第93話 ダナン砦、攻略戦前日

 ジェロームが開催してくれた奴隷市は大盛況の様相をていしていた。

 所狭しと、大勢の人たちが押し寄せている。


 特設された競売会場は陣営の後方にある森を若干切り開いて作られている。

 一段と低くなった平地を競売のステージとして、そこから連なる平地と丘、切り開いた森がステージを見下ろすような形で客席として用意されていた。


 会場に入りきらない人たちは森の木の上から競売に参加をするつもりのようだ。

 既に数十名の人たちが木に登っている。

 既にかなりしなっている枝もある。怪我をしなければ良いが。


 もちろん、こんな大規模な会場設営をジェロームたちだけでできる訳はない。

 俺たちも明け方からかり出されて設営を手伝った結果である。

 かなり大規模な競売会場となったはずなのだが、それでも足りないようだ。


 これから始まる競売の参加者は一様に興奮気味である。

 ジェロームが言うには、前情報として、目玉となる奴隷の魔法や特技、奴隷とは別に、魔道具が競売にかけられることを知らせたのも、熱気を煽るのに一役買っているらしい。


 良かった、本当に良かった。奴隷からスキルを奪わなくって。俺は胸をなでおろした。

 タイプBを発動させるための、低レベルのスキルが欲しくて、カッパハゲに同行してきた兵士たちから適当にスキルを奪いまくったからな。

 お陰で、生贄用のスキルが随分と確保できた。 


 ジェロームから競売への参加予定者の一覧表を見せてもらった。

 なるほど、確かに盛況なようだ。

 急造の会場とはいえ、前の方には有力者のための指定席を設けている。その指定席への参加予定者だけでも主だった貴族の名が連なっていた。

 もっとも、実際に席につくのは大半が代役らしいのだが。


 事実、ルウェリン伯爵やゴート男爵などは最初から代役が参加する旨が記載されている。

 あの二人は献上品だけでは満足していないのか、随分と欲が深いようだな。

 

 奴隷市に参加した人たちの目的は同じなのだろう。明日のダナン砦の攻略戦に備えて多くの人たちが、より多くの、より優れた戦闘奴隷を求めて集まっている。

 ジェロームの予想では、武具や魔道具も飛ぶように売れるだろうとのことだ。


「じゃあ、申し訳ないが、ここは頼むよ」


 競売の順番など最終確認に忙しいジェロームと新しく手に入れた女性奴隷であるミレイユの腰に手を回して会場を眺めているテリーとに声をかける。


「はいっ。任せてください」


「ああ、任せとけって。というか、そっちの方が大変そうだな」


 仕事を中断して返事をするジェロームに続き、半分同情交じりの表情でテリーが答えた。

 

 俺としては苦笑で返すしかない。

 競売はジェロームとテリーに任せて、転移魔法でその場を後にした。


 ◇

 

