第71話 報告

「ワイバーンの飛行訓練中に操竜を誤った隊員の救助活動中に敵を発見、捕捉し、これを追跡したと。結果、敵の補給部隊と奇襲部隊百余名を発見、補給部隊の捕縛・物資の鹵獲ろかくと奇襲部隊の半数の撃破・捕縛に成功したと言うのだな」


 既に報告書で事前報告は受けているが――――、との前置きに続いて、ルウェリン伯爵、自らが俺の報告内容を確認した。

 

 その表情は硬い。

 前回の捕虜救出のときとは大違いである。笑顔など欠片も見当たらない。


 それは、隣に座り、同じように報告を受けているゴート男爵も同様である。

 いや、その性格からだろう、ゴート男爵の方は表情が硬いどころか、終始イラついた様子だ。


 つい、三十分ほど前に本隊との合流を終え、ルウェリン伯爵とゴート男爵のもとへ、白アリと共に報告に来ている。

 場所はルウェリン伯爵の陣幕の中だ。


 事前に報告書で知らせてはあったのだが、やはり形式上は隊長と副長からの口頭報告が必要となる。

 もちろん、単なる報告だけでなく、褒美とそれに倍する質問が待っていた。

 加えて、チクチクと神経を刺激する嫌味と言うか、言い掛かりだ。


 目の前にはルウェリン伯爵とゴート男爵、そしてよく知らないが、つい先ほど先遣隊と共に合流した、王家から派遣された監察官が二名と軍務顧問とか言う、感じの悪いヤツが一名、こちらを睨みつけるようにして座っている。


 起立している人間はルウェリン伯爵の腹心の部下を筆頭に警護を兼ねた者が十名ほどいる。


「はい、間違いありません。捕虜及び鹵獲ろかく物資の内訳は、先ほどお渡しした報告書にまとめた通りです」


 ルウェリン伯爵に返事をしながら、感じの悪い軍務顧問――ルッツ・ライスターへ、ほんの一瞬視線を走らせた。


 先ほど、ルウェリン伯爵へ提出した、鹵獲ろかく物資の内訳を書いた報告書を忌々いまいましげに見ている。


「この報告書にある鹵獲ろかく物資の数量は間違いないのか? いや、ちゃんと数えたのか?」


 そのルッツ・ライスター軍務顧問が睨みつけるように俺と白アリに交互に視線を向ける。


 まただよ。

 報告の最初どころか、挨拶をして入ってきた瞬間からこの調子でチクチクと攻撃してくる。

 なぜだ?


「あんた、あの、目の細い、カッパハゲの親父に何か悪さしたんじゃないの?」

 

 白アリが軽く肘でつつきながら小声で聞いてきた。


 俺のほうが知りたいくらいだ。

 取り敢えず、白アリへの返答は保留してルッツ・ライスター軍務顧問へ視線を移す。


「私の遊撃隊の半数以上は計算が得意で、その報告書に記載された程度の数量なら簡単に算出できます」

 

 ルッツ・ライスター軍務顧問――白アリの言うところの、目の細いカッパハゲの親父に向かって抑揚の少ない口調で伝えた。

 うん、口調こそ強くないが、しゃべっている内容は反発していると受け取られてもおかしくないな。


「ほう! 算出ね、それは素晴らしい! まるで乗算ができるみたいじゃないか」

 

 小さく笑い、小馬鹿にしたような目でこちらを見ながらなおも続ける。


「数量の確認は、後で私の部下にでもさせよう。まったく、手間をかけさせてくれるな」

 

 その口ぶりも言っている内容も、こちらの言うことをまるで信用していない。


 この世界、加算と減算はできても乗算や除算ができないものは多い。

 探索者や肉体労働者、職人などは特にそうだ。

 中には騎士でも乗算、除算のできないものはいる。


 そんな状態なので、自然と計算に強い者は重宝される。

 特に軍隊は計算の不得手な者が多いので、計算の強い者は武勲を上げることなく出世できる。

 間違いなく、この軍務顧問もその口だろう。加えて家柄とかもあるかもしれない。


「数は間違いない、そう言ったはずだけど聞こえなかったの? さっきからこちらの話を全然理解していないようだけど、頭が悪いんじゃないの?」


 白アリの挑戦的な発言が響く。

 口調も内容も、かかってこい、と言わんばかりだ。

 横を見れば軍務顧問以上に相手を小馬鹿にした目で見ている。


 当のルッツ・ライスター軍務顧問は自分が何を言われたのか、すぐには理解できなかったのだろう。キョトンとした顔で白アリのことを見つめていた。

 その後、軍務顧問の表情が引きつった笑みから怒りで真っ赤に変わり、握り締めた拳をプルプルと震わせている。


 自分が賢いと思っているヤツが、見下している者から、頭が悪い、とか言われたら、そりゃあ、プライドが傷つくよな。


 ルウェリン伯爵とゴート男爵は、必死に笑いを堪えている。

 いや、二人だけじゃない。

 周りを見れば、半数以上が笑いを堪えている。


 しかし、何でこいつが副長なんだろうな。できれば副長は対人関係の上手いヤツにして欲しかった。

 例えばテリーだ。

 ハーレム脳に目をつぶれば人当たりも良いし、感情を抑えて取り繕うこともできる。


 などと、現実逃避している間に事態は悪化しつつある。


「ハゲ上がるくらい勉強したのかもしれないけど、頭の悪い、ひねくれた小物にしか見えないわね」


 そう、白アリのこの一言で、ルウェリン伯爵とゴート男爵は耐え切れずに吹き出し、軍務顧問は震える拳で机を叩き勢い良く立ち上がった。


「よしっ! 今から数を数えよう。もし合わなければ罰則を与えるからなっ!」


 軍務顧問は白アリのことを指差しながら喚き立てた。

 もはや、隊長である俺のことはもちろん、隣にいるルウェリン伯爵やゴート男爵の存在も忘れてるんじゃなかろうか。


「言っとくけど、物資も捕虜も、まだあたしたちのものですからね。間違ってたからって文句を言われる筋合いじゃないわよ。それに、数える振りしてちょろまかしたりしないでよ」


