第84話 捕虜
市内にある貴族の屋敷を一通り襲撃し、大量の接収物資を獲得した。
地図に記載されたメモ書きにしたがって、流れ作業のように次々と貴族の屋敷を襲撃する。
なるほど、確かにガザン王国でも有数の、豊かな領地の領都だけのことはある。現金と宝石、魔石、魔道具をはじめ、高価なものが大量にあった。
さらには、調度品、陶器やガラスを用いた鏡、ガラスの類までも片っ端から接収していた。
食器やナイフ、フォークまで接収しているあたり、容赦のなさがうかがえる。
途中、二軒ほどの屋敷を白アリが
屋敷を解体して、屋敷を丸ごと接収をすることとなった。屋敷の解体に多少の時間は掛かったものの、さしたる抵抗も無く非常に順調に進めることができた。
『この壁画、素敵ね』
『この屋敷、良い感じね』
それぞれ、この一言で屋敷を解体して丸ごとでの接収が決定した。
眼を剥いたのは屋敷の持ち主だ。命には代えられないとして財産の没収にも涙を呑んで応じたが、屋敷丸ごとの接収には応じられなかったようだ。
武力による抵抗があったのは屋敷を解体される憂き目にあった貴族と、グランフェルト城の留守をあずかる隊長の屋敷を襲撃したときの三回だけで、どれも苦もなく一蹴している。
抵抗した以上は情けをかける訳には行かない。
戦闘に参加した者は全て捕虜とし、戦闘に参加しなかった者については当面の生活費として必要な金貨を渡して放逐した。
ただし、クーデター野郎に協力的であったとされる貴族とタウンゼント男爵から要望のあった者たちは捕虜としている。
そして、この捕虜が目下の悩みの種だ。俺はそんな捕らえた敵国の貴族や兵士、抵抗した民間人を見下ろしながら独り言のようにつぶやく。
「さて、どうするかな? この捕虜」
テリーたちがワイバーンを連れてくる間の仮拠点として利用している屋敷の一室で、捕虜に次々と隷属の首輪を装着していくジェロームと黒アリスちゃんを眺めながら一抹の不安にかられていた。
アイリスの娘たちとその奴隷がジェロームの指示の下、せっせと手伝っている。
総勢百名余、ほとんどが非戦闘員だ。本来なら戦闘に参加などするはずのない人たち。
ご令嬢やら奥方、側室。さらに、台所仕事をするものや庭師といった市井の民たちまで混ざっている。
それもこれもトチ狂った家長のせいで、止む無く戦闘に参加させられてしまったからだ。
ティナとローザリアを左右にしたがえ、両手に花の状態でテリーが聞いてきた。
「どうするんだ? この捕虜」
「どうするって……どうしたら良いと思う?」
俺はそう言いながら、テリーの横を通り過ぎ、ソファーへ倒れこむようにして座り込んだ。
本当にどうするかな。
「邪魔なら置いていけば良いんですよ。一般市民には、ある程度の金貨を持たせて追い出しましょう」
ロビンがこちらに歩いて来ながら、首をわずかに回して、捕虜の一団に一瞥をくれる。
実にシンプルな意見だ。
「どうせ置いていくなら、一般市民に捨て値で売り払ったらどうだ? 辺境伯が戻ってきて、市民から取り上げて無理やり解放すれば恨まれるのは伯爵だ。解放しなければしないで、奴隷にされたこいつらから恨まれる。他の貴族も不信感を募らせるだろうな――」
ボギーさんが俺の隣のソファーに座り、脚をテーブルの上に投げ出し、さらに話を続ける。
「――前グランフェルト辺境伯派の連中からしたら、それこそ親の敵や子供の敵だっているだろう? 解放した連中の溜飲を下げさせる意味でも有効だぜ」
ソフト帽子をずらして、左目だけで俺のことを見ている。
テリーが口元を緩めて俺に視線を向ける。
なるほど、解放するにしても伯爵が自腹を切る訳だ。だが、どこにそんな金がある? 無いよな。
或いは、残る物資や軍馬を売り払って金策をしてでも買い戻すか? 自分の居城がなくなっているのに?
