第89話 女神との会話(2)
ロビンが二人目の覚醒者だって?
「覚醒か。その覚醒――」
「能力を教えることはできませんよ」
俺の質問を途中で遮るようにして、女神がはっきりと言った。
やはり無理か。
ベッドに横たわる女神を見下ろしながらロビンの行動について考える。
初めて会ったとき、ロビンのいたパーティーの臨時雇いの探索者が死亡していた。
雇い主のリーダーが不自然に感じるほどの死に方だった。
今から思えば、あれはロビンがやったのだろう。
ベックさんのパーティーにいた臨時雇いの探索者も弓の使えない弓使いだった。
弓スキルのない探索者が弓を主体とした武装をするか?
だいたい、ベックさんは後衛として雇っていたんだ。弓を使えることが前提と考えて良いよな。
あれもロビンが弓スキルを奪ったと考えれば辻褄が合う。
今となっては記憶があやふやだが、弓使いの臨時雇いの探索者とロビンが接触をしたような気がする。
こちらの臨時雇いの探索者はともかくとして、自分の所属するパーティーの戦力がダウンするのも承知で躊躇なく奪う。
その結果が予定を早めての帰還だ。
いろいろな意味で危険だな。
皆に警戒をうながすか? できないよなぁ、そんなこと。
仲間を疑って陰口を叩くように、影でコソコソと動くリーダー。
うん、ダメなリーダーだな。
俺はベッドの端に腰かけるように身体を移動させて、横たわる女神の方へと首を巡らす。
「そのうち全員とは言わないが、大半が覚醒するって考えると、望みが覚醒っていうのはもったいない気もしますね」
俺は自身の思考とは別に、横たわる女神に誘導をかけてみた。
でも、なぜ隠すんだ?
俺も偉そうに、人のことを非難できるような立場じゃないがな。
やはり、仲間内からのスキル強奪を狙っているのだろうか?
覚醒したスキルはスキル強奪を補助、或いは力の増加をさせるものか?
それとも、知られては拙い、
「大半の人は覚醒することなく、生涯を終えることになると思いますよ」
女神が何でもないことのように答える。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
生涯を終えることになる?
それは転移者同士の争いで短い生涯を終えるのか?
それとも……いや、順番に片付けよう。新たに湧き上がった疑問はいったん保留する。
「覚醒するのはどれくらいの割合だと想定しているんですか? 二つの異世界同士で競争している以上、ある程度は予想してますよね?」
世間話のような気軽さを装って聞いた後も、思考を中断して女神の回答を待つ。
「多くても二割には届かないと考えています」
そう言うと、女神は上半身を起こして俺の肩に寄り掛かり、そのまま話を続ける。
「過去に二回、同じように転移者を連れてきましたが、一回目が一名、二回目が四名ほどの覚醒者が現れました。過去二回に比べてあなた方は優秀ですが、それでも、優秀さと覚醒は比例しないでしょう。
ちょっと待って。
過去二回だ? 三回目? 何ですか、それ? 初めて知るこの事実。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「ごめんなさい、私、宗教に興味はありませんから」
俺が真面目に切り出すと、女神はそう答えてコロコロと笑い出した。
こんな楽しそうな女神の顔は初めて見る。それにしても、笑いのツボが分からない。
「いえ、真面目な話です」
女神の可愛らしい笑顔をスルーして尚も続ける。
「過去二回って、その世界はそれぞれ、どうなりましたか?」
「どうもこうも、まだ決着が付かないため、あなた方を呼び寄せたんですよ。一回目は三百年前、二回目は百五十年前ですね」
恐る恐る聞いた俺に対して、「何を言っているの? あなたは」とでも言いたげな表情で女神が話してくれた。
いったん言葉を切ると、俺の肩にもたれ掛かったまま、上目遣いで顔を覗きこむようにして見ている。
これも衝撃の事実だな。
過去二回ってのは、別の世界のことかと思っていたが違うのか。
それにしても、一回目と二回目の間隔が同じ百五十年? 百五十年周期で新たに転移者を呼び寄せられるということだろうか?
俺が女神のことを見つめながら考えごとをしていると、返事がないのを確認したかのようにさらに続けた。
「一回目は散々でした。強大な力を与えたにも関わらず、ひとつのダンジョンも攻略せずに普通に生活して、生涯を全うする人がほとんどでした。転移者全員が、生涯を全うするのを待って、二回目の転移者を連れてきました」
つまり、転移者が生存しているうちは、次の転移者を拉致してこられない、ということだろうか。
いや、それ以前に普通に生涯を全うできるのか?
神は何をしてたんだ?