「遅くなった、申し訳ない」


 テントの前で、既に出発準備を整えて、俺の到着を待ちわびていた白アリ、黒アリスちゃんに向かって声をかける。


「頼んだのはこっちだし、気にしないで」


「よろしくお願いします」


 白アリと黒アリスちゃんの返事が微妙に重なる。


 白アリと黒アリスちゃんは完全武装、それぞれ、白のドレスアーマーと黒のドレスアーマーを装備している。

 待っていたのは二人だけじゃない。

 メロディとマリエルも待っていた。 


「ご主人様、準備はできてます」


「ミチナガー、遅いよー、くたびれたよー」


 メロディが不安そうな顔で迎え、マリエルがちょっと拗ねた表情をみせている。


 マリエルはなにやら弓矢らしきものを装備している。

 あの弓矢の出来損ないは自作だな。

 あれで何をするつもりなんだろうか。


「悪いな、じゃあ、行こうか」


 そう言い終えると同時に、メロディとマリエル、カラフルを伴って転移を開始した。


 ◇


 白アリと黒アリスちゃん、メロディ、マリエルを伴って、明日の戦場となることが予想される森から、かなり外れた山岳地帯へときている。

 草木は少ない。山肌は岩盤が半分以上を占めている。


 比較的平坦な尾根へと降り立った。

 数百メートルほど先にある山頂付近からは、蒸気が噴き出ている。ガザン王国でも五本の指に入る活火山だ。


「あそこに棲んでるんですか?」


 黒アリスちゃんが蒸気の噴出す先を見やりながら聞いてきた。声の調子は緊張しているが、期待からか、口元はわずかに緩んでいる。


「案外、環境の悪いところに棲んでるのね」


 白アリが周囲を見渡しながら女神から貰った武器――ゴルフボール大の銀色の球体、十二個を周囲に展開させる。


 もう、臨戦態勢か。

 まぁ、油断されるよりは助かるが。

 振り向くと、黒アリスちゃんも黒い大鎌を手にスタンバイ状態だ。二人ともやる気満々だな。


 いや、二人と一匹か。

 マリエルも弓矢の出来損ないを手にもの凄く嬉しそうに空中でピョンピョンと飛び跳ねている。

 あれで仕留めるつもりなのだろうか? ちょっと不憫になってくる。


 メロディが自分の装備の点検を始めたのを確認し、ボギーさんにならって、視覚と聴覚を火口の上空へと飛ばす。

 上空から火口付近を俯瞰ふかんしながら、上空の風の音を聞く。


 いた、三羽だ。三羽とも成体だ。

 フェニックスは成体でもさほど大きな魔物ではない。体長百五十センチくらいだ。

 視覚での確認はできたが、聴覚は何の役にもたっていない。


 なるほど、視覚は上空から俯瞰ふかんするだけでも十分に効果があるが、聴覚は離れたところに飛ばしてもあまり意味がないな。

 今後は視覚と聴覚は別々に使うことにしよう。


「――いた。見つけたわよ」


 視覚と聴覚を戻すなり、白アリのガッツポーズと勝ち誇った表情と声が、視覚と聴覚にそれぞれ飛び込んできた。


 白アリの方でも捕捉したようだな。

 しかし、本当に出来るのか? いまさらだが不安になる。まぁ、出来なければ前回のように焼き殺すだけだ。


「じゃあ、準備は良いかな?」


「はい、大丈夫です。お願いします」


 俺の念を押すような問いかけに、黒アリスちゃんが即座に返事をする。表情に固さはあるものの、不安の色は見えない。


 俺は静かにうなずき、白アリへと視線を移動させる。

 白アリのサムズアップしている姿が映る。白アリの真似なのだろう、その横で同じようにサムズアップしているマリエルがいた。


「行くぞっ!」


 掛け声と共に、メロディとマリエルを連れて、フェニックスのいる火口付近へと一気に転移をする。

 出現場所をわずかにずらす。

 俺一人がフェニックスへ接触可能な距離へ、他のメンバーは俺の一メートルほど後方へと出現した。


 転移と同時に眼前に出現したフェニックスへの接触を試みる。向こうも無警戒だったのだろう、あっさりと成功した、二羽同時の接触だ。

 邪魔者を先ずは始末する。

 接触した二羽のフェニックスへ雷撃を浴びせ、二メートルほど離れた場所にいる三羽目のフェニックスとの距離をつめる。


 さすがにこのあたりで最上位レベルの魔物だけはある。

 身体強化された肉体程度では、そうそう距離をつめさせてはくれない。


