第85話 最前線への帰還

 陣営へ帰り着いたのは深夜だった。

 ワイバーンを駆っての飛行による移動とはいっても、やはり夜間飛行、訓練不足も手伝って、そうそう速度は出せなかった。

 

 深夜とはいえそこは最前線だ。夜襲にそなえて大勢の兵士や探索者が警戒にあたっていた。

 そのお陰で、帰還の手続きやら雑務が実にスムーズに進む。 


 予想以上に人が多かった。

 人の多さに驚いたのもあったのだろう、ラウラ姫など、再び顔を真っ青にして震えていた。


 身の安全は保障するとは言ったが、所詮は口約束でしかない。

 いきなり、敵国の陣営へと連れて来られたのだ不安にもなるだろう。


 黒アリスちゃんにお願いして、ラウラ姫と侍女の二人をテントへと急ぎ移動させる。

 念のため、メロディとティナ、ローザリアを同行させた。


 深夜にもかかわらず、起きている人が多かったのは他にも理由があった。

 どうやら、俺たちがまた抜け駆けをしていることが知れ渡っていたらしく、前回よりも待ち構えている人たちが多い。


 ジェロームなどは俺の後ろから降りるなり、商人仲間に囲まれていた。

 助け舟をだそうかとも思ったが、表面上は友好そうな感じだったので、放っておくことにした。


 隊長と副長である、俺と白アリにも、前回の倍近い人が群がってきた。しかし、小さな爆裂魔法を伴う白アリの一喝で、水面に波紋が広がるように遠退いて行った。

 遠退いて行った人たちは、そのほとんどが、そのままテリーやボギーさん、聖女へと向かう。

 諦めないというか、くじけないというか、意外と強いな。


 与し易し、と思ったのか、アイリスの娘たちにまで人が群がっている。

 打てる手立てはなんでも打っておくということだろうか。

 ボギーさんが気を利かせて、アイリスの娘たちに群がっている人たちを追い払う。


 驚いたことに、アイリスの娘たちの奴隷にまで人が群がっている。

 一般の探索者だけじゃない。相当数の奴隷もいる。

 奴隷には奴隷を、ということで近づけてきたのか。本当に何でもありだな。


 俺たちがこれだけ抜け駆けを繰り返していても、非難されたり、妬まれたりするよりも擦り寄ってくる人が多い。

 これも抜け駆けで功績を挙げていることと、それ以上に、抜け駆け上等のゴート男爵がバックにいるからだ。


 もし、面と向かって抜け駆けを非難しようものなら、ゴート男爵のことだから何をするか分からない、と恐れられているのもある。

 これもひとえにゴート男爵の日ごろの行いによるものだろう。

 感謝するところ、だよな?


 そして、俺たちの帰還は深夜にもかかわらず、ルウェリン伯爵とゴート男爵へ即座に知らされることとなった。


 つまり、まだ眠れない。

 少なくとも、口頭報告をする立場にある俺と白アリは間違いなく眠れないだろう。


 もっとも、眠れないのは俺たちだけじゃない。報告を受けるルウェリン伯爵とゴート男爵もそうだ。

 伯爵も男爵も大変だよな。

 部下からの報告で、毎日のように睡眠が寸断されているんじゃないだろか。


 ◇


 白アリと二人、ルウェリン伯爵の陣幕へと向かっている。

 起きている者が多いとはいえ、やはり深夜、ほとんどは就寝中だ。


 足元を見れば、強い雨が降った後なのがよく分かる。気を抜けば、ぬかるみに足を取られるほどに足元は悪い。

 空を見上げれば、雨雲はなく星が瞬いている。

  

