第73話 侵攻作戦

 国境付近の村と隊商を襲撃し、討伐隊として派遣された騎士団と探索者たちを撃破した盗賊団を、討伐する建前で組織された軍隊は、その目的を大きく変えていた。


 一応、建前とは別に裏の目的として、捕虜となっているであろう、村人と隊商、討伐隊として派遣された騎士団と探索者たちの救出もあるにはあった。

 ところが、建前と裏の目的を両方とも達成し、なお余力がある。


 しかも、盗賊に扮した敵兵力とその増援を壊滅状態に追い込んでいる上、大量の食料と武器などの補給物資の鹵獲ろかくに成功している。

 加えて、竜騎士団を壊滅させただけでなく、竜騎士団を丸ごと――ワイバーンと竜騎士の捕獲に成功している。


 敵の戦力と戦線の維持能力を大きく削り、自軍団の戦力と軍備の拡充が成されてた訳だ。

 この流れに乗り、予想通り攻勢に出ることになった。


 軍議での決定はガザン王国侵攻だ。 


 襲撃を逃れた国境付近の村や町の治安維持と、国境付近に潜伏している可能性のある、敵の残兵力の掃討を担う別働隊が組織された。

 今のこの軍団にあって、この別働隊へ振り分けられると言うのはハズレである。


 ハズレではあるのだが、この別働隊にはルウェリン伯爵の直轄となる騎士団の一つが割かれた。

 従軍した配下や他領の貴族、一般市民や探索者たちの手柄を上げるチャンスを奪うことを嫌ってのことだ。

 自分自身や自分の配下に手柄を立てさせたがる貴族たちの中にあって、他を優先させる姿勢は好感が持てる。


 そして、本隊はこのまま国境を越えてガザン王国の領内へと侵攻する。


 この侵攻作戦の発表のときにガザン王国の村や町への必要以上の攻撃と一般市民への蹂躙略奪行為の禁止が厳しく言い渡された。

 これはこの世界では異例のことらしい。

 

 兵士や探索者の中にも、自分たちの出身の村や知人が被害にあったものも多い。そんな彼らと、今回救出した捕虜となっていたものたちからは不満の声が上がった。

 しかし、これもルウェリン伯爵の強権により押さえ込まれる。


 どうやら、ルウェリン伯爵は終戦後にガザン王国へ領土割譲を要求する腹積もりのようだ。


 カナン王国に限らず王国の形はとっていても、領地を持つ貴族の力は強い。特に他国と国境を接する辺境の大貴族ならなおさらだ。

 まして、戦時に自力で領地を切り取ったのであれば、たとえ国王といえどもその切り取った領地に対して、そうそう意見は言えないそうだ。


 トップの意思が明確に示された以上、下はこれに従う。

 特に野心のあるものは俄然がぜんやる気だ。侵攻作戦が発表されたときの盛り上がりは異常な熱気に包まれていた。


 領地を持たない下級貴族などは思いっきり夢を見ている。

 いや、下級貴族だけじゃない。

 一般市民や一般の兵士、探索者を問わずに士気が上がっている。

 彼らにしても、あわよくば、一代限りとは言え貴族の末席に列せられる可能性もあれば、領地を手に入れるまたと無い機会でもある。そりゃあ、やる気にもなるだろう。


 そして、俺たちも俄然がぜんやる気になっている。

 今回、割譲要求がされるであろう領地にはガザン王国の抱える迷宮の半分、七つの迷宮が集まっている。

 取らぬ狸のなんとやらだが、戦争に勝てば迷宮攻略もいろいろな意味ではかどりそうだ。




 ガザン王国の国境――関所を越えて侵攻すること半日。前方に最初の攻略目標である、ダナンの砦が見えてきた。

 この砦を抜くと、侵攻ルートが三つとなる。

 二つの砦と一つの支城へと続くルートに別れる。


 カナン王国との国境などは山脈だった。

 山脈と山脈の間を縫うように幅二百メートルほどの関所が構えられていた。しかし、駐留している兵はおろか、左右に伸びる山脈を利用した伏兵もなく、すんなりと通過することができた。


