第72話 軍議の合間に

 例によって大き目のテーブルを三つほど並べてお茶をしている。

 俺と白アリ、黒アリスちゃん、テリー、聖女に加えて、ロビンとティナ、ローザリアも一緒である。


 ボギーさんは「関わりたくネェな」とか言いながら、木陰を求めて森の中へと消えていった。きっとどこかの木の上で寝ているのだろう。

 ちなみに、メロディは一人で黙々とマジックバッグを作成中だ。

 

 ルウェリン伯爵軍は、行軍を中断して軍議の真最中である。


 今回の俺たちの働きにより、ルウェリン伯爵軍の選択肢は大きく広がった。

 ひるがえって敵軍の選択肢は狭まっている。


 補給物資を奪われたこと。

 さらには、強力な魔術師と近代戦術に裏付けられた破格の機動力と攻撃力を備えた奇襲部隊が壊滅状態。


 これに先駆けて、増援部隊と竜騎士団を失っている。

 敵さんもさぞや頭の痛いことだろう。


 現状を鑑みれば、戦線の縮小、後退を余儀なくされるはずだ。

 そして、そんな敵につけ込むべく、ルウェリン伯爵を筆頭に軍の上層部は軍議を行っている。


 ルウェリン伯爵とゴート男爵、そしてあまり深くもの事を考えない上層部の面子が思い浮かぶ。

 うん、間違いなく攻勢にでるな。


 結論は決まっていても軍議は必要である。そんな建前の軍議でも参加している上層部の人間は忙しい。


 俺たちのような下っ端は軍議に呼ばれることもないので暇である。

 そして、俺たち同様、軍議に呼ばれることのない暇人がここにいる。


「良いかっ! きっちりと数を数えろ! それと、必ずミスがあるはずだ。一つも見落とすなよっ!」


 嫌そうな顔で鹵獲物資の員数チェックをしている兵士たちに向かって、カッパハゲの軍務顧問が顔を真っ赤にし、ヒステリックな声で指示とつばを一緒に飛ばしている。

 

 目が尋常じゃない。

 いや、まぁ、行動も尋常ではないか。

 

 先ほどのことを根に持っているのは間違いない。

 もともとが、面白くない連中だとの思いがあり、やり込めるつもりだったのだろう。


 それが、逆に恥をかかされたんだ、頭にもくるか。

 さらにはあの頭だ。つい、軍務顧問の頭頂部に視線が行ってしまう。


 無論、頭にきているのは俺たちも同様である。

 足を踏み鳴らしヒステリックに喚き散らす軍務顧問の背中を、メロディを除く、俺たち全員が怒りと呆れの入り混じった思いで眺めていた。



 空を見上げれば初夏の陽射しが眩しい。間もなく昼になる頃だろうか。


 軍団は街道沿いに駐留していた。

 ほとんどの兵は森に少し入ったところや草原、丘などにテントや陣を張って駐留をしている。貴族や騎士などの身分の高い者は街道を占拠し、それに続く者が平地に駐留している。


 俺たちはこれまでの勲功から平地での駐留を認められていた。

 鹵獲物資も平地に並べられている。

 つまり、陽射しを遮るものはなにもない。


 炎天下とまでは行かないが初夏の陽が射す昼前の時間だ。十分に気温は高い。そんな中、汗だくになりながら、兵士たちが鹵獲物資の数を数えている。

 軽装とは言え、暑いのだろう。鎧を脱ぎ捨てて、額に大粒の汗を浮かべて作業を続けている者が多い。

 ひとつひとつ地道に数を数えるチームと乗算を利用して――箱の中の食料が、六百食で箱が四千六百二十五箱とバラが三十五食ある、これを計算するチームに分かれての確認作業中だ。


