第90話 食事の準備のかたわらで

「あら? 起きてたの?」


 食事の用意をしている白アリの声が明るく響く。


 中華なべの倍はありそうな巨大なフライパンを軽々と片手で扱っている。

 身体強化って便利だなぁ。

 もちろん、火力の高い炎は不自然に空中から発生している。

 火炎系の火魔法だ。


 その横で、黒アリスちゃんもおとぎ話の魔女が妖しげな薬品を調合するような巨大な鍋を大きなしゃもじでかき混ぜている。

 さらにその奥では聖女が数本のレイピアに肉をさして串焼きを焼いている。

 レイピアって、あんな風にも使えるんだな。

 

 視線を巡らせれば、メロディやティナ、ローザリアがテーブルの上に食器を並べている。

 テーブルは今まで使っていた無骨で機能的なものではない。

 接収をしたばかりの、手の込んだ細工を施した大理石のテーブルが六卓並んでいる。当然、それに合わせて並べられている椅子も豪華なものだ。

 確かに人数は増えたが、比率からすると随分とテーブルが多いな。

 並べられている食器も、見覚えのない高価そうな食器が並べられている。

 こちらも接収したものを早速利用している。


「ああ、今さっきな。汗をかいたんでシャワーを浴びてきたところだ」


 水魔法と風魔法、火魔法を駆使して簡易シャワーと洗濯を終えて帰ると皆が既に集まっていた。

 いないのはボギーさんとロビンか。


「シャワーかぁ」


 白アリがフライパンを火のついていない釜戸に置き、ハンカチで汗をぬぐうと、そのまま話を続ける。 


「ねぇ、シャワーじゃなくてさ、今度、大きな湯船を作りましょうよ」


「おう、いいねぇー湯船。やっぱり日本人は湯船だよな」


 たった今、姿を現したばかりのボギーさんが白アリの言葉に続いて、湯船の存在を肯定する。


 空間転移だ。取得したばかりの能力だが、存分に使っているな。

 しかし、転移してくると同時に会話に参加した。どうやって会話を聞いたんだ? 盗聴?


「盗み聞きしてたんですか? 良くないですよ」


 スープの味見を中断して黒アリスちゃんが、ボギーさんのことをたしなめる。

 

「転移先に視覚と聴覚を先行して飛ばしておいただけだ。安全のためさ。間違って若い娘にぶつかったりしたら、何を言われるか知れたもんじゃネェ。おじさんはいろいろと気を使うのさ」


 ボギーさんはそう言いながら、肩をすくめ、大きく両手を広げておどけて見せた。


「そのう、ごめんなさい」


 黒アリスちゃんがバツの悪そうな顔で間髪を容れずにボギーさんに謝る。


 ボギーさんはそれを手だけで制して、盛り付けが始められている食卓の横を通って、ラウラ姫のテントの方へと歩いていった。

 ボギーさんの行方を目で追った後で、食卓へと意識を向けた。


 いつもよりもメニューが多いな。

 手も込んでいるのか? テーブルと食器が変わっただけなのかもしれないが、食事が豪勢に見える。


 遠巻きに配置されたワイバーンの向こうで、テリーが伝令と思しき女性兵士と話をしている。

 そういえば、ゴート男爵が後で使いを出す、とか言っていたな。それか?


 仕方がない、俺も行くか。

 テリーが対応中の伝令兵のもとへ話を聞きに向かった。


 ◇


「すみません、今まで眠っていたもので」


 女性の伝令兵へ向かって、努めて明るく声をかけた。


「ミチナガ、起きたのか。今、ゴート男爵からの書状をあずかったところだ」


 敬礼をする女性兵士に背を向ける形で、テリーが書状を見えるようにかざしながら振り向いた。


 テリーから書状を受け取り、その場で封を解く。

 この場で封を解くとは思っていなかったのか、女性兵士の驚く顔を視界の端に捉えるが、気にせずに目を通し始めた。

 テリーにも見えるように書状を傾けて内容を確認する。

  

