第81話 グランフェルト城
「――――と言うことで、この囚われているお姫さまの救出を追加しようと思う」
いったん、都市の外へ――人里離れた山中に転移して、作戦修正のあらましを全員に伝えた。
例によって、土魔法で整地し大き目のテーブルを並べている。
今回は、お茶をしながらの悠長な会議ではない。
遅めの昼食――腹ごしらえをしながらの会議である。
テーブルの上には白アリの指揮の下、女性陣が作った料理が並べられている。アイリスの娘たちとその奴隷六名は「邪魔になるから」と手伝いから外されていた。
手伝いから外しはしたが食事はちゃんと一緒に食べている。
マリエルとレーナもテーブルの隅で果物と野菜に噛り付いている。
例によって蜂蜜を欲しがったが、さすがに栄養面が心配だったので今回は与えていない。
隣のテーブルに目を向けると、アイリスの娘たちとその奴隷六名の方が俺たちよりも夢中で食事をしている。
奴隷六名はともかく、アイリスの娘たちまで涙を流さんばかりの勢いだ。しきりにお礼と賞賛の言葉を述べながらの食事である。
「今話したようにお姫さまの価値は十分に高い。そしてその価値は、今、俺たちが描いているシナリオ通りに決着させることができれば、終戦後は間違いなく高騰する」
作戦修正について質問がないことを確認してから、再度、お姫さまの価値を印象付けるように話す。
転移者組は全員、その価値を理解したようだ。皆、瞳が輝いている。
アイリスの娘たちとその奴隷、メロディやローザリアは、終戦後の価値高騰について理解できていないようだ。
ティナとジェロームはさすがだ。
理解できたのだろう、半ば顔を引きつらせながら食事を口に運んでいる。
俺は全員のそんな反応を確認してから、リスクについても再度念押しをする。
「ただし、今回の作戦は十分な情報もなければ、準備もできていない状態での実行だ。言葉は悪いが、行き当たりばったりの作戦だ」
自分で言っておいて何だが、作戦と呼べるほど立派なものではない。
何しろ、救出ターゲットとなるお姫さまの容姿も名前も知らない。我ながらこんな状態でよく作戦実行を提案できると思う。
「行き当たりばったりは、今回のグランフェルト襲撃も一緒でしょう?」
白アリがワイルドボアの野菜炒めを平らげ、「何を今更」と言いたげな表情で言う。
戦力分析やら、撤退の見極めをどの時点でするか、退路、その他、諸々を考えて、グランフェルト襲撃作戦を提案したのに、俺の苦労を何も分かってくれていなかったことが分かった。
いや、良いんだけどさ別に。
「嬢ちゃん、それは違うぜ。グランフェルト襲撃は敵の戦力――動員兵力と周囲や他の貴族からの援軍の可能性、不利な状況に
ボギーさんがワイルドボアの塩麹焼きをナイフで切り分けるのを中断して、ソフト帽子をわずかにずらす。
一応、援護をしてくれたのかな?
しかし、改めて人から指摘を受けると、酷い状態での作戦実行であることが浮き彫りになる。
「顔も名前も知らないんじゃ、罠を仕掛けられたり偽者をつかまされたりする恐れもありますよね?」
アイリスの娘のひとり、脳筋の槍使いの女の子が、満腹になったのだろうか、満足げな顔でボギーさんに向かって聞く。
いやー、偽者云々はともかく、お姫さまの顔も名前も知らずに、救出を試みるのなんて、俺たちくらいのものだろう。そんな無謀なやつを想定して罠を仕掛けるか?
そう思ったのは俺だけじゃないようだ。
白アリと黒アリスちゃんが、お互いに冷めた目で顔を見合わせる。
テリー、聖女、ロビンも反応に困っている。
「まぁ、そうならないように、せめて名前と容貌の特徴くらいの情報は、市内で仕入れておこうか」
ボギーさんがアイリスの娘――脳筋の槍使いの女の子へ向き直り答えた。
アイリスの娘の問い掛けがおかしかったのか、作戦そのものがおかしかったのか、笑い声を押し殺していた。
「取り敢えず、腹ごしらえが終わったら、市内へ戻ってボギーさんの言うようにもう少し情報を集めよう」
果物をせがむマリエルに、
食事中の者、食事を終えた者、いろいろだが全員が同意を示してくれた。
◇
城内へはあっさりと侵入できた。
これもパターンだが、空間転移で人知れず城壁を越えての侵入だ。
調度品の豪華さや部屋の造り、位置から想像して、グランフェルト伯爵の寝室と思われる。
豪華なテーブルを拝借して、白アリと黒アリスちゃん、聖女、メロディの四人がお茶の用意をしている。
アイリスの娘たちの保有する奴隷は扉のそばに控えて警戒態勢でいる。
ボギーさんとロビンは窓辺から外をうかがっている。
空間魔法を手に入れている二人だが、他のスキル同様に、自然と使うにはまだ時間が必要なようだ。
俺はお茶が用意されるのを眺めながら、周囲の状況を空間感知で確認をする。
空間魔法が便利すぎる。レベル2・3・4でこれだ。
周辺の索敵はもちろん、城内への侵入も何の苦労もない。
もちろん、魔力消費も大きいので、いくら空間魔法のスキルがあっても、魔力が追いつかずに、自身を空間転移させることは、そうそうはできない。
転移者である俺たちだからこうも易々とできる。
空間魔法レベル5。厄介な魔法だ。取り逃がした銀髪の男のことが脳裏を過ぎる。
空間魔法に限らず、レベル4とレベル5の差は大きい。
このまま行けば、ダナンの砦攻略の際に決戦は避けられそうにない。ダナンの砦で、もう一度やりあうことになるのか?