 国境を越えてからここまで、俺たちの任務は上空からの哨戒である。

 上空から見える範囲では国境を越えて以降、ガザン王国は平地が少なく山が多い。それも高山と呼んで差し支えないような山が多くある。


 ワイバーンの高度を上げ、山脈を眼下におさめながら大きく旋回させる。

 雲もほとんど無く、遠方まで見渡せる。視界は良好だ。


 先頭を飛ぶ俺の動きを見て、俺の左右に位置して飛行していた白アリとテリーが、それぞれ同じように高度を上げて旋回を始めた。


 遠方まで見渡すが大河は見当たらない。

 日本の川のような小さな川はいくつか確認できるが、大量輸送ができそうな大河は見渡す範囲にはない。


 山が多く平地が少ないと言うことは、主食となる穀物――麦や米の栽培に適した土地が少ないと言うことだ。

 そして、主食を輸入に頼っている。


 この文明レベルで主食を輸入に頼ると言うのは、国王としてははなはだ不本意だろう。

 穀物の実る豊かな土地を求めて戦争を繰り返す気持ちも分かる。


 カナン王国に比べ、人々の生活は厳しいものだと予想できる。


 今回の戦争で、一番の貧乏くじを引いたのもガザン王国だ。

 ベルエルス王国とドーラ公国、ガザン王国の三国で画策したにもかかわらず、同時侵攻ではなく、ガザン王国がおとりとなった。

 不思議で仕方がなかったが、疑問が氷解した。


 ベルエルス王国とドーラ公国は同盟国とは言え、ガザン王国から見れば大切な食料の輸入元だ。

 輸出を止められてはたまったものではない。

 やむを得ず、先陣――おとりを務めたのだろう。

 

 ガザン王国の主な産業、収益の源泉は鉄鋼の採掘と迷宮探索による素材と魔石だと聞いている。

 それであれだけの軍備と兵力が確保できると言うのだから、相当な収益があるのは間違いなさそうだ。


 今回の狙いはその収益の源泉となる迷宮の半分と五つの鉄鉱石の鉱山だ。

 考えてみれば、ルウェリン伯爵もエグいことを要求しようとしている。


 単純に考えて迷宮からの収益は半減、鉄鉱山からの収益も二十パーセントは落ちるだろう。

 ガザン王国の経済は破綻するんじゃないのか?


 まだ油断はできないのだが、事情が分かってくると多少なりとも同情をしてしまう。


 俺がガザン王国の見知らぬ人たちに同情していると、白アリから本隊への帰投をうながす合図がでた。

 全員へ帰投の合図をだしてダナンの砦攻略のため、駐留中の軍団へ向けてワイバーンを降下させた。


 ◇


「それで、どうするんですか?」


 聖女が、葡萄ぶどうのような果物を口に運びながら真っすぐにこちらを見た。


 例によって大きなテーブルを並べて、お茶会兼作戦会議の真っ最中である。

 メンバーは俺と白アリ、黒アリスちゃん。テリーと聖女、ロビンとボギーさんだ。

 もちろん、マリエルとレーナ、奴隷娘の三人もいる。


 テーブルの上にはティーセットと果物、クッキーが並べられている。

 マリエルとレーナ専用に、白アリがクッキーの家を作っていた。

 二匹はガリガリと、家の形をしたクッキーを嬉しそうにかじると言うか、削っていた。


 クッキーは先日、白アリを筆頭に女性陣が焼いたものだ。

 非常に美味しい。

 甘党の俺としてはこう言うものは大歓迎だ。


「どうするか、の前に」


 クッキーを口に運びながら、一旦言葉を切り、全員の顔へ視線を走らせる。


「ゴート男爵からの作戦指示があった」


 続く俺の言葉に白アリを除く全員の視線が集中する。

 俺と一緒にゴート男爵の指示を聞いていた白アリは、美味しそうに自分の作ったクッキーをかじっている。


「抜け駆けをしろ、ゴート男爵からの指示はそれだけだ」


 それだけを皆に伝え、紅茶を口にする。視線は一人ひとりの表情を順にとらえる。


 皆、あっけに取られている。あのボギーさんでさえ、わずかに驚いた表情を見せた。


「具体的なことは?」


 ティーカップを持ったまま、半ば固まったテリーが皆の思いを代表する形で聞いた。


「具体的な指示は何もなかったわね」


 白アリがティーカップを皿の上に置き、大きく伸びをした。


「つまり、好きにして良いってことだよな?」

 

