第79話 次の標的 

 グラムの城下町から少し離れた山中に立ち寄っている。


 雨は激しさを増してきた。

 雨と背の高い木々のせいもあって、辺りは薄暗い。

 それにしても、凄い雨だな。この分だと、ダナンの砦も動きがないかも知れない。


 山中で見つけた、少し開けた場所にさらってきた兵士たちを集めてある。

 全員、後ろ手に縛り上げ、仰向けに転がしてある。強い雨もあってまともに目を開けていられない状態だ。


 上空から捜索されたら簡単に暴露ばれそうだな。


 兵士たちは、拘束こそされた状態ではあるが、全員が目を覚ましている。

 さすがに誰もが戸惑いを隠せないようで、小声でお互いに状況を確認しあっている。

 或いは、こちらを見ようと身体を捩らせたりしながらも、何やら憶測を語り合っている。


 俺たちの存在に気付いてはいても、こちらを問いただすものはない。


 雨の中、怯え、戸惑う男たちを観察する趣味は俺にはない。

 俺の隣で聖女が優し気な笑みを浮かべているが、腹の中は分かったものじゃない。

 上機嫌な聖女の機嫌を損ねる覚悟で、捕らえた兵士たちへ向けて切り出した。


「さて、これからお話しするのは皆さんの今後です」


 雨の音にかき消されないよう、大きな声でさらってきた兵士たちに語りかける。


「どうするつもりなんだ?」


「黙ってる。何も言わないから助けてくれっ!」


「ふざけるなよ、こんな事をして逃げ切れると思っているのか?」


「助けてくれ、命だけは助けてくれ」


 こちらの丁寧な対応に安心したのか、いくつもの命乞いに混じって高圧的な脅しが聞こえてくる。


「話を聞く気がないなら、この場で全員始末しますよ」


 感情を抑えた黒アリスちゃんの涼やかな声が響き、転がる兵士たちを見やりながら、さらに続ける。


「私は闇魔法が使えます。希望者は死んだ後もアンデッドとして、第二の人生を歩むことも可能です。アンデッドを希望する人は手を挙げてください」


 いつの間にかその両手には真っ黒な大鎌が握られていた。


 脅しをかけてきた兵士を中心に、黒アリスちゃんの大鎌が彼らの視界に侵入をする。

 その正体を理解した者から、口を閉ざし静かになる。


 いや、それだけじゃない。

 転がる兵士たちの数名が「闇魔法?」というつぶやきの後に、口を閉ざし静かになる速度が加速された。


「では、話を再開しましょうか」


 兵士たちの声がおさまるのを待ってから再び語りかける。


「皆さんは今の状況を十分には理解していないようですね。なぜここにいるのか? 補給物資はどうなったのか? 気になりませんか? ――――」


 雨が激しさを増す中、補給物資、武具、軍資金が既に失われていること、そして、自分たちがそれらと共に失踪した扱いになっていることを伝える。



 話を聞き終えた面々は、皆、一様に押し黙っている。

 どうやら、自分たちの置かれた状況を理解したようだ。

 もちろん、理解したからと言って、話をやめたりはしない。顔色がすっかりと変わってしまった兵士たちへ向けて、さらに話を続ける。


「あれだけの補給物資、武具、軍資金が無くなったら驚くでしょうね。大切なものだということは分かりますよね? 責任を取らされるのは誰なんでしょう? あなた方の指揮官はどんな人ですか? 慈悲深く思いやりがありますか? 保身に走るタイプですか?」


 地面に転がされた彼らの間をゆっくりと歩き、その表情を一人ひとり確認する。


「ひょっとしたら、皆さんが疑われているかも知れませんね。嫌疑を掛けられた人間はどうなるでしょうか? まぁ、尋問くらいは受けるでしょう。尋問どころか、拷問されたりとかもあるかも知れませんね? ガザン王国は人道的な国なので、自白を強要されて無実の罪に問われる、ということはないと思いますけど」


 降りしきる雨の中、大きな声でゆっくりと語りかける。

 ところどころで言葉を切り、大きな動きで視線を引くような事をするが、誰も見ていない。


 雨音に混じって、兵士たちの嗚咽おえつが聞こえてくる。

 未だに混乱の中にあるものの、この場で殺されるかもしれないということと、運良く逃げおおせたとしても帰る場所がないことを相当数が理解してくれたようだ。


 俺の隣にいた聖女がツイッと一歩前に進み出るとおもむろに話し出した。


「そうですよ。尋問でさえ身体の一部を欠損したり、後遺症をもたらしたりするんですよ。それが拷問だったりしたら、どんなことになるか。想像するだけで」


 両手を胸の前で組んで、一人の男の顔を覗き込むようにして優しく語りかけている。

 その場面だけ切り取ると、相手を思いやっているように見えるのが不思議だ。


「ほらっ、鳥肌が」

 

 左腕のアーマーを外し、白く細い腕を露わにする。

 聖女の素肌を雨が打つ。


 転がっている兵士たちはだれも聖女の腕を見ていない。


 いや、そもそも、尋問で部位欠損とか後遺症とか、普通はないから。それはお前の尋問だろう。という思いは飲み込んで露わになった左腕を覗き見る。

 確かに鳥肌がたっている。

 尋問の場面を想像して別の意味で鳥肌をたてているんじゃないよな?