 今回接収した食料の買い取りが、ルウェリン伯爵でもゴート男爵でもなく、王国軍が直接買い取ることになった、と記されている。

 俺たちが抜け駆けをしている間に、後詰めの王国軍の先行部隊が合流したらしい。

 そこには、兵数二万人の王国軍本隊が明日には合流する予定であることと、王弟が後詰めである二万人の兵士の主将であることが記されていた。

 

 王弟自らが一介の探索者から兵糧を買い取りにくるわけがない。

 交渉に来るのは補給担当官あたりだろう。


 そして、その補給担当官の上から二行目に、ルッツ・ライスター軍務顧問の名前があった。またあのカッパハゲが出てくるのか。

 テリーと二人顔を見合わせる。

 テリーがもの凄く嫌そうな顔をしている。恐らく俺もさほど違いのない表情をしてるのだろう。

 何の罪もない伝令兵がもの凄く居心地悪そうにこちらを見ている。


「ありがとうございます。ゴート男爵に、お礼と内容を了解した旨をお伝えください」


 俺は気の弱そうな伝令兵にお礼を言い、退出をうながした。


「面倒くさいことにならないかな?」

 

 テリーが走り去る伝令兵の後ろ姿から、俺へと視線を移した。


「面倒くさいことになるかは分からないが、嫌な思いはしそうだよなぁ」


 カッパハゲの言動と、白アリと聖女の魔法のコンボで、永遠に頭髪の生えることがなくなった頭頂部を思い出す。


 気の毒ではある。

 同情すべきところもあるにはある。あるが、心情的に同情はできない。どちらかといえば、白アリと聖女を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだ。


 難癖なんくせをつけてくるのが今から想像できる。

 まぁ、揉めたら売るのをやめれば良いか。

 そんなことを考えながら、テリーと二人で食卓の方へと向かって歩き出した。


 ◇


 食卓へ戻ると、マリエルとレーナが戻っていた。

 聖女の周りを飛び回り、ハエのように追われている。どうやら、焼く前の生野菜をねだっているようだ。

 聖女もああいうところは固いな。

 つまみ食いをさせておけば大人しくなるのに。


 俺とテリーが椅子に座ると、メロディとティナが仕事を中断してお茶の用意を始めた。

 白アリが早速感知する。

 さすがに、料理の仕度全般を取り仕切っているだけある。指示していない行動や無駄な動きには敏感だ。

 とはいえ、支障がある訳でもないのだろう。特にとがめだてすることなく見逃している。


「どうぞ、ご主人様」


「お茶をお入れいたしました、ご主人様」


 料理の進み具合を眺めていると、メロディとティナがお茶を運んできた。

 最近はティナの教育のおかげで、メロディも俺の身の回りの世話が板についてきた。


「ありがとう、メロディ」


「すまないな」


 俺とテリーのお礼の言葉が重なる。

 

「そういえば、この間確保した奴隷の一部を、選り分けていた、って聞いたぞ。好みの美人でもいたのか?」


 白アリの愚痴を思い出しながら、からかい半分でテリーに聞いてみた。


 テリーが一瞬だが、ティナの方へ視線を向けた。

 おや? ティナは知らないのか?


「まぁ、美人は美人なんだけどな。奴隷の中に元教師がいたんだ」


 テリーが周囲には聞こえないくらいの小声で話し出す。お茶のカップへ手を伸ばしながらさらに続けた。


「ティナの方は読み書きに問題はないんだけど、ローザリアの方は少し不安がある。それにこれからも奴隷は増やすつもりなんで、今後の教育係にと思ってね」


「元教師なんていたんだ、知らなかった。よく探したな」


 半ばあきれ、半ば感心する。


「まぁ、美人を見つけたんで、いろいろと話しかけてたら、自分から教えてくれたんだよ。向こうにしても、自分を高く評価して欲しかったんだろう」


 熱いお茶を嫌ったのか、水魔法でコップに冷水を満たし、テリーがティナの方へと視線を走らせた。

 