 それにしてもまだ数え終わらないのか、遅いな。

 そう、作業は遅々として進まない。


 兵士の計算能力もあるのだろうが、それ以上にやる気が見られない。これは当分かかりそうだな。

 下っ端の宿命とは言え、気の毒に。


 まぁ、気の毒なのは俺たちもか。

 俺のコップに白アリがお茶を注いでくれるのを見ながら、二時間ほど前の出来事を思い出す。



 報告を終えた後、自分たちのテントに戻り、一眠りしていたところを叩き起こされた。カッパハゲにである。

 五十名ほどの兵士と探索者、恐らくは休息中だったのだろう、不満顔の彼らを引き連れて、カッパハゲの軍務顧問が突然俺たち――俺とテリーの寝ているテントへ乱入してきた。


 最悪の目覚めだった。


 聞き覚えのないキンキン声に起こされて目を開ければ、記憶にある変な頭を一層変にした軍務顧問が睨んでいた。

 何が悲しくって、目覚めて一番初めにヒステリックに喚き散らすカッパハゲの顔を見なきゃならんのだ。


 無理やりテントの外に引きずり出されたと思ったら、突然、「鹵獲物資の員数確認をする、立ち会え」ときた。

 俺とテリーが街道脇の平地に構えたテントの外で、茫然としていると隣のテントからロビンとボギーさんが這い出してきた。

 軍務顧問のヒステリックな声に驚き、出てきたのだろう。

 軍務卿の顔を見た途端、あからさまに後悔の表情を浮かべていた。そして、ボギーさんはすぐさま森へと消えていった。


 驚いたことに、このカッパハゲは俺たち男性陣のテントへ乱入する前に、女性陣――白アリと黒アリスちゃん、聖女、の三人が寝ているテントに踏み込んでいた。 

 本人曰く、「寝ているとは思っていなかった」だそうだ。


 俺たちが夜通し行軍してきたことを知らない訳はないので、わざとか、或いは、思い至らなかったのか……

 何れにしても、想像力が足りない。


 容姿の優れない軍務顧問が、面食いのうちの女性陣の寝所へ踏み込んでおいて、無事な訳はない。


 ハゲ上がった頭頂部の面積が三倍になっていた。カッパハゲと言う表現が適切なのかも分からない。

 白アリの火魔法で頭頂部を焼かれ、ハチ巻きのように黒髪が残っている程度だ。


 もちろん、聖女が光魔法で治療はしている。

 しかし、治療したのは頭皮だけで毛根は治療していないそうだ。


 聖女が、例によって優しげな笑みを浮かべながら、「こう言うのも後遺症って言うんでしょうか?」などと楽しげに教えてくれた。

 つまり、軍務顧問の頭頂部には、もう髪が生えてくることはない。


 酷い話ではあるが、自業自得だな。



 顔を真っ赤にした軍務顧問に叱咤しったされ、鹵獲物資の確認作業を続ける兵士たちを眺めていると、突然白アリがこちらを振り向く。


「ねぇ、食事の用意をしたいんだけど、いいかしら?」

 

 白アリが軍務顧問に聞こえるような大声で俺に聞いてきた。


 俺に確認のため聞いてきたような形式を取っているが、内訳は違う。食事の用意を始めるからね、いいわね。と言う告知である。

 そのことを了解した上で、俺は白アリに向かって、一言、「頼む」とだけ伝えた。


 ◇

 ◆

 ◇


 かれこれ、員数チェックが始まってから三時間になるか。白アリたちが調理を始めて一時間弱、時間もちょうど昼食時である。


 辺りには、食欲をそそる良い匂いが漂っている。

 しかも、今回のメニューはどれもこれも臭いの強いものばかりのようだ。


 軍務顧問が忌々しそうに調理中の女性陣をチラチラと盗み見ている。時間も時間な上に、この匂いだ。さぞかし食欲を刺激されていることだろう。

 員数チェックをしている兵と探索者たちはさらに露骨だ。

 作業をする手を止めて、喉と腹を鳴らして羨ましそうに女性陣の作る料理を見ている。


 そろそろ出来上がる頃かな?

