第97話 湖畔(2)

「綺麗な所ですね」


 黒アリスちゃんがワイルドボアと野菜の炒め物を口に運びながら、うっとりとした表情で湖を見ている。


「本当、夏とは思えないくらいに涼しいし、静かで景色も良いね。のんびりするには良いところよね」


 白アリがカッパハゲあたりが聞いたら激怒しそうな――戦時下真っ只中とは思えないようなセリフを言うと、豊かな胸を突き出すように、身体を反らしながら伸びをする。


「本当に良いところだな。ダンジョンの攻略が終わったら、こんなところに隠棲いんせいしたいもんだ」


 先ほどまで目を奪われていた湖からわずかに視線をずらし、白アリの胸を含めた景色を楽しみながら同意をした。


「お爺さんみたいですよ、ミチナガさん」


「そうよ、何を年寄り臭いこと言ってるのよ。こういう所はたまに遊びにくるから良いんじゃないの」


 黒アリスちゃんと白アリが、クスクスと可愛らしく笑いながら、突っ込んできた。


 まぁ、そうだな。

 確かに少し年寄り臭かったか。俺はホールドアップのポーズで、降参と同意の意思を示す。


「ここまでは、予想以上の収穫ですね」


 黒アリスちゃんがコロコロと笑いながら、メロディと一緒に後片付けを始めた。


「そうね、大収穫よ」


 白アリが自身の足下でミルクを飲んでいる仔狼に視線を落とす。

 お茶を用意する手が止まる。


 フェニックスよりも仔狼なのか。

 仔狼にはミルクを与えてるが、フェニックスには自力でエサを確保するよう命じてたな。


 黒アリスちゃんも食事中ずっと、アンデッド・アーマードタイガーを傍らにはべらせていた。

 こちらはエサを与えていない。アンデッドなので何も食べない。何も食べずにひたすら働く。燃費が良いことこの上ない。

 ちなみに、フェニックスはアイテムボックスに収納したままである。


 何というか、フェニックスの扱いがぞんざい過ぎないか? 二人とも。

 フェニックスの方が、格は上なんだけどな。

 不憫なフェニックスに少しだけ同情をする。


 いや、同情するならこいつか。

 球状の岩の中にその身体を捕えられ、首だけを出したシルバーウルフに目をやる。


 さすがに、瀕死の状態にしておくわけにも行かないので治癒はしてある。

 治っているはずなのだが、力なくうなだれている。

 

