第95話 森の王者
「いたいた。あれ? 二頭しかいないわね?」
「そうですね。二頭ですね、私も確認できました」
白アリと黒アリスちゃんが上機嫌な表情を一瞬で曇らせて、確認を求めるように俺に視線を向けた。
二度目の空間転移で、白アリと黒アリスちゃんもシルバーウルフの群れを捕捉したようだ。
俺も二人の視線に推されて空間感知に意識を集中する。いた、二頭のシルバーウルフが高速で移動をしている。
二頭だ。二頭って何だよ?
高速で移動? 何でだ? 二手に分かれて狩りをしているのか?
空間感知の精度を上げて、確認をしなおす。
手負いだ。逃げているのか?
いや、違うな。迎撃をしながら移動をしている。その過程で五頭を失ったのか?
追っているのは、かなりスピードのある魔物だな。大きさもシルバーウルフよりもかなり大きい。
これは……アーマードタイガーかっ?
森林の王者と呼ばれる魔物だ。
さしものシルバーウルフも分が悪いな。
「二人とも待ってくれ。シルバーウルフが交戦中だ。相手は、多分、アーマードタイガーだと思う。数は一頭しか確認できていない」
俺がもたらした、二人の妄想に暗雲を落とすような情報に、顔を青ざめさせる白アリと黒アリスちゃん。
「急ぎましょう」
「はい」
だが、それは一瞬のこと。即座にシルバーウルフとアーマードタイガーとの争いに割って入ることを決めた。
既に位置を確認しているのだろう、接敵をする三回目の転移は俺よりも先だった。
白アリと黒アリスちゃんの後に続き、メロディ、マリエルを伴って転移をする。
転移先はアーマードタイガーの後方。
アーマードと名前には付いているが、装甲に覆われているわけではない。体毛は柔らかく、敷物や女性の外套の素材として好まれている。
アーマードの名前の由来は魔法障壁だ。堅固な魔法障壁を展開してくる数少ない魔物のひとつである。
正面から攻撃するよりも、死角から不意打ちをした方が魔法障壁に阻まれる可能性がわずかでも減るとの淡い期待からの後方への転移だ。
狙いは強靭な後脚。機動力と攻撃力を一気に削ぐ。
「狼の仇っ!」
「思い知りなさいっ!」
二方向から聞こえる白アリの力強い声と共に、アーマードタイガーの左前足が、爆裂系火魔法で吹き飛ぶ。
白アリの声と同様に、爆裂系火魔法も二方向から、ほぼ同時に左前脚に着弾した。
左前脚を失ったアーマードタイガーはそのまま地面に転がり、機動力と攻撃力を大幅に削がれる。
魔法障壁を突き破って、正面から吹き飛ばしたよ。
激痛からか、地面に横たわり、
幻影の宝珠か。
さすがに分身だけあって、コンビネーションは抜群だな。
四発の爆裂魔法を、ゼロコンマ何秒かの時間差で、連続して同一箇所へ着弾させる――攻撃力倍増どころの話じゃない。
あんな物が、ダンジョンの裂け目を通じて、双方の異世界に供給され続けるのか。これは、ダンジョン攻略を急いだ方が良いな。
残る二頭のシルバーウルフも傷付いている。黒アリスちゃんの敵じゃない。
一頭は白アリ用だろう、土魔法で首だけ出した状態で、地面に埋められている。
残る一頭も、抵抗らしい抵抗も出来ないまま、埋められたシルバーウルフの鼻先をかすめて振りぬかれた大鎌で、周囲の草木と一緒に両断された。
得物が大鎌なだけに、草刈りのついでに苅っちゃいました、というふうに見える。
首だけ出して埋められたシルバーウルフが、急に大人しくなったのも、力尽きたからなのだろう。だが、タイミングがタイミングだけに、大鎌が鼻先をかすめたのが原因にも見えてしまう。
これで残るはアーマードタイガーだけか。
アーマードタイガーは単独行動をする魔物だ。もういないとは思うが念のため空間感知で周囲の索敵を行う。
索敵をしつつ、白アリにより、瀕死にされたアーマードタイガーに目をやる。
地球のトラにそっくりな外見だ。動物園で見たトラよりも大分大きいな。
この惨状を見る限り、シルバーウルフよりも格段に役に立ちそうだ。狼と違い、連携には長けていなさそうだが、個体としての戦闘力は比じゃない。
テイムをするか?
