第82話 ラウラ姫

 ラウラ姫救出グループと陽動を兼ねた窃盗、違うな、接収グループとに分かれて行動することにした。


 ラウラ姫救出グループは、俺とメロディ、黒アリスちゃんとボギーさんの闇魔法コンビの四名にマリエルだ。

 接収グループは、白アリの指揮の下残り全員である。

 メロディが作成した大量のマジックバッグ、マジック頭陀袋を抱えている。


 意外なことにテリーは美少女のラウラ姫に全く食指を動かす様子がなかった。

 あっさりと接収グループを承諾した。


 アイリスの娘たちに女奴隷を譲渡するときも、目を付けた女奴隷は別枠でキープしていた、と白アリが愚痴っていたのを思い出す。

 ただの女好きかと思っていたが、何か基準があるのかもしれない。

 今度、聞いてみよう。


「じゃあ、陽動と接収は任せるが、兵士と抵抗する者以外は巻き込まないようにな。それと、地下牢に囚われている人たちの解放も頼む」


 グランフェルト伯爵の寝室に併設されていた隠し部屋の中から、大量の宝石を発見して上機嫌の白アリに向かって念を押す。


「任せてよっ! 金目のものは片っ端から接収するから」


 満面の笑みでサムズアップとウインクをしている。もの凄く生き生きしていないか?


「生き生きしてますね」


 黒アリスちゃんの言葉に、テリーとロビンが苦笑いで答える。


「ああいうの好きですからね」


 聖女がうなずきながら、黒アリスちゃんにほほ笑み返す。 


「いや、陽動もだからなっ! 無抵抗の者は巻き込むなよ。地下牢の人たちも解放するんだぞ」


 白アリの両肩をつかんで真っすぐに目を見る。


「やーね。大丈夫よ。ちゃんと聞いてたから、心配しないで」

 

 白アリが満面の笑みを浮かべたまま、わずかに顔を引きつらせている。

 顔を引きつらせたまま、さらに続ける。


「無抵抗の人たちを攻撃しません。地下牢の人たちも地下牢から出してあげます」


 右手を顔の横まで上げて、誓いを立てるような仕種で言う。


「あの……肩、痛いんですけど」


 そう言いながら白アリが左手の人差し指で、彼女の肩を掴む俺の左手をツンツンと軽く突く。身長差があるためか上目遣いで俺の顔を見ている。


「すまんっ! そんな強くしたつもりはなかったんだ。本当にごめんっ!」


 弾かれるように手を離す。

 白アリに少しだけドキリッとし、慌てて謝ってしまった。


 すかさず周囲を確認する。

 痛い、黒アリスちゃんの視線が突き刺さるようだ。

 ロビンもあきれたような目で見ている。聖女だけは、相変わらず優しげにニコニコとしていた。


 ボギーさんとテリーが声を押し殺すように笑っている。

 ボギーさんはともかく、テリー、お前まで笑うなよっ!


「じゃあ、頼む」


 俺は何ごともなかったかのように白アリに向かって言い、さらにボギーさんと黒アリスちゃんに視線を向ける。


「さぁ、俺たちも移動しようか」


 そっぽを向く黒尽くめの美少女と、まだ笑っている黒尽くめのおじさんがいた。


「じゃあ、後でね」


 白アリが部屋の扉を勢い良く開けて、廊下へと飛び出す。


 接収グループがそれに続いて次々と廊下へと駆け出していく。


 皆が飛び出すのを確認して、俺たちも転移を開始した。


 ◇


 ラウラ姫が軟禁されている部屋へと続く廊下の曲がり角へ転移する。

 いきなり、部屋の中へ転移して驚かせたり警戒させたりしても、後々の脱出に響くだろうと考えて監視の衛兵を倒して正面から救出することにした。

 

 離れとはいえ、グランフェルト辺境伯の居城だけあり素材も造りも豪華だ。

 大理石でできた壁と床は美しく磨き上げられ、窓のガラスも汚れひとつ見えない。ここの家令は潔癖な性質なのだろうか。


 そんな磨き上げられた廊下の向こう、五メートルほど先に兵士が四名、部屋の中に四名の合計八名の監視兵が配置されている。

 部屋の中にまで監視兵がいては、軟禁されている方もさぞや居心地が悪いだろうな。


「うわー、人相の悪い兵士が一人いるよー」


 マリエルが覗き込んだと思ったら、吐くような仕種をしながら兵士の一人を中傷している。

 メロディの影響か? そうなのか?


 視線をメロディに走らせる。

 マリエルの報告を聞いたからか、視界を飛ばして自身で確認したからかは分からないが、もの凄く嫌そうな顔をしている。


「どうしますか? 外の四人を闇魔法で眠らせますか? この距離ならできますよ。何なら、中の四人も一緒に眠らせましょうか?」


 黒アリスちゃんが胸元でささやく。


 八人を一度に眠らせることができるならその方が良いか。

 

「八人を一度に頼む」


 黒アリスちゃんの頭にそっと手を置きながら小声で伝える。


 ドンッ!

 

 何だ?