「一回目と二回目、そして今回の俺たちとで百五十年の期間がありますが、これは転移者を呼び寄せるのに百五十年周期という決まりがあるのでしょうか?」
「いいえ、特に決まりはありません。双方の世界の転移者全員が生涯を全うするのを待っていただけです。同じ百五十年というのは偶然です」
「参考までに、以前は幾つのダンジョンが攻略できたのですか?」
「前回は両方の世界で二十四のダンジョン、半数近くが攻略できました。私の方が多くて十四対十です」
女神が、左手で二本の指を、右手で四本の指を立てて、ちょっと得意そうな表情をみせ、尚も話し続ける。
「もう少しで私の管理する世界が勝利できたのに、残念です」
両方の手のひらを合わせ、祈るような仕種をしているが、表情は極めて明るい。笑みがこぼれてさえいる。悪意が感じられないだけに余計に怖い。
どうやら女神にとっては敵側の世界や住人はどうなっても良いようだな。
いや、むしろ滅んでくれた方が嬉しいとかじゃないのか? そんな風に邪推してしまいたくなるくらいに、屈託のない笑顔である。
「十四対十でも神様は決着としなかったんですね」
「神の意志は計りかねます。しかし、時期が来ればお姿を現し、決着を付けられるでしょう。神がお姿を表したときに優勢であること、神が決着を付けられる前に決着を付けることが勝利条件となります。つまりは世界の存続条件となります」
一語、一語、話すうちに、女神の表情は真剣さを増していく。話し終えたとき、そこには先ほどの可愛らしい笑顔は面影もなかった。
世界が存続すること、相手の女神に勝利することへの意気込みというか、彼女たちの中での価値の高さが伝わってきた。
なるほど。
つまり、俺たちが生涯を全うするまで、神が現れない可能性がある訳だな。
それどころか、人と神との時間に対する感覚や価値を考えた場合、神が現れない確率の方が高い気がする。
あれ?
俺たちって、ダンジョンの攻略をする必要ないんじゃないか?
このまま、チート能力を利用して異世界で人生を満喫した方が良くないか?
能力面からいっても、人生イージーモードは間違いないだろう。
加えて、今回の戦争で地位も金も入ってくるはずだ。
いっそのこと、ラウラちゃんと結婚しちゃうのもありだよな。
「どうしました? 何か悪そうな顔をしてますよ」
女神が伸び上がるようにして俺の顔に自分の顔を近づけてきた。からかうような表情をしている。
「悪いことなんて考えてませんよ。こちら側の世界にある五十ヶ所のダンジョンを攻略できれば決着と考えてよいんですよね」
「ええ、そうです。それについては前例があります」
女神が自信満々に答える。
前例があるのか。
俺たちの知らないところでどれだけの世界がその存続をかけて争っているんだ?
となると、やはりこのまま世界の存続をスルーして適当に人生を全うするか、早々に五十のダンジョンを攻略して決着をつけるかだな。
個人的には、神の出現という不確定要素を残したくないから後者が望ましいが……さて、どうしたものか。
あとで、皆で相談だな。
「ところで、いくつか疑問や質問があります」
「散々答えたような気もしますが? 良いでしょう、何ですか?」
「皆で話し合った際に出た疑問です。――――」
俺は皆で話し合った際の疑問や質問事項を次々と女神に投げかけた。
一、ダンジョンは二つの異世界で繋がっている
二、ダンジョンを繋ぐのは裂け目
三、武具やアイテムはそのまま裂け目を通過してくる
四、武具やアイテムが裂け目を通過してくるときに、魔法の効果が付与されることがある
五、魔物や人の死体も通過してくる
六、もしかしたら、魔物は通過してきたときに蘇る?
七、疑問点、生きたまま裂け目を抜けることはできないのか
結論から言えば、一から六は俺たちの予想通りだった。
七の疑問は不可能であるとのこと。
生きたまま裂け目を抜けるようとしても、魂の消失が伴われるため結局は死を免れないそうだ。
何というか、ここまでの情報を総合して考えると、不確定要素の上になりたっていることが多すぎるな。
神とか女神っていうのはもの凄く大雑把な思考をしているのかもしれない。
これはいろいろと考えないとならないな。
「提案なんですが、一度こちら側の世界に普通に現れることはできませんか?」
「必要性が認められません」
「今のままでは、情報が継ぎはぎになります。知識の共有と意識の統一のためにもお願いします。俺たちも、この戦争を早々に終わらせてダンジョン攻略を進めたいのです」
にべもない女神の回答に尚も食い下がる。
「そうですねぇ……」
女神は、語尾が消え入るのに合わせて、ベッドからおろされた自分のつま先へと視線を落とす。
何だ?
もの凄く不安そうな表情をしている。
「守ってくれますか?」
女神は不意に顔を上げると、不安そうな表情のまま俺に問い掛けてきた。
「守る? それは守るのはやぶさかではありませんが? でもなぜですか?」
人間の俺が女神を守る?
何だろう? 信者として振舞えということだろうか?
「人間界に顕現したときの私たちは非常に弱い存在となります。それは仮とはいえ肉体を得るからです。その強さは人間よりも少し強い程度です。場合によっては存在が消滅する可能性もあります」
真っすぐに俺を見つめるその瞳から不安は消えていない。
いや、それどころか、自分たちの弱点ともとれる事項を伝えることの決意と、不安と恐怖のない交ぜとなった感情を抱く。
「貴女のことをお守りします。約束をします」
自分でも流されやすいとは思ったが本心から出た言葉だ。
「貴女の、お守りする女性の名前を教えてください」
左手で女神の右手を取り、視線は女神から離すことなく、右手の甲へと口付けをする。
「私の名前はルース。ミチナガ・フジワラ、あなたのことを信じましょう」
そう言った女神は俺の左手に握られた自身の右手を強く握り返してきた。
しかし、その瞳にはまだ不安の色が見て取れる。この不安の色を消せるのはいつになるのだろうか。
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