 なんだ、結局は美人だったから声をかけたのか。

 それに、まだまだ奴隷を増やす気でいるようだ。いったい何人くらいまで増やすつもりなんだろう。


「そうか。考えてみれば、確保した奴隷にどんなのがいるのかも確認してなかったな」


 テリーへの疑問はそのままに、奴隷の能力確認を頭の中で作業リストへと追加する。


「一応、ジェロームに奴隷の棚卸し(たなおろし)は頼んである」


 テリーがまるでこちらの考えを読むかのようなタイミングで言った。


「ありがとう、助かる。後でジェロームにいろいろと聞いてみるよ」


 テリーに礼を言い、先ほどボギーさんが消え行った方へと視線を向ける。俺の視線の動きに気付いたのか、テリーも同じ方向を見やる。


 ボギーさんがラウラ姫とその侍女二人を伴って、こちらへと歩いてくるのが見えた。


 ラウラ姫たちがいる席で、作戦行動の話はできないな。

 まして、今後の行動の話やダンジョン攻略、女神のこと、人に聞かれては拙いことばかりだ。


 こうやって考えると、俺たちってもの凄い秘密主義だよな。

 傍から見るとどう映るんだろうか? 少しきになるな。


 視線をラウラ姫一行のさらに向こう、俺たちの陣の外周となるワイバーンの壁のさらに先を見やる。

 秘密主義の俺たちと何とか接触しようとしている一団が見えた。

 白アリから、接触を避けるように釘をさされている手合いだ。


「ミチナガ、相談があるそうですよ」


 右後方から突然声をかけられた。ロビンだ。

 振り向くと、アイリスの娘のひとりが一緒にいる。


 相談? アイリスの娘が? 何だろう?


「何でしょう? 話が長いようなら、一緒に食事をしながら聞こうか? そこまで長くないなら、お茶でも飲みながら聞こうか」


 席を立ち、向かい側の席を彼女に勧める。


 メロディを呼ぼうと振り向くと、既にティナがロビンとアイリスの娘のお茶を用意しようとしていた。

 いや、それだけじゃないな。

 カップの数が多い。ラウラ姫と侍女二人分のお茶の用意もするつもりのようだ。


「ティナ、ラウラ姫の食器はそっちのテーブルにあるのを使って頂戴。侍女二人もその横にあるのをお願い」


 突然、白アリがティナに指示を飛ばす。お玉で左端にあるテーブルを差している。


 ラウラ姫用に別に食器を用意していたのか。

 白アリの差した方へと視線を移す。


 なるほど、高そうな食器だ。素人目にも手の込んだ細工が施された食器であることが分かる。

 侍女用にと示した食器は明らかにそれよりも手の込んでいないものだ。

 とはいえ、十分に高価そうに見える。


 ティナがロビンとアイリスの娘のお茶の用意をしながらも、白アリの指示に対して、快活に返事をして了解の意思を示した。


 そんなやり取りの間に、ロビンとアイリスの娘が俺とテリーの向かい側に腰かける。


「話は簡単です。皆さんが確保している奴隷を、売って欲しいとあちこちから仲介を頼まれてます」


 ティナからお茶を受け取りながら、苦笑混じりに言った。


 そうか、こちらがブロックしているから、矛先がそちらに向いたのか。

 申し訳ないことをしたな。


「分かった。今日はもう遅いから、明日の朝、奴隷の販売を行う。申し訳ないけど、購入希望者を集めてくれるか? 販売する場所はジェロームのテント付近にしよう」


 アイリスの娘にそう伝えて、テリーの方へと向きなおり尚も続ける。


「どうだろう、それで良いかな? 何か補足はあるか?」


 テリーに補足の相談のために振り向いたが、テリーの向こうにあるテーブルの光景に目を奪われる。ティナの入れたお茶を目の前にして、涙を流しているラウラ姫の姿が飛び込んできた。

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