第92話 これからのこと
食事を終え、例によって誰も近寄れないオープンな環境で密談である。
陽は落ちたが、周囲は魔道具の明かりで照らされている。その明かりは、俺たちが草原の一角を占拠していることを主張するかのように、
マリエルとレーナは、本来、捕食者であるワイバーンを食後の運動がてらからかいに行っていた。
念のため、神獣なスライムであるカラフルをマリエルとレーナの護衛につけてある。
メロディとティナ、ローザリアは後片付けをしている。
さすがに三人だけであの量の後片付けは可哀想だったので、適当に選んだ五名の女性奴隷をアシスタントに付けてある。
そして、ラウラ姫たちには、申し訳ないが席を外してもらった。
大理石のテーブルと食器をはじめとした、いくつかの調度品とともにテントの中にいるはずだ。
調度品はラウラ姫自身に選んでもらった。
最初は遠慮していたが、根負けしたのか、最後には俺と白アリが進めるがままに調度品を受け取っていた。
とはいっても、テントに収まる程度の量だ、たいしたことはない。
それよりも、喜ぶ顔が見られた方が嬉しい。
中途半端な時間での夕食となったため、のんびりと時間をかけて戦利品の選り分けをしながらの食事となった。
戦利品を並べるスペースも確保したため、草原の一角をかなり広めに占有をする。
食事を開始したの、まだ明るい時間だったこともあり、ワイバーンに近づけずに遠巻きに眺めるギャラリーは相当な数に上った。
ギャラリーの見守る中、白アリたちが作ってくれた食事を平らげていく。
グランフェルト領とグラム城で接収した豊かな食材のお陰で、戦場とは思えないような豪勢な夕食となった。
もちろん、食材だけで食事は豪勢になったりしない。
白アリを筆頭とした女性陣の料理の腕があればこそだ。
ボギーさんとロビンはともかく、俺とテリーは料理が全くと言って良いくらいにダメなので、女性陣にはなおさら感謝をしている。
白アリと黒アリスちゃん、聖女のいない食生活など考えたくないよなぁ。
そんな、周囲が羨むような食事を終え、食後の果物とお茶を囲んでいる。
魔道具の選定も終えている。
もちろん、自分たちの魔道具選定だけでなく、例によって賄賂扱いにされそうな献上品もルウェリン伯爵とゴート男爵へは届けてある。その辺は抜かりがない。
明日の朝一番でジェロームとアイリスの娘たちへ対する魔道具の分配予定も連絡済みだ。
一国の有力貴族の宝物庫にあった魔道具とはいえ、そうそう凄いものが出るわけもない。
と思っていました。
ところが、出るわ出るわ。
さすがに志村さんの刀ほどの逸品はなかったが、普通に考えれば一国の宝物庫に入れられてしまうような品が多数出てきた。
理由はグランフェルト領内にあるダンジョンだろうとのことで、全員の意見が一致した。
あのダンジョンの裂け目を通って武具や・アイテムが流れてきたのだろう。
裂け目を抜ける際にランダムに何らかの力や効果が付与されてた武具やアイテムがグランフェルト城の宝物庫に集められていた。
そう考えると、グランフェルト伯爵をはじめ、主だった貴族や指揮官クラスの武将、優秀な探索者が有効な魔道具を持ち出している可能性は高いか。
今回接収した魔道具の全てが有効なものだったかというと、そうでもない。中には微妙な魔道具もいくつかある。
しかし、そこは魔道具。
ジェロームが言うには高値で売れることは間違いないそうだ。
例えば、魔力を流すと刀身が光り輝く剣。
光魔法の効果を持ったアイテムはそれだけで高額となるらしい。
そう考えると、一時的な付与とはいえ、ふんだんな光魔法で周囲を照らしている俺たちは、もしかしたら悪目立ちしているのかもしれない。
そんな魔道具の明かりに照らされた中、メロディたちに後片付けを任せてのんびりと密談である。
「魔法の武器というわりには、それほどの武器はありませんでしたね」
聖女が傍らに立てかけられた、魔力効果を持った短槍を一瞥し、残念そうに頭を振った。
あっただろうがっ。国宝級の武器が幾つもっ! だいたいお前が選んだ短槍だって国宝級だぞ。聖女の言葉に思わず心の中で突っ込んでしまう。
短槍で良いんだよな? 柄と刀身の長さが同じくらいの少し変わった形状の槍だ。
問題は効果だ。重力魔法の効果を持った短槍で、槍自体の質量を自在にコントロールできる。
選ぶ前から、あの槍で素振りをしていたのを思い出す。
突くのではなく、叩きつけるように真上から振り下ろしていた。まぁ、槍、本来の使い方ではあるのだが、聖女の思惑は違うところにある。
振り下ろした槍の質量を増加させ、鈍器のように防具ごと叩き潰すつもりのようだ。
実際、練習がてらにいくつもの防具を叩き潰して遊んでいた。
「武器はそれなりでしたよ。防具は良さそうなのありませんでしたけど」
黒アリスちゃんが両手で包み込むように持ったカップに、フーフーと息を吹きかけながら、やはり残念そうに言った。
いや、黒アリスちゃん、防具だって結構凄いのあったよ。だいたい、君が防具に無関心過ぎるだけじゃないのか?
