第78話 物資搬入

 作戦の第一目標は兵糧、第二目標が武具、第三目標を軍資金とした。


 結局、大量の補給物資と軍資金にくっ付いてきた兵士は三万人を超える数だった。

 さらに、この軍団を、グランフェルト辺境伯自身が率いてきていた。

 三万人の大軍団だ。ひょっとしてとは思っていたが案の定である。


 ゴート男爵が以前言っていたが、グランフェルト領の動員兵力の上限が三万程度で、国境付近に領地を持つ貴族の中では、一番警戒しなければならないらしい。

 つまり、補給物資を奪えれば三万人の戦力――最大の脅威は、たちまち最大の足枷あしかせとなる訳だ。

 

 うん、俄然がぜんやる気が出てきた。

 そしてモチベーションが上がっているのは俺だけじゃない。


 空間魔法で覗き見をしている面子はその様子を嬉々として皆に伝えていた。

 白アリなんて舌なめずりをせんばかりだし、黒アリスちゃんとテリーも終始妖しげな笑みを浮かべていた。


 どうもこの三人は、盗むとか、騙すとか、出し抜く、といったシチュエーションがこの上なく好きなようだ。

 そして、そのカテゴリーに新たにボギーさんが加わった。この人も同類のようだ。

 


 グランフェルト伯爵が従軍して来たことが判明したことにより、グラム子爵の価値が相対的に下がった。これにより、グラム子爵の誘拐を見送ることにした。


 グラム子爵の娘がグランフェルト伯爵の嫡男へ嫁いでいる。そして、嫡孫とは別に、今年、十五歳になる男子――グラム子爵からすれば孫がいる。

 最悪、せっかくグラム子爵を誘拐してもグランフェルト伯爵側の意向で見殺し。

 さらに、前線にでているグラム子爵の息子に何かあれば、その男子がそのまま後を継ぐ、ということにもなりかねない。

 グランフェルト伯爵の手助けをするのも面白くないのも理由だ。

 

 そんな中、誘拐の対象をグランフェルト伯爵へ変更するよう、白アリと黒アリスちゃん、聖女が主張した。

 誘拐にどんな魅力を感じたのかは知らないが三人ともなかなか納得をしなかった。


 身の代金とか期待したのかな?

 尋問がしたかっただけじゃないよな?


 しかし、ベール城塞都市のように今回の侵攻作戦の上で重要拠点――防衛の要となる拠点を領有する領主であれば積極的に誘拐を計画するが、身代は大きいとはいえ、防衛の要となる地域からは離れた領地を有しているため、利用価値が低いということで渋々折れてくれた。


