第83話 城跡

 グランフェルト城の中庭――美しい庭園だった場所に、俺たちは再び集まっている。


「しっかし、派手にやったな。焼け野原じゃネェか。これじゃあ、まるで戦場だぜ」


 ボギーさんがその言葉通りにところどころくすぶっている芝生や植木を見やり、げんなりとした表情でつぶやく。


 陽が傾きかけている。

 燃えるような夕陽を背景に、赤く照らし出される焼け野原然となった庭園。不思議な雰囲気が漂っている。


「ミチナガ、城下にある貴族の屋敷と接収ルートです」


 ロビンが何やらいろいろメモ書きされた四つ折りの地図を俺の方へと差し出し、さらに続ける。


「地下牢にいた囚人はすでに城下へと逃がしました。主に貴族ですが、彼らとは一悶着ありましたが、白姉が黙らせました」


「ありがとう」


 ロビンから地図を受け取りながら視線をその後ろ、グランフェルト城の本城へと視線が自然と流れる。


 そこには、半壊しすっかり形が変わってしまった城のシルエットが浮かんでいる。夕陽と勢いがおさまりだした炎が、崩れた壁の向こうに豪奢であったであろう城の面影を、わずかに照らし出す。


 俺の空間感知でも、この敷地内に人は確認できない。


 一悶着か……虜囚とはいえ、相手は貴族だ。予想はしてたが、やはりもめたか。

 聖女あたりが取りなすのを期待していたのだが、白アリが矢面に立ったのか。


「随分と詳細で効率的なルート設定だな」


 貴族の屋敷からは根こそぎ奪って行こう、という姿勢と意欲が読み取れる資料に、思わず独り言をつぶやいてしまった。


「テリーと白姉が、ノリノリで作ってました。もう、楽しくて仕方がない、という雰囲気でしたね」


 俺の独り言に、首を横に振りながらロビンが答えてくれた。


 白アリとテリーの嬉々とした表情が目に浮かぶようだ。

 だが、良くできた資料だ。これに沿って動けばものの三時間程度で接収が完了するだろう。

 今夜のうちに陣営に帰投できるな。


 白アリと予定の再確認をしたら行動開始だな。


「キスをしたですってーっ!」


 白アリの居場所を確認する矢先に、後方から白アリの叫び声が響いてきた。その叫び声には明らかに険が含まれている。


 これはあれか? もしかしたら、あれなのか?

 思考が定まらないまま、恐る恐る後方へと視界を飛ばす。


 白アリと黒アリスちゃんが会話しているのが確認できた。

 白アリの表情が険しくなっていく。会話の最中も時折こちらへと射抜くような視線を向けている。もちろん黒アリスちゃんも同じような感じだ。


 まずいな。あの様子では正確に伝わっていない可能性がある。

 白アリたちと合流するまでの間、ラウラ姫一行と行動を共にしている間の、黒アリスちゃんのチクチクと突き刺さるような言動が脳裏を過ぎる。

 正確には伝わっていないよな。

 いや、俺に不利なように伝わっているに違いない。


「どうした? 何か問題でも起きたのか?」


 表向きは何食わぬ顔に見えるように心がけて、険悪な表情の二人と聖女、それに、なぜか会話に参加している朱色の髪の侍女――ローゼたちのいる場所へと歩をすすめる。


「問題? ええ、犯罪者がいることが分かったのよ」


 白アリが腕組みをした状態で、俺のことを睨みつけ言う。


 いや、犯罪者って。お前には言われたくないんだが。

 そこかしこの壁に穴があき、半壊状態の城に一瞬だけ視線を走らせる。


「犯罪者? それは穏やかじゃないな」


 顔が引きつらないようにするので精一杯だ。


 白アリだけじゃない。

 黒アリスちゃんと聖女、ローゼの視線が厳しさを増している。


 俺、そんなに酷いことしてないよな?

 これは、あれか? 嫉妬か?

 黒アリスちゃんが俺に気があると考えて間違いないよな?

 実年齢が十五歳だったな。若さゆえの未熟さからこんな行動にでてしまったんだな。

 さて、どう言いくるめるかな。


「ええ、そうね。力も立場も弱い、気持ちの弱った、怯える、年端も行かない少女に無理やりキスをする変態よっ!」


 右手の人差し指で俺のことを指しながらピシャリと言い放った。人差し指にしてもビシッとか効果音が聞こえてきそうな勢いだ。


 ちょっと待ってくれ。誰だよ、その酷いヤツは。

 少なくとも、俺じゃあないぞ。


 しかし、黒アリスちゃんも朱色の髪の侍女――ローゼも同様に鋭い視線を俺に向けている。

 聖女だけはほほ笑んでいた。

 いつもの優しげな微笑ではなく、どことなく楽しむような、悪意のあるような曖昧あいまいな微笑だったが。


 俺か? 俺なのか?


