第96話 湖畔(1)

 遅いな、白アリのヤツは何をやっているんだ?


 空間感知で白アリの様子を探る。

 既に茂みからは抜け出し、開けた場所で仔狼と遊んでいるようだ。

 のんきなものだな。

 一応、この森もそれなりに物騒な魔物がいるんだが、緊張感は伝わってこない。


「メロディ、すまないがまた広範囲の索敵を頼む」


 メロディが黒アリスちゃんのアンデッド化したアーマードタイガーを恐々こわごわと撫でているところに声をかける。


「はい、分かりました」


 メロディがアーマードタイガーを撫でるのを中断して、自然体で直立する。

 空間感知を発動させたようだ。


 思い返せば、白アリに吹き飛ばされて、死体となったときも、真っ先に駆け寄っていた。

 先ほども、アーマードタイガーが、アンデッド化されるところも、興味深げに見ていたよな。


 もしかしてネコが好きなのか?

 ヤマネコとかがいたら、捕まえてやろう。


 黒アリスちゃんは先ほどアンデッド化したフェニックスも呼び出し、アーマードタイガーと並べて何やら話しかけている。


 シルバーウルフのアンデッド化はやめたのだろうか?

 最初に予定していた、グレイウルフに比べれば数段格上の魔物だし、希少価値も高い。十分に虚栄心を満たせると思うんだがな。

 そんなことを思いながら、打ち捨てられたシルバーウルフに視線を移す。なんとも悲しい姿だ。怪我や擦り傷が多数あるのは、アーマードタイガーとの交戦だけが原因じゃない。


 しかし、こいつはまだ良い。


 もっと気の毒なのが、首だけ出して埋められたヤツだ。こちらはまだ生きている。

 生きてはいるが、死んだヤツよりも、こちらの方が需要が少ないよな。

 既に仔狼を手に入れた白アリが、いまさら成体のシルバーウルフをテイムするとも思えない。


 俺がテイムをするか?

 いや、俺の戦闘スタイルには合わないな。どう考えても単独で突っ込んでいって戦えるヤツが良いよな。アーマードタイガーのようなヤツだ。


 どこかその辺にアーマードタイガーがいないものだろうか?

 広範囲に空間感知を展開しているがそれらしい魔物は引っ掛かってこない。我ながら未練たらしいとは思うが、ツイ、探してしまう。


 仕方がない、次の狩りに期待をするか。


 フェニックスだの、アーマードタイガーだの、シルバーウルフだのと、そうそうたる魔物をペットにしているのを見ると、何の収穫もない自分が不憫に思えてくる。

 いや、まあ、再生レベル5と火魔法レベル5を手に入れたので収穫はあったのだが、何となく納得ができない。

 最高レベルの再生と火魔法だ。理屈の上ではフェニックスをテイムするよりも貴重だ。だが、理屈じゃない、心情的なものだ。


「ただいまっ!」


 もの凄く上機嫌な白アリが、はつらつとした調子で突然現れた。

 胸には真っ白なシルバーウルフを抱えている。


「きゃーっ。可愛いー、何ですかこれ?」


 黒アリスちゃんが白アリの抱えるシルバーウルフの子どもを見て歓喜の声と共に駆け寄って行く。


「フェンリルよ、きっとフェンリルよ。シルバーウルフだけど、フェンリルに進化するの」


 白アリがシルバーウルフの子どもを、黒アリスちゃんの目の前にぶら下げ、興奮気味に訳のわからないことを言う。


 いや、間違いなくシルバーウルフだろ。絶対に進化なんてしないから。

 そりゃあ、見た目には真っ白な狼で、フェンリルに見えないこともない。だいたい、この世界にフェンリルなんているのか?