「そろそろよ」


 俺の左隣を歩く白アリが、思索にふけりながら歩いていた俺のわき腹を右ひじで軽く突き、ルウェリン伯爵の陣幕の手前まで来ていることを教えてくれた。


 意識を陣幕へと移す。

 陣幕の中はかなりの明るさだ。相変わらず高価な魔道具と魔力を惜しげもなく使っている。


「チェックメイトのミチナガ・フジワラとアリス・ホワイトです。ルウェリン伯爵への口頭報告のため、うかがいました」


 陣幕の外にいた警備兵へ用件を伝え、帯びていた短剣を渡す。


 警備兵は俺と白アリの短剣を無言で受け取り、そのまま身体をずらして入り口を開けてくれた。

 白アリと二人、警備兵にお礼を述べてそのまま陣幕へと足を踏み入れた。


 ◇


「――――ということで、ラウラ姫及びその侍女二名の身柄は、継続して私たちの管理下に置かせてください」


 やはり目の前にダナンの砦があるせいだろうか、陣幕内の護衛兵の数が多い。

 二十人か、いつもの倍だな。

 

 陣幕はいつものように、板製のものと布製の衝立を並べて作られている。

 会議机のような細長いテーブルが置かれている。

 ガス灯のような、明かりの魔道具が等間隔に置かれ、陣幕内を明るく照らし出していた。


 グラム城襲撃からグランフェルト城と領都の貴族の屋敷襲撃までを、ルウェリン伯爵とゴート男爵、他の首脳陣へ報告をした。

 そして、前グランフェルト伯爵の孫娘――グランフェルト伯爵領の正当な継承者である、ラウラ姫の利用価値を伝えた上で、その身柄を俺たちが保護することを願い出た。


 ルウェリン伯爵、ゴート男爵、そして他の首脳陣も何も言わずに、俺と白アリのことを見つめている。

 半ば畏怖いふするような表情で見つめている者と、俺たちの上げた戦果の大きさに、驚き茫然としている者とに分かれた。何れにしても、もろ手を挙げて喝采する者はいない。

 

 幸いなことに、ルウェリン伯爵もゴート男爵も前者であった。


 後者――驚き茫然としている者は、今回の俺たちの挙げた功績により、敵の前線を維持する軍が継戦能力を失ったことを理解している。


 黙って見ていれば兵は疲弊し撤退を余儀なくされる。或いは自棄になって突撃してくることも考えられる。

 何れにしても防御を固めての持久戦で勝利は確実だ。

 自棄になって突撃してくれれば兵士たちに手柄を立てる機会ができる。


 問題は撤退した場合だ。


 手柄を立て損ねた兵士たちの不満が大きくなることは間違いない。

 まして、俺たちが大きな手柄を立てているのだから、なおさらだろう。

 頭の中では、自分たちの思惑を含めていろいろなことが忙しく駆け巡っているのだろう。


 前者は俺たちのこれまでにない戦い方と、それによってもたらされた実績を評価し、可能性を考える者たちだ。


 強力で多彩な魔法を操る魔術師を基盤とした、高機動力と高火力、そして隠密行動が生みだす可能性。

 本拠地、敵後方を縦横に襲撃できることによる、敵の心理的、物理的束縛を可能にする。これにより、敵が選択できる戦略を限定化できる。


 遠距離からの狙撃。乱戦どころか、敵の警戒の外から指揮官や領主、国王を狙撃して簡単に混乱に陥れることができる。

 或いは要人の誘拐。一人二人なら簡単に誘拐できる。


 これまでの戦争のあり方を根底から覆す。


 ルウェリン伯爵やゴート男爵が、戦い方を一から考え直すのではなく、兵士たちが容易に手柄を立てられる状況を作り出すことと、戦争の趨勢すうせいを決める作戦行動を、どう展開するかを考えていることを願おう。