 汗だくで作業をする男たちから、調理中の女性陣へと視線を移す。


 白アリの指揮の下、メロディを除く女性陣が総動員で昼食を作っている姿が視界に入る。

 白アリと聖女が調理をする横で、ティナとローザリアが調理器具の後片付けを始めている。

 黒アリスちゃんは盛り付けの真最中だ。


 この様子だと、お茶会同様に、汗だくで働く男たちとキンキンとヒステリックな声を上げるカッパハゲを眺めながら、昼食を摂ることになりそうだな。

 そんなことを考えながら、働く男たちを眺めていると、後方から口笛が聞こえてきた。どこか寂しさを感じさせる曲を奏でている。

 振り向くと、ゆっくりとこちらへ歩いてくるボギーさんがいた。

 食事時になれば戻ってくると思ってはいたが、予想を外さない人だな。


「いいタイミングで戻ってきたようだな」

 

 この暑いのに、マントを羽織り、ソフト帽子を被っている。ソフト帽子を目深に被っているので表情は見えない。


「酒とタバコと危険が生き甲斐じゃあなかったんですか?」


 この暑いなか立ち会わされていたためか、俺もイラついて嫌味っぽく言う。

 それにしても随分と不健康な生き甲斐だな。


 そんな俺の態度など意に介さずに、左手の人差し指を立ててメトロノームのように振っている。


「ひとつ抜けてるぜ。復讐だ」

 

 ボギーさんは左手の人差し指を振るのをやめると、そのままソフト帽子を押し上げた。


「随分と不健康な生き甲斐ですね」


「生き甲斐ってのは不健康なくらいじゃないと面白くないのさ」


 ボギーさんは灰色の瞳を覗かせて、さらに続ける。


「それに生き甲斐だけじゃあ生きていけネェ。やっぱり美人の作った美味い飯ってのは良いもんだぜ。人生楽しまないとな」


 そう言うと、片方の唇だけを釣り上げてニヤリと笑った。


 ボギーさんのセリフに続くようにして、女性陣からの食事の用意ができたことを伝える声が響く。

 それを合図に俺たち四人は、美しく盛り付けられた食事の待つテーブルへと歩き出す。

 

 ◇


 ん?

 陣営内がざわついている?


 軍務顧問と汗だくで働く男たちの妬みと嫉み、羨望の眼差しの中、食事を始めて間もなく陣営内のざわつきに気が付いた。


「何かあったのかな?」


 テリーが真っ先に食事をする手を止めて立ち上がり、ざわついている方へ視線を向けた。


 ボギーさんを除く全員が食事を中断して様子をうかがう。

 伝令兵が走り回っている。


「伝令兵が大勢走り回っている。何かあったのかも知れない」


 俺はすぐに空間感知でとらえた伝令兵の様子を皆に伝えた。


 まったく。

 食事を始めたばかりだというのに何が起きたって言うんだ?


「伝令兵を待っていても仕方がないわ。さっさと食事を済ませちゃいましょう」


 白アリの言葉に全員が同意を行動で示す。

 陣営内のざわつきも、軍務顧問も汗だくの男たちも無視して食事を再開する。


 食事を再開してほどなく、伝令兵が何かを叫びながらこちらへと走ってくるのを目の端にとらえた。

 気付いたのは俺だけじゃないはずだ。


 しかし、誰も食事を中断する素振りがない。

 それどころか、気付いていない振りをして、談笑しながら食事を続けている。

 聖女とボギーさんなどはスープのおかわりを取りに席をたって歩き出した。


 メロディとティナ、ローザリアが、その立場からか、伝令兵を気にして俺とテリーに、迎えに行きましょうか、とでも言いたげな視線を向けてきた。

 

「メロディ、すまない。スープのおかわりを取ってきてくれないか」


 俺は迎えに行くなっ! と目で訴えかけながら、自分のスープ皿をメロディに差し出す。


 その様子を見ていたティナがテリーのスープ皿を取ってメロディの後を追う。

 ローザリアはテリーとティナを交互に見た後で、再び席に座り食事を再開した。


「伝令! 午後二時を以て行軍を再開。各員準備されたしっ!」


 俺たちはもとより、軍務顧問をはじめとする作業中の男たちにも無視された状態にもかかわらず、伝令兵は見事にその役割を全うした。

 そして、軍務顧問と汗だくの男たちのここまでの仕事が無駄であったことを告げた瞬間であった。


 さて、行軍準備のため、作業を中断して鹵獲物資を元に戻すよう告げるのは俺の役割かな?

 茫然とする軍務顧問と汗だくの男たちに視線を向けた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        お知らせ

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


本作のコミカライズが決定いたしました。

詳細については追ってお知らせさせて頂きます。


引き続き応援をよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る