 それにしても、シルバーウルフのアルビノか、珍しいものを手に入れたな。


「可愛いでしょう。やっぱり使役をするなら、大人の狼よりも仔狼よね」


「私も仔狼が欲しいです。私ならずっとこのままに出来るのにー」


 仔狼を挟んで、キャイキャイと可愛らしい声で会話しているが、話している内容は恐ろしく物騒だな。


「ところで、こいつらはどうするんだ?」


 黒アリスちゃんに引きずられた挙げ句、打ち捨てられたシルバーウルフだったものと、首だけ出して生き埋めにされているシルバーウルフを指す。


「こっちっ!」


 白アリが仔狼を抱きしめて、首だけ出したシルバーウルフに背を向ける。

 見事に振られたシルバーウルフは何の反応もない。

 気のせいかな? 生きるのを諦めたような虚ろな眼をしている。

 

 黒アリスちゃんの方は、少し考える素振りを見せた後に、ポツリとつぶやく。


「見劣りしますね」


 いや、見劣りはしないだろう。向こうは仔犬みたいなものだぞ。黒アリスちゃんの視線の先にある、シルバーウルフだったものを俺も改めて見る。

 堂々たる体躯である。アーマードタイガーと最後まで戦っていた個体だ。もしかしたら、群のボスだったのかもしれない。


 俺が引きずられてきたシルバーウルフを見ていると、黒アリスちゃんも一緒なって覗き込む。


「そうですね。せっかくですから、これもアンデッド化しますね」


 少しの間、眼を閉じて考えたあとで、いつもの笑顔を浮かべ快活に答える。


 どんな心境の変化かは知らないが、無駄にならずに良かった。

 となると、残るは首を出しているヤツだな。

 こいつもボスと一緒に最後まで戦っていた個体だ。


 念のため鑑定をしてみると、風魔法と身体強化のスキルを持っている。

 このまま殺してしまうのも忍びない。持ち帰って売り払うことにしよう。


 生き残った一頭は持ち帰って売り払うことを提案し、二人から了解をもらった。


 さて、次だ。


「そろそろ次に移動しようか」


 放っておくと、いつまでも仔狼を構ってそうなので、心を鬼にして先をうながす。


「そうね、じゃあ、次に行きましょうか?」


「はい」


 俺の提案に白アリと黒アリスちゃんが揃って返事をした。


 ◇


 二人の返事を確認してから転移を開始する。

 次のポイントはガザン王国領内なのだが、ドーラ公国の国境にほど近いところとなる。


 その国境は、迷いの森と呼ばれる広大な森だ。まず、人が立ち入ることはない。

 国境付近とはいえ、そのような森だし、俺たちが向かうのはそのさらに奥地だ。


 さすがに、そんな森の奥深くなので、敵戦力と接触することはないと思う。

 思うのだが、二人には万が一、ドーラ公国の戦力と接触しても、戦闘は行わずに逃げ帰る旨を伝えてある。

 了承はしたが、不満そうな顔をしていた。


 次の目的地へ向けて、一気に長距離転移。とはならない。

 途中、アーマードタイガーが仕留めた、シルバーウルフの死体を回収してからの転移となった。

 

 白アリと黒アリスちゃんから、「もったいないでしょう」「無駄にしたら可哀想ですよ」と言われ、五頭全部を探し出してからの移動となった。

 確かに、シルバーウルフの毛皮は人気の素材ではある。

 敷物やブーツ、マントの素材として、割と高額で取り引きされていた。

 

 それはさて置き、最後は白アリの強烈なリクエストによるものだ。テイム出来るかどうかもはなはだ怪しい。

 正直なところ、やってみる価値はあるのかもしれないが、それ以前にやるだけ無駄な気がしてならない。


 まぁ、ピクニックに来たと思うことにしよう。幸い、景色も気候も申し分ない。

 風が心地よい。


 森の奥深く、突然視界が開けたその先には、広大な湖が広がり、穏やかな風がそよいでいた。


 木漏れ日の中を進み湖畔にほど近い陽だまりを選んで大理石のテーブルを設置する。

 時間もちょうど良い。俺たちは昼食を摂ることにした。


 とはいえ、お弁当を用意しているわけじゃない。俺たちは、調理道具と食材を取り出し、その場で調理を開始した。

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