第77話 待望の援軍

 転移魔法でマリエルと共に、食糧庫を後にする。

 

 いったん、母屋の東側、最上階である四階にある一室――空き部屋へと転移する。

 屋根や窓を打つ雨の音が響く。侵入したときよりも雨が激しくなっているようだ。


 改めて部屋を見渡す。

 物置代わりに使われているのだろうか、机や椅子、古い家具が無造作に置かれている。ほこりよけの布すら掛けられていない。


「うわー、ここもほこりっぽいー。このお城、全部の部屋がほこりっぽいんじゃないかなー」

 

 マリエルが、ケホケホとむせながら、もの凄く嫌そうな表情で辺りを見回している。


 動きが止まったと思ったら、もの凄い勢いで扉の方へと飛んでいった。

 窓辺へと歩を進めていた俺は横をすり抜けるように飛んでいったマリエルを振り返る。


 鏡? 扉の横にヒビの入った、まだ真新しい鏡が立てかけられている。

 金属を磨いたのではなく、ガラス製の鏡だ。

 珍しいな、この世界でガラス製の鏡は初めてみた。

 

 ヒビの入った鏡の前で、マリエルがむせながらも百面相を始めた。

 

 仕方がないな。

 マリエルと自分に重力魔法で重力障壁を展開する。重力障壁と風魔法で、ほこりを自分たちの周囲から排除をした。


 マリエルのことはしばらく放っておくことにし、城内の覗きを行うことにする。


 ガラス製の窓があるが白い無地のカーテンが引かれている。窓が西側に位置しているせいか陽に焼けて劣化が激しい。

 窓辺に寄り、カーテンの隙間から外をうかがう。


 手入れの行き届いた中庭が見える。

 上空へと視界を飛ばし、城全体を俯瞰ふかんする。


 降りしきる強い雨に霞むように城の全景が浮かび上がる。

 支城としては敷地がかなり広い。

 城とは言っても、城壁の内側は防衛のための施設と言うよりも、貴族のやかたと言った感じだ。

 中央にコの字型の母屋があり、南側に庭園を臨むように建っている。  

 

 母屋の西と東、北側にそれぞれ離れがある。

 東側にある、比較的大きな離れと城壁の間に、訓練場と思しき広場とうまやが確認できた。あの離れが騎士団の詰め所兼宿泊施設と言ったところか。

 空間感知でそれぞれの離れを確認する。


 西側の離れが住み込みの使用人たちの部屋、北側の離れが倉庫か。

 ざっと確認した限りでは、兵糧も見当たらなければ、持ち運ばれた形跡は無い。


 だいたい、兵士が少なすぎる。二百名もいないんじゃないか?

 この大きさの都市だ、市内の警備兵を合わせても三百名程度だろう。

 それだけ、ダナンの砦を重要視して、兵士を送り込んだということなのだろうが、改めて警備の手薄さに驚かされる。


 もしかしたら、俺たちだけでこの城を落とすことが出来るんじゃないのか?

 一瞬よぎた思いつきを、意識の外に追い出し、改めて窓辺に身を潜めた状態で、身体強化により強化された視力を使って覗き見を粛々しゅくしゅくと実行する。



 いたっ!