 もの凄い爆発音が居城の中心部から響いた。その音に驚き、俺たち四人が一斉に窓の外を振り返る。


「ありゃあ、白の嬢ちゃんだな」


 崩れ落ちている、居城の三階の一部を見ながらボギーさんが楽しそうに口元を緩める。

 三階の一部に、ものの見事に穴が空いている。


「何だ? 何かあったのか?」


「確認して報告をしろっ」


 驚いたのは俺たちだけじゃない。

 ラウラ姫が監禁されている部屋から兵士が顔をだし、外を警備する兵士に指示をだしていた。

 

 まずいな。

 散らばると厄介だ。


「黒アリスちゃん、頼む」


「はいっ」


 黒アリスちゃんが返事をし、振り向きざまに闇魔法を発動させた。


 外を警備する四人の兵士と扉から身体の半分をだしていた兵士が倒れこむ。

 兵士の体重で扉が開く。


 空間感知で室内を確認する。

 室内の兵士も全員倒れている。侍女と思しき二名の女性とラウラ姫に動きはない。


 兵士が倒れるのを合図に、ボギーさんを先頭に俺たち四人が走る。

 マリエルが後を追う。


 俺たちは倒れた兵士を抱えて、ラウラ姫の軟禁されている部屋へと飛び込んだ。


 分かってはいたが室内の兵士は闇魔法で眠らされ床に倒れていた。

 ラウラ姫と侍女二人は、爆音に続き、監視兵が倒れたことに驚き、固まっていたが、俺たちの姿をとらえ異常事態であると認識したようだ。


「あなた方は何者ですか?」

 

 二人の侍女はすぐさまラウラ姫と俺たちの間に入り、前に出た侍女がボギーさんを睨みつけて誰何すいかをする。


 警戒と緊張をしているのが分かる。

 ラウラ姫などは顔が真っ青を通り越して白くなっている。侍女の一人に掴まり、やっと立っている状態だ。


「驚かせて申し訳ございません。ラウラ姫の救出に参りました」


 俺はラウラ姫と侍女二人を安心させるために、努めて穏やかな口調で切り出し、さらに説明を続ける。


「もちろん、侍女のお二人もご一緒に救出いたします。先ほどの轟音ですが、私の仲間が陽動のために発したものです。ご心配には及びません」


 説明を終え、深々とお辞儀をする。


「助けてくれるの?」


 弱々しい声が聞こえた。ラウラ姫の声だ。


 顔を上げると、オレンジ色の髪をした侍女の後ろからラウラ姫が顔を覗かせていた。


「姫さまっ! どこの誰とも分からぬ者を簡単に信用されてはなりません」


 真っすぐに俺を見据え、前に出た侍女――鮮やかな朱色の髪の侍女がラウラ姫をいさめる。


 言っていることは正しいのだが、この状況で言うセリフではないな。

 

 ドォンッ!


 再び、爆音とともにもの凄い振動が伝わってくる。

 あちらはあちらで、派手にやっているようだ。無抵抗の人たちを巻き込んでいないかが心配だ。


 爆音と振動に驚いたのだろう、二人の侍女とラウラ姫の意識がそちらに向く。

 この隙に話を進めるか。


「ここに残って、いつ殺されるとも分からないとりこの身でいますか? それとも私たちと一緒に逃げますか? 私たちと一緒に逃げれば、ラウラ姫、もちろん、直ぐにとは行きませんが、あなたのお爺さまのもとへお連れ致します。お約束いたしますよ」


 侍女が何か言い出す前に一気に言い切った。


 俺の話を聞いているうちに希望を持ったのか、ラウラ姫の瞳が力強く輝き精気が宿る。


「お爺さまのところへ連れて行ってくれるのですか? 信じてもよろしいのですね」


 先ほど同様に、弱々しい声だが、もう、侍女の後ろに隠れてはいない。


「信じてはだめです、姫さま」


 朱色の髪の侍女が、身体は盾としたままにラウラ姫を振り返る。


「信じるか信じないかは自由だ。ここに残るのも、一緒にくるのもな」


 今まで黙っていたボギーさんが侍女を無視してラウラ姫に近づく。

 気丈に振る舞っていた朱色の髪の侍女はその場を動けずにいる。足がすくんだようだ。


「グズグズしていれば兵士がくる。そうなれば、俺たちはお前さんたちを置いて逃げ出すだけだ。だまされてここへ連れてこられたんだろう? どうせだまされるんなら、命がけで助けにきた俺たちにだまされる方を選んだらどうだい?」

 

 目の高さをラウラ姫に合わせるようにしゃがみ込む。その灰色の瞳でラウラ姫を覗き込むように見つめながら言った。


「終わりました」


 兵士たちを拘束し終えたメロディが涙目で報告にきた。


 泣くほど嫌だったのか、あの人相の悪い兵士が。

 その涙の原因の兵士を見やる。

 さっさと終わらせたかったのだろう、もの凄く適当に縛ってある。まぁ、ほどけそうにないから良いか。


「ありがとう。ひとりでやらせてすまないな」


 メロディの頭をなでながらお礼を言う。


「その獣人は奴隷ですか?」


 唐突にラウラ姫が聞いてきた。俺に聞いてはいるが、その視線は、驚いたようにメロディを見つめている。


「そうです。私の奴隷ですが、何か気になることでもありましたか?」


 メロディを見る瞳が驚きから興味へと変わっている、ラウラ姫に向かって、優しい口調になるよう気を付けながら聞いた。

 

「分かりました」


 弱々しい声を発しながら、小さくうなずくと、さらに続ける。


「あなたにだまされることにします。よろしくお願いしますね」


 ラウラ姫はそう言うと、左手を俺に差し出した。


 真っすぐに俺を見る瞳は、怯えを隠せずにいる。精一杯の勇気を振り絞っているのが分かる。


 俺はラウラ姫の差し出された左手を取り、手の甲にキスをした。

 こちらの作法は知らない。

 精一杯の勇気を振り絞って決断した美しい少女への、精一杯の気持ちの表れだったのだろう。無意識のうちにそうしていた。


 顔を上げるとそこには驚き、頬を染めた美しい少女――輝く銀色の髪をしたラウラ姫がアイスブルーの瞳を大きく見開いて俺を見つめていた。


 後ろで朱色の髪の侍女が、何やら騒いでいるが聞こえない振りをしよう。

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