アーマードタイガーを所有しているテイマーは聞いたことがないが、やってみる価値はありそうだな。
ビジュアル的にも、シルバーウルフやフェニックスよりも格好良さそうだ。
うん? 何かいた。
一キロメートルほど離れたところに、何か隠れている。
仔犬、じゃないよな。シルバーウルフの子どもだ。大きさがあまりに違うので、見落としていたようだ。
「白アリ、後方一キロメートルほどの茂みにシルバーウルフの子どもが一頭いる。確認してくれ」
「子ども? 分かった、探してみる」
そう言うやいなや、瀕死のアーマードタイガーに爆裂魔法を撃ち込み、茂みへ向けて転移をした。
先ほどの左前脚を吹き飛ばしたときと同様、幻影と含めて、合計四発の爆裂魔法が横たわるアーマードタイガーを捉える。
爆発音と爆風に驚いたマリエルが、俺の後ろにもの凄い勢いで飛び込んできた。
アーマードタイガーは、その巨体を宙に舞わせて、地面を二度三度とバウンドしながら、数メートルの距離を移動したところで止まる。
心臓も止まっている。
え? ええーっ!
ちょっと待てよ。死んじゃったらテイム出来ないじゃないかっ!
いや、俺も何も言わなかったけどさ、何と言うか、あの状態のこいつに止めをささなくても良かったんじゃないのか?
文句のひとつも言ってやりたいが、本人はいない。
いや、仮にここで文句を言っても、事態が好転することはない。それ以前に、ここで文句を言ったら、俺の男としての評価を下げるだけの気がする。
何と無くだがそんな気がする。
ここは何ごともなかったかのよう振舞おう。
「白姉はどこですか?」
黒アリスちゃんが仕留めたシルバーウルフの尻尾をつかんで、ズルズルと引きずりながら聞いてきた。
「シルバーウルフの子どもが生き残っていたんで回収に向かっている」
白アリがシルバーウルフの子どもを抱きかかえるのを空間感知で確認しながら答えた。
「ご主人様、アーマードタイガーの毛皮は高値で取り引きされています。回収しますか?」
俺同様に、今回はまるで出番のなかったメロディが、アーマードタイガーだったものの傍で足下を指差している。
「派手な爆発音でしたけど、ミチナガさんが仕留めたんですか?」
黒アリスちゃんがこちらへ歩いてくる途中、ボロボロのアーマードタイガーを覗き込みながら聞いた。
「いや、白アリが仕留めた。そこに左前脚が転がってるだろう」
黒アリスちゃんとボロボロのアーマードタイガーの間にある左前脚を指差す。
黒アリスちゃんはアーマードタイガーの左前脚を視認すると、そちらへと方向を変える。
左手に握られたシルバーウルフの尻尾はそのままで、当然、シルバーウルフは引きずられていく。
アーマードタイガーの左前脚までたどり着くと、おもむろに俺の方を向いた。
「あのう、ミチナガさん。やっぱり、これをやめて、こっちにしても良いですか?」
黒アリスちゃんがシルバーウルフの尻尾を掴んだ左手を顔の高さまで上げ、右手でアーマードタイガーの左前脚を指差す。
突然、対象を変えたことに対する後ろめたさでもあるのか、
羨ましい。
正直なところ、滅茶苦茶羨ましい。
アンデッドなアーマードタイガー。
格好良いんじゃないか。
「ああ、良いんじゃないか? もう死んでるし黒アリスちゃんしか使い道ないだろう?」
うん、ここで悔しさや残念な気持ちを見せちゃいけない。ましてや、毛皮の需要になんぞ触れちゃいけない。
ここは鷹揚に、涙を飲んで大人の対応をしないとな。
「ありがとうございますっ!」
黒アリスちゃんの元気な声が返ってくる。表情も明るい。うん、実に可愛らしい。この笑顔だけでも涙を飲んだ価値はある。
黒アリスちゃんはお礼を述べると、足下の左前脚に視線を落とす。
えいっ! という声と共に右足が振り抜かれ、アーマードタイガーの左前脚が蹴り出された。
黒アリスちゃんに蹴られた左前脚は緩やかな弧を描いてアーマードタイガーの方へと向かう。
メロディが小さな悲鳴を上げて飛び退き、左前脚はアーマードタイガーの傍へと転がる。
ナイスキック。
上手いものだ。蹴る姿を初めて見たが、隠れて練習でもしているのだろうか?
黒アリスちゃんがアーマードタイガーの傍らで何やらゴソゴソと作業をしている。
アンデッド化をするのか。
メロディが黒アリスちゃんの作業を興味深げに覗き込んでいる。
さらにその頭上からメロディと同じ格好でマリエルも覗き込んでいる。
空間感知を再び発動させ周辺の警戒を行う。
脅威になりそうな魔物はいない。
アーマードタイガーとシルバーウルフが先ほどまで戦闘していエリアだ。よっぽどのヤツでない限り入り込んではこないか。
周辺警戒に続いて、白アリのようすを再確認する。
元気そうだ。
シルバーウルフのテイムにも成功したようだな。
さて、白アリが戻ったら次へと移動するか。
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