黒アリスちゃんの手元に置かれたナイフに目をやる。
光魔法である、治癒の効果を持ったナイフだ。対象者にナイフを突き立てた深さと時間で治癒の効果が変わる。嫌だ、嫌過ぎる。俺なら選ばないな。
いや、そんなもので治癒して欲しくない。
なんだろう。ともかく、いろいろと疑問の湧き上がる性能だよなあ。
「武器も防具もダメね。面白そうな魔道具はあったけど実用性は疑問よねぇ」
白アリがそう言いながら、ゴルフボール大の水晶球をコマのように回して遊んでいる。
いやいや、そんなコトないから。魔道具も実用性のあるのが多数あったから。
今、お前が粗末に扱っている水晶球だって間違いなく国宝級だから。
所持する者の幻影を作り出す。
それも質量をもち、劣化はあれど所持者と同様の魔法を行使でき、物理攻撃が可能な幻影だ。
それを幻影と呼んで良いのかも疑問だけどな。
どういう経緯でそんなものが出来たのかは知らないが、女神のくれた魔道具クラスじゃないか?
何にしても、ジェロームが聞いたら泣き出しそうなことを、平気で口にしている。
いや、実際に魔道具を選ぶときに、その扱いの
さて、今日の本題だ。
「ところで、今後のことで相談と言うか、意思統一を図っておきたいんだ――――」
そう切り出し、今日、女神が夢に出てきたこと、そして女神との会話の内容を皆に詳細に伝えた。
もちろん、ロビンの夢に女神が出てきたことと、既に覚醒していることは触れない。
女神がこの世界に顕現できることと、顕現することをお願いしていることも伝える。
ただし、顕現に伴うリスクについて今は伏せることにした。
その上で、今後の大まかな方針について確認をする。
女神の意志にしたがい、戦争が終結し次第、ダンジョンの攻略を再開してこの世界を救う。
ダンジョンの攻略と並行して、今後もこの世界で生きていくことになるので、この世界で生きていくための基盤を作る。
今回、敵に回ったような転移者が現れた場合は、躊躇なく対処する。
仲間になる可能性のある転移者については積極的に仲間に取り込む。
現地の探索者と協力してのダンジョン攻略を進める。
戦争での功績と報酬次第のところはあるが、現地の探索者を雇用し、事業としてダンジョン攻略を進める。
ボギーさんを除いた全員が賛成をしてくれた。
「すまネェが、やらなきゃならないことが残ってるんだ」
珍しく、両方の目が見える。その二つの灰色の瞳が真っすぐに俺に向けられた。
「――ダンジョン攻略よりも優先されることですか?」
誰も言葉を発しない中、静かにボギーさんへ問い掛ける。
ボギーさんの瞳を見た瞬間、説得は無理だと直感的に感じた。
だが、形だけでも説得しないとな。
それに、理由もしりたい。
「ああ、向こう側の世界に忘れ物をしてきちまったんだよ。やっぱり、借りっ放しっての良くないだろう? ちゃあんと返さないとなぁ」
ニヤリと口元を緩めて、火の点いていない葉巻を口に運ぶ。
「バニラ・アイスさんですね」
「ああ、実は諦めてたんだが、今回のことで考えが変わっちまった。向こう側の世界へ行ける方法を探ってみようと思ってな。少し世界を回ってみるよ」
寂しそうな表情で問いかける聖女に、ボギーさんには珍しく満面の笑みで答える。その満面の笑みはどこか寂びそうに見えたのは気のせいだろうか。
「待っていれば、その借りを返す人、バニラ・アイスさんもこっちへ来るかもしれませんよ」
黒アリスちゃんが身を乗り出してボギーさんへ訴えかける。
「自分で何かをしないと落ち着かないんだよな、これが」
「ダンジョンを攻略すれば、一ヶ所につき一人がこちら側に来るんでしょう? だったら攻略を進めて行けばそのうち来るわよ。それに、先に向こう側に五十ヶ所のダンジョンを攻略されたりしたら、ボギーさんと聖女はこの世界と共に消滅よ」
黒アリスちゃんに優しげな笑顔を向けて答えるボギーさんへ、白アリが水晶球を握り締め、早口で話しかける。その表情はいつになく真剣だ。
「理屈ではそうなのかもしれないが、性分なんだよな。やっぱり、乗り込んで行きたいじゃネェか」
分かってくれよ。言外にそう語るボギーさんは白アリに向けて軽くウインクをしてみせた。
場が静まり返る。
静寂を破ったのはボギーさんだ。
「戦争が終わって少しの間は一緒に行動する。その後は、あちら側へ行く方法を探して世界を回りながらダンジョン攻略を進める」
ソフト帽子を目深に被り、両目を隠す。
「なぁに、会いたくなったらいつでも訪ねてきな。黒尽くめの拳銃使いなんてそうはいネェよ。その街の寂れた酒場か最高級の娼館のどっちかにいるぜ」
ボギーさんはそう言うと、ゆっくりと立ち上がりテントへと消えていった。
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