 そう言いながら、ボギーさんは銃を大事そうに磨いている。


「ええ、そうなりますね。ただし、手柄を立てれば報われますが、失敗したら何もありませんよ」


 そんなボギーさんへ向き直って、顔を覗き込むようにして念を押すように言った。


「それは、どこに居ても、どこで作戦に参加しても、同じことさ」


 磨き終えた銃をテーブルの上に置き、左手でわずかにソフト帽子をずらして灰色の瞳を覗かせた。


「皆が攻撃をする前に、ダナンの砦を攻めるのか? 要所だけあってかなりの兵が詰めてるが、俺たちならそれなりの戦果を上げられるだろうな」


 すっかりやる気になっているテリーが左の手のひらに右の拳を打ちつけながら、目を輝かせている。 


「転移者が合流している可能性もありますよ。そうなると梃子摺てこずりませんか?」


 そんなテリーを横目に見ながら、ティーカップを両手で包み込むようにして持ったまま聖女が言った。


「正直を言えば、転移者を捕捉してそれを最優先で叩きたい。この間取り逃がしたヤツはかなり手強い。それに加えて覚醒をしている」


 この間取り逃がした銀髪の二枚目と既に皆に伝えてある、女神の言葉を思い出しながら、話を続ける。


「兵力のあるダナンの砦を奇襲して、多勢に無勢での乱戦の最中にヤツラから不意打ちを受けるのは避けたい」


 ここで一旦言葉を切って、紅茶を口に運ぶ。視線は皆へと順に走らせる。

 

 ボギーさんが微動だにせず、灰色の瞳でこちらを見詰めている。

 白アリと聖女、テリー、ロビンも同様に静かにこちらを見ている。


 黒アリスちゃんは小さくうなずいて、瞳を輝かせている。何かもの凄く期待をしている表情だ。

 期待をしている表情で見ているものがもう一人、メロディだ。両手を胸元で握り締めて瞳を輝かせている。

 一体何を期待しているんだこの二人は?


「ダナンの砦は無視して、その向こうにあるグラム城を落としに行こうと思う。グラム城が落ちれば、ガザン王国の第二の都市であるベール城塞都市まで一直線、阻むものはない」


 俺の言葉に、黒アリスちゃんがコクコクとうなずいている。

 そんな黒アリスちゃんを見ながら、俺はさらに続ける。


「万が一、ベールが落ちれば首都への侵攻ルートの選択肢も広がり、守備兵力の集中が難しい。それこそ、首都防衛を選択せざるを得ないんじゃないか?」


 黒アリスちゃんとメロディの眼差しが、尊敬の眼差しに変わったような気がする。

 他のメンバーの表情は様々だ。


 何となく、黒アリスちゃんとメロディの視線に気恥ずかしさを憶えながら、さらに言葉を続ける。


「ベール城塞都市は天然の要害、堅牢だ。グラム城を抜けば、ここへ兵力を集めさせることができる」


 俺が言い終わらないうちから、黒アリスちゃんが「素敵です、ミチナガさん」とつぶやいた。

 メロディに至っては、「さすがです、ご主人様。尊敬いたします」と涙目で感動をしている。


 俺はこの二人の尊敬を受けるようなこと言ったのだろうか?

 自分の発言を振り返るが思い当たらない。


「面白いな。敵の兵力を動きの把握できる場所へ集めさせるのが目的かい?」


 椅子に浅く腰かけ、背もたれにだらしなく寄り掛かり、火の付いていない葉巻をくわえた状態でボギーさんが聞いてきた。そして、右側の唇だけを釣り上げて笑う。


「今のここ、ダナン砦と同じ状況を作り出すのね」


 俺が答える前に白アリが、先ほどのテリーのように左の手のひらに右の拳を打ちつけながら言った。


「ああ、敵の選択肢をできるだけ削って、こちらが動きをつかめる状態にしたい」


 俺の言葉に、全員が同意の意思を示した。



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        お知らせ

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


本作のコミカライズが決定いたしました。

詳細については追ってお知らせさせて頂きます。


引き続き応援をよろしくお願いいたします。

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