第70話 お披露目
「俺が女神からもらったのはこれだ」
不可視属性のスライムを乗せた左手を四人――白アリ、黒アリスちゃん、テリー、聖女の前に差し出した。
ボギーさんとロビンがワイバーンで哨戒中なのを利用して、狭い馬車の中、五人で密談中だ。
密談と言っても悪巧みをしているのでもなければ、やましいことを話しているのでもない。
女神からもらったアイテムについて相互確認を兼ねての会話である。
もちろん、他者に聞かれないよう、メロディに御者をさせて、周囲はマリエルとレーナが哨戒中だ。
四人とも不思議なものを見るように、差し出された左手と俺を交互に見やる。
次第にその表情が、気の毒な人を見るような目に変化してきた。
俺の正気を疑っているのか?
しかし、四人全員が同じような反応をするとは、そろいも揃って失礼な話である。
「あんた、大丈夫?」
白アリが左手の人差し指で自分のこめかみをコツコツと叩きながら気の毒そうな表情で俺に問いかける。
やっぱり、こいつが一番失礼だな。
白アリばかりか、黒アリスちゃんとテリー、聖女までもが気の毒な人をみるような目で見ている。
くッ、負けるものかっ!
「フッフッフッ、これはな女神からもらった神獣だ。驚くなよ。なんと、バカには見えないんだ」
「あ、本当だ。何かいますよ」
不可視属性のスライムを右手の人差し指で、ツンツンとつつきながら黒アリスちゃんが驚いたように言った。
「どれ?」
白アリも同じように、右手を伸ばしてきた。
「本当ね、柔らかいのね。これ、何?」
何だよ。バカには見えない、ってのはスルーなのか? つまらん。
「見た目、って見えないけどこれはスライムの形をした神獣なんだそうだ」
気を取り直して、神獣の自慢をすることにしよう。
「スライムの形をした神獣? 何でスライムが神獣なのよ? あんた、女神に
うっ、痛いところ突いてくるな。
もしかして? と言う疑念が片隅にあるだけに反論しづらい。
「そもそも、神獣の定義って何でしょうね」
黒アリスちゃんが神獣なスライムをつつきながら、誰とはなしにつぶやく。
「女神が言うには、神獣なので人語を解する、とか言っていたな。それと、この神獣なスライムには鑑定が通らなかった」
神獣の定義は知らないが、分かる範囲のことを、さも当たり前のことのように伝える。
「本当ね」
「なるほど」
白アリとテリーの言葉とほぼ同時に、黒アリスちゃんと聖女が無言でうなずいた。
四人とも鑑定を試したな。
慎重と言うか、疑り深いと言うか……
「で、人語を解するって言うのは?」
白アリが視線を俺に戻して聞いてきた。
「まぁ、見てろよ」
白アリの言葉に鷹揚にうなずきながら、神獣なスライムに命令をする。
「青色に変われ」
俺の言葉にしたがい、青く変色していく。
続けて緑色、赤色、紫色、水色と変色するよう指示をだす。このときに、形状変化も併せて指示をだした。
神獣なスライムは俺の言う通りに、次々と変色と形状変化を繰り返した。
「きぁーっ、可愛い」
「おもしろーい」
「器用ですね」
「おおー」
白アリ、黒アリスちゃん、聖女、テリーと、次々と感嘆の声が上がった。
「凄いだろう。さらに硬度も自由自在なんだ」
皆が感嘆の声を上げる中、少しだけ得意になってしまう。
「可愛いーっ! これ、頂戴」
白アリが素早く俺のスライムを抱きかかえ、こちらに背中を向けている。
ふっ、バカなヤツ。
「ウグッ、お、重いっ! 重いーっ!」
白アリが両腕に神獣なスライムを抱えた状態でうずくまって、うめき声を上げている。
そんな白アリを、皆が不思議そうに見ている。いや、黒アリスちゃんだけが、心配して覗き込んでいる。
「白姉、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
うずくまる白アリの背中を
これ以上、黒アリスちゃんに心配をかけるのも心苦しい。許してやるか。
「なっ、何よ、今の?」
ガバッと身体ごと向きなおり、呆然とした顔で俺のことを見つめている。