無いな。
となると、ボギーさんの示したどちらかか。どちらにしても火種だ。
しかも、正当な継承者であるラウラ姫は行方不明。
いつ、ラウラ姫が逃亡した反乱分子と一緒になって、名乗りを上げるか気が気じゃないはずだ。
貴族も市民も、どちらも味方にしておきたいよな、いや、どちらも敵に回したくないよな。
さぞや、胃の痛いことだろう。
加えて、解放した貴族たち――将来的にラウラ姫を擁立することが出来た場合に味方になりそうな貴族たちの恨みを晴らすことも出来る。
問題は、それを俺たちが主導してラウラ姫の信用を得られるかということと、地縁血縁が複雑に絡み合って逆に将来の禍根にならないかだ。
「面白い考えですが、ここはラウラ姫の信用を得ることと、将来の禍根を断ち切ることを優先しましょう――――」
俺は捕虜を奴隷として売却せずに、解放した貴族たちにあずけることを提案した。
もちろん、そのままあずけては恨みを抱えた、解放した貴族たちになぶり殺しにされかねない。そこは俺たちの力を改めて示してから釘を刺す必要はある。
「――――最終的には全員で話し合って結論としましょう」
俺はそう言うと、白アリたちに声を掛けるためにその場を後にした。
◇
◆
◇
「ちょっと
ジェロームが風きり音の中、ため息混じりに俺の後ろから声をかけてきた。
「何がだ?」
俺はワイバーンを操る姿勢のまま、後ろからしがみついているジェロームに聞き返す。
「元貴族の令嬢となれば、奴隷としてはそれだけで値段が上がります。正真正銘の令嬢を捕虜として捕らえておくだけなんて……」
結局、令嬢はもとより、捕らえた現グランフェルト辺境伯派の貴族たちは奴隷として売り払わなかった。
「まぁ、そう言うなよ。貴族の令嬢を奴隷として入荷するチャンスはまだまだあるさ」
俺の後ろで相変わらず震えているジェロームを元気付けるように話を続ける。
「ダナンの砦を攻略したら、次はベール城塞都市だ。そこには大勢の貴族がいるんだろう? 今回のように、事前に情報を集めておいてくれ。頼りにしているんだからな」
そう言いながら、空間感知の範囲を最大に広げた。ダナンの砦が空間感知に引っ掛かる。
「分かりました。精一杯やります」
気のせいだろうか? 半ば涙声となったジェロームの返事が聞こえた。
◇
ダナン砦から五キロ以上離れている森林地帯上空に差し掛かったところで、突然マリエルの声が胸元で響く。
「ミチナガ、下のほうに敵がいるよ」
俺の目には見えないがマリエルの暗視スキルと遠見スキルでとらえたようだ。マリエルの言葉に従って眼下の森林地帯へ向けて空間感知の範囲を最大に広げる。ダナンの砦が空間感知に引っ掛かった。
飛行を続けながら空間感知に引っ掛かる敵兵士の配置や状態に意識を傾けていると、マリエルが一点を指差した。
「ミチナガー、あそこっ! あの森の辺りにもの凄い量の魔力を感じる」
「東側の一画か?」
「もの凄いのが二人。でもそのうちの一人が怖いくらいだよ」
「銀髪を憶えているか? あいつと比べてどうだ?」
「あーっ、それだっ! あそこに銀髪がいるよ」
居たかっ! 銀髪を含めた敵側の転移者三名がダナンの砦の東側の防衛部隊に配置されているのか。俺はマリエルの報告にほくそ笑む。
「ありがとうな、助かったよ。マリエルは本当に凄いな」
「へへへー、凄いでしょう」
「ああ、戻ったらハチミツをやるからな」
アーマーの中ではしゃぐマリエルから敵の布陣へと意識を向ける。
敵軍の配置は俺たちがグラム城へと出発したときと変わっていなかった。
自陣営も確認をするが大きな変化は見当たらない。最前線付近を見る限りでの判断だが、小競り合い程度の戦闘だけで、本格的な攻略作戦は開始されていないようだ。
三人と戦う。いや、あの銀髪の男と戦うためには東側の部隊として動く必要がありそうだ。ルウェリン伯爵への上申事項として心に留めておく。
理想としては銀髪を単独にして、何とか接近戦に持ち込む。それにはこちらも俺一人の方が誘い出しやすいだろう。
待たせたな、近いうちに決着をつけてやる。
自陣営へ向けてワイバーンの高度を落とした。
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