮はしているのだが警戒もしている。

 テイムされているので安全だと理屈では分かっていても恐怖心はそうそう拭い去れるものじゃない。恐る恐る近づいている。


「ところで、ボギーさんと聖女はどうしたんだ?」


 テリーに見当たらない二人の行方を聞いた。

 競売の後処理の真っ最中なのに、計算能力の高い二人を、テリーが簡単に手放すとは思えないよな。何かあったのかな?


「ああ、カッパハゲから呼び出しがあってね。申し訳ないけど、ボギーさんと聖女に行ってもらってる」


 後ろめたいとの自覚があるのだろう、テリーがバツが悪そうに苦笑しながら返してきた。


「帰ってきてたのか、ちょうど良いや」


「お帰りなさい。何か凄いのを捕まえてきましたね」


 後方からボギーさんと聖女の声が突然聞こえた。空間転移でテーブル付近に現れたようだ。


 振り向くと、ボギーさんが軽く左手を挙げている。

 聖女はフェニックスとアンデッド・アーマードタイガーに目を奪われているようだ。


「兄ちゃん、ちょっと良いか?」


 ボギーさんが俺を呼ぶ横で、ロビンが同情の目を俺に向けている?


 なんだ? 何かあったのか?

 あの表情だと、カッパハゲあたりがまた何か言ってきたのか?


「はい、何でしょうか?」


 少し憂鬱になりながら、テイムした魔物や使役獣とした魔物を囲んで、楽しそうに会話している皆を後にする。


「そう、嫌そうな顔をするなって。言いにくくなるじゃネェか」


 そんな俺を見て、ボギーさんが苦笑をしながら、聖女に皆のところへ行って良いとジェスチャーで示す。

 聖女はボギーさんに軽くお辞儀をし、俺には謝る仕種を見せてそのまま皆の方へと足早に歩を進めた。


「ついさっきまで、軍務顧問と話をしていた。例の奪った物資を買い取る件だ」


 聖女が皆の方へと歩いていくのを確認すると、再び俺へと視線を戻してさらに続ける。


「員数の確認ができる書類をそろえた上で、物資の引き渡しをすること。さらに、物資引き渡し時には員数チェックと、員数の証明をする人員をこちらからだせだとさ」


「売ってもらう立場なのに随分ですね。自分たちは何もしないつもりなんでしょうか?」


 俺は半ばあきれながらボギーさんに聞き返す。


「うーん、実はな、まだあるんだ」


 そこで、ボギーさんの言葉が途切れ、視線が皆の方へ向かった。


 何だ?

 俺もつられてボギーさんの視線へと振り向く。


 何をやっているんだ? あいつらは。


 聖女が水の精霊ウィンディーネに。早速ちょっかい出したのか、出そうとしたのか分からないが、白アリが聖女と水の精霊ウィンディーネとの間に、怯える仔狼を両手で突き出すように、割って入っている。


 さすがにそれは無理があるんじゃないか?

 その仔狼じゃ聖女は怯まないだろう。


 それに、聖女も聖女だな。

 出会ってすぐに、精霊にちょっかいを出そうとは不届きなヤツだ。

 出会う前に斧を頭に投げつけた白アリと好い勝負かもしれない。



「支払い方法についてだ。現金の手持ちが少ないので、証文になると言っていた」


 ボギーさんがそんな白アリと聖女のやり取りを、面白そうに見やりながら途切れた言葉をつないだ。


「証文にして欲しい、じゃなくて、証文になる、ですか?」


 取り敢えず、白アリたちのことは放置して、慎重にボギーさんの言葉を確認する。


「ああ、その通りだ」


 ボギーさんもこちらの意図を理解しているようで、ゆっくりとうなずく。


「まさかとは思いますが、引っ掛ける気でしょうか?」


「さすがにそれはないと思いたいが、対策は考えておいた方が良いだろうな」


「分かりました。対策については後で相談をさせてください。それで、布石は打って頂けましたか?」


 俺の中で、カッパハゲを嵌めるシミュレーションが高速で再生される。

 先ほどまでは、カッパハゲのヤツを嵌るのに、多少の疑問はあったが、いまや、そんな疑問は微塵もない。むしろ、乗り気でいっぱいだ。


「ああ、そっちはばっちりだ。カッパハゲのヤツ、困った顔で考え込んでたぜ」


 ソフト帽子を目深に被り、片方の目だけをのぞかせた状態で口元を緩める。実に楽しそうだ。


「ありがとうございます。では、ちょっとカッパハゲのところへ、引き渡し場所を決めに行って来ます」


 俺も、ボギーさん同様に口元を緩め、カッパハゲのところへと転移をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る