 三羽目のフェニックスとの距離を半分ほどつめたところで、火魔法レベル5のブレスが放たれた。

 ブレスの一撃と同時に至近距離へと転移する。


 タイプB、発動。

 転移と同時にスキルを発動させ、再生レベル5の奪取を試みる。

 よしっ! 一発で成功した。


 続けて、火魔法レベル5を奪いに行きたいところだが、余裕はあるか? 後方へと意識を向ける。

 後方に置き去りにした二羽からはまだ反応はない。


 白アリと黒アリスちゃん、メロディが雷撃を見舞った二羽へ接近しているようだ。

 よし、まだ余裕はある。


 タイプB、発動。

 ターゲットは火魔法レベル5。


 よしっ! 成功だ。


 そのまま、スキルを奪い残りカスとなったフェニックスを高火力の火炎系の火魔法で焼き尽くす。

 フェニックスも、焼き尽くされる前にブレスを放つ仕種をしたが、叫び声を上げているようにしか見えなかった。

 しかし、そこは知能の高さでも定評のある魔物、ブレスが放てないことを理解したのだろう。

 攻撃を風魔法と重力魔法の複合魔法に切り替えた。だが、時既に遅く、明後日の方角にある岩肌への攻撃を一度行うのが精一杯だった。


 炎に包まれたフェニックスと眼が合った。

 気のせいか?

 不思議なものを見るような目で俺のことを見ている気がする。

 その瞬間、ジェロームの言葉が脳裏をよぎる。「焼かれたフェニックスも、理不尽な思いでいっぱいだったでしょうね」

 

 余計なことを考えている場合じゃない。

 残る二羽のフェニックスへと視線を走らせる。


 メロディが一羽をブロックしつつ、白アリと黒アリスちゃんで、もう一羽を仕留めに掛かっている。

 メロディの方が分が悪いな。

 俺はメロディがブロックしているフェニックスに雷撃を放ち、メロディの隣へと転移する。


 後方から雷撃を撃ち込まれたフェニックスの意識が先ほどまで俺のいた方向へと向けられる。

 雷撃で麻痺しているのだろう、動きはぎこちないが十分に戦えるようだ。

 雷撃の効果はさほどでもないか。

 

 意識がそれた間にメロディの土魔法――十二本の岩の槍が四方八方からフェニックスを突き刺す。

 再生レベル5があるとはいえ岩の槍が突き刺さった状態では思うように再生が捗らないのと岩の槍で拘束されている形になっている。


 行けるか?


「白アリっ! 交代だ。こいつのテイムをやってみてくれっ!」


 交戦中の白アリに後ろから声をかけ、黒アリスちゃんの隣へと転移する。


「じゃ、お願いね」


 俺の転移を確認すると同時に、白アリはそう言うと岩の槍で岩盤に縫い付けられているフェニックスの至近距離へと転移して接触をする。

 相変わらず思いっきりが良いな。


「こっちも決着をつけよう」


 黒アリスちゃんへ向けたこの言葉を合図に、フェニックス目掛け、大出力の雷撃を放つ。


「はいっ!」


 雷撃の轟音の中、黒アリスちゃんが小気味良い返事をし、フェニックスへ向けて、メロディのやったように岩の槍を一度に出現させる。


 黒アリスちゃんが雷撃と二十本ほどの岩の槍で身動きできなくなったフェニックスとの距離を一気に詰め、闇魔法の分子分解をまとわせた漆黒の大鎌を一閃させた。

 岩の槍と共にフェニックスの首が落ちる。

 分子分解、凄いな。


 見とれている場合じゃない。白アリへと視線を巡らす。

 テイムの真っ最中だ。

 フェニックスの尾羽に触れて魔力を流し込んでいる。


 しまったっ!

 首を巡らせたフェニックスが白アリへ向けてブレスを放っちまったっ!

 なぜ、もっと近接してブレスの死角に入らなかったっ!


 転移を忘れて白アリに向かって駆け出していた。


 ブレスは白アリを包み込む。

 ブレスの一撃を受けた場所は、岩盤が溶け溶岩となっている。

 

 その溶岩の中、白アリは平然と立っていた。

 無傷だと?

 いや、溶岩が白アリを避けるように半球状に空間が出来ている。


 あの十二個の銀色の球体かっ!

 フェニックスのブレスを無傷でしのぐのかよ。


 あの女神から貰った攻防一体の銀色の球体はかなりの防御力を有しているようだ。

 

 フェニックスがゆっくりと頭を垂れる。

 テイムに成功したようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る