「違う、違うんだ」


「浮気が暴露ばれた旦那さんみたいですね」


 聖女がからかう様に言う。

 あの目はこの状況を楽しんでるな。


「待ってくれ。誤解があるようだ、話せば分かる」


「犬養毅かあんたはっ!」


 白アリが視線をそのままに冷ややかに突っ込む。


「キスと言っても、手の甲に軽くしただけだ。それも安心させるためにしたのであって、自分の欲望でしたわけじゃない。本当だ信じてくれ」


 そうだ、これが事実だ。

 俺は間違ったことはしていない。


「あんたねぇ。手の甲とはいえ、いきなり見ず知らずの男にキスされて、安心する女性がどこの世界にいるのよ?」


 視線の冷たさが幾分か和らぐ。

 しかし、和らいだ以上にあきれの色が濃く浮かんでいる。


 いやまぁ、確かにそう言われればそうかもしれない。

 普通は安心しないよな、多分。


「確かにそれについては、考えが足りなかった――――」



 そこからは、俺の理路整然としているはずの言い訳が、白アリと黒アリスちゃんの感情論に引っくり返されることが繰り返された。



「良いわ。よこしまな考えや欲望で行動したんじゃないことは分かったわ。相手は子供なんだから、大人としての節度を持って行動しなさいよ」


 白アリ――自分の欲望に忠実に従って、接収と破壊を繰り返した女に諭される。


 もちろん、白アリだけじゃない。不動の援軍がいる。

 聖女だ。なぜかローゼもいる。


 黒アリスちゃんは白アリがここまで怒るとは思っていなかったらしい。

 途中から半泣きになりながら白アリを押し留める側に回っていた。

 時々、白アリの視界の外で両手を合わせて拝むように俺に謝っていた。


 半ば自分自身を責めている様でもあるし、あの様子なら、今後は味方にすることも容易そうだ。


「はい。気を付けます」


 土下座する俺のかたわらにはメロディとラウラ姫、それともう一人の侍女であるセルマさんがいる。


「ミチナガ様、お顔をお上げください」


 ラウラ姫が、俺の肩に指先だけを触れて、顔を上げるようにうながす。


 この状況では火に油を注ぐような気もするが、ラウラ姫とセルマさんが割って入ってこなければ、まだネチネチと嫌味を言われていたと思う。


 ラウラ姫は救出したとはいえ、会ったばかりの俺のために、自分の心情――不安だったこと、怯えていたこと。俺の出現でそれらが消えつつあること、安心できたこと。それを、その小さな身体を俺と白アリの間に置き、無い胸をそらして震えながら、たどたどしい口調で語ってくれた。


 良い子だよな。領民に人気がある訳だ。


 ちなみに、メロディも俺を庇ってくれたが、白アリの一喝で押し黙ってしまった。まぁ、仕方がないか。


 ラウラ姫とセルマさんにうながされ、立ち上がる。

 もちろん、視界を飛ばして白アリの表情の変化は見逃さない。

 白アリにしても、いつまでもここでこうしている訳にも行かないのは理解している。落とし所を探っていたのか、すんなりと受け入れてくれた。


 ◇


「じゃあ、貴族の屋敷からの接収にはいる。良いな」


 気を取り直して、次の行動を皆に伝える。


「ちょっと待って。城を徹底的に破壊してから移動しましょう」


 白アリがラウラ姫へと視線を移す。

 その視線の先にいるラウラ姫は同意をする様に真っ直ぐに白アリを見つめ返して、力強くうなずいた。


 なるほど、先ほどラウラ姫と小声で話していたのはこれか。


 ラウラ姫から俺へと移された白アリの視線に、俺も同意を示しうなずく。


「さあ、じゃあやるわよ。メロディ、手伝ってっ!」


 そう言うと、半壊したグランフェルト城にとどめを刺すかのように、白アリが爆裂魔法を連射し始めた。


 あれ?

 掃射じゃない? なぜだ?


「兄ちゃん、何も言うなよ。ありゃあ、八つ当たりだ」


 俺が白アリに声をかける矢先に、ボギーさんが俺の横に立ってささやいた。


 なるほど、それはそっとしておいた方が良さそうだ。


 ナッ!


 俺がボギーさんの忠告に納得した瞬間、もの凄い爆発音と閃光が辺りを覆い尽くした。


 何をしたんだ? 白アリっ!


 慌てて白アリの方を見ると、茫然としてメロディを見つめる白アリの姿がある。

 メロディは地面に女の子座りをし、茫然と消し飛んだグランフェルト城の本城を見つめている。


 え?

 メロディ……なのか?

 いや、これほどの破壊力は出せないだろう。

 変動誘発かっ!

 こんなところで発動したのかよ。


 白アリがゆっくりとこちらへ視線を移動させている。それに合わせて俺も白アリへと視線を移す。

 目が合った。


「さっさと接収して、本陣へ戻ろうか」


 自分の声が何処か遠くに聞こえる。

 爆発音で耳をやられたからだけじゃあないよな?


「そ、そうね。行きましょうか」


 俺と白アリにつられる様に皆も破壊された本城を見ないように城外へと歩きだした。

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