 両手を腰にあて身を乗り出すようにして、軍務顧問を睨みつけている。

 相変わらず好戦的な女だな。

 相手を怒らせると言うことに関しては天才的なものがある。一種の才能だな。


 いくらカッパハゲとは言え、三十歳そこそこの若さで王国軍の軍務顧問として派遣されるまでになった男が、十五歳かそこいらの小娘にこうもバカにされれば頭にもくるのも分かる。

 とは言え、この有様はないよな。


「何を勝手なことを言っているっ! 鹵獲物資は軍のものだっ!」

 

 軍務卿は再びその拳で机を叩き大声で言い放った。


 何を勘違いしているのだろう? 間違ったことを思いっきり上から目線で言い切った。それもこれも、激高して己を見失っているからだとは思うが。

 これでは白アリの思う壺だな。


「ライスター殿、少し落ち着きなさい」

 

 先ほどまで声を押し殺して笑っていたルウェリン伯爵が、落ち着いた声で軍務顧問をたしなめる。

 

「しかし、こいつらは誰も見ていないのを良いことに適当な報告をし、あまつさえ、王国軍をバカにしたのですぞ」


 視線をルウェリン伯爵に移すが、白アリに向けられた指先はそのままである。


 さすがにルウェリン伯爵にたしなめられたからか、幾分か声のトーンが下がっている。

 トーンは下がっているが、言っている内容はエスカレートしている。


「彼らは私の部下だ。たとえ失態があったとしても君に罰する権利はない」

 

 椅子に腰掛け、腕を組んだまま軍務顧問を睨みつけている。


 軍務顧問が唖然あぜんとしてゴート男爵を見詰める。


「さらに、彼らとの契約で鹵獲物資は鹵獲した者の所有とし、必要に応じて我々が買い取ることになっている」


 そんな軍務顧問を睨みつけたまま言った。


「そんなもの、接収してしまえば――」


「王国軍と違い、我々は相手が探索者であっても理不尽な行いはしないっ! 契約は守るっ!」


 ゴート男爵が、尚も言い募る軍務顧問の言葉をさえぎるようにして、力強く言い切った。もう、軍務顧問のことなど見ていない。


 軍務顧問も何も言い返すことなく椅子へ乱暴に腰かけた。

 そして、視線を俺に固定している。

 もの凄く嫌な目をしている。なんと言うか、諸悪の根源はお前だ、と言わんばかりの目に見えて仕方がない。


 あれ?

 白アリは? 白アリのしでかした事も俺が悪いのか?

 俺も軍事顧問を睨み返すが、状況は何も好転しない。

 どうやら、俺は軍務顧問の恨みを一身に背負ったようだ。

 



「ふむ。では今回取り逃がした数十名の残兵の中に、国境付近を荒らした盗賊団と二度に渡る奇襲攻撃で、我が方に打撃を与えた魔術師が潜んでいると言うことなんだな?」


 さて、報告をさっさと済ませてしまおうか――――、そう切り出して、撤退した部隊と残った懸念事項に触れた。


「はい、その通りです。強力な魔術師の正確な数までは把握できていませんが、少なくとも一名、厄介な相手がいることは確認しました」


 意識をルウェリン伯爵へと移し、報告内容に補足をする。


「つまり、半数は撃破に失敗して取り逃がしたんだなっ!」


 軍務顧問が、むき出しの感情を隠そうともせずに俺に向けてきた。


 今度は護衛の兵士のおよそ半数までもが、あきれた表情で見ている。もちろん、軍務顧問はそのことに気付かない。

 気の毒に、軍務顧問はすっかり周りが見えなくなっているようだ。

 

「そうか。ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ」


 ルウェリン伯爵が打ち切るようにして、俺たちに退出を許可してくれた。


 ◇


 白アリと二人、陣幕を出て自分たちのワイバーンへと向かう。


 あの軍務顧問、気を付けないと火種になりかねないな。

 ルウェリン伯爵やゴート男爵の目の届く範囲なら良いが、目の届かないところで何をされるか分かったもんじゃない。


「フジワラ様、ゴート男爵から言伝です」

 

 声のする方向を振り向くと、先ほどの護衛にいた兵士の一人がこちらへ走ってくるのが見えた。


「では、お伝え致します」


 俺と白アリの近くまでくると、直立不動でゴート男爵からの伝言を語り始めた。


「軍務顧問は自分たちが合流する前に大きな功績を上げたこの軍団を快く思っていない。特にその原動力となったチェックメイトは、探索者と言うこともあり、目の敵にされるので注意されるように、とのことです」

 

 それだけ伝えると、敬礼をしてすぐにきびすを返すと走り去っていった。


「で、注意ってどうやって注意するの?」


「さあ? なるべく顔を合わせないようするとかかな?」


 俺と白アリは伝言を語り終えて走り去る護衛兵を見ながら意味のない言葉のやり取りをした。

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