 周りを見れば、俺と同じような思いを持ったのだろう、テリーと目が合う。お互いに視線を交わし、目で色々と訴える。

 俺とテリーだけじゃない、そこかしこで視線が飛び交っている。


 何だろう、見事なアイコンタクトができたような気がする。


 気を取り直して、兵士たちへと意識を戻す。


「先ず、お伝えします。抵抗さえしなければ、皆さんをこの場で害することはしません」


 最悪の事態、死の恐怖から解放されたからだろう、安堵の声がいくつも聞こえる。

 先ほどから聞こえている嗚咽おえつも、響きが変わったように感じるのは気のせいではないだろう。


「ここに、金貨十枚の入った袋が人数分あります」


 ぽち袋程度の大きさの小さな布製の袋を、全員に見えるように高く掲げ、わざと金貨の音をさせる。

 風魔法を使って音を増大させ、さらに皆の耳元に届くようにするのは忘れない。


「このまま軍に戻り、正直に話すもよし。この金貨を持って別人として生きるのもよし。自由にして下さい」


 それぞれ十枚ずつの金貨が入った、人数分の袋とナイフを拘束されている兵士たちの中心部へ無造作に置く。


 兵士たちの目の色が変わった。

 もちろん、未だに状況が理解できずに茫然としている者やないている者もいる。

 しかし、その瞳に生きる希望を宿す者が確実に増えている。


 よしっ!

 これで逃亡した兵士の捜索と捕らえた後の尋問で、しばらくの間でも混乱してくれればもうけものだ。

 正直なところ、さしたる期待はしていない。


 新たな人生を選ぼうとしつつある兵士たちを後に、俺たちはワイバーンを待機させた山の裏側へと転移した。


 ◇


 降りしきる雨など気にする様子もなく、ワイバーンたちは待機をしていた。

 俺たちが戻ったことに気付き、何匹ものワイバーンが小さく鳴いている。


 ワイバーンの待機場所まで戻ったことで、緊張の糸が緩んだのか、アイリスの娘たちが今回の作戦と奪った戦利品について興奮しながら会話している。

 侵入作戦から物資強奪までの作戦の流れを、何度も繰り返し会話をしていた。


「予定よりも実入りは良いけど、爽快感に欠ける作戦だったわね」


 自分の乗竜の首筋をなでながら黒アリスちゃんと聖女へ白アリが話しかけた。

 白アリの言葉に、話しかけられた二人よりもジェロームとアイリスの娘たちの方が素早く反応した。


 反応といっても、言葉を返したわけではない。

 白アリの言っている内容が理解できないといった感じで見つめている。


「そうですね。ちょっと残念な感じはしますね」


 苦笑いをしながら、聖女が同意をする。


 残念って何が残念なんだ? まさか尋問出来なかったことじゃないよな?


「グラム子爵を誘拐して、身の代金を受け取るなり、誘拐後に魔法で調略するなりして都市ごと寝返らせるなどしたかったですね」

 

 聖女に続いて黒アリスちゃんが物騒なことを口走っている。


 魔法で調略? それって、洗脳の間違いじゃないのか? いや、そもそも魔法で洗脳なんてできないだろう。

 聖女と組んで光魔法と闇魔法のコンボで何かするつもりだったんじゃ……

 

 実年齢が若いだけにいろいろと影響を受け易いのかも知れない。

 白アリに十分注意するように言っておこう。


 いや、それよりも次の行動だな。

 俺は消化不良状態の女性陣を黙らせることのできる、作戦の修正案を口にした。


「グラム子爵の誘拐に代わる作戦目標として、グランフェルト伯爵以下、領都――バーン市内にある、貴族の財産を奪いに行こうと思うんだか、どうだろうか?」


 当初の予定にはない作戦行動ではある。だが、状況から考えても十分に成功は望める。

 敵の兵力が減少しているのは間違いない上、自分たちには余力がある。


 万が一、増援があり、敵に十分な兵力が残っていても、今の余力があれば十分に撤退は可能だ。

 やる価値はあると踏んだ。


「良いんじゃあネェのか?」


 突然真後ろからボギーさんの声がした。ボギーさんは即座に賛成をし、楽しそうに続ける。


「動員兵力の上限を率いて来てるんだ、膝元はさぞやスカスカなんだろうな」


 口元を緩めて、ソフト帽子をわずかに押し上げて灰色の瞳を覗かせる。


「そうね。足元はしっかりと固めなきゃ行けない、って教えてあげましょう」


「高い授業料を払ってもらいましょう」


「貰えるものは、根こそぎ貰ってこようか」


 白アリと黒アリスちゃん、テリーと、弾む言葉が続いた。

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