 ここでもこのシルバーウルフのようなヤツが出ないように祈ろう。


 ◇


「それで、どうやって探すんだ?」


 お茶のカップを置き、白アリへと視線を向ける。


 この森にある湖に住んでいるとの伝承だ。実際に会ったという人の話ではない。

 だいたい、精霊をテイムなんて出来るのか? スキルはモンスターテイムであって、精霊テイムじゃないよな。


「伝承通りの風景じゃないの、ここしかないわよ。それに、ウィンディーネがいなかったら、シルフかドリアードでも良いわ」


 メロンのような果物を取り出し、冷却系火魔法でシャーベット状にしている。


「サラマンダーとかノームじゃダメなんですか?」


 それを見た黒アリスちゃんも、柑橘系の果物を取り出し、同じようにシャーベット状にする。


 今いる、この迷いの森は、別名、精霊の森とも呼ばれ、精霊が目撃された伝承が多数残っている場所だ。

 今回、白アリの強烈なリクエストで水の精霊である、ウィンディーネの捕獲にきている。


「トカゲとおじいちゃんでしょう。ちょっと趣味じゃないかな」


 白アリがシャーベット状にしたメロンのような果物を、スプーンでガリガリと削りながら言った。


「え? こちらの伝承ではどちらも小さな女の子ですよ」


「そうなの? 盲点だったわ、固定観念って怖いわねぇ」


 黒アリスちゃんの言葉に白アリが頭を押えながら、自分の事前調査不足を棚に上げている。


 頭が痛いらしい。冷たいものを頬張るからだ。


「探す手段は何か調べたのか?」


 一抹の不安を覚え、白アリにたずねた。


 シャーベットと迷ったが、面倒だったので冷やしたお茶で喉を潤す。


「任せてよ、いくつか用意してあるわ」


 白アリが得意気にウインクとサムズアップをした。


 やはり、女性はウインクかサムズアップのどちらかが良いな。両方やられると何となく違和感を覚える。

 出来ればウインクだけが良いな。まあ、個人的な嗜好なんだけどな。


 それはそうと、杞憂だったようで安心をした。サラマンダーとノーム同様、ロクに調べてないんじゃないかと心配したよ。


 ◇


「じゃあ、始めましょうか」


 お茶を終えた白アリが湖のほとりへと向かって歩き始める。


 意気揚々と歩き出した白アリにつられて、俺と黒アリスちゃんも湖の畔へと向かう。

 歩きながらジェスチャーでメロディへ後片付けを頼む。


 心得たもので、小さくうなずくとすぐに片付け始めた。

 以心伝心、でもないか。いつものことだものな。


 さて、白アリだ。

 湖畔に立ち、湖を覗き込んでいる。


 始めるのか?

 いったいどんな秘策を用意しているのだろうか。

 つい、白アリの一挙手一投足に眼が行く。


 それは俺だけじゃないようだ。

 黒アリスちゃんも、俺の隣でお祈りをするように胸の前で両手の指を組んでいる。

 真剣な表情で白アリのことを心配そうに見つめている。


 メロディへと視線を移す。

 片付けをしながらも、チラチラと白アリの様子を見ている。やはり気になるようだ。


 マリエルはメロディの頭の上で、真っ赤な髪の毛を掴んでいた。

 もちろん、視線は白アリへ向けられている。


「えいっ!」


 再び白アリへと視線を戻すや否や、可愛らしい掛け声と共に古びた斧を湖に投げ込む姿が映った。


 え? 何やってんの? 秘策は?

 自分が見たものが信じられない。


 念のため、視線をメロディとマリエルに走らせる。

 二人とも固まっている。

 マリエルなんぞは小さな口を大きく開けたままだ。


 よし、驚いているのは俺だけじゃないな。

 良かった。

 もちろん、メロディやマリエルだけでもない。


 横を見ると、不意を突かれたためか、黒アリスちゃんも「眼が点」状態というか、焦点が定まっていない。そして、無言だ。

 元ネタを知っているだけにダメージも大きいようだ。



「おいっ、何だよそれは? 秘策はどうした? ――――」


 気を取り直して、白アリに後ろから声をかける。いや、気が付くといろいろと質問を投げかけていた。

 

 白アリは俺たちに背を向けたまま、左手を後方へ突き出してきた。

 何だ?

 静かにしろ、ってことか?

 

 後方からなので、表情が分からない。

 視覚を飛ばして白アリの表情を確認する。

 俺の視界に飛び込んできたのは、白アリの期待に満ちた表情だった。 


 何かの冗談か? との思いも若干だがあった。

 しかし、その期待に満ちた表情を見る限り、本気だ。間違っても冗談などではなさそうだ。


 金の斧と銀の斧を持ったウィンディーネが現れることを期待しているのだろうか。

 もし出てきたら、鴨ネギだな。

 いや、間違ってもあんなので出てこないだろう。出てきたら精霊の格を疑う。


「ちょっとっ! 痛いじゃないのっ! 頭にぶつかったわよっ! 湖にこんなもの投げ込むなんて、何考えてるのよっ! 非常識にも程があるわっ!」


 俺の心を読んだかのようなタイミングで、湖から出てきた美少女は、そのまま水面に立ち、もの凄い剣幕で白アリに文句を言っている。

 両手には斧。

 金と銀ではない。

 白アリが放り込んだ斧を両手で担いで、今にも振り下ろさんばかりである。


 ウィンディーネ? ウィンディーネなのか?

 あれ?

 俺の想像していたのとはだいぶ違うな。

 いろいろな幻想が壊れ始めた瞬間だった。

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