乱戦の中での不意打がベストだが無理だろうな……となれば、誘いだすか。
一応、銀髪の男への対応策は考えてある。考えてあるが、長期戦は避けられそうにないな。
「お姫さま、居たー?」
思索に
「すまない。これから探す」
一言、マリエルに謝罪をして振り仰ぐと、逆さまになってフワフワと浮いている姿が視界に飛び込んできた。
ミニスカートが見事に捲れている。
しかし、そこに見えるのは、買ってやった覚えのないスパッツだ。
白アリの仕業だな。
「少し集中したい、ごめんな」
マリエルに諭すように言い、蜂蜜の入ったコップを渡した。
お姫さまの名前と容貌の情報は市内で確認済みだ。
ターゲットとなるお姫さま――ラウラ姫は領民に人気が高く、ブロマイドならぬ、はがき大の絵が売られていた。
領主の娘の絵が売られている。
信じがたい話だが、本当だ。お陰で助かった。容易に容貌を知ることができた。
謀殺された前グランフェルト伯爵は随分と鷹揚な人物だったようだ。
俺なら自分の娘の写真や絵が売られるなど、だいたいどんなヤツが買うか想像できてしまうだけに、絶対に許さない。
「さて、どこに囚われているかな? 先ずは地下牢辺りから探すか」
市内で調達した、ラウラ姫の絵の束を取り出し、容貌を再確認する。今年十二歳になると言うことだから、今は十一歳か。三年後くらいが楽しみな容姿だ。
「え? 塔でしょう」
「塔だと思います」
「塔に軟禁だと思います」
俺が地下牢を空間感知で探ろうとする矢先に、白アリ、黒アリスちゃん、聖女から、さも当たり前でしょう、と言わんばかりの口調で別意見が突き刺さる。
なぜ塔なんだ?
ロンドン塔のイメージだろうか?
まさか、塔の上の姫君、とか言わないよな?
テリーが三人の後ろで、ティナとローザリアに手足のマッサージをしてもらいながら、こちらを横目に苦笑いをしている。
さらにその向こうでは、グランフェルト伯爵が寝ていたと思われるベッドにアイリスの娘たちが六人で所狭しと、幸せそうな顔で寝転んでる。
「なぜ塔だと思うんだ?」
地下牢の空間感知を実行しながら、並行して三人に理由を聞いてみた。
「お姫さまを地下牢には閉じ込めないでしょう?」
白アリがお茶を飲み干し、もの凄く人道的なことを言う。
実の兄一家を皆殺しにするようなヤツに、何を期待しているんだ?
「そうですよ、塔とか部屋に軟禁だと思います。地下牢は犯罪者、この場合は反乱分子やお姫さま派――ラウラ姫側の人間が閉じ込められてるはずです。その人たちの近く、目の届くところには置かないんじゃないですか? 何となくですけど」
黒アリスちゃんがお茶のをスプーンでかき混ぜる手を止め、自信なさげに言った。
なるほど、さすが黒アリスちゃんだ。
何となく、とか言っているが、思わず納得してしまった。ラウラ姫は生きていると言うだけで、反乱分子の希望となる。目の前に希望をぶら下げておく訳ないよな。
「ロンドン塔とかもそうですが――」
「いや、もう良い。この会話の間に地下牢を空間感知で捜索したが、それらしい女の子は居なかった」
俺は聖女の言葉を遮り、地下牢の捜索結果を皆に伝える。
続けて城内へと捜査を広げる。
お茶を飲んだりマッサージを受けたり人様のベッドで寝転んだりと、皆がくつろいでいる中一人で働いている。
まぁ、見た目には、俺もお茶を飲みながら、ラウラ姫の絵を鑑賞しているのだが。
居た。
さすがに塔ではないが、別棟の一室に軟禁状態だ。
二間続きの部屋に、侍女と思しき女性二名と軟禁されているように見える。
護衛の兵士は八名か、多いな。
多いが、別段問題になる数ではない。
「見つけた。西の離れの三階にそれらしき女の子と侍女っぽい女性が二名いる。護衛兵は八名」
俺の報告に、皆が一斉にこちらへと視線を向ける。
「再確認する。最優先はラウラ姫の救出、安全の確保だ。敵からすれば、奪われたり逃走されたりするくらいなら殺してしまった方が良い人物だ。救出にも十分に注意を払ってくれ」
皆の視線の中、ラウラ姫の肖像画をアイテムボックスにしまい、作戦の再確認をする。
俺の言葉に全員が静かにうなずく。
その表情はさまざまだ。
瞳を輝かせる者、緊張を隠せない者、ほくそ笑んでいる者。だが一様にモチベーションは高い。
「さぁ、始めましょうか」
白アリが全員を鼓舞するかのように、左の手のひらに右拳を打ち付けながら、お茶のセットと一緒に、目ぼしい調度品や高価そうな陶器の類をアイテムボックスへとしまう。
他のメンバーもそれに倣いだした。
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