 この城の城主、グラム子爵だ。まだ寝室にいた。使用人に着替えを手伝わせての、朝の支度の真っ最中だ。

 寝室には子爵自身と女性が二人いる。二人とも格好から使用人なのだろう。一人はベッドを直しており、もう一人は子爵の着替えを手伝っている。


 念のため、ゴート男爵から貰った似顔絵と特徴の但し書きを確認する。

 年齢は五十二歳、年齢の割には白髪が多い。身長百六十二センチメートル、小柄だが横幅があり視線は鋭い。

 間違いなさそうだ。


 子爵自身、槍術の名手で火魔法と土魔法を使う、か。

 なるほど、槍術レベル2、火魔法と土魔法がそれぞれレベル1だ。


 だが、問題にするようなスキルレベルじゃあない。


 問題は隣の部屋に控えている男だ。

 見た目は五十代後半、短く刈り込まれた白髪。思慮深そうな目をしている。

 土、水、火、風、光魔法と軒並みレベル3だ。これだけそろっているとどんな複合魔法を仕掛けてくるか知れたものじゃない。年齢も考えれば経験も豊富だろう。

 そして気になる、魔力精密操作レベル3。名前からしてヤバそうだ。明らかに魔力操作より上位のスキルだな。


 しかし、これだけの魔術師が情報にないのが不安だ。

 まだまだ、こちら側が掴み切れていない情報や隠し球がありそうだな。


 さて、もう見落としはないかな。

 鏡の前で百面相からいつの間にか、いろいろなポージングを決めているマリエルを呼び寄せる。


「ミチナガー、あの鏡が欲しいよー」


 よほど気に入ったのか、未練タラタラ、アーマーの中に潜り込む。潜り込んだ後も、アーマーの中――胸元で「鏡ー、鏡が欲しいよー」、と聞こえるように独り言を言っている。


 マリエルの言葉が、直接胸に響く。


「分かった。今度、ヒビの入ってないやつを買ってやるから」


 気が散るので、無用な約束をして、マリエルを黙らせる。


「わーい、わーい。鏡ー、私の鏡ー」


 嬉しかったのだろうアーマーの中でしきりに動き回り、声をあげている。


 さっきよりも気が散る。

 軽く後悔をしつつ、今度は空間感知を利用して付近の索敵と城内の覗き見を続ける。


 ん?

 表門が開いた? 兵士が入城している?

 城壁の外へと空間感知の範囲を拡大し、並行して、視界を再度上空へと飛ばす。

 

 すごい数の兵士だ。一万人以上か?

 馬車の数も凄い。把握できる範囲で三百台以上ある。

 補給物資だ。距離があるので詳細までは確認できないが、兵糧と武具で間違いないだろう。ひょっとしたら軍資金も積んであるかも知れない。


 遅れてたのか……遅れ過ぎだろう。

 前線が崩れるまでは奇襲部隊を筆頭に増援部隊と竜騎士団、何れも先行し過ぎるくらいに深入りしていた。

 本来ならダナンの砦に後詰めが入っていてもおかしくない展開だ。

 それがようやくこの状態か。考えていた以上に貴族間の連携が取れていないと言うことだな。


 いや、でも良かった。本当に良かった。間に合ってくれたよ。

 あれ?

 目頭が熱い?


「どうしたの? 泣いてるの?」


 胸元から顔だけだし俺の顔を見上げる。キョトンとした表情でマリエルが遠慮なく聞いてきた。


「何でもない。ここはほこりっぽいからな。目にほこりが入っただけだよ」


 遠慮は無いが心配してくれているのは分かっている。頭を軽く撫でて優しく伝えた。


 再び、入城の真っ最中である軍団を空間感知でとらえ、視界を上空へ飛ばして俯瞰ふかんをする。

 一万人以上どころじゃない。三万人くらいの大軍団だ。


 遅れたのは数をそろえていたのか?

 この辺りでこれだけの兵を動員出来るのは限られている。

 赤い盾を貫く黒い槍の旗印。グランフェルト辺境伯か。

 

「マリエル、いったん戻るぞ」

 

 言い終わらないうちに、食糧庫へと転移をした。


 ◇


「三万人程の兵士が入城中だ。赤い盾を貫く黒い槍の旗印。グランフェルト伯爵で間違いないか?」


 食糧庫でマジックバッグへの詰め込み作業を今にも終えようとしていたティナのすぐ後ろへと転移し、前置きなく尋ねた。


 ティナがもの凄い形相でこちらを振り向いたまま固まっている。

 いや、ティナだけじゃないな。皆、驚いている。


「ビックリするじゃないのっ!」


 白アリが小声だがキツイ語調で抗議をする。


「すまん。しかし、事前に転移を知らせる訳にも行かないからなぁ」


 軽い口調の俺の言葉に白アリが、一瞬、言葉を詰まらせて困ったような顔をする。


「まぁ、良いわ。どうだった?」


「三万人程の兵士が入城中だ、兵糧と武具、恐らくは軍資金も運んできている」


 そこまで言い、ティナの方を振り返る。


「その旗印ならグランフェルト伯爵軍で間違いありません」


 気を取り直したティナが俺と白アリを交互に見ながら言った。


「軍団は入城中なんで、兵糧その他が格納されるまで時間がある。偵察内容の報告と作戦の修正をしよう――――」


 既にほとんどの食料が無くなり、廃墟の様相の食糧庫で先ほど確認したことを全員に伝える。



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        お知らせ

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


本作のコミカライズが決定いたしました。

詳細については追ってお知らせさせて頂きます。


引き続き応援をよろしくお願いいたします。

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