「そうだな、先ずは良くやってくれた」


 ルウェリン伯爵が、自身を鼓舞するかのような大きな声でねぎらいの言葉を発し、そのまま話を続ける。


「ラウラ姫と二人の侍女の処遇については、ミチナガに一任しよう。先ほどの作戦の段取りや、発動のタイミングも任せる。だが、事前に連絡だけはしてくれ」


 ルウェリン伯爵はこちらがお願いという形を取った、懸案事項――ラウラ姫の処遇だけでなく、その後の関連する作戦行動についても一任することを、力強く言い切った。


 ルウェリン伯爵が話す途中で、口を差し挟もうとしたロックフィールド男爵を鋭い視線で押さえ込んでの了承だ。

 他の首脳陣もその表情に不満を浮かべているが、誰も面と向かって意見はしなかった。


「ありがとうございます」


 不満の表情を浮かべる首脳陣には見向きもせずに即答でお礼を述べる。

 

「さて、それ以外についてだが」


 ルウェリン伯爵が少し疲れた表情で、左右に並ぶ首脳陣を見やった後で俺へと視線を向け、話を続ける。


「ミチナガ、君たちのような戦争のやりかた、戦い方をする部下を持ったのは、私自身初めての経験だ。いや、それ以上に、見たことも聞いたこともない戦争のやりかただ。功績として大きいのは間違いないが、正直なところ、どう評価して良いのか分からない」


 そこまで話し、腕を組みわずかな時間、天を仰ぐ。再び俺へと視線を戻すと尚も話を続ける。


「他の将校や兵士にしてみれば、君たちの功績の大きさが理解できないものがほとんどだろう。大多数を占める彼らのことを考えると、この場で大きな褒美を出すことができない――」


 そこでいったん言葉を切り、渋面を浮かべる。 


「はい、伯爵の言わんとすることは理解できます。褒美については多くは望みません」


 失礼に当たるとは思ったが、ルウェリン伯爵の言葉が一区切り付いたところで、伯爵の話が再開する前に言い切る。


「すまん。これは取りあえずの褒美として受け取ってくれ」


 ルウェリン伯爵が、あらかじめ用意してあった目録に、自ら何かを書き足し封をする。それを側近へと渡した。


 側近はその目録を受け取ると、読み上げることなく歩み寄る。


 おや?

 いつもと違う? 思わず近寄る側近から白アリへと視線を移してしまった。

 白アリも段取りの違いに疑問に思ったのか、こちらに視線を向けたため目が合う。


「ミチナガ・フジワラ様、目録をお受け取りください」

 

 ルウェリン伯爵の側近が無表情で目録を差し出す。


 俺は差し出された目録を恭しく受け取り、再びルウェリン伯爵へと視線を戻した。


「申し訳ございません、最後にひとつお願いがございます」


 ルウェリン伯爵の無言のうなずきを了解と受け取りさらに話し続ける。


「ダナンの砦の東側の部隊に強力な魔術師を確認しました。前回の戦闘で取り逃がしたヤツです。今度こそ決着をつけたいので、我々を東側の部隊へ配属して頂けないでしょうか。その上で、縦横な行動の許可をお願いいたします」


「よろしい、許可しよう」


 ルウェリン伯爵が力強く言い放ち、側近へと視線を移して話し続ける。


「配置の配慮をするように伝えろ」


 側近は無言で敬礼をし、了解の意思を示した。


「ミチナガ、アリス、勝算はあるのか? 今度こそ仕留められるか?」


 ルウェリン伯爵がいつもの調子――力強い口調で聞いてきた。


「はい。勝算はあります。次は逃がしません」


 左肩に乗っている、カラフル――神獣な不可視属性のスライムを、右手で触れながら自信満々に答えた。


「総攻撃は明後日を予定している、当てにしているぞ」


 ルウェリン伯爵が口元に笑みを浮かべながら言う。


「チェックメイトは今日と明日は自由行動とする。ゆっくりと休むようにな。それと後ほど使いを出す」


 ゴート男爵がルウェリン伯爵に続き言った。その表情は、今にも大声で笑い出しそうだ。


 また抜け駆けしろ、とかじゃないよな?

 少し不安になりながら、白アリと二人、陣幕を後にした。

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