「スライムの重量を増加させたんだ。その後で、俺の手元に転移させた」
右の手のひらに乗っている青色半透明で、バレーボールを半分にしたような形状の神獣なスライムを皆の前に差し出した。
「重さまで自由になるの?」
少しだけ強張った顔つきで神獣なスライムを見つめている。
さすが実体験者だ。すぐに理解をしたようだ。
白アリの言葉に、何が起きたのか想像がついたのだろう、皆が納得したような顔で俺の手のひらに乗った神獣なスライムを見つめる。
「ああ、俺が命令をすればな」
「あんたの仕業かーっ!」
俺の自慢気な言葉に続いて、薄っすらと涙を浮かべた白アリの怒鳴り声が馬車の中に響いた。
◇
「これが、皆さんの、卑怯な性能のアイテムに相当するんですか? あちら側の女神は能無しですね」
落胆を露わにした聖女が、左腕のブレスレットを見つめながら不満を口にする。
「それはどんな性能なのかな?」
聖女の隣に座ったテリーがブレスレットを見ながら聞く。
「全ての魔法の消費魔力が半分になります」
聖女が肩を落としながら言った。
いや、それはそれで、十分に凄いんじゃないか? その性能で無能呼ばわりされては、あちら側の女神も立つ瀬がないだろう。
聖女以外は全員が同じ気持ちのようだ。半ばあきれて苦笑いをしている。
とは言え、黒アリスちゃんのブレスレットの性能を聞いた後なので、気持ちは分からないでもない。
闇魔法にしか効果が得られないのだが、効果が二倍で消費魔力は二十パーセントと破格だ。
ポイントは効果が闇魔法と言うところだろう。
黒アリスちゃんが最も得意とするのが闇魔法であることもそうだが、闇魔法は魔力吸収ができる。
消費魔力二十パーセントで本来の倍の魔力を相手から奪う。
火力も上がったが、その継戦能力が格段に強化されたのは間違いない。
黒アリスちゃんは自身の最も得意とする魔法をさらに強化する――長所を徹底して伸ばすことを選択した。
もしかしたら、一番賢い選択かもしれないな。
「私もペットが欲しいです」
黒アリスちゃんが、俺の左腕に巻きついている神獣なスライムを羨ましそうに見ている。
「アンデッドをペットにしたら? 黒ちゃんなら使い魔創れるでしょう?」
白アリが伸びをしながら言う。
「おおっ! 白姉、それは良いですね! 魔力をたくさん持ったアンデッドを
パァッと顔をほころばせながら、両手のひらを顔の前でパンッと合わせた。
白アリの何気ない一言から、とんでもないことを思い付いたようだ。
使い魔を魔力タンクとして利用するのか、賢いな。
それもこれも闇魔法あればこそか。
「ぷよ、いらっしゃい」
白アリが神獣なスライムの前で、ニンジンを見せながら呼びかけている。
手なずけようとしているのか?
しかも、勝手に名前まで付けて。油断も隙もあったもんじゃないな。
「いや、そんな名前じゃないから」
「じゃあ、名前は何て言うの?」
神獣なスライムが自分の手からニンジンを食べているのが嬉しいのか、上機嫌で聞いてきた。
視線はスライムに釘付けだ。俺には一瞥もくれようとはしない。
スライムって、ニンジンを食べるんだな。
「ん? ああ、さっき決めたんだ」
一呼吸おき、皆の注意が集まったのを確認してから神獣なスライムの名前を告げた。
◇
俺の索敵にワイバーンが四匹引っ掛かったのを合図に密談を終え、全員で馬車の外で出迎える。
ワイバーン四匹は、哨戒中のロビンとボギーさん。合流したティナとローザリアだ。
「合流まで後一時間くらいでしょうか?」
まだワイバーンの影も見えない、白み始めた虚空を見つめながら、聖女が自信なさげにつぶやく。
「そうね、部隊との合流を終えたら、本隊との合流までゆっくりと寝かせてもらいましょう」
聖女のつぶやきに、白アリが、小さく
同じく虚空を見つめてはいるが、白アリの空間感知ならワイバーンを捕捉しているのだろう、その瞳には確信の色がうかがえる。
俺たちは行軍を止めることなく、馬車の屋根の上で四人の到着を待った。
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