「残りはわずかですね。もうすぐ、搬入だけは終わりそうです」


 右手で作った小さな拳を、胸の前に持ってきながら、皆に伝える。

 いよいよ作戦開始が近いこともあり、黒アリスちゃんの声が弾み、その口元からは笑みがこぼれている。


「北の離れに取り敢えず、詰め込んでいるって感じね」


 白アリはいつものお茶会で利用する椅子をアイテムボックスから取り出し、くつろいでいる。

 搬入する兵士たちの仕事ぶりに、多少なりとも文句があるのか、その口調は少しあきれを感じさせる。


 補給物資の搬入状況を実況する、黒アリスちゃんと白アリの声が食料の無くなった食糧庫の中に反響する。

 無くなって初めて分かる食料の有り難味。

 食料があるだけで、随分と音や声を吸収していたんだな。


 そんな、変なところに感心しながらも、俺の方は物資搬入に携わっていない兵士たちの動向を監視している。

 このグラム城の敷地が広いとは言え、さすがに三万人の兵士が駐留する施設やスペースは無い。


 全兵士の三分の一、一万人ほどは市内へと散っていった。

 まぁ、市内へ散って行ったのは探索者や志願兵あたりなのだろう、装備もバラバラだったし、何よりも統率が取れていない様に見えた。


「物資搬入が終わった兵士達から順に休息に入っているようです」


「まだ雨が降っているってのもあるかもしれないけど、本当に適当に搬入してるわね。あとで員数を確認するのが大変そう。確認出来ればだけどね」


 事実だけを伝える黒アリスちゃんとは対照的に、白アリが、自分の感想を楽しそうに交えながら実況を楽しんでいる。


 そんな実況を聞き、ボギーさんが俺へと視線を投げかける。やはり口元が緩んでいる。決して、火の着いていない葉巻をくわえているせいで、そう見えるわけじゃない。

 ボギーさんの視線に答えるように、俺はゆっくりとうなずいて見せる。


 補給物資の搬入が完了し、兵士全員が休息に入るのを待って奪取作戦を実施する訳ではない。

 そこまで悠長じゃあない。


 補給物資が倉庫の中に全て運び込まれた時点で作戦開始だ。

 多少の守備兵や搬入中の兵士は問題にしていない。まとめて沈黙させる。


 今回の作戦の肝はスピードだ。

 マジックバッグへの収納はもちろん行うが、それよりも優先してアイテムボックスへ直接格納する。


 それと、ロビンとボギーさんには今回の作戦の開始直後に、敵兵士から空間魔法を奪ってもらう。出来るだけ高レベルの空間魔法が望ましい。

 二人が空間魔法を使えるようになれば、収納力と機動速度が格段に強化される。


 そろそろか。


「皆、そろそろ仕掛ける。手順通りに転移魔法で転移しての奇襲だ。目標物を奪取したら即座に撤退する」


 食糧庫に響く俺の言葉に無言でうなずく者、妖しげな笑みを浮かべる者、反応はさまざまだが、全員が了解の意思を示す。


 次の瞬間、俺たちは連続転移で倉庫内へと出現していた。


 ◇


 いや、正確には若干のタイムラグはあった。やはり三回以上の連続転移となると、たった一つのレベル差がかなり響く。


 しかし、問題になる程の時間差ではない。


 倉庫内の兵士は四十三名、装備から判断してほとんどが探索者のようだ。

 ただの搬入作業とはいえ、この量だ、随分と人数を割いているな。


 そして、倉庫の外には四名の騎士団員を確認している。

 倉庫の外はテリーたちが転移して沈黙させる。


 俺は転移後、即座に三名の空間魔法の所有者を雷撃で気絶させた。雷撃の特性から目標以外の兵士たちも結構な数を巻き添えにしてしまった。

 うん、やはりピンポイントの攻撃には向かない魔法のようだ。


 何が起きているのかも気付かずに、固まって作業を続けていた十数名の兵士を、黒アリスちゃんが闇魔法で眠らせる。


 ボギーさんが威力を抑えた魔法銃で次々と点在している兵士を撃つ。

 空気を圧縮した弾丸がのどと腹部、頭部を寸分たがわずにとらえる。


 俺の方はボギーさんが残してくれた、固まって作業をしていた兵士たちを再び雷撃と水魔法で麻痺をさせる。


 白アリと聖女、メロディの三人は制圧には参加していない。メロディはともかく、白アリと聖女の攻撃魔法は、大雑把過ぎるので、物資強奪に回ってもらった。

 

「良いぜ、空間魔法レベル2だ」


 制圧に参加していたのに、行動が早い。ボギーさんが麻痺している兵士を縛り上げながら言った。相変わらず、火の着いていない葉巻をくわえている。


「こちらも成功です。同じく、空間魔法レベル2です」


 空間魔法だけでなく、魔力操作レベル2を同時に奪ったロビンが、何食わぬ顔で伝えてくる。


 こちらが気付いていないと思っているのだろうか? それとも、開き直っているのか?

 前者なら間抜けなので助かるんだがな。


 さて、この間にアイリスの娘たちは、手分けをして倒れている兵士たちを縛り上げに動く。

 

 倉庫の扉がわずかに開き、直接の雨音が倉庫内に響き、陽の光が差す。


 四人の兵士が転がり込んできた。

 四人とも後ろ手に縛り上げられ、気絶をしている。

 テリーたち

 テリーとティナ、ローザリアの三人がこれに続いて倉庫へと駆け込む。


「ティナとローザリアは、アイリスの皆と一緒に、兵士たちを縛り上げて、一カ所に集めてくれ」


 倉庫に入ってきたばかりのティナとローザリアに向かって言う。

 続いて、転がっている兵士たちを次々と鑑定している様子のロビンへと振り向く。


「空間魔法所持者は片端から補給物資をアイテムボックスに格納だ」


 ロビンが、俺のことを驚いたように見た後、弾かれたように、補給物資の格納に動いた。


 やっぱり。

 兵士たちのスキルを物色していたな。

 どんな時も、己の強化に余念がないのは見上げたものだが、どうもスキルの強奪に執心するきらいがあるな。


 広い倉庫に所狭しと詰め込まれた物資が、みるみる消えて行く。不思議な光景だ。

 この調子なら間も無く終わるな。


 外は相変わらず、雨が強く降っている。この降りしきる雨の中、仮設の宿舎を設営している工作兵が確認できる。


 あちらも、悪条件下での作業に手一杯で、倉庫の前に警備兵がいないことに気付いていない。

 いや、警備兵が雨宿りがてら倉庫の中に入ったと思っているのかも知れないな。何れにしても、この雨に随分と助けられている。

 予想以上に事がスムーズに運んでいる。


「終わったぜ、兄ちゃん」


 ボギーさんが俺から離れた位置にいる白アリを気遣って、代わりに報告をしてくれた。


「ありがとうございます。その、気遣いまでしていただいて――」


 報告をしてくれたことと、白アリを気遣ってくれたことに対するお礼の言葉を、右手を挙げて制する。


「気にすんな。それよりも早いとこ撤収しようぜ」


 ソフト帽子を目深に被り直しながら、口の片側だけを上げて笑った。


「皆、撤収するぞ」


 全員に向けて撤収を知らせる。

 さて、この捕縛した兵士たちを連れて行くのは、俺とメロディの役割かな。


 黒アリスちゃんの闇魔法でスヤスヤと眠る兵士を見やる。


「メロディ、こいつらを連れて行く。手伝ってくれ」


 白アリの隣、少し離れたところにいるメロディへ向けて少し大きな声で呼びかける。


「はいっ! ご主人様」


 俺の声に反応して、その大きな耳とフサフサの真っ赤なしっぽをピンッと立てる。

 すぐさま返事とともに走ってきた。


「え? 連れて行くんですか?」


 俺の近くにいた聖女が怪訝な表情を向けた。


「ああ、連れて行く。利用価値があるからな」


 思わず笑みが漏れる。

 きっと、もの凄く悪そうな顔をしてるんだろうな、俺は。



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        お知らせ

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


本作のコミカライズが決定いたしました。

詳細については追ってお知らせさせて頂きます。


引き続き応